結局、竹中平蔵とは何者だったのか [ゲンダイ]
結局、竹中平蔵とは何者だったのか [ゲンダイ]
http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/795.html
投稿者 white 日時 2006 年 9 月 21 日 10:54:02:
□結局、竹中平蔵とは何者だったのか [ゲンダイ]
http://eritokyo.jp/independent/nikkangendai-col083.html
結局、竹中平蔵とは何者だったのか
日刊ゲンダイ
掲載:2006年9月20日
─ Dailymail Businessより ──────
■ 結局、竹中平蔵とは何者だったのか
■ 無能首相にデタラメを吹き込んで、やりたい放題の末に逃亡する男の奇怪な正体
■ アメリカの回し者といわれる人物を政権の中枢に据えて5年半も好き勝手に
■ 操られてきた小泉デタラメ首相は国と国民に何をもたらしたのか
■ 傍観してはいられないこの重大問題
────────────────
-------------------------------
安倍新政権になっても、ほとんど解決策のない竹中構造改革
とやらの後遺症に苦しめられることになる国と国民
-------------------------------
これほど無責任な男を見たのも久しぶりだ。
竹中平蔵が議員を辞める。15日の記者会見では「小泉内閣の終焉をもって政治の世界における私の役割は終わり」「職業政治家になりたいと思って生きたわけではない」なんて言っている。
04年の参院選で72万もの選挙民に「竹中平蔵」と書いてもらった責任はまったく感じていないらしい。
河野太郎衆院議員がメルマガで「ふざけるんじゃねえ!!
議員のバッジは小泉総理がつけたものではない」「有権者をなめんじゃねえ」と批判したのは当然だろう。
そもそも、竹中は異常な権力志向で時の政権に近づいた。慶応大教授時代の98年には小渕首相の諮問会議「経済戦略会議」のメンバーになり、70兆円ものバラマキ財政を正当化した。
2000年には森首相の諮問会議「IT戦略会議」のメンバーに加わり、ITを「イットって何だ?」という“サメの脳みそ”首相をたぶらかして「IT推進で530万人の雇用を創出できる」なんて大ボラを吹いていた。
◆ 「カネにならない」と逃げ出す無責任男 ◆
それが、小泉政権になると、これまでの財政出動型から緊縮財政型にガラリと宗旨変えして、アメリカ型の民主化・市場原理主義の導入の旗を振って大臣ポストを手に入れたのだ。
小泉は細かい政策にはむとんちゃくで、抵抗勢力とのドンパチにしか関心がないから、竹中は「トラの威を借るキツネ」でやりたい放題。「小泉改革のエンジン」として、構造改革や規制緩和を推進させた。
ところが後ろ盾の小泉が退陣して、安倍政権では入閣の目がないと見るやサッサと議員バッジを外してしまったのだから、呆れる。
「大臣の肩書がなければ竹中は単なる参院自民党の1回生議員。あと4年間も、たった2300万円の歳費で拘束されるのに耐えられなかったのでしょう。
辞職して元大臣の肩書で講演活動を行えば1回100万円以上は確実ですからね。議員のままだと株や投信も自由に買えないし、企業の役員やコンサルタントにも就けない。資産の公開義務もある。辞めた方が自由に振る舞えるし、カネになるという打算です」(政治評論家・有馬晴海氏)
こんな無責任男が小泉の最大のブレーンだったのである。
◆ 竹中・小泉が残した中小企業の死屍累々と格差 ◆
口八丁手八丁で小泉をそそのかして入閣した竹中。小泉が経済オンチなのをいいことに、5年半にわたって政権をコントロールしてきた。しかも、その中身がアメリカかぶれの自由競争と市場原理主義だったから、日本社会はズタズタにされてしまった。
その最たるものが不良債権処理だ。金融機関に強権的に公的資金を投入し、不良債権処理を迫った。その結果生まれたのが中小零細企業と地方地場産業の死屍累々たる倒産である。立大教授の山口義行氏(金融政策論)が言う。
「銀行がなぜ、いまだに信用されないのか。これはバブルの時にノルマ主義で貸し出しを行った上に、今度は竹中氏にハッパをかけられてノルマ主義で融資引き揚げと貸しはがしをやったからです。
金融庁は再建計画が実行できない銀行には引当金を積ませ、行政指導という罰則を与えたから、経営陣は保身から現場にハッパをかけ、現場は借り手から強引に取り立てた。
しかも、公的資金の注入を脅しの材料にしたため、ついには帳簿の改ざんや法外な手数料稼ぎにまで走った。竹中氏はそれに耐えられない中小・地方産業に、『市場から退場していただく』と米国流の市場原理で切り捨てたのです」
無理な貸しはがしがなければ生き残れた企業がたくさんあった。しかし、竹中はそんな会社は不必要だと思っているのだ。
....
