雑話114「世紀末芸術とファム・ファタル」
ファム・ファタル(femme fatale)とはフランス語で運命の女、もしくは魔性の女という意味です。
ギュスターヴ・モロー「出現」1876年
※ここに描かれるサロメも代表的なファム・ファタルの一人
祝宴での舞踏の褒美として洗礼者ヨハネの斬首を求めたとされる新約聖書上の人物
これは19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパで花開いた「世紀末芸術」においてよく取り上げられた主題です。
この「世紀末芸術」は当時の人々が抱いていた世紀末社会に対する様々な不安を反映したものでしたが、次の世紀末を経験した私たちにはあまり実感がわかないのではないでしょうか?
18世紀末にはじまった産業革命は機械技術文明の発達を促し、それはその後の人々の生活を劇的に変化させました。
1900年のパリ万博
※当時の平和と繁栄をもっとも象徴するものでしょう
物質文明の繁栄は人々に様々な恩恵を与えましたが、一方で工場の機械に職を奪われた職人や、新しく台頭してきたブルジョワにその座を奪われそうになった貴族など、多くの人たちを不安に陥れたのです。
また、この繁栄は1871年以降の長期にわたる平和のお陰でもありましたが、その陰ではたえず新しい武力同盟や防衛協定が結ばれており、ヨーロッパは不穏な空気に包まれていました。
そうした不安定な状況下で、平和と繁栄を謳歌する風潮は頽廃、堕落、腐敗などを生み出し、そこに不安をおぼえた人々は、世紀の終わりを一つの転換期とみなす終末思想をクローズアップするようになったのです。
グスタフ・クリムト「ユディットとホロフェルネス」1901年
※ユディットはベツリアに攻め入ろうとする将軍ホロフェルネスに寝返ったふりをして信用させ、彼が寝込んだ隙にその首をはね、街を救ったという聖書外典中の女性
さて、女性の社会進出も国家の近代化にとって不可欠なことでしたが、保守的な人々つまり、大方の男性にとって新しい価値観をもった女性の存在は新たな脅威だったといえるでしょう。
そのせいか、世紀末芸術では、女性たちは性的魅力によって男をたぶらかす妖魔や、堕落させる魔女、エデンの園の価値観を混乱させるイヴの姿として表現されました。
エドワルド・ムンク「ヴァンパイア」1894年
※ムンクにとってつきあった女性たちはマドンナであり、ミューズでありましたが、同時に魔女であり、ヴァンパイアでもありました
ですから、洗礼者ヨハネの首を求めたサロメ、ユダヤへの侵略軍司令官ホロフェルネスの首を持ち上げるユディットが世紀末に好んで描かれたのは、それが女性によって主権が侵害されるという恐怖におびえる男性原理を表現したものだったからかもしれませんね。



