雑話159「エドワード・ホッパー アメリカの肖像」
エドワード・ホッパーは、20世紀前半の典型的なアメリカの風景を描いた、アメリカで最も人気のある画家の一人です。
強い光とユニークな視点が特徴的な風景は、一見どこにでもあるアメリカの街角や田舎のようですが、どこか孤独で物悲しい雰囲気が漂っています。
エドワード・ホッパー「線路の日没」1929年
それらは、アメリカの画家として、自国の美術を確立しようとしたホッパーがとらえたアメリカの肖像なのです。
「夜の影、1921」はまだ商業イラストレーターとして働いていたホッパーが、10年間ほどエッチングとドライポイントに取り組んだ時期の作品です。
エドワード・ホッパー「夜の影、1921」1921年
ここでホッパーは、上から見下ろした視点と、緊張感のあるコントラストによって、空間をドラマティックに表現しています。
この絵を見るものは、まるである光景を覗き見ているかのようですが、事態はまったく不明です。人気のない場は緊張にうち震え、沈黙はあたりの空気を今にも引き裂きそうです。
「線路沿いの家、1925」で、ホッパーは、はじめてアメリカを象徴的に表現することに成功しました。
エドワード・ホッパー「線路沿いの家、1925」1925年
ここに描かれたヴィクトリア風の家は、根無し草的であり、白みがかった青空に姿を浮かび上がらせています。空には風もなく、雲もなく、ひたすら空虚なばかりです。
いくつかの窓はまばゆい明るさの中で凹凸が溶解し、他の窓は暗闇の中でかろうじて形を保っています。しかし、柱のある回廊を含めて、どの窓も家の内部へと導くものはなく、まったくミステリアスです。
ただ、放棄されているという奇妙な感覚と、意味不明の固定感が残るのみですが、この広大な空虚はアメリカ特有のものなのでしょうか?
「日曜日の早朝」の舞台は、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジです。ここに描かれているのは、どこにでもありそうなありふれた通りです。
エドワード・ホッパー「日曜日の早朝」1930年
しかし、よく見ると背後に摩天楼がわずかに顔を出しています。それはさりげなく描かれていますが、実は小さな通りを驚かす脅威なのです。
店は営業しているように見えません。活気もなく、ただ妙に「光」が強調されています。そして、背後には、「影」のような摩天楼が迫っています。
この光の強調は、背後の影を隠そうとするかのようですが、逆に影をより鮮明に浮かび上がらせることになり、さわやかな朝の印象は、摩天楼の脅威、憂鬱といったものに変わるのです。
「ガソリンスタンド、1940」に描かれたガソリンスタンドは、当時のアメリカ社会における象徴的な意味を帯びています。
エドワード・ホッパー「ガソリンスタンド、1940」1940年
車が普及し始めたこの頃には、大陸からアメリカに渡って成功した人々が華やかな生活を送る一方、彼らを追って新たに移民してきた人々が、必死でもがいているという2つの世界がありました。
さて、絵の中央に描かれた3台の赤いガソリン・ポンプの右側には、白い建物がまぶしく輝いています。そして、それとは対照的に、その奥には暗い森が潜んでおり、そこに通じる右に大きくカーブした道の先は真っ暗闇です。
そこには、光があてられた旧移民の華やかな世界と、光とは無縁の新移民の世界というコントラストが意図されており、ガソリンスタンドはこの2つの世界の分岐点として描かれているのです。
「夜の散歩者(夜の鷹)、1942」で、ホッパーは町の通り、夜の概念を視覚化しています。
エドワード・ホッパー「夜の散歩者(夜の鷹)、1942」1942年
密閉されたガラスの檻か水槽のように、明るく照らし出されたバーが町の暗闇に浮かび上がっています。
暗闇から逃れたバーは「夜の鳥」たちに一瞬の、または永遠の退避場所を提供しています。
そこは不可思議な場所ではないのに、捕獲と罠が暗示されています。
ポーランドの映画監督であるロマン・ポランスキーはこの作品について以下のように述べています。
それは1940年代の雰囲気に満ち満ちている。
それはわれわれの集団的無意識の一部にある、チャンドラー※1とグッディス※2の小説の空気である。
ホッパーがこの時代のギャング映画の雰囲気を再生させたことは事実である。
それゆえにこの作品には、ノスタルジーのオーラが漂っているのである。
※1 レイモンド・チャンドラー アメリカのハードボイルド作家
※2 デイヴィッド・グッディス アメリカのハードボイルド作家