- 小野 展克
- 竹中平蔵の戦争 金融再生に挑んだ730日
- 二宮 厚美
- 現代資本主義と新自由主義の暴走
- イグナシオ ラモネ, ヤセク ヴォズニアク, ラモン チャオ, Ignacio Ramonet, Jacek Wo`zniak, Ram´on Chao, 杉村 昌昭, 信友 建志, 村澤 真保呂
- グローバリゼーション・新自由主義批判事典
- ジャック モロー, Jacques Moreau, 石塚 秀雄, 北島 健一, 中久保 邦夫
- 社会的経済とはなにか―新自由主義を超えるもの
- 友寄 英隆
- 「新自由主義」とは何か
- 白石 嘉治, 大野 英士
- ネオリベ現代生活批判序説
- フランソワ ウタール, フランソワ ポレ, Francois Houtart, Francois Polet, 三輪 昌男
- 別のダボス―新自由主義グローバル化との闘い
ドル全面安、弱いフィラデルフィア連銀指数で米年内利下げ観測浮上/ニューヨーク外国為替市場概況
ドル全面安、弱いフィラデルフィア連銀指数で米年内利下げ観測浮上/ニューヨーク外国為替市場概況
http://www.asyura2.com/0601/hasan47/msg/707.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 9 月 22 日 06:58:18:
「為替」 ドル全面安、弱いフィラデルフィア連銀指数で米年内利下げ観測浮上/ニューヨーク外国為替市場概況
「ドル全面安、弱いフィラデルフィア連銀指数で米年内利下げ観測浮上」ニューヨー
ク概況 2006年9月22日(金曜日)-株式会社フィスコ 平松 京子/片山 善博
[ニューヨーク外国為替市場概況]
*06:37JST 「ドル全面安、弱いフィラデルフィア連銀指数で米年内利下げ観測浮上」
【ロンドン市場概況】
21日のロンドン外為市場では、G7や米FOMCなどイベントが終了した後で取引の手掛
かり材料難から全体的に動きが鈍かったが、英金利先高観からポンド買いが優勢にな
ったのをきっかけにドル売りの動きが広がった。ポンド・ドルは1.8935ドルから
1.8987ドルまで上昇、ユーロ・ポンドは0.6720ポンドから0.67105ポンドまで下落
し、ユーロ・ドルは1.2720ドルから1.2747ドルまで上昇、ドル・スイスは1.2477フラ
ンから1.2457フランまで下落した。ドル・円は117円06銭から116円95銭以下のストッ
プロスをつけて116円75銭まで下落し、ユーロ・円は149円18銭から148円78銭まで下
落した。
【経済指標】
ユーロ圏・7月経常収支:+14億ユーロ(予想ゼロ、6月+68億ユーロ←+55億ユーロ)
【要人発言】
ヤム香港金融管理局長官
「香港ドル、米ドルとのペッグ制維持が望ましい」
中国外務省
「(安倍新総裁誕生)中国にとって対日関係の改善が最重要課題」
【ニューヨーク市場寄付】
ドル・円:116円96銭、ユーロ・ドル:1.2734ドル、ユーロ・円:148円90銭、ポン
ド・ドル:1.8986ドル、ドル・スイス:1.2484フラン
【ニューヨーク市場概況】
21日のニューヨーク外為市場では、3年来の低水準となった米フィラデルフィア連
銀指数を受けて利下げ観測が広がりドルが全面安となった。ドル・円は116円96銭か
ら米インべストメントバンク主導の売りに2週間ぶり安値116円22銭まで下落し、ほぼ
安値で引けた。ユーロ・ドルは指標発表後に買いが加速し、1.2713ドルからストップ
ロスを巻き込み1.2799ドルまで上昇し、1.2785ドル前後で引けた。ユーロ・円は円キ
ャリートレードの手仕舞いに一旦148円52銭まで下落後、本邦資本の買いに149円11銭
まで反発した。ポンド・ドルは1.8954ドルから1.9033ドルまで上昇し、ドル・スイス
は1.2543フランから1.2416フランまで下落した。
【原油市場】
原油相場は半年ぶり安値水準から反発。天然ガス取引で大規模損失を出したヘッジ
ファンドが昨日破綻し、残されたポジション売却に伴う相場下落が懸念されたが、取
引ポジションが他社に売却されることが決まったことで買い戻された。昨日60ドルち
ょうどまで売り込まれたNYMEX原油先物価格は上昇を続け、結局61.59ドル(前日比
1.9%高)で取引を終えた。
【株式市場概況】
NY株式相場は下落。昨日のFOMC(連邦公開市場委員会)を受けて朝方は小幅上昇し
て始まったものの、フィラデルフィア連銀製造業景況指数が予想に反して下落したこ
とで米国経済の減速は予想以上に深刻との見方が広がり相場も下落に転じた。その後
も引けにかけて下げ幅を拡大する展開となった。セクター別では、エネルギーや電気
通信サービスが上昇する一方で、食品・生活必需品小売や運輸が軟調。ゼネラル・ミ
ルズ(GIS)は好決算を発表して3.2%高。炭鉱大手のアーチコール(ACI)は大規模
な自社株買いを発表して上昇。一方ウォルマート(WMT)がジェネリック医薬品の販
売を開始するとの報道を受けて、ウォルグリーン(WAG)やCVS(CVS)などドラッグ
ストア各社が大幅下落となった。フェデックス(FDX)は好決算を発表したものの、
今期の人件費が増加するとの見込みが嫌気されて小幅下落となった。ダウ構成銘柄で
は、ヒューレット・パッカード(HPQ)がハードCEOが、取締役会の情報漏えい問題に
深く関与していたとの疑いから5.2%安。結局ダウは79.96ドル安の11533.23、ナスダ
ックは15.14ポイント安の2237.75で取引を終了した。経済の減速懸念が広がっている
ものの、長期金利が4.65%まで低下しており、株式相場にとっては追い風とも言え
る。
【通貨オプション】
ドル・円は、03年4月来の最低水準となった米・9月フィラデルフィア連銀景気指数
を受けて米利下げ観測が強まりドルは反落した。しかしながら、引き続きレンジ相場
観測が強く、オプション市場では売りが先行し1ヶ月物変動率は7.550%から
7.200%、3ヶ月物は7.825%から7.675%、6ヶ月物は7.975%から7.800%へそれぞれ
低下し、1ヶ月物の変動率は10年来の最低水準となった。
リスクリバーサルでは、ドル調整売りとの見方から様子見気配が強い。25デルタ円コ
ール・ドルプット1ヶ月物は+0.700%から+0.800%へ上昇するが、3ヶ月物は
+0.850%、6ヶ月物は+0.925%でそれぞれ変わらずの取引となった。
【経済指標】
加・7月小売売上高:前月比+1.5%(予想+0.8%、6月-0.4%←-0.2%)
加・7月小売売上高(自動車除く):前月比+0.7%(予想+0.5%、6月±0←+0.1%)
米・週次新規失業保険申請件数:31.8万件(予想31.2万件、前回31.1万件←30.8万
件)
米・8月景気先行指数:前月比-0.2%(予想-0.2%、7月-0.2%←-0.1%)
米・9月フィラデルフィア連銀景気指数:-0.4(予想14.8、8月18.5)
【要人発言】
特になし
【東京市場終値-ニューヨーク市場終値】
為替市場: (始値) (高値) (安値) (終値)
ドル・円 117.18 117.19 116.22 116.34
ユーロ・ドル 1.2726 1.2799 1.2713 1.2781
ユーロ・円 149.12 149.18 148.52 148.70
ドル・スイス 1.2468 1.2543 1.2416 1.2428
ポンド・ドル 1.8942 1.9033 1.8935 1.9028
株式市場:
NYダウ 11611.67 11630.56 11501.77 11533.23
ナスダック 2257.21 2261.47 2232.89 2237.75
債券市場: (始値) (終値)
米国債30年物 4.848 4.774
米国債10年物 4.729 4.638
先物市場:
NY金先物 588.0 590.8 582.5 588.3
NY原油先物 60.85 61.80 60.69 61.59
シカゴ日経平均先物 15845 15845 15660 15710
(フィスコ) - 9月22日6時40分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060922-00000001-fis-brf
- パトリック・J. ブキャナン, Patrick J. Buchanan, 宮崎 哲弥
- 病むアメリカ、滅びゆく西洋
- ロバート・B. ライシュ, Robert B. Reich, 清家 篤
- 勝者の代償―ニューエコノミーの深淵と未来
- 平久保 仲人, 松前 景雄
- アメリカの広告業界がわかればマーケティングが見えてくる
- アーサー レビット, Arthur Levitt, 小川 敏子
- ウォール街の大罪―投資家を欺く者は許せない!
