高原山 -349ページ目

東京クーデター  【北上信治】 (2)

東京クーデター  【北上信治】
Tokyo Coup d'etat
 
第二章 東京クーデター発生
 
都市ゲリラ

 ゲリラとは、革命の手段として用いられる市民の武力的活動で、都市や農山村に起こる。相手の力が強大で、正攻法を用いにくい場合、臨機応変に相手の意表をついて攻撃し、その勢力を分散または壊滅させるものである。いっぱんに小部隊で敵陣や後方に奇襲を行い、敵をかく乱する遊撃戦を特長とする。

 ゲリラ戦は、中国革命、キューバ革命、南ベトナムにおける解放戦争などで、革命の際の有力な手段であることが立証された。しかし、その戦術は、社会的、自然的条件に大きく作用される。他国における戦法が、そのまま日本に通じるということはない。前記諸国は交通網も貧弱であり、政府軍の活動は機敏さを欠き、その武力も劣悪であった。革命軍はゲリラ戦を、生活水準が低く、さまざまな桎桔にあえいでいる農村から始めた。支持者が容易に得られ、短期間に地域行政を停止させることに成功した。人的質源も広範な農村で獲得でき、やがて都市を制圧した。

 ゲリラ戦にとって、地域の設定はきわめて重要かつ因難な問題である。日本の場合、都市勤労者よりも生活の豊かになった農村を革命の牙城にすることは、ほとんど不可能である。したがって、日本でゲリラ戦を始めるとすれば、大都市ということになる。

 かつての都市ゲリラ戦では、バリケード戦法が威力を発揮したが、現在ではその効果は疑問がある。都市構造が変わってきていること、戦車・大砲・航空機などが発達していることなどから、バリケード戦は主要な戦術ではなくなった。ただ、革命運動の場合、「抵抗の意思」を表明するという政治宣伝の効果はあげられる。バリケードにかわるべきものは、都市の建造物である。そして、市民を戦闘にまきこみ、第一線にかりたてて戦わせる。自らは、後方や群集の中にひそみ、あるいは建造物にたくみに遮蔽されて、機をみて敵を攻撃する。戦術的には波状攻撃を行い、敵の心身を極度に疲労させようというのである。

 ゲリラは、市民の支持・協力がなければ、とうてい実現は不可能である。ゲバラにしても毛沢東にしても、一般民衆に被害を与えることを厳に戒めている。赤軍など過激集団の行動が空転しているのは、大衆の支持をまったくもたないからである。次いで重要なことは、社会的条件である。革命を期待する声である。経済恐慌、思想混乱といった、国益や個人生活に直接結びつく深刻な要素がなければならない。

 ……(以下略)


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Tokyo Coup d'etat
 
第二章 東京クーデター発生
 
決起の背景
訓練教程1


 国会に侵入した暴漢らは、クーデターによって現政権を転覆させ、新政権樹立をはかろうとした一味である。

 クーデターに武力が伴うのは、一般的な常識である。しかし彼らは、英知をもって武力にかえ、クーデターを成功させようという、史上まれな計画をたてた。精密・巧妙な計画と、その遂行に必要な激しい訓練の積み重ねが、必ずや成功をもたらすであろうと信じた。

 この計画をささえる背景は、予想以上に大きい。超党的政界人、財界人、学者、文化人、科学技術者、思想家、自衛隊幹部など少数ではあるがきわめて有力なメンバーの支援がある。また右翼と称せられる組織、それと相反する元べ平連も参加している。戦闘メンバーの数、主謀者の実態については詳細な発表はできかねるが、元自衛隊員、元機動隊員、現機動隊員、元過激派学生、右翼系のほか、公務員、技術者などで、きわめてチームワークのとれた、精鋭な混成部隊である。

 本隊の下に、駿足を誇る優秀な遊撃隊がある。幹部は、隊長以下数名のリーダーによって組織されている。「勝敗を決するものは、英知と勇気と不断の訓練である」というのが、彼らの信条である。

 ○月○日、某所に隊員が集合、綿密な計画に基づく訓練が開始された。訓練に先だち、キャプテンのあいさつがあった。キャプテンが隊員たちの前に姿をあらわしたのは、これがはじめであった。

 キャプテンはカミソリのような切れ味の頭脳の持主で、体格、風貌、声音とも堂々としており、その場で隊員の信頼をかちとってしまった。

 キャプテンの簡単な訓話が終わると、リーダー幹部が立って、

「国会から全大臣を拉致し、輸送車に全員乗車完了させ、国会を脱出する作戦は人間わざではできない。瞬間の神ワザが勝敗を決するのである。英知、勇気、訓練の総決算が勝を制する」

