雑話188「正確さは真実ではない」
下の絵は、ピカソの「泣く女Ⅰ」という版画作品です。
パブロ・ピカソ「泣く女Ⅰ」1937年
それにしても、この泣いている女性の描写は、凄まじいの一言に尽きますね。
悲しみに歪んだ顔は人間の容貌を通り越して、モンスターのようです。彼女の額は異様に盛り上がり、それが不気味に鼻へとつながって顔の中央に垂れています。
女性の頬に下から突き刺さったように見える編み針状のものは、彼女の流す涙でしょうか?
この作品のモデルはピカソの愛人で、画家で写真家だったドラ・マールという女性です。実際の彼女はモンスターどころか、大変魅力的な女性だったようです。
ピカソとドラ・マール
現実の人物とは似ても似つかない、このようなグロテスクな作品を見て、ピカソの良さが分らないと思われる方も多いことでしょう。
さて、タイトルの「正確さは真実ではない」という言葉は、正にそんなピカソが言いそうではありますが、実は彼のものではありません。
これはピカソと同時代に活躍したアンリ・マティスが、自作の肖像画について語ったときの言葉です。
マティスはまた、”作品の本質的表現はモデルの姿顔立ちの正確さにではなくて、全くと言っていいほどモデルを前にした芸術家の感情の投射に依存している”と述べています。
さらに別の機会には”表現すべき対象の外観から引き出さねばならない本質的な真実”のみが問題となるのだと断言しています。
パブロ・ピカソ「ドラ・マールの肖像」1937年
※関係が安定していると、同じ女性もこれくらい変わります!
確かに、冒頭の「泣く女」が描かれた当時のドラ・マールは、ピカソの別の愛人であるマリー・テレーズとの三角関係の末、精神を病んでいました。
ですから、ピカソにとって、ヒステリーを起こして泣き続けるドラ・マールは、この絵のような怪物に見えたのかもしれませんし、そうであれば、その姿こそが本質的な真実なのです。
ちなみに、マティスがこの文章を書いた頃の彼の作品が下の図です。
アンリ・マティス「白い服を着た若い女性、赤い背景」1946年
現代人の目には、マティスの女性像は写実的とはいえないまでも、十分現実的で、それほど正確さに欠けているようにも見えません。
今となっては、マティスが元々自分の作品を弁護するために書いた文章は、より過激なピカソのような作品のための言葉になってしまいましたが、一般人にとって分かりにくい芸術を理解する上で、今でも重要な助けになっていますね。