- 近藤 康太郎
- アメリカが知らないアメリカ―世界帝国を動かす深奥部の力
- 吉川 元忠
- 円がドルに呑み込まれる日
- 滝川 逸司, 岩崎 靖
- ウルトラ入門 円とドルの仕組みがわかる!―為替のメカニズムは経済の基本
- 佐藤 雅美
- 大君の通貨―幕末「円ドル」戦争
- 滝田 洋一
- 通貨を読む―ドル・円・ユーロ・元のゆくえ
- ジョン・J・マーフィー, 長尾 慎太郎, 関本 博英
- 市場間分析入門~原油や金が上がれば、株やドルや債券は下がる!
- 藤巻 健史
- 1ドル200円で日本経済の夜は明ける
- ピーター・バローズ, 瑞穂 のりこ
- HP(ヒューレット・パッカード)クラッシュ 「理想の企業」を揺るがした1億ドルの暗闘
- 谷口 智彦
- 通貨燃ゆ―円・元・ドル・ユーロの同時代史
大室寅之祐 明治天皇の誕生 (2)
大室寅之祐 明治天皇の誕生 (2) 投稿者 通りすがり 日時 2002 年 11 月 08 日
http://www.asyura2.com/0601/revival1/msg/206.html
投稿者 愚民党 日時 2006 年 9 月 16 日 08:12:08:
阿修羅より転載
(回答先: 大室寅之祐 明治天皇の誕生 (1) 投稿者 通りすがり 日時 2002 年 11 月 08 日 投稿者 愚民党 日時 2006 年 9 月 16 日 08:08:17)
http://www.asyura2.com/2002/dispute4/msg/103.html
Re: 日本人はなぜ駄目か 投稿者 通りすがり 日時 2002 年 11 月 08 日 01:26:38:
(回答先: 日本人はなぜ駄目か 投稿者 デスラー総統 日時 2002 年 11 月 07 日 23:07:30)
昨日みなさんに読んでもらおうと天皇関係の資料を3つほど投稿しましたが、消えてしまったようなので再投稿します。
京都明治天皇(朝日新聞に掲載)
→http://www.geocities.com/meiji0066/
(025.jpgwをクイック)
東京明治天皇(大室寅之祐)
→http://photobank.mainichi.co.jp/Thumbnails//r!s-z-/r!lk-/biby-//m.jpg
世に「孝明天皇暗殺」と呼ばれる「疑惑」が語られてきました。幕末の激動の中、倒幕・佐幕両派の抗争の中で、岩倉具視と長州志士等によって、刺殺されたとも毒殺されたとも言われています。殺害方法がいずれの方法だったとしても、孝明天皇が暗殺された事は、紛れもない「事実」と考えていいのではないでしょうか? その根拠として、
1.孝明天皇は、徳川14代将軍・家茂(いえもち)を信任していた。つまり孝明天皇は、徳川将軍家との協調を本位に考える「公武合体・佐幕派」であった。
2.孝明天皇の住む御所並びに京都市中の治安維持の総責任者・京都守護職に、会津藩主・松平容保(かたもり)が当たった。そして、この容保公も孝明天皇の信任を得ていた。つまり、維新後、「逆賊」とされてしまった徳川将軍家も会津松平家も、孝明天皇にとっては「忠臣」であった。
3.薩長土肥の志士達が、時代の流れに合わせて「開国維新」を目指したのに対し、孝明天皇は時代の流れをつかめず、相変わらず、「鎖国攘夷」に固執した。
岩倉具視や薩長土肥の開国・倒幕派にとって、孝明天皇は彼らの目標実現を阻む「敵」として映ったのではないでしょうか? だからこそ、孝明天皇は「暗殺」され、倒幕派により「幼君」(睦仁親王)が擁立されたのではないでしょうか? ちなみに、余談になりますが、孝明天皇の信任厚かった将軍・家茂も急死しました。この「家茂急死」も「暗殺」だったと言われています。そして、孝明天皇と将軍家茂とは皇女和宮を通して、「義兄弟」だったのです。
(120)仁孝天皇┬(121)孝明天皇─────(122)明治天皇(睦仁親王)
└── 親子内親王(和宮)
┃
(T14)徳川家茂━━━━━(T15)徳川慶喜
さて、本題に映ります。ずばり言いましょう。なんと、明治天皇も「暗殺」されていたと。では、なぜ、そう言えるのか? まずは、下の表を通して、「即位前」と「即位後」の「明治天皇」(正確には睦仁親王と言うべきですが・・・)を眺めてみて下さい。
即位前(睦仁親王時代)
1.睦仁親王(京都明治天皇)は幼少の砌(みぎり)、裕福であったので種痘を受けた。故に疱瘡(天然痘)には罹っておらず、顔面に「あばた」は無かった。
2.元治元年(1864)年7月の「禁門の変」の際、砲声と女官達の悲鳴に驚いた睦仁親王(当時13才)は、「失神」した。
3.睦仁親王は幼少より「虚弱体質」で、毎年風邪をこじらせていた。又、16才になっても、宮中で女官と一緒に「遊戯」にいそしんでいた。
4.睦仁親王は16才になっても、書は「金釘流」、つまりは「下手」であった。又、政務にも無関心であった。
5.即位前の睦仁親王に、「乗馬」の記録は残っていない。つまり、馬には乗れなかった。
6.睦仁親王(京都明治天皇)は、右利きだった。
御所の女官達の中での温室育ちであった睦仁親王は、充分に教育され帝王学を学んでいた訳であり、当然躾(しつけ)も厳しかった。故に、左利きになる訳が無く、ひ弱で喩(たと)えは悪いが女癖も悪くは無く(育ちが良かったので)、右利きであった。
7.基本的に「佐幕攘夷」(親徳川=公武合体派) 先帝・孝明天皇の政策「攘夷」を継承。
この場合、「神風」でも吹かない限り、「攘夷」の実行は不可能。(英・仏と言った欧米列強とまともに戦った所で、日本が負ける事は端から分かり切っている。つまり、天皇=現人神(あらひとがみ)が不可能な事を命令した事になり、開国倒幕派(薩長)にしてみれば、天皇をすり替える必要に迫られた。
即位後(明治天皇時代)
1.明治天皇(大室寅之祐)は、家が貧しく野生児だったので、2歳の時、痘瘡(天然痘)に罹った。その結果、口の周りに「あばた」が残った。その為、明治天皇は自身の写真を撮られる事を好まず、わざわざ、キヨソーネに描かせた「肖像画」を写真に撮らせて「御真影」とした。又、「あばた」を隠す為に、髭(ひげ)を生やされた。