と、隊員を激励し、各隊に猛訓練を要請した。

 ただちに各隊ごとにリーダーの真剣な指導が始まった。

 訓練期間は短かったが、連日、猛訓練が施された。秒読み的な敏速な行動、機械のような正確さ、沈着果断な行動、流れるようなチームワーク、これらが一つの目標のために、人間の限界を超えたところまで要求された。

 訓練は、次の教程に基づいてすすめられた。

 

訓練教程(一)

一、国会に放送機材等を澱入する際着用するジャンバーは、裏返すと機動隊服になる。白バイの警官服は同様にして、背広服になる。これらの着替え、変装を秒よみで訓練する。

二、合図・レポは科学的特殊機械や独得の方法で行うため、これに習熟するよう訓練する。

三、大臣拉致には機動隊輸送車に偽装した大型車二台(A号車、B号車)を使用するが、その車内構造および利用法を完全に理解し、その効用を十二分に発揮させうるよう、入念な訓練を行う。

四、予定の出口にA号車、B号車を並行して駐車させる。両車の間隔は、両車の側面の扉を開き、これをトンネル式に利用するため、行動に支障を来たさない範囲でなるべく近接させること。

五、A号車は空車、B号車にはライフル銃、機関銑を搭載する。射撃手はこれに実弾を装填し、万一、機動隊等が国会内決行隊の逮捕に向かうことがあれば、これを背後から狙撃し、閣僚拉致を武力で行う。この場合を想定し、銃座の位置の決定等を沈着に判断し、誤りのないよう行動できることが大事である。

六、防毒マスクは、覆面によるオドシの効果と、敵のガス弾発射に対する備えを兼ねたものである。その装着、取りはずしについては機敏を要する。

七、武器類の搬入方法については、訓練の際に教示する。特に、自動小銃は小型であるが最新式、高性能なものであり、その繰作に習熟するよう訓練する。

八、国会内行動隊を緩護する目的で、二隊に分かれて国会内デモを決行する。行動開始の時刻は、予算委員長の開会宣告に合わせる。

九、デモ隊第一隊は、あらかじめ定められた待機地点から五台の自動車に分乗して国会に向かい、○門に集結、強引に内庭に侵入する。ただちに全隊員はヘルメットを着用し、一台の車を横倒しにしてガソリンをかけ点火する。車内に仕掛けてある爆竹や爆発物を効果的に爆発させるとともに、デモ隊列を整え、なるべく大喚声をあげながらジグザグデモを行う。

 第二隊は、警備側が強力な場合、リーダーの指令に基づいてただちに出動する。

 ただし、いずれも陽動作戦であることを忘れず、逮捕者等の出ないよう、十分に配慮すべきである。「A号車出発OK」の合図が出たら、時機を見て敏速にデモを収束、ただちに車で現場を離れ、隊長の指揮下に入る。

一〇、持科隊は二斑に分かれ、第一班は強力な電波を発信して、警備隊の携帯無線機による連絡を不能にする。第二班は内部の者と協力し、電話線の切断、通信施設の破壊を行い、外部との通信連絡を完全に遮断する。いずれも確実、敏速が要求される。

一一、輸送車二台は、パトカーを先導に、デモ隊の騒ぎを利用して○門から入り、閣僚を待ち受ける。駐車位置等については、四に指示したとおり。

一二、国会内に潜入していた本隊は、デモ隊の狼火と喚声を合図に行動を開始、閣僚を所定の出口まで誘導し、A号車に乗車させる。この際、B号車の武装隊は、A号単にトンネル移乗を行い、閣僚らの拘束作業に協力する。閣僚全員に、麻酔薬をふくませたサルグツワをかませたうえでB号車に移す。大臣らから剥ざ取った所持品はA号車内に放置する。作業終了と同時にB号車は、パトカー先導で○○地点を抜け、予定地に向けて全速で走る。

一三、A号車には機動隊服の隊員が運転台に乗り、○門の門衛に手を挙げて挨拶、白バイを伴走させながら目的地に向かう。

 なお、詳細は訓練時に教示する。


 

 クーデター側は、国会の空転を利用して、国会の内外に少数ではあるが、きわめて信頼できる協力者や中立者を獲得することができた。これが、決行のときに百万の援軍にまさる力となり、クーデターを一歩成功に近づけた。

