雑話63「ロマン主義の雪景色・・・ヴラマンク」
今年は本当によく雪が降りますね。
さて、日本の美術愛好家にとって、雪景色を描く作家として真っ先に思い浮かぶ海外作家の一人は間違いなくモーリス・ド・ヴラマンクでしょう。
モーリス・ド・ヴラマンク「冬の村の通り」1930年頃
バブル経済の頃の日本では、雪景色を初めとする荒涼としたヴラマンクの風景画が大人気で、日本に大量に輸入されました。
但し、美術史上でもっとも注目されたヴラマンクの絵画はフォーヴ時代のもので、価格もその時代のものが億単位以上で取引されているのに比べ、日本で人気の高い作風のものはどんなに高くても一桁は低く、かなりの値段の開きがあります。
モーリス・ド・ヴラマンク「ブージヴァルのレストラン”ラ・マシネ”」1905年頃
※フォーヴ時代の代表作です
年代的には、ヴラマンクは後期印象派より少し後の世代の作家で、ピカソやエコール・ド・パリの作家たちとほぼ同世代です。
ヴラマンクが1905年にマチスやドランとともにサロン・ドートンヌに出品した絵画は、その激しい色遣いのために、フォービズム(野獣派)と呼ばれました。
それらは歴史上初めてチューブから出たままの純粋な色彩を使った、極端な彩色が施されていて、当時としてはかなり過激な作品でした。
しかし、色彩の饗宴と絵画の自律性を求めたとされるフォービズムの運動は非常に短命に終わります。
チューブから搾り出したままの生の絵具はそれぞれがかなり強い色であっても、それらを併置してしまうと、個々の色彩は互いに相殺して画面は平板なものになり、立体も奥行きの感覚もなくなってしまいます。
そこで、ヴラマンクはセザンヌの絵画を参考に自身の空間構成を構築し、フォービズムの刺激的な原色の画面はセザンヌ風のスタイル(セザニアン時代)になりました。
モーリス・ド・ヴラマンク「川沿いの村」1915年
セザンヌの空間構成は、遠近法に頼らずにプラン(景:前景・中景・遠景など)を次々と積み重ねることによって奥行きを表現し、フォルムと量感によって画面を構成していました。
このセザニアン時代の作品はセザンヌ同様、断片化された面によって構成されていましたが、やがて古典主義的な要素と表現主義的な要素が混在する新しい作風へと変わっていきます。
この晩年のスタイルは美しい調和、対象への詩的アプローチといった新しい雰囲気を漂わせており、第一次大戦後に自然主義が主流となった美術界で、ヴラマンクは流行画家となりました。
モーリス・ド・ヴラマンク「サンセット、セノンシュの森」1938年
これは、先の戦争によって打ちのめされ、傷ついたヴラマンクが現代社会や文明にすっかり不審の念を抱き、変わってしまった彼の世界観を表したものでした。
その後、ヴラマンクは彼にとって現代社会そのものを意味するパリの生活から遠ざかろうと決意し、パリから遠く離れた郊外に転居します。
ヴラマンクが移り住んだボース地方は天候が荒れることが多く、彼の絵にもそうした嵐の空が描きこまれるようになり、タッチはますます詩的になっていきました。
こうして生まれたロマン主義的・表現主義的なヴラマンクの作品がバブル経済期の日本に数多く輸入されたものなのです。
現在でも、その荒々しいが詩的な雰囲気を持つヴラマンクの絵画のファンは多く、日本で人気のフランス画家の一人です。