2.明治天皇は威風堂々、馬上から近衛兵を閲兵し、自ら大声で号令した。
3.体重24貫(約90Kg)の巨漢で、側近の者と相撲をし、相手を投げ飛ばしたと言う。
4.明治天皇は、書が「達筆」であった。又、学問にも熱心であり、教養豊かであった。
5.明治天皇は、鳥羽伏見の戦の際、馬上豊かに閲兵した。
6.明治天皇(大室寅之祐)は、左利きだった。
左利きになったのは、寅之祐が4歳の時、母親が離婚した為で(『大室寅之祐(明治天皇)の出自と近代皇室について』を参照の事)、母親が息子寅之祐にかまってあげられる余裕が無かった結果として、左利きとなった。又、維新後の天皇は良い言葉で言えば艶福家であった。
7.基本は「倒幕開国」(薩長派=目的実現の為には、「天皇暗殺」をも厭(いと)わない自称「勤皇派」) 孝明天皇の政策「攘夷」を180度転換。
この場合、天皇=現人神の「御聖断」(攘夷放棄と開国承諾)により、日本の開国・近代化が実現。国策としての殖産興業・富国強兵によって、アジアで唯一、列強の地位を獲得。
以上、即位前と即位後の明治天皇(睦仁親王)を比較してみましたが、誰が見ても、同一人物とは思えません。即位前、虚弱体質で臆病で字が下手で女官と遊んでいた「睦仁親王」と、即位後、相撲で相手を投げ飛ばす程の巨漢で字が上手く乗馬もこなした「明治天皇」。これらの事実から、「睦仁親王」と「明治天皇」が「別人」であったと考える方が、むしろ自然では無いでしょうか? これは一体どう言う事なのでしょうか? 考えられる事はただ一つ。つまり、睦仁親王とすり替わった「何者」かが、「明治天皇」として即位したと。そして、睦仁親王は父・孝明天皇同様、岩倉具視一派によって暗殺されたのだと。
では「明治天皇」として即位したのは、一体「何者」だったのでしょうか? その名前もちゃんと分かっているのです。彼の名は「大室寅之祐」(おおむろとらのすけ)。そして、その出自はと言うと、先祖は南朝初代の後醍醐天皇!! つまり、彼は「熊沢天皇」同様、南朝の末裔だっのです。
「三浦皇統家」記録明記の南朝系図
┌義良親王(後村上天皇)・・・・・・・・・・熊沢天皇
(96)後醍醐天皇┼尊良親王─(97)興国天皇─小室門院
│ ┠──(99)松良天皇┬(100)大宝天皇
└(98)宗良親王─興国天皇(小松天皇) └光良親王・・・(173)大室寅之祐
つまり倒幕派は、頑迷で退廃的で「佐幕派」であった孝明天皇と、その皇子で虚弱体質で利用価値のない睦仁親王を暗殺し、長州に住んでいた南朝の末裔を擁立した訳です。これはある意味で、倒幕以上の意義を持ちます。つまり、「北朝」系の孝明天皇・睦仁親王に代わって、「南朝」系の明治天皇(大室寅之祐)が即位する。明治維新とは、実は「王朝交替」だった訳です。だからこそ、孝明天皇(北朝)の「忠臣」だった徳川将軍家や会津松平家が、明治天皇(南朝)にとっては「逆賊」となってしまったのです。
これを裏付ける「証拠」が「皇統譜」(皇室系図)に載っています。
昭憲皇太后
┃
孝明天皇─明治天皇
┠──大正天皇
柳原愛子
上の系図を見ての通り、明治天皇の正妻は「昭憲皇太后」です。この名前にキーワードが隠されているのです。天皇の后妃ならば、本来、「皇后」と付けるべきです。つまり、この場合、「昭憲皇后」と言う訳です。しかし、実際には「天皇の母」や「先帝の后妃」に付けられる「皇太后」の尊称が付けられています。更に、明治天皇の子・大正天皇の生母は典侍だった柳原愛子(なるこ)です。なぜ、明治天皇と昭憲皇太后の間に子供が出来なかったのでしょうか? 昭憲皇太后が子供を産めない体だったのでしょうか? 私は決してそうではなかったと思います。
孝明天皇─睦仁親王(本来の明治天皇)
┃
昭憲皇太后
明治天皇(大室寅之祐)
┠────────大正天皇
柳原愛子
もし、上記の様に、昭憲皇太后が睦仁親王の正妻だったとしたらどうでしょう? 明治天皇(大室寅之祐)と昭憲皇太后との間に「関係」がなかったとしても、別段、不思議ではありません。むしろ、その方が自然ではないでしょうか? 自分の夫を暗殺され、更に夫の名前を語って即位した者に、体を預けるでしょうか? 現在よりも「女の操(みさお)」を大切にしていた時代の事、尚更です。昭憲皇太后は終生、御所内に「幽閉」されたも同然であったのではないでしょうか? 又、こう考える事で、初めて「皇太后」尊称の意味が通るのです。「明治天皇」にとって、短命だったとは言え、「睦仁親王」は孝明天皇より皇位を継承した「先帝」です。その先帝の妻だったからこそ、「皇太后」なのです。そして、柳原愛子こそが、明治天皇にとっての本来の「皇后」だった訳です。
しかし、明治新政府が「王朝交替」を秘匿した事、その王朝交替が、孝明天皇・睦仁親王父子「暗殺」と、明治天皇「すり替え」と言う姑息な手段によって実現した結果、日本最大の動乱-戊辰戦争を引き起こしてしまったのです。そして、戊辰戦争自体も「南北朝争乱」の一つの産物だったのです。
参考文献
裏切られた三人の天皇 明治維新の謎 (鹿島 曻 新國民社)
-------------------------------------------------------
明治天皇の「皇后」(配偶者)であった一条美子(はるこ)皇后が何故、「昭憲皇后」では無く、本来「天皇の母」(又は先帝の皇后)を意味する「皇太后」 ── 「昭憲皇太后」の追号を贈られたのか? この辺りの事情について、明治神宮公式サイト内の『なぜ昭憲皇后ではなく、昭憲皇太后なのですか?』(URL:http://www.meijijingu.or.jp/intro/qa/31.htm
)を以下に転載引用させて頂きます。
明治天皇さまのお后(きさき)さまなら「皇太后」でなく「皇后」とお呼びするのが正しいのではないかという考え方もございますが、実はこのいきさつについてはたいへん難しい問題があります。
