雑話203「印象派を超えて-点描の画家たち②」
先週に引き続き、「印象派を超えて-点描の画家たち」展についてお伝えします。
第3章「ゴッホと分割主義」では、ゴッホが受けた分割主義の影響について考察します。
暗い色調で農夫の生活を描いていたゴッホは、パリでアヴァンギャルドの芸術に触れたことで、自らの仕事が全く時代に合ったものでないと気づきました。
フィンセント・ファン・ゴッホ「レストランの内部」1887年
パリの友人たちから分割主義について学んだゴッホは、スーラやシニャックの絵画のような色彩豊かな点を模倣する実験を行いました。
その頃描かれた「レストランの内部」は、彼の点描技法による最も意欲的で繊細な作品のうちの一つです。
しかし、システマチックな短いタッチと線を用いたことによって、ゴッホの作品は、分割主義の装飾的な効果を減じ、通常よりも平面的になっています。
結局、ゴッホは正統な分割主義の技法を実践することはありませんでした。
フィンセント・ファン・ゴッホ「種まく人」1888年
スーラのシステマティックな筆遣いと彩色法を採り入れるのに苦労した彼は、自分自身の様式はより直観的で自由なものであるという結論に至ったのです。
その後に描いた作品において、点描風のタッチを金色の色調と印象派風の光の効果と混ぜることによって、真に彼自身の様式といえるものを獲得したのでした。
第4章「ベルギーとオランダの分割主義」では、ヨーロッパ中に広まった分割主義の影響を見ていきます。
ベルギーの現代美術グループ「20人会」の画家たちは、スーラの作品に大いに刺激を受け、ブリュッセルは分割主義の第2の故郷となりました。
ファン・レイセルベルヘは、この様式で描いたベルギー人画家の中で、真の傑作を生み出した数少ない画家のひとりです。
テオ・ファン・レイセルベルヘ「満潮のペール=キリディ」1889年
彼は「20人会」が解散した後も分割主義を守り通した唯一のベルギー人画家で、生き生きとした点描の技量を駆使して、風景画や肖像画を制作しました。
一方、オランダにおいては、ハーグで開催された分割主義の作品の展覧会によって、この様式は野火のごとく拡散し、大いに注目を集めました。
「20人会」の唯一のオランダ人だったトーロップは、この展覧会をオランダに招致する責任者の役割を果たしました。
ヤン・トーロップ「海」1899年
彼の制作は、スーラやシニャックたちの規則的な手法とは全く異なり、自由な解釈に基づいたもので、正統なものとは違いましたが、オランダにおけるモダンアートが発展するための決定的な要因となりました。
次週の最終章では、ゴッホやトーロップの影響を受けたモンドリアンがモダンアートに到達するまでの過程をご紹介します。



