雑話161「リキテンスタイン①、漫画がアートに」
ロイ・リキテンスタインは、アンディ・ウォーホルとともに、アメリカン・ポップ・アートを代表する画家です。
ロイ・リキテンスタイン「た、たぶん」1965年
漫画のひとコマを切り取ったような作品は、それまで人々が持っていた芸術に対する高尚なイメージを地に叩き落したといってもよいでしょう。
彼はアメリカのポップアーティストの中で、最も悪口を言われた作家であり、1962年に開かれた彼の最初の個展で彼の絵を見た人は皆、その奇抜さに度肝を抜かれました。
現在では、リキテンスタインは大衆的なイメージを使って、彼の画家としての生活や、プライベートな生活のなかで感じた希望や恐れを表現したと認識されています。
すっかり有名になった今でも、十分に理解されているとはいえないリキテンスタインの芸術ですが、今回は彼の作品を個々に見ていきながら、彼の芸術について紹介していきたいと思います。
彼の最初のポップアートの作品は「Look Micky(見て、ミッキー)」です。
ロイ・リキテンスタイン「見て、ミッキー」1961年
この作品は、彼の息子が持っていた子供向けの本の1シーンに着想を得ています。
自分のコートに釣り針が引っかかったことに気づかないドナルド・ダックは、隣で釣りをしているミッキーに興奮して叫びます。
「見て、ミッキー」
「大きいのがかかったよ」
それを見て笑いそうになったミッキーは、友だちを困惑させないように、口を押えて笑いを堪えています。
「見て、ミッキー」の元になった絵本のイラスト
リキテンスタインによると、これは彼自身が置かれた当時の状況を描いているそうです。
ドナルド・ダックは野心に満ちた芸術家としての彼が、40歳近くになってようやく成功の可能性を見出して興奮している様子を表しています。
一方、ミッキーは自分を冷静に見つめるもう一人の自分であり、失敗に終わるかもしれないのに浮かれている自分は、滑稽に振舞うドナルドと同じだとして、自分自身を笑い飛ばしながらも、落胆から自分を守ろうとしているのです。
リキテンスタインの最も知られた作品が、彼の「ラヴ・コミック」シリーズです。
第2次世界大戦が終わると、恋愛漫画はアメリカで一大ブームになり、1952年までに20以上の出版社が月に650近くの作品を世に送り出していました。
1962年からリキテンスタインは、その絵の明瞭さと単純さが気に入って、恋愛漫画のイメージを使い始めました。
例えば、彼の「溺れている少女」は、「愛の逃避行」という漫画の表紙に着想を得ています。
ロイ・リキテンスタイン「溺れている少女」1963年
当時、彼の作品はオリジナルの単なるコピーだと思われていましたが、実際にはより芸術作品としてふさわしいものになるように、微妙に手が加えられていました。
この作品では、少女が大きくなり、前景の波と吹き出しが移動されたことで、手から顔を横切って吹き出しまで通る斜めの線が、構図に安定感を与えています。
トニー・アブルッゾ「愛の逃避行」
※「秘密の気持ち」第83話の中の1話1962年11月
実は、「ラヴ・コミック」シリーズは、リキテンスタイン自身のこのテーマに対する曖昧な気持ちに端を発しています。
このシリーズは彼が妻のイザベルと最初に別居した1961年に始まっています。
当時の彼の不倫相手や同僚の目からも、「ラヴ・コミック」シリーズと画家のプライベートな生活が密接に関係しているのは明らかでした。
但し、関係があったのは妻との離婚問題だけではなかったようで、彼の不倫相手だったアイゼンハウワーは、この作品には恋愛に対する彼の悲観的な見方が表されていたのではないかと言っています。
リキテンスタインは、彼の絵の中で泣いている女性がいっているように、恋愛に絶望していましたが、離婚に失望していたわけではありませんでした。
ロイ・リキテンスタイン「どうしようもない」1963年
彼は1962年に女流写真家と短期間の不倫関係をもった挙句、苦い失恋を経験しました。そのとき、彼はひどく傷つきましたが、決して涙は流しませんでした。
そんな彼の代わりに、絵の中の女性たちが涙を流していたのです。
<パート2に続く>