昭憲さまは嘉永(かえい)3年(1850)4月17日(新暦5月28日)一条忠香(ただか)の三女として御誕生あそばされました。はじめ勝子(まさこ)、富貴君(ふきぎみ)、寿栄君(すえぎみ)などと呼ばれ、入内(じゅだい)※1後、美子(はるこ)と称されました。明治元年12月28日御入内まもなく皇后の宣下(せんげ)※2があり明治天皇さまのお后となられました。大正3年4月11日に崩御※3されています。同年5月9日に宮内省告示第九号により「昭憲皇太后」のご追号が仰せ出されたのでした。そして大正4年5月1日には明治神宮の御祭神として内務省告示第三十号により祭神「明治天皇・昭憲皇太后」の祭神名が発表されたのです。
ところがこの御祭神名について有識者の中から疑問の声が出てきたのです。
理由は
両陛下を相並んでお呼びする場合、「天皇皇后両陛下」と称するのであって「天皇皇太后両陛下」とは称さないこと。
「皇太后」は天皇の母親の意味であること。
よって明治神宮の御祭神は御夫婦であられるから「明治天皇・昭憲皇后」が正しい。
亡くなった方にはご生前の時の最高の位でお呼びすることが常例。「皇太后」の称号は「皇后」より下の位になる。だから昭憲さまは生前「皇后」でしたので、「昭憲皇后」と称するのが正しいことになる。
では、なぜこのような称号をつけてしまったのでしょうか。昭憲さまが崩御されたのは大正3年です。すでに明治天皇は崩御され(明治45年7月30日)、大正天皇が践祚(せんそ)※4されたので皇太后となられたのでした。崩御された時はすでに皇太后であらせらたのですが、当時の宮内大臣が昭憲さまのご追号を皇后に改めないで、「昭憲皇太后」としてそのまま大正天皇に上奏し御裁可※5下となったのです。はじめにこの上奏の時点で間違いが生じました。そしてそのまま御祭神名も「昭憲皇太后」としてしまったのです。
このような経緯から明治神宮の御祭神名としてそぐわぬことから「昭憲皇太后」を「昭憲皇后」と改めるよう、御鎮座寸前の大正9年8月9日(明治神宮の御鎮座は大正9年11月1日)明治神宮奉賛会会長徳川家達(いえさと)より宮内大臣宛へ建議が出されました。
しかし諸事の理由から御祭神名を改めることは出来ませんでした。その理由として
1.天皇より御裁可されたものはたとえ間違っていても変えられない。
2.すでに御神体に御祭神名がしるされていて、御鎮座の日までに新しく造り直すことが無理。
の二点があげられています。
時代が下って昭和38年12月10日、明年(昭和39年)の昭憲皇太后50年祭にあたり宮内庁へ「昭憲皇太后御追号御改定に関する懇願」が神宮より、また崇敬会会長高橋龍太郎より「昭憲皇太后御追号御改定につき御願」が提出され、続いて昭和42年12月26日に明年(昭和43年)明治維新百年にあたり再度「御祭神の御称号訂正につき懇願」、崇敬会会長足立正より「御祭神の御称号訂正につき再度の御願」が提出されました。しかし宮内庁の回答は改めないとのご返事だったそうです。
御鎮座当時首相であった原敬は「他日、何かの機会及び形式において昭憲皇太后を神功皇后※6檀林皇后※7などの前例によって、一般には昭憲皇后と称し奉りても違法ではないことの趣旨を明らかにしておくことが必要であろう。」と言っています。(『原敬日記』大正9年10月13日)
※1 入内(じゅだい) 中宮・皇后・女後などが正式に内裏に参入すること。
※2 宣下(せんげ) 天皇の命を伝える公文書を下すこと。
※3 崩御(ほうぎょ) 天皇・太皇太后・皇太后・皇后の死去をいう語。
※4 践祚(せんそ) 皇嗣が天皇の位を受け継ぐこと。
※5 裁可(さいか) 君主が臣下に奏する案文を親裁許可すること。 明治憲法下で、天皇が議会の協賛した法律案及び予算案を親しく裁量して、確定の力を付与した意思表示。その形式として御名を署し、御璽を押印した。勅裁。
※6 神功皇后 仲哀(ちゅうあい)天皇の皇后。新羅(しらぎ)を征して凱旋し、応神天皇を筑紫で出産した。
※7 檀林皇后 嵯峨天皇の皇后。
http://www.asyura2.com/2002/dispute4/msg/103.html
- ドナルド キーン, Donald Keene, 角地 幸男
- 明治天皇〈上巻〉
- 多木 浩二
- 天皇の肖像
- 見沢 知廉
- 天皇ごっこ
- 布川 了
- 田中正造と天皇直訴事件
- 寺山 修司
- 藁の天皇―犯罪と政治のドラマツルギー
- 梅原 猛
- 梅原猛著作集〈3〉海人と天皇(上)
- 原 武史
- 大正天皇
- 毎日新聞社
- 天皇四代の肖像―明治 大正 昭和 平成
- Stephen S.Large, スティーヴン・ラージ
- EMPERORS OF THE RISING SUN―THREE BIOGRAPHIES
- 安田 浩
- 天皇の政治史―睦仁・嘉仁・裕仁の時代
- 飯島 洋一
- 王の身体都市―昭和天皇の時代と建築
- 礫川 全次
- 大津事件と明治天皇―封印された十七日間
- 久米美術館
- 久米邦武文書〈1〉巡幸日記・文書採訪記録
- 佐々木 克
- 幕末の天皇・明治の天皇
- 伊藤 之雄
- 昭和天皇と立憲君主制の崩壊―睦仁・嘉仁から裕仁へ
- 米窪 明美
- 明治天皇の一日 皇室システムの伝統と現在
- 堀口 修, 西川 誠
- 末松子爵家所蔵文書―公刊明治天皇御紀編修委員会史料
- 原子 昭三
- 世界史から見た日本天皇
- 古田島 洋介
- 大正天皇御製詩の基礎的研究
予想通りのFOMC後にドル買い戻し117.52円、原油続落60ドル/ニューヨーク外国為替市場概況
http://www.asyura2.com/0601/hasan47/msg/701.html
「為替」 予想通りのFOMC後にドル買い戻し117.52円、原油続落60ドル/ニューヨーク外国為替市場概況
「予想通りのFOMC後にドル買い戻し117.52円、原油続落60ドル」ニューヨーク概況
2006年9月21日(木曜日)-株式会社フィスコ 平松 京子/片山 善博
[ニューヨーク外国為替市場概況]
*07:19JST 「予想通りのFOMC後にドル買い戻し117.52円、原油続落60ドル」
【ロンドン市場概況】
20日のロンドン外為市場では、米FOMCを控え、短期筋からドル・円、ユーロ・円で
買い戻しが目立ち、ドル・円は117円12銭から117円48銭に反発、ユーロ・円は148円
42銭から148円93銭に反発した。ユーロ・ドルは1.2669ドルから1.2680ドルで、ド
