雑話189「キュビスム絵画とだまし絵」
分りにくいとされる芸術運動の中で、キュビスムはその最たるものでしょう。
ブラックとピカソが始めた分析的キュビスムは、それを発表した当時も今も謎めいた雰囲気に包まれています。
「ヴァイオリンと水差し」に描かれたヴァイオリン
彼らは明暗法や遠近法を使わないで、立体を表現しようとしました。
そのために、二人は遠近法によって作られた仮想の空間をできるだけ排除しようとしました。その結果、対象も空間も極度に圧縮され、ごつごつとした瓦礫の塊のようになりました。
圧縮された対象や空間は、元の堅固な存在を誇示するかのように圧縮に抵抗し、いたるところで鋭角的なエッジを生み出します。ファセットと呼ばれるこのエッジは、分析的キュビスムの冷徹な印象を生み出しています。
また、描かれた対象の多くが静物であることや、色彩による遠近感の生成を嫌った画家たちが、色彩を禁欲的に限定したことも画面のクールで理知的な外観を演出しました。
次の作品はそうした分析的キュビスムの特徴に加えて、興味深い仕掛けまで備えています。
「ヴァイオリンと水差し」は分析的キュビスムを描いていたころのブラックの作品です。
ジョルジュ・ブラック「ヴァイオリンと水差し」1910年
瓦礫の塊のようにしか見えない乱雑な画面ですが、よく見るとその中に水差しやヴァイオリン、そしてそれらを取り巻く空間の存在を読み取ることができます。
ところで、画面上方をよく見ると、奇妙なものが描かれていることに気づきます。
そこにはなんと、一本の釘がまるで画面を壁に留めるように描かれており、その下にはご丁寧に影まで描かれているのです。
「ヴァイオリンと水差し」に描かれた釘
これは明らかに他の対象物と同じ次元で描かれておらず、いわゆるだまし絵のような効果を狙っています。
こうして、この絵を留めているかのような釘は、ブラックによって描かれた絵画が、あくまで2次元であることを強調しているのです。
また、その釘に影を添えることで、絵画が視覚的トリックを利用した人間による創造物であることを改めて問題化しています。
絵画の目的が外界を本物そっくりに模倣することではなく、画家が視覚的に解釈した別の現実を実体化することであるということを、写実的に描かれた釘が逆説的に証明しているのです。
画家の考えに賛同するかどうかは別として、作者の意図を理解したうえで眺めると、難しいといわれる作品も少しは親しみやすく感じるのではないでしょうか?