「ものには必ずスキがある。したがって、不可能と思われることも可能になる。スキを見出し、スキをつくらせ、不可能を可能にするのは、われわれの英知である」

 この隊長の信念は、そのまま隊員に伝わった。この信念が、隊員たちを猛訓練に耐えさせた。訓練の進行につれて、隊員のあいだには、冒険心、好奇心、使命感など複雑に入りまじった感情が働きだした。訓練が終わったときには、隊員一人ひとりの胸に実行への意欲がふつふつともえあがっていた。それは、子どもが遠足の日を待ちわぴる気持ちにも似たものだった。

 彼らは、国会周辺や行動に関係ある要所を、あるいは徒歩で、あるいは車で、たんねんに調査してまわった。実行には寸分の狂いも許されなかったからである。

 いま、計画は実行された。綿密な準備と、それに基づいてえがかれた設計図どおりに事は運んだ。

 クーデターの第一歩は成功した。しかし、閣僚拉致後の事態の収束を、彼らはどのように考えているのだろうか。


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第三章 東京クーデター終結
 
三 行動の背景
訓練教程(二)

一、閣僚を乗車させたB号車は、白バイの先導で赤坂を下り、Ⅹビルに向かう。途中、予定のP地点で待機別動隊の用意した外ワクを車体につけ、その上から○○運送会社名入りのシートをかけて全体を覆い、トラックに変装させる。

二、Ⅹビル一階に入ったら、ただちにシャッターをおろし、全員を下車させる。隊員は乗務交替し、外部の安全を確認した後、車をふたたび路上に出し、目的地Qに向かう。到着後は、ナンバープレートその他証拠となるものをすべて取りのぞき、ガソリンをかけて車体を完全に焼却する。作業終了後ただちに復帰し、隊長の指揮下に入る。

三 A号車は、白バイを先導に、予定コースを通って小平市方面に急行するが、白バイは目的地に近いR地点でA号車から離れ、R1地点まで行き車を捨てる。ただちに服装をかえ、タクシーを乗り継ぎして復帰、隊長の指揮下に入る。A号車は目的地R2地点に到着後、待機のレポーターと連絡をとり、周囲の情況を適確に判断したうえで車体を処置する。着衣の変装を終えしだい、西部新宿線担当の別動隊と合流し、デマを効果的に流すことに努める。

四 本隊(拉致隊)は、全閣僚を下車させた後、地下道によって地下二階に連行する。閣僚を三室に分散させ、椅子に一人ずつ掛けさせ、さるぐつわ、目隠し、両手のなわをほどいて自由にする(この地下室は、一階から複雑な地下道によって連絡、治安当局の日の届かない安全地帯である。螢光燈、テレビ、電話など必要な設備はすべて整えてある)

五 前記作業の終了をみて、リーデーは全閣僚に向かって次の八項目の宣告を読み上げる。

 1(言語・動作)閣僚の生命の安全は保障する。ただし、指令あるまで私語、喫煙、筆記、自由歩行は、いっさい禁止する。 2(食事)一日三回給与。水・ジュース等はその間に適宜与える。 3(用便)申し出により護衛つきで認める。 4(睡眠・休養)要求する者には毛布を与える。椅子・テーブル等の利用は自由であるが、一ヵ所に固まることは認めない。 5(テレビ視聴)制限つきで、無声、画面のみ見せる。ただし、上部指令のものについては別途に扱う。 6(読書)日本古典文学書三冊ずつを与える。 7(運動)軽い休繰を認める。ただし、指示に基づき、交替制とする。 8(罰則)リーダーの指揮命令に従わない者は、さるぐつわ、両手足の拘束を行う。

六 C班は、B号車到着予定時刻一時間前に、毛布および食糧を地下に搬入する。

七 見張りには、ライフル銃・拳銃を所持した武装隊員が時間交替であたる。

入 科学班は、治安側行動および味方レポーターの行動を光電子機で絶えず探知し、本隊に随時報告する。

九 Ⅹビル地上一帯は自衛隊警備区域で、機動隊の捜索範囲外であるが、万一、彼らが地下に侵入し、大臣の争奪宅が開始された場合、リーダーが必要と判断したら大臣全員を射殺する。最悪の場合は、全隊員を退避させた後、あらかじめ備えつけてあるダイナマイトを、スイッチによって爆発させる。

   注意

 (1)Ⅹビルは、蜂起第二日、第三日めの二日問は、社員慰安旅行のため、ビル出入者は一人もいない。 (2)電話は、地下一階で切り換え式となっているから、隊員といえども、地下二階では自由通話はできない。通話は必ず科学班の指導で行うこと。


 