ル・スイスは1.2509フランから1.2533フランで取引され、ポンド・ドルも、英中銀金
融政策委員会(MPC)議事録が公表されたが特に反応はなく、1.8805ドルから1.8832ド
ルで小動きになった。
【経済指標】
特になし
【要人発言】
9/6-7分英中銀金融政策委員会(MPC)議事録
「8対0で金利据え置き決定(4.75%)」
「世界需要は予想通りながら、米住宅市場発の下ぶれリスク増大」
「世界経済のデータは8月レポートに沿ったものながら、市場はマイナスニュースに
反応」
「製品値上げは通りやすくなっているとの報告」
「CPIのリスクは上・下半々、市場は2006年にもう一回利上げを予想」
「MPCは長期のインフレ期待の上昇とCPI上昇の賃金交渉への影響を懸念」
「ブランチフラワー委員:9月に利下げするのは、例え将来に利下げしたいとして
も、賃金が懸念されるので賢明でない」
カレンNZ財務相
「最近の中銀声明以降のNZドル上昇には過剰反応みられた」
ブラットナー・スイス中銀副総裁
「スイス中銀のインフレ予想、金利正常化を急ぐ必要ないことを示す」
「為替相場がインフレ圧力高めれば問題をもたらす恐れ」
米政府当局者(中国で)
「通貨の柔軟性は依然として需要課題」
「米中の協力を促進するため、新たな経済めぐる対話を実施へ」
「新たな米中対話、ポールソン米財務長官と呉儀・中国副首相が責任者に」
【ニューヨーク市場寄付】
ドル・円:117円60銭、ユーロ・ドル:1.2678ドル、ユーロ・円:148円69銭、ポン
ド・ドル:1.8836ドル、ドル・スイス:1.2526フラン
【ニューヨーク市場概況】
20日のニューヨーク外為市場では、ドル・円は来年の連銀利下げ観測による債券利回
りの低下や「著名な米コンサルティングレポートにおいて円にポジティブな内容が出
ている」と噂を受けて一旦117円11銭まで下落したが、利上げ可能性を完全に払拭さ
れなかったFOMC声明を受けて債券利回りが上昇に転じたことから117円52銭まで反発
し、117円35銭前後で引けた。
ユーロ・ドルは欧米金利差の縮小観測を受けた買いに1.2674ドルから1.2730ドルまで
上昇したが、ドル買い戻しを受けて1.2685ドル前後に反落した。ユーロ・円はドル・
円の動きに連れる形で148円54銭から149円26銭まで上昇。ポンド・ドルは1.8829ドル
から1.8930ドルまで上昇し、ドル・スイスは1.2527から1.2465まで下落した。
【原油市場】
原油相場は今年3月以来の安値まで続落。原油在庫の予想以上の減少や最近の急激
な下落を受けた値ごろ感から買い戻される場面がみられたが、米国がイラン制裁への
姿勢を軟化させたことや天然ガス投資の失敗で大規模損失を出したヘッジファンドの
突然の破綻ニュースによる思惑を受けて売りが強まり、NYMEX原油先物価格は一時60
ドルまで下落し、結局60.46ドル(前日比1.9%安)で取引を終えた。
【株式市場概況】
NY株式相場は上昇。主要企業の好決算が相次いだことで買い先行スタートとなり、そ
の後、注目されたFOMC(連邦公開市場委員会)で大方の予想通りながら金利据え置き
が決定されたことから引けにかけて上げ幅を拡大する展開となった。セクター別で
は、銀行・証券や鉄鋼が上昇した一方、インターネット関連や住宅建設が軟調に推
移。個別ではオラクル(ORCL)が予想を上回る決算を発表した上、複数のアナリスト
が目標株価を引き上げたことで11%高。また、モルガンスタンレー(MS)や家電小売
のサーキットシティ(CC)も好決算を発表して上昇した。ダウ構成銘柄では、国境警
備に関して大型受注が伝えられたボーイング(BA)が上昇。結局、ダウは72.28ドル
高の11613.19、ナスダックは30.52ポイント高の2252.89で取引を終了した。原油価格
が一時60ドルと今年3月以来の安値まで続落したことも株式相場の支援材料となって
いる。
【経済指標】
加・7月卸売売上高:前月比+2.1%(予想+0.6%、6月-0.8%←-0.6%)
加・8月景気先行指数:前月比+0.2%(予想+0.1%、7月+0.3%←+0.2%)
米・週次原油在庫統計:前週比-285万バレル(予想-200万バレル、前回-294万バレ
ル)
【金融政策】
米FOMC結果:政策金利を現行5.25%で据え置き
【要人発言】
ポールソン米財務長官
「強いドルが米国の国益につながる」
「ドルの価値は市場が決定すべき」
「タイのクーデターの世界経済への波及はない」
「中国指導者に改革を速やかに行うよう要請」
リーカネン・フィンランド中銀総裁
「ECBはインフレや、インフレ期待抑制のため金利引締め継続する必要がある」
「インフレ期待は欧州の最近の強い経済成長に基づく」
【東京市場終値-ニューヨーク市場終値】
為替市場: (始値) (高値) (安値) (終値)
ドル・円 117.16 117.52 117.11 117.49
ユーロ・ドル 1.2670 1.2730 1.2669 1.2688
ユーロ・円 148.44 149.27 148.45 149.07
ドル・スイス 1.2531 1.2536 1.2463 1.2515
ポンド・ドル 1.8815 1.8930 1.8805 1.8884
株式市場:
NYダウ 11542.28 11628.88 11542.20 11613.19
ナスダック 2241.79 2257.28 2242.11 2252.89
債券市場: (始値) (終値)
米国債30年物 4.858 4.847
米国債10年物 4.733 4.727
先物市場:
NY金先物 581.5 592.5 580.8 586.2
NY原油先物 61.00 61.55 60.00 60.46
シカゴ日経平均先物 15760 15895 15760 15850
(フィスコ) - 9月21日7時25分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060921-00000002-fis-brf
- リサ エンドリック, Lisa Endlich, 斎藤 聖美
