雑話52「エッフェル塔と画家」
2012年春に開業予定の東京の新しいシンボル、東京スカイツリーの工事が大詰めに来ているそうです。
建設中の東京スカイツリー(現在511m)
高さは東京都庁舎、重さは名古屋テレビ塔に匹敵する部分をツリー内で組み立てた後、上に引っ張り上げる工法で、誰もやったことがない難工事だとか。
さて、スカイツリーにその座を明け渡そうとしている東京タワーのモデルは、言うまでもなくパリのエッフェル塔でしょう。
現在のエッフェル塔
パリの最も有名なシンボルとなっているエッフェル塔ですが、1889年の建設当初は奇抜だったその外観のせいで、大衆から非難され、完成当日の新聞は芸術団体からの抗議文で埋め尽くされました。
そのためか、美術史を振り返っても、エッフェル塔を描こうとした画家の数は決して多くありません。
そんなエッフェル塔を好んで描いた画家の一人にシャガールがいます。
ロシアの地方都市ヴィテブスクのユダヤ人労働階級地区に生まれ、閉鎖的な社会で育ったシャガールにとって、パリは芸術の自由を約束する場所でした。
マルク・シャガール「窓から見たパリ」1913年
シャガールはエッフェル塔を世界に名だたる芸術の都パリを象徴するものとして自身の作品に表現しています。
マルク・シャガール「7本指の自画像」1912-13年
そして、エッフェル塔を好んで描いたもう一人の画家が、他の画家との付き合いがほとんどなかったシャガールと唯一親しかったドローネーだったのはあまりにも奇遇です。
しかし、シャガールはドローネーの芸術をほとんど理解していなかったと述べており、彼らの友情はドローネーの妻であるソニアがロシア=ユダヤ系であったことが影響していたようです。
キュビスムから派生したもっと色彩豊かで詩的なオルフィスムの先導者であるロベール・ドローネーが描いたエッフェル塔は、近代という新しい時代への賛歌でした。
ロベール・ドローネー「シャン・ド・マルス、赤いエッフェル塔」1911年
ドローネーは他のキュビストがその表現方法を幾何学的な形態に見出したのに対して、印象派以来の明るい色彩と光を決して手放しませんでした。
彼は1910~1911年の「エッフェル塔」のシリーズにおいて、キュビスム的な断片化の見事なヴァリエーションに到達しました。
そこでは、エッフェル塔は光の充満の中で有り余るエネルギーを発散するかのように湾曲し、周囲の家並みにのしかかっています。
ドローネーにとって、この光の破壊力は新しい絵画の生命であると同時に現代文明のダイナミズムの体験でもあったのです。
そう言えば、東京タワーも映画の題材にこそなりましたが、絵の題材にはなりませんでしたね。
新しい東京スカイツリーはパリのエッフェル塔のように、絵画のモチーフに選ばれるような心のシンボルになれるのでしょうか?