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第三章 東京クーデター終結
 
政権樹立工作


 キャプテンは地上の情況から事態を賢明に洞察した。すべての準備はととのった。ただちに新政権樹立工作をはじめなければならない。


 全閣僚が一室に集められた。キャプテンは、その堂々たる体駆を彼らのまえに現わした。要望書を読み上げるキャプテンの朗々とした声が、室内に響きわたった。第一編を読み終わって、キャプテンは、以上の理由から現政権の解体を強く要求する。と宣告した。事件の真相が、ここにはじめて明らかにされた。

 つづいて、第二編の朗読が始まった。閣僚らは、この事件が革命を狙ったものではなく、政権転覆のためのクーデターであったことを知った。彼らの顔には、いちように安堵の表情が浮かんだ。

 キャプテンは、朗読を終わると、閣僚らを尻目に、悠揚と室外に消えた。


 地上に出たキャプテンは、精力的な活動を開始した。幹部と合議のうえ、政財界、学界、労働界など、意中の重要人物と個々の折衝を始め、新政権樹立のための工作が着々とすすんだ。

 工作は、あらかじめ準備された次の図式を正確にふまえて行われた。


 

組閣作業

一 新政権樹立工作の場所は、首相官邸内○○とする。

二 地上工作開始の時点で官房長官を同官邸内に移送、軟禁して工作に協力させるとともに、警備自衛隊の不慮の妨害排除にも役立たせる。

三 国会および首相官邸周辺の安全を確保するため、自衛隊を治安出動させる。このため首相および防衛庁長官の出動命令を録音し、このテープを官房長官に託し、内閣官房、警察庁に電話伝達させる。自衛隊の警備は、必要に応じて東京都内全区域および近県に広げ、連鎖反応的暴動・騒乱等の予防、制圧にあたらせる。

四 外国の万一の軍事介入に備え、陸・海・空全自衛隊を緊急警備につかせ、日本全土の防衛態勢を強化する。

五 自衛隊の出動は、官房長官とともにテレビ・ニュースなどで確認し、さらに、議事堂・首相官邸の安全を確認した時点で地上工作を開始する。

六 要望書は、事態の進展に合わせ、キャプテンの判断に基づいて新聞社、放送局に提供し、国民の理解と協力を得る。

 なお、首相の内閣解散声明の録音テープ、地下現場の首相との対談写真など、工作に必要なものの準備は、緊急、綿密に行う。

七 訪米中の外務大臣には某機関を通じて事件の真相を明かし、対外弁明に努力するよう依頼してあるが、その反響には十分な注視が必要である。

八 組閣は予定の人物を中心に行うが、参加承諾者全員から誓約書をとる。

九 組閣の見通しがつきしだい、前閣僚全員を各自宅に護送する。ただし、その引き渡し交渉は、キャプテンが官房長官、某重要人物と直接に行う。

十 今回の行動は、われわれ自身が政権を奪取するためにとったものではない。したがって、新内閣成立の発表をもって、本隊の任務を終了、解散するが、参加隊員は新たにA組織をつくり、新政権安定まで、その支援・監視の活動にあたる。

 


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第四章 クーデターの戦略・戦術
 
一 クーデターの諸条件
 クーデターを起こすには、周到な準備が必要であることはいうまでもない。が、この準備のありかたは、決起者と現体制との力関係によって異なってくる。たとえば、日本では、自衛隊が行うばあいと、民間人が行うばあいとでは、その準備も方法も相違するのは当然である。

 いずれにしても、かなり長期の準備期間を必要とするので、事前にある程度は計画を察知されるおそれがある。しかし、原則的には隠密な行為であり、意表をついて行うのが特長であるから、その全計画を予見されるようなことがあってはならない。


 クーデターに必要な条件として、一般に、人物・資金・武器の三つがあげられるが、その前提として、クーデターの目的――動機を明確にすることが きわめて重要である。と同時にその終結の処理も十分に考慮されていなくてはならない。このことは当然のようにみえながら、実際には意外と忘れられていることが多く、そのためもろもろの悲喜劇がうまれる。たとえば、二・二六事件においては、綿密な集結処理案が準備されていなかったため、多大の犠牲が払われたにもかかわらず、決起者側が排除しようとした権力者たちの権力をかえって助長するという皮肉な結果を招いた。

 以下に、クーデターを起こすための必要条件を述べる。

 

クーデターの目的――動機・処理


   目的の明確化

 クーデターの目的は、動機と結果とに分けることができる。動機の完成が結果である。(ついでにいえば、その過程が戦略・戦術である。)