- ゴールドマン・サックス―世界最強の投資銀行
- ゴールドマンサックス, ウォーバーグディロンリード, 藤井 健司
- 総解説・金融リスクマネジメント―統合リスク管理体制の構築
- ゴールドマンサックス投信
- 投資信託革命―21世紀の資産運用
- ロバート・リターマン, GSAM計量リソースグループ, ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント
- 現代投資マネジメント―均衡アプローチの理論と実践
- ゴールドマン・サックス証券会社東京支店金融戦略部, 金融財政事情研究会投資研究グループ
- ニューファイナンシャルテクノロジーズ
東京クーデター 北上信治 (1)
Tokyo Coup d'etat
東京クーデター
昭和48年11月10日 第1刷発行
著者 北上信治
発行 近代社
以下、全部の目次と抜粋。これは、架空の東京クーデター発生時のドキュメンタリータッチの記述と、理論的記述などから成る。ここでは、理論的記述その他興味深い部分を中心に収録した。内容が古いのは当然なので文句を言わないこと。つーか、現代にはそのままあてはまらないと考えていただきたい(つまり、この情報を公開したところで、実際にクーデターは起こせないということ)。歴史的資料として読んでください。
目次
序章 クーデターとは
クーデターとは
クーデターと革命とのちがい
クーデター成功のために
クーデターを起こすにあたって
第一章 前奏-麻の如く乱れる日本の政治
一 自民党の危機迫る
二 ばらばらの野党
日本社会党
日本共産党
公明党
民社党
三 政界再編成をめぐって
四 無気味さを増す社会不安
第二章 東京クーデター発生
一 大事件ぼっ発
暴漢ら、国会に乱入
治安警備警察の緊急出動
火災発生
六本木方面? 小平市方面?
警戒網ますます拡大強化
振り回される捜査当局
自衛隊出動
街の推理と憶測
あなたはどう考える
大臣ら、小平市近辺か
新しい精神形成を
二 厳然たる東京
右翼が動きだした
デマと街の状況
都市ゲリラ
新宿ゲリラ戦始まる
皇居侵入事件
兵器庫襲撃事件
決起の背景
第三章 東京クーデター終結
一 クーデターの狙い
クーデター側との接触始まる
奇怪なニュース・ソース
「要望書」は訴える
二 クーデター成る
捜索方針変更
海外の反響
新政権誕生
三 行動の背景
政権樹立工作
第四章 クーデターの戦略・戦術
一 クーデターの諸条件
クーデターの目的-動機・処理
クーデターの主役たち
クーデターと人物
武器
資金
訓練
二 プロパガンダとアジテーション
三 自衛隊の地位とその戦力
四 クーデターの戦略・戦術(一)
五 クーデターと戦略・戦術(二)
クーデターの戦略目標
政治工作の重要性
クーデターの決行
行動段階の終了と新秩序建設
第五章 クーデターの原点
五・一五、二・二六事件の社会的背景
優美派の一つの道-三島事件
地震と暴動・クーデター
-------------------------
序章 クーデターとは
クーデターとは
クーデター(Coup d'Etat)とは、一般に「政権保持者または権力階級が、その権力を拡大したり、あるいは新たに政権を掌握するためにとる急激な非合法的手段」と解されている。またこのため、クーデターには暴力を伴うのが当然であるとも考えられている。つまりクーデターは、分秒を争う緊迫した短期決戦によって、現政権の政治機能を奪い、新政権を樹立させるための実力行使である。
日本においては、古くは七世紀中葉の蘇我入鹿の乱、昭和初期の五・一五事件、二二・六事件など、いずれもクーデターであり、暴力が行使された。後の両者は天皇制にかかわる右翼的行動であったため、日本では、クーデターといえば右翼的色彩の濃いものを連想する向きも多いだろう。
しかし、現代のクーデターにはさまざまの相をもつものがある。革進勢力がファシズム政権を倒し、逆に社会主義政権をファシズム勢力が奪いとり、あるいは、保守・革新のいずれか一方にのみ組みすることのない新政権を樹立するなど、さまざまである。
クーデターと革命とのちがい
革命とは、被支配階級が、支配階級を倒して政権をにぎり、国家や社会の組織を根底から変革することである。
クーデターは、革命のように根本的な変革をめざすものではない。国家や社会の組織に部分的な若干の変革がもたらされたとしても、現組織は基本的に是認される。ただその政権を奪いとるだけであり、結果としては、支配者間において政権が他に移行するだけである。したがってクーデターは、自然発生的な暴動・一揆・蜂起などとも異なり、また、一人一殺を標傍した血盟団流のテロ行為とも根本的に異質である。
もちろんゲリラとも異なる。ゲリラは、いうまでもなく革命への手段として用いられる戦法にすぎない。
国家という組識体を、国民の集計によってつくられた三角形と見るならば、その上部が支配楷級であり、下部が国民大衆である。クーデターは、この三角形の上部を変化させるものであり、底辺部にはほとんど無関係である。
三角形そのものが否定されるのではない。
クーデター成功のために
クーデターが成功して政権をにぎった場合、肝要なことは、敏速果断な新政策の実施である。権力を握りながら、政策実施がおくれれば必ず反動があり、勝算はありえない。この政策は、その立案過程において、現代の複雑な社会機構はもとより、国民大衆の潜在的要求の大勢にいたるまで充分に知りつくしたうえでつくられたものでなければ、大方の支持を得られないことは当然である。選挙公約にひとしい空念仏の羅列でなく、もっとも基本的な改革案を精選して提示、これらの実施を押し進めなければならない。
政権を維持し、政策を実施するために必要なことは、まず第一に、治安力をにぎり、国庫に富豊な資金を集めることである。
いっぱんに資金が支配階級に占められている以上、そこから吸収するのが当然である。しかし、これは社会主義革命の新一歩というわけではない。支配階級の犠牲において改革が行われることは事実であるが、新しい国づくりへの投資という観点から、いわば協力を求めるのである。一時の犠牲は、決して永久の犠牲ではない。十分な見返りがありとすれば、クーデターをひとつの事業とみなすことができるのである。
