雑話158「メトロポリタン美術館展」
現在、東京・上野の東京都美術館で開催中の「メトロポリタン美術館展」に行ってきました。
東京都美術館正門前
今回の企画では、「自然」という壮大なテーマに対して、芸術家たちが取ったアプローチごとに展示が分けられています。
古代メソポタミア文明の工芸品から、20世紀の写真作品までが集められた展示は、見所がいっぱいです。
では、いつものように個人的に気になった作品を中心にご紹介していきましょう。
まず最初に目に留まったのは、ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」の地獄絵図を思わせる小さな作品です。
ヤン・ブリューゲル(子)「冥界のアエネアスとシビュラ」1630年頃
作者は農民の絵で有名なピーテル・ブリューゲルの孫で、花や風景画で人気だったヤン・ブリューゲルの子であった、ヤン・ブリューゲル(※父と同名)です。
16世紀のネーデルランドでは、このような「地獄の風景」はボスによって伝統となっており、父のヤンも洞窟や山、火山といった極端な形態の自然で表された冥界の恐ろしげな光景を描きました。
「冥界のアエネアスとシビュラ」(部分)
大変な成功を収めていた父の工房を引き継いだ子のヤンは、父の作品から着想を得ていたようで、この作品も父の同タイトルの作品とよく似ています。
次の作品は、一転して爽やかなルノワールの浜辺の風景です。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「浜辺の人物」1890年
ルノワールの作品に登場する女性といえば、ふくよかな裸婦か身近な女性の肖像が多いのですが、ここでは屋外で楽しんでいる愛らしい若い女性が描かれています。
郊外で余暇を楽しむ場面を描いた作品はとても人気があり、このような作品を数多く描いたルノワールに大きな成功をもたらしました。
次に注目したのは、感動的な農村のシーンです。
「草取りをする人々」(部分)
ミレーを思わせる作風のこの絵の作者は、ジュール・ブルトンというフランスの画家です。
ジュール・ブルトン「草取りをする人々」1868年
ブルトンは農村の過酷な労働の砂をかむような現実を、宗教的夢想にも近い詩的な感傷で満たして、美化された理想へと昇華させています。
よく売れていたブルトンの作品について、同じ農村生活を描いていたミレーは、ブルトンが売れるのは作品の中に愛らしい女性を描いたからだと皮肉っていたそうです。
彫刻のセクションからは、古代エジプトの作品に惹かれました。
「ネクタネボ2世を守護するハヤブサの姿のホルス神を表す小像」
紀元前360~前43年頃
頭上に冠を抱いたハヤブサの姿は優美で且つ堂々としていて、当時絶大な権力を誇ったエジプト王を象徴するにふさわしい威厳を感じさせます。
ハヤブサは、古代エジプトの神々のなかで最も重要な存在のひとつであるホルス神の姿です。
よく見るとホルス神の前にはエジプト王の小像があり、これはホルス神がエジプト王を守護していることを示すと同時に、王その人をも表しているのです。
展覧会の後半の見所のひとつは、間違いなくゴッホの「糸杉」でしょう。糸杉は晩年のゴッホが熱心に取り組んだ主題の一つです。
フィンセント・ファン・ゴッホ「糸杉」1898年
彼はアルルで描いた自身の「ひまわり」の絵に匹敵する作品を、「糸杉」で実現しようとしました。
ここでは、ゴッホの特徴的な力強いストロークが、糸杉だけでなく、空や雲、草むらなどあらゆるところで渦を巻いており、精神病院に入院している彼の不安定な精神状態がそのまま反映されているようです。
最後は、地元のアメリカの作家の作品をご紹介しましょう。
エドワード・ホッパーの「トゥーライツの灯台」です。
エドワード・ホッパー「トゥーライツの灯台」1929年
ホッパーはアメリカ写実主義を代表する作家で、現代アメリカの都市部や郊外の風景を簡素で、計算された表現で描きました。
これはアメリカ北東部のメイン州のエリザベス岬にある高さ36.5mの灯台と、それに隣接する海岸警備隊の施設を描いたものです。
ホッパーは特定の人間の物語を語ることや、風景全体を現すことには関心がなく、むしろ、色彩と形の相互的な形式上の関係性や、光をとらえることに強い関心がありました。
この作品にも、人物は一人も登場せず、岩だらけの岬を囲む海も描かれていませんが、青い空をバックにして建つ白い灯台が、大西洋沿岸の透明な明るい光を感じさせる、とてもすがすがしい作品に仕上がっています。








