絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -118ページ目

雑話160「ポップアートの誕生」

先週のエドワード・ホッパーに引き続き、今週もアメリカ美術についてご紹介しましょう。


ポップアートは、広告や、映画、テレビ、漫画、ポップミュージックなどの大衆文化から素材を取り入れた、コンテンポラリーアートの美術運動のひとつです。


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アンディ・ウォーホル「マリリン」1967年

アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインをはじめとするニューヨークで活躍したアメリカ人作家が有名ですが、その発祥の地はイギリスのロンドンです。


最初に描かれたとされるポップアートの作品のひとつは、ロンドンで活動したリチャード・ハミルトンの「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか?」です。


これが描かれたのは、ウォーホルがポップアート作品に取り組む5年前の1956年でした。


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リチャード・ハミルトン「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか?」1956年

だからといって、イギリスで発祥したポップアートがアメリカに伝わって、アメリカでポップアートの作品が描かれるようになったのではありません。


それでは、アメリカのポップアートはどのようにして誕生したのでしょうか?


究極的には、イギリスのポップアートも、アメリカのそれも、戦後のアメリカにおいて、広告や映画、テレビなどが放った強烈なイメージによって生まれたといえるでしょう。


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ロイ・リキテンスタイン「キッチン・レンジ」1961年

第2次世界大戦後、アメリカ政府は景気浮揚策として、消費を促進するためにさまざまな政策を打ち出しました。


その結果、人々は強烈な消費主義によって、生活に必要だからではなく、隣人と張り合うために、そしてGNPを永遠に上昇させるために欲求をかきたてられました。


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最初のクレジットカード「ダイナースクラブ」、1950年発行

※「買うのは今、支払いは後」計画は売上を伸ばす主要な装置となりました

ビジネスとして消費を喚起するために使われた、最も強力な方法は広告でした。戦後期には、テレビから広告掲示板までのあらゆる形の広告が激増しました。


そして、広告がアメリカ人の生活習慣をつくるようになり、広告の登場人物はアメリカ文学や映画の登場人物になりました。


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CBS放送「父は何でも知っている」のキャスト

※広告、その他の映像文化で描かれたオーソドックスな白人の核家族は、現代の理想郷に生きるお手本的な存在でした

広告の映像には、その商品の獲得が、よりよい製品のみならず、アメリカンドリームへの切符を手に入れることになるという暗示も含まれていたのです。


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ヤングスタウン「ドリーム・キッチン」の広告

※食器洗浄機やごみ処理機のついた夢のキッチンは、家事の時間を半減してくれる、理想的な中流家庭生活の最も重要なアイテムでした

アメリカの広告、テレビ番組、そして映画はどれも、戦後の豊かさは、単に個人や家族の幸せへの手段を提供するだけでなく、社会的にも政治的にも平等な社会への道を用意するという考えを広めようとしました。


そうして、「アメリカ的な生活様式」が理想郷を実現するかもしれないという信仰は、あらゆるレベルの戦後のアメリカ人の思考に浸透していったのです。


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トム・ウェッセルマン「静物#3」1963年

ポップアーティストを含む、多くの芸術家にとっても、戦後の大衆向けの視覚文化の執拗な圧力から、目を背けることは不可能でした。


そのようなイメージは、資本主義の新たな1ページ、完全に実現された消費者文化の出現を意味したのです。