この豊富な資金は、まず国民生活の向上と安定をはかる諸施策に使われなければならない。そのための思い切った政策を実施し、生産をいっそう向上させて、これが国民の福利につながるとき、政権は安定し、クーデターは完全な成功をかちとる。国民の積極的な協力がなければ、社会に無用な混乱をひきおこし、旧勢力の反撃を受けることは必至である。
クーデターを起こすにあたって
国民の文化水準 クーデターを起こすにあたって、考慮しなければならないことは、国民の文化水準である。とくに、国民の批判精神つまり自主性に注意しなければならない。
文化のいまだ低い、前近代的国家にあっては、クーデターは成功しやすい。しかし、文化水準の高い、近代的民主主義国においては、大義明分がないかぎり国民の支持協力は得られない。
卑近な例として、三島由紀夫の自衛隊乱入事件がある。三島が自衛隊の一部の同調を得てクーデターを実行し、憲法第九条を廃止したとするならば、おそらく国民は、これにだまって承服することはなかったであろう。憲法改正に消極的に賛成の者、判断に迷っていた者も、決してクーデターを許さなかったであろう。それは、国民の意志を民主的に問うこともなく、暴力による一方的廃止を決めた非民主的手段に対する反発からである。このような例は、ウォルフガング・カップ(wolfgang Kapp 1858~1922)のクーデターにも見ることができる。カップは、第一次大戦後のワイマール共和制に反対し、一九二〇年、帝政復活をめざして蜂起、ベルリンを占領した。しかし民心をつかみ得なかった非合法政府は、プロレタリアの反撃を受け、僅か五日の短命で政権を放棄しているのである。
最近、中南米、中近東、東南アジアなどにおいて、しばしばクーデターが起こっている。これらは米ソ両国の利権争奪の謀略戦で、相当の軍資金が流入していると噂されてもいるが、かなりの成功率である。しかし、成功率の高いのは、その囲の低文化性に負うところがかなり大きい。したがって、これらの国におけるクーデターの図式を、わが国にそのまま通用することは無理である。暴力を行使するクーデターに対して、いっぱんに日本人が嫌悪と恐怖をいだいてながめていることからも、それは理解できよう。クーデターを研究する者は、この事実を明確に認識しておかねばならない。
社会状況の観察 文化程度が高く、社会機構の各条件が開発途上国と相違した国でクーデターを行おうとする場合には、社会状況――クーデターを必然とする事態の有無――の冷静な観察・把握と、クーデター決行の時期および方法についての基礎的な考慮が必要である。
社会状況については、
1 政治の怠慢、腐敗、不安定
2 経済的危機
3 思想の混乱
4 外交上の失敗
5 自国の安全、国防問題
6 他国の戦争への参加
7 巨大独占資本の横暴
8 富の不均衡、社会の矛盾の激化
9 公害等による健康・生命の侵害
などを観察することが必要である。
これらの要素から日本の現状を観察すると、自民党の席敗・無能、政局の不安定、悪性インフレーンョン、住宅難、公害の広域化と激化、富の偏在、物不足等々、国民の不満は鬱積し、いつ爆発するか予測しえない深刻な状況である。ことに、経済恐慌の元凶といわれるスタグフレーンョン(不況下の物価上昇)が顕著になってきたことは、国民生活にいっそう無気味な危機感を与えるのである。
マルクス、レーニン以来、革命の条件をつくりだすものは「経済恐慌」であるとされてきた。日本の現況は、この経済面に加えて、公害による「生命の危機」という新たな要因が発生してきた。
このような矛盾は、すべて政治の腐敗によるものである。したがって、選挙という合法的手段による政権交替が望まれるわけである。しかし現実は、自民党に代わる健全野党が存在しない。庶民の間には、さまざまな市民運動がかつてなく盛り上がり、革新諸団体も、精力的な動きを見せているが、これらの力によっても悲願を速攻させることは不可能である。
とすれば、このような社会は、いちおうクーデター発生の培養基盤とみなしうるのである。飛躍していうならば、日本の危機、国民の危機を救う手投は、クーデターしかないという結論に達する。したがって、日本の現状からいうならば、クーデターは、単なる支配者間の政権移動ではなく、直民の間に蓄積されている不満・怒りのエネルギーを有効エネルギーに転換させる重要な「媒体」となりうるものである。
時と場所―東京クーデター
クーデターを超こす時と場所の選定を誤まるならば、すべては水泡に帰してしまう。
日本でクーデターを起こすとすれば、東京以外にない。クーデターは、先に述べたように権カの奪取を目的とする非合法手段である。したがって、権力機構の集中する東京に限られてくる。
本書の「東京クーデター」という題名も、こうしたところから発しているのである。
時については、現実の問題として考える場合、ここで明言することはさしひかえたい。本書を読まれることによって、おのずから理解されるものと信ずる。
くり返していう。クーデターとは、権力、政権を短期に奪取する敏速果断な作業である。
その作業は、軍事力、あるいは広範な人民大衆の介入という、直接的な「力」の援助があれば容易に遂行できる、とするのが一般的な考え方である。クーデターは、膨大な資金、武器、人員などが必要だというのも一つの常識である。また、クーデターは、政治的、あるいは権力的(個人)意図を有するものであり、政治的中立の立場にたつクーデターはありえない、というのが一般的定義である。
本書では、このような大衆の参加や軍事力の介入もなく、また膨大な資金・武器・人員も必要とせず、かつ政治的に中立なクーデターが可能である、という新しいクーデターの図式を大胆に設定し、その展開を試みた。これは、日本の現状に即したクーデターといえよう。
もちろんこれは仮空のものである。しかし、参考的に読まれ、何らかのヒントを得て大小さまざまのアイディアが生み出されるならば、著者の望外の喜びとするところである。
一九七三年十一月
著 者
http://hanran.tripod.com/coup/tokyo00.html








