雑話61「エコール・ド・パリの日本人画家・・・藤田嗣治」
先週のブログの冒頭で藤田嗣治について書きましたが、彼について今まで取り上げたことがありませんでしたので、今週は藤田嗣治をご紹介することにしましょう。
藤田嗣治の肖像
※おかっぱ頭と丸いめがねが彼のトレードマークでした
藤田嗣治はその独特の滑らかな乳白色の絵肌に、繊細で流麗な黒の線で描かれた裸婦で有名です。
彼はこの技法で描いた3点を1921年にパリの絵画サロンの一つ、サロン・ドートンヌに発表して、絶賛されました。
その中で最も高い評価を得たのは、当時パリで有名だったモデルのキキを描いた裸婦像でした。
藤田嗣治「ジュイ布のある裸婦」1922年
この作品の最大の魅力は、やはり裸婦の白い肌です。
画面全体のモノトーンの色調の中に浮かび上がったその肌は、絵具を厚く塗り重ねないことで、まるで陶磁器のような透明感をかもし出しています。
艶やかな肢体を縁取る黒い輪郭線は流れるように描かれ、肌の魅力をいっそう引き立てています。
こうして独自の画風を確立した藤田は、その後「サロンの寵児」と呼ばれるほどの人気を獲得します。
しかし、フランスでの成功とは裏腹に、日本では藤田の作品はまったくといって良いほど、評価されませんでした。
黒田清輝「落葉」1891年
黒田清輝らの外光派が賞賛されていた当時の日本では、印象派風とはまったく違う藤田の絵は注目に値しなかったのです。
この日本の画壇との確執はその後も続き、最後は藤田が日本を捨ててフランスに帰化するという最悪の結末を迎えます。
さて、藤田の画風は多彩な色が使われた一時期を除くと、基本的には彼の代名詞ともなった乳白色の繊細なものでした。
しかし、彼が好んで描いたモチーフは、1920年代の「裸婦」から戦後にフランスに戻って以降の「子供」に変わっていきました。
藤田嗣治「2人の姉妹」1959年
子供といっても、藤田の画面に登場する子供に実在するモデルはなく、彼の想像上の存在です。
子供に恵まれなかった藤田は心の中にある子供を描くことに情熱を注いでいたのです。
彼の描く子供はどこか不思議な印象があります。
藤田嗣治「公園の中の少女」1957年
※20世紀では日本人作家の最高の550万ドル(当時のレートで8億4370万円)で落札されました
画面の中の可愛らしい子供たちは、無邪気なしぐさの中に意地悪そうな複雑な表情を秘めています。
そんな可愛くて恐い表情は藤田の子供の像の魅力でもあります。
ちなみに現在日本でもっとも人気のあるモチーフはこの晩年に描かれた子供です。
近年になり、日本の美術界も長い確執の後、ようやく海外でも評価される数少ない日本人芸術家である藤田嗣治を再評価する機運が高まってきました。
2006年には、生誕120年を記念して全国の美術館で大規模な回顧展も開かれ、生前日本の美術界に冷遇された藤田の無念もようやく報われることとなりました。
また、国際的なマーケットをもつ藤田の作品は、日本の疲弊した経済とともに値崩れしている大半の日本の作家の中で、価格を維持している貴重な存在でもあります。
長い眼で見れば、打たれても出る杭にならないと、真の偉業は達成できないということかもしれませんね。

