絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -220ページ目

雑話58「移り変わる美の基準・・・美人の条件」

時代とともに人々の好みは変わり、一時期もてはやされたスタイルは別の時代にはまったく評価されなくなったりします。


これは美人にも言えることで、ある時期美人だとされた女性が別の時代には必ずしも美人だと思われる訳ではありません。


さて、そんな流行おくれ(?)の美人の代表例としてよく挙げられるのが、平安時代の美人とルノワールの絵画に出てくる女性です。


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紫式部 土佐光起筆 石山寺蔵 


平安時代に下膨れでおちょぼ口の顔がもてたかどうかは知りませんが、印象派が活躍した19世紀後半ではむっちりとした女性が好まれたというのは本当でしょうか?


印象派のほかの画家たちはあまり女性像を頻繁に描きませんでしたが、同時期に活躍した画家たちの作品を見てみても、いつも女性がふくよかに描かれているわけではありません。


例えば、印象派とほぼ同時期に活躍したアカデミー派の画家であるウィリアム・アドルフ・ブグローは女性の身体の描写を得意としていましたが、彼の理想化された女性の肉体は決してルノワールの女性像のように豊満ではありません。


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ウィリアム・アドルフ・ブグロー「ニンフたちとサテュロス」1873年


このルノワールの豊満な女性たちは実はルノワールの個人的な好みだったようです。


そのことは、ルノワールが息子で映画監督だったジャン・ルノワールに語った話からも伺えます。


”君のお母さんが食べるのを見るのは実に楽しかったよ。当世風の女たちとはまったく違うのさ、ああいう女たちは、すっかり胃がちぢんでしまって、あんなにひょろひょろと蒼白いんだよ!”


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ピエール・オーギュスト・ルノワール「坐る欲女」1883-1884年

※妻のアリーヌがモデルと言われています


ルノワールによると、当時でも流行の女性は痩せていたようですし、実際に彼が描いた女性の中にも人気に左右されるような職業につく女性は豊満ではありませんでした。


ジャンヌ・サマリーはコメディ・フランセーズで活躍した有名な舞台女優で、ルノワールの初期の作品に頻繁にモデルとして登場します。


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ピエール・オーギュスト・ルノワール「ジャンヌ・サマリーの肖像」1878年


ルノワールの絵画に出てくるジャンヌは決して他のモデルのように豊満ではありません。


ところが、息子のジャンによるとジャンヌもやはりルノワール好みのふくよかな女性だったようです。


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ジャンヌ・サマリーの写真


実際に残っているジャンヌ・サマリーの写真を見るとジャンの言葉通りふくよかな女性が写っています。


もしかすると、人気商売である女優のジャンヌにルノワールも気を使って、当世風の女性に見えるように、実物より細く描いたのかもしれませんね。