絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -92ページ目

雑話186「銀灰色の風景 コロー」

今週は前回のブログの最初に登場しました、19世紀の風景画家コローをご紹介しましょう。


カミーユ・コローは印象派の画家たちの1つ前の世代の画家で、アトリエを訪れた若きピサロにアドバイスを与えたり、ベルト・モリゾを弟子に迎えたりして、印象派の画家たちに多大な影響を及ぼしました。


コローといえば、水辺や木立に囲まれた自然の繊細で詩的情緒を湛えた風景で有名です。


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「モルトフォンテーヌの想い出」(部分)

また、イタリアやフランス各地を中心とした大小の街の景色、さらに、身近な人々の肖像や不思議な魅力を漂わす女性像を中心とした人物画を描いています。


その中でも、後半生に多く描かれた、まるで画面全体に霧がかかったような、曖昧模糊とした淡いソフトフォーカスの効果を持つ風景画は、すでに画家の生前から世界的な名声を得ていました。


コローは生涯にわたって、フランス各地の風景を描いています。


「シャルトル大聖堂」は、コローが7月革命の騒乱を逃れて首都を離れ、国内各地を旅していたころに描かれたものの1つです。


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カミーユ・コロー「シャルトル大聖堂」1830年

※コローはこの絵を習作とみなしていたようで、生前一度も公開されませんでした。前景左側に座る少年は、晩年になってコローが自ら絵を拡大したときに書き加えられました。

当時、北方のロマン主義の芸術家が、ゴシック芸術に関連づけたような神秘主義は全く見られませんが、それに代わり、もっと根太い、大地から生き出た生き物のような大聖堂の姿がレアリスムをもって描かれています。


フランス国内各地だけでなく、スイス、ベルギー、オランダなど多くの国を訪れたコローにとって、生涯に3度行ったイタリア旅行は、画風を確立する上で、とりわけ重要な意味を持つものでした。


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カミーユ・コロー「ティヴォリ、ヴィラ・デステの庭園」1843年

※コローの弟子となったベルト・モリゾは、彼の作品の中からイタリアを描いたこの「ティヴォリ、ヴィラ・デステの庭園」を選んで模写しています。

「ティヴォリ、ヴィラ・デステの庭園」は、3度目のイタリア旅行で描かれました。


ここでコローは、テラスの向こうに広がる風景の中に人物を描きこみ、絶妙なバランスを達成しています。


最後のイタリア旅行の際に、彼はイーゼルや絵具箱、カンヴァスを運ぶポーターの少年を連れ、このように画中の点景として数多く登場させました。


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「ティヴォリ、ヴィラ・デステの庭園」の少年

モルトフォンテーヌは、コローの代表作によって知られる土地で、パリの北東50キロ余りのところにあり、18-19世紀前半にかけて、都会の喧騒を逃れて田園に遊ぶ貴族たちの間で人気のあった場所です。


「モルトフォンテーヌの想い出」は「想い出」と題された有名なシリーズの中でも、最も知られた1点で、コローの代表作の一つです。


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カミーユ・コロー「モルトフォンテーヌの想い出」1864年

銀灰色の朝の光の中に、若い女性と子供たちが思い思いに花を摘み、木に掲げて遊んでいます。


この絵の古き良きフランスのイメージは、当時のフランスの人々の心を掴んだようです。


発表後は瞬く間に版画などを通して多くの人に知られるようになり、20世紀に入っても、紙幣の絵柄になるなど、国民的な人気のある絵となりました。


コローの人物画は風景ほど知られていませんが、生前よりかなり高い評価を受けていました。


彼の人物画は特定の個人を描いた「肖像画」と、モデルを使って何か別の架空の人物を設定して描いた「空想の人物画」の2つのタイプに分けられます。


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カミーユ・コロー「青い服の婦人」1874年

「青い服の婦人」は一見特定の人物の肖像画と考えられがちですが、よく見れば、壁左にコローの小品の習作が掛かっていて、左側奥にはイーゼルの脚が見えます。


つまり、ここはコローのアトリエで、モデルは「空想の人物画」のポーズをしている合間の様子なのです。


服のドレープや黒いふち飾りなどは、マネを思わせる極めて大胆で勢いのある筆致で描かれています。


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「青い服の婦人」のアップ

深い袖ぐりから伸びた豊かな肉付きの二の腕が、官能的な香りを放っていますが、描かれたのはなんとコローが亡くなる前年で、78歳の時の作品です。


コローはこの時、胃がんに冒されており、病に苦しみながらこの作品を完成させたそうです。


そんな画家の命を奪った胃がんですら、作品の出来栄えを損ねることはできなかったようで、この作品はコロー作品のみならず、19世紀絵画を代表する傑作とされています。