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雑話65「モデル、画家、母・・・シュザンヌ・ヴァラドン」

先週のブログで少しだけ触れましたが、ユトリロの母であるシュザンヌ・ヴァラドン自身も非常に興味深い画家ですので、今週は彼女にスポットを当ててみましょう。


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シュザンヌ・ヴァラドンの肖像


彼女の本名はマリー=クレマンティーヌ・ヴァラドンで、シュザンヌは俗称です。


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トゥールーズ=ロートレック「二日酔い」1887-89年

※個人的にはこの顔が一番良く似ていると思います


一説によると、シュザンヌと名づけたのは彼女が絵のモデルをつとめ、恋人でもあったトゥールーズ=ロートレックで、その理由は彼女がピュヴィ・ド・シャバンヌのお気に入りのモデルだったからだそうです。


「シュザンヌ」とは入浴しているところを老人に見られ、それをタネに関係を迫られる旧約聖書外典の登場人物です。


ロートレックは彼女が老齢のシャバンヌのための裸婦のモデルをしていることに皮肉をこめて言ったようです。


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ピエール・ピュヴィ・ド・シャヴァンヌ「聖なる森」1883-4年

※この絵のモデルはシュザンヌがつとめました

シャバンヌ以外にも彼女は多くの画家のモデルをつとめましたが、有名な画家としてはルノワールや前述のロートレックがいます。


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ピエール=オーギュスト・ルノワール「田舎のダンス」1883年

※シュザンヌの顔だった部分はアリーヌの顔に描き換えられました


特にルノワールの「田舎のダンス」のモデルをしていた時の逸話は有名で、当初のモデルだったシュザンヌに嫉妬した、後の妻アリーヌが自分の顔に描き直させたそうです。


モデルをしていたシュザンヌはやがて自身も絵を描き始めます。


彼女も息子のユトリロと同様まったくの独学でしたが、モデルをしながらシャバンヌやルノワール、ロートレックといった巨匠たちから絵画の秘密を盗み取ったのでしょう。


シュザンヌの絵画の特徴はその明確で的確なデッサンに基づく力強い描線と、率直且つ即物的な対象の把握です。


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シュザンヌ・ヴァラドン「モーリス・ユトリロの肖像」1921年


彼女はデッサンを非常に重要視し、またその才能に自信も持っていました。


シュザンヌは風景画や静物画も描きましたが、好んだモチーフは裸婦や人物像でした。


彼女の裸婦や男性像は確かな造型意志に裏打ちされた男勝りの力強さを見せています。


また、恋多き女だったシュザンヌは、息子を愛する代わりにその情熱を絵画と恋愛に注いだようです。


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左からシュザンヌ、ユッテル、ユトリロ


彼女が40台半ばになって、息子の画家仲間だったアンドレ・ユッテルと恋仲になり、夫のもとを去ってユッテルと同棲生活に入ります。


ユッテルと自分をモデルにした「アダムとエヴァ」や「生きる喜び」などはこの新しい生活から生まれた収穫です。


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シュザンヌ・ヴァラドン「アダムとエヴァ」1909年


晩年にはサロン・ドトンヌの会員にも選ばれるなど、画壇にも確固たる地位を築き、それに伴い経済的にも潤いました。


しかし、その分浪費が増え、服装や言動も派手になったシュザンヌに愛想をつかしたユッテルとは別居状態になりました。


1935年に息子のユトリロを金満家の未亡人と結婚させた後は孤独となってしまったシュザンヌは、息子の結婚の3年後に73歳でその生涯を閉じました。


自由奔放に生きた彼女の人生は必ずしも最良の結末を迎えなかったかもしれませんが、芸術家としてのシュザンヌ・ヴァラドンは悔いる事のない人生を送ったことでしょう。