雑話64「哀愁のモンマルトル・・・ユトリロ」
先週のヴラマンクと共に、雪景色を連想させる海外作家としてモーリス・ユトリロがあげられます。
モーリス・ユトリロ「雪のサン・ピエール広場」1931年
ユトリロの画面はヴラマンクの表現主義的な激しいものとは対照的な哀愁漂う静かなものですが、彼もまた日本で人気のフランス人作家の一人です。
彼の作品に雪景色が多く描かれているのも事実ですが、むしろ彼の有名な「白の時代」の絵画のイメージが強いために雪景色が連想されるのかもしれません。
モーリス・ユトリロ「小さな聖体拝受者」1912年頃
彼はヴラマンクと世代も同じで生粋のフランス人なのですが、海外出身でモンパルナス界隈を拠点とした作家が多いエコール・ド・パリの作家とされています。
彼はまったくの独学の画家で、絵を描き始めたのもアルコール中毒を克服するための治療の一環だったという非常に変わった経歴の持ち主です。
子供の頃のユトリロと母親のシュザンヌ・ヴァラドン
※シュザンヌ・ヴァラドンは多くの巨匠のモデルを務め、また才能のある画家でもありました。
そして、彼がアルコール中毒に陥った原因は自身の母親にかまってもらえなかった寂しさでした。
内気で人付き合いが苦手だったユトリロは、生涯のほとんどをモンマルトル界隈で過ごしました。
かつてのモンマルトルのモン・スニ街
※下の絵とほぼ同じ角度から撮られています
そんなユトリロのモチーフが、モンマルトルの風景になったのは必然ともいえるでしょう。
モーリス・ユトリロ「ミミ・パンソンの家」1914年
ユトリロの作品の魅力はその叙情的な画面です。
寂しさとアルコール中毒に戦いながら描いた彼のモンマルトルの街並みは、単なる都市の風景を描いた「街景」ではありません。
孤独で愛情に飢えた彼を慰めてくれたモンマルトルの細い路地やカフェ、広場、いたるところにある急な階段は、彼の「心の内なる風景」として描かれたのです。
ユトリロの画業でもっとも充実した時期が「白の時代」といわれる、彼独特の微妙なニュアンスに富む白が多用されている期間です。
モーリス・ユトリロ「モンマルトルのラ・トゥーエルのカフェ」1911年頃
その「白」は主にモンマルトルの教会や家並み、塀などに用いられましたが、マティエールをより表情豊かでより変化に富むものにするため絵具に漆喰や砂を混ぜたといわれています。
その後は白が支配的なパレットが多彩な広がりを見せていきます。
「色彩の時代」と呼ばれたこの時期のスタイルは晩年まで続きますが、明るく澄んだ色調の多様な色彩が軽妙な筆致で薄く塗られ、細かい線的要素が強調されているのが特徴です。
モーリス・ユトリロ「モンマルトルのラパン・アジル」1933年
重厚で厳粛な調子の「白の時代」の方が人気が高いのですが、その後から晩年にまで続いた「色彩の時代」に描かれた作品の方が圧倒的に多いので、目にする機会は比較的少ないかもしれません。
モンマルトルの酒場「ラパン・アジル」の当時の写真
それでも「白の時代」の作品も含めて日本には相当数のユトリロの作品が入ってきていますので、日本でもっとも身近なフランス人作家の一人といえるでしょう。




