絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -163ページ目

雑話115「印象派と写真」

印象派の技法はデビュー当時、美術評論家から激しく酷評されるほど革新的でしたが、実は様々な要素によって絵画技法の発達が促された結果でもありました。


絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

ウジェーヌ・キュヴリエ「霧の中のフォンテーヌブローの森」1865年頃

そのひとつが写真の発明です。


19世紀前半に発明された写真は、それまでの「線と色彩」という絵画の約束事を超越して、光によってイメージを作り出しました。


写真家が都市の街頭や田園の情景を撮影したイメージには、当時の技術的な制約のためにボケた輪郭や、白黒の不明瞭な領域などが見られましたが、それが技術によって可能になった、自然そのものによる形成過程のしるしと思われたのです。


フォンテーヌブローで活躍していたコローのような風景画家は、そのような写真の効果を絵画で模倣し始めました。


絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー「モルトフォンテーヌの思い出」1864年

明確さの欠如は詩的な雰囲気と自然主義のしるしと解読されるようになってきたのです。


その後に続いた印象派の画家たちも、このように直接色彩によって制作することによって、現実そのものを模倣したのです。


ですから、印象派の筆頭であるモネが使う混色によらない絵具の斑点、筆致も、色彩によって直接的にデッサンするという考え方に照応するものだったのです。


絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

クロード・モネ「アルジャントゥイユの画家の庭のカミーユ・モネと子供」1875年

さらに、写真の普及によって、絵よりもカメラのほうが安くやれるような仕事は、画家がやる必要がなくなり、彼らは独自の探求と実験に駆り立てられることになりました。


もともと絵画には様々な実用的な用途があり、ものの外観を後々まで記録することもその一つでした。


写真が登場する前は、それなりの社会的地位を持つ人間なら誰でも、一生のうち一度は肖像画を書いてもらうために画家の前に座ったものでした。


それがいまや特別な事情でもないかぎり、誰も長々とポーズをとるようなことはなくなりました。


こうして、画家たちは写真が太刀打ちできない領域を探さざるをえなくなったのです。