 動機は、個人的な権勢欲や物欲、あるいは私怨などでないことが好ましい。かりに私的なものを「大義名分」によって隠蔽したとしても、それはいつか露呈し、大衆の信を失うにいたるだろう。

 真実の衝動から大義名分をたて、これを明らかにかかげることは、近代国家においてはとくに重要である。主義主張が不明瞭であると、たんなる徒党の暴力とみなされる危険があるばかりでなく、ときには、体制側からその虚をつかれ、思わぬ反撃を加えられることもある。すなわち、クーデターの成否にもかかわってくるのである。

 また、目的のちがいによって、参加者の質・量も相違するだろうし、その戦術も当然変わってくるだろう。

 

   事後処理

 クーデターが勝利に終わった時点から、処理の問題が具体化する。

 処理は、それが動機と一体である以上、だだちに着手しなければならない。

 まず第一に、政策の発表とその実施である。権力をにぎりながら、見るべき政策とその実施がなければ、必ず反動があるものであり、勝算はまったくおぼつかない。

 政策は、実情にあったものでなければならない。つまり、広く国民の支持を受けるにたるものであることが肝要である。しかも、これはごく基本的なものに止めておくほうがよい。あまりにも細部にわたることは、かえって世論を沸騰させ、収拾を困難にするだけでなく、反対勢力につけいられることもあるだろう。もともとクーデターは、国民大衆の側にたって行うことを名目とする場合が多い。したがって、国民不在の政策は、クーデターを必ず失敗にみちぴく。

 政策の実施は、敏速果断でなければならない。ためらうことなく、あらかじめつくられた青写真どおり、一つ一つ具体的に推進していくのである。

 クーデターの事後処理は、一般的な戦後処理とはちがう。クーデターにおいては、相手に徹底的な打撃をあたえて再起不能におとしいれることはしない。政権の座からひきずりおとすだけである。いつ敵が反撃体制を整えるかわからない。たえず危険をはらんでいるなかで、事後処理は行われるのである。いわば、戦中処理といってもよいだろう。したがってクーデターのばあい、意に反した方向に流れぬよう、常に実効の確認を怠ってはならない。

 これまでのクーデターの例をみても、具体的な処理方式の不十分なものは、一時的に政権をにぎっても、すべて失敗に終わっている。たとえば、労働運動のうえに偉大な足跡を残し、レーニンもここから多くを学んだといわれるパリ・コンミューンも、軍事的指揮に統一がなく、かつ、地方農民との提携に失敗し、七十日の短命に終わった。政権樹立後の処理が不十分なために失敗した例である。

 もう一つ、事後処理に際して問題になるのは、クーデター主謀者らと次期政権担当者との関係である。ターデター側に、国民大衆の信頼をつなぎとめ、政権を担当する能力があったばあいでも、現実には国民感情が許さないことがある。したがって、ただちに自らが次期政権をにぎろうとするのは得策ではない。信頼できる第三者に政権をゆだねるのが賢明である。ただ、クーデター側の青写真が忠実に実践されていくかどうかについては、爾後も十分に監視する必要がある。そのためには、監視委員会のような、十分に実力をもった組織を保持し、政権が安定するまで監視と支援をつづけなければならない。

 

クーデターの主役たち


   第一の主役-自衛隊

 クーデターの実態を見ると、軍隊(軍人)が主役となっているばあいが多い。二・二六事件のように、軍人と民間人とが合体して行った例もあるが、これも行動の主役は軍人であった。また、自衛隊の同調をねらった三島事件(昭和四十五年)のようなものもある。

 軍隊がしばしば登場するのは、さきに述べたクーデターの必須条件である人員・武器・資金のうち、人員と武器とを軍隊があわせもっているからである。クーデターの際の資金が、主として武器の購入、人員集めのために使われることを考えれば、軍隊をつかむことによって、資金の必要性は半減するといってよい。

 日本のばあい、自衛隊は、自己の地位に関してつねに不満をもっているとされている。そこに今日、自衛隊クーデター本命説の台頭する要因がある。それも、主力が艦船である海上自衛隊より、やはり本命は陸上自衛隊であろう。

 しかし、ここに問題がないわけではない。陸上自衛隊はもとより、海・空自衛隊とも、隊員の構成はきわめて複雑になっており、戦前ほど容易にクーデター実行にふみきることができるかどうか、という点である。

 防衛大学校第一期卒業生(昭和三十二年三月卒業)二八六名全員が、昭和四十七年三月、三佐(旧軍の少佐にあたる)として陸・海・空自衛隊の中堅幹部のボストについた。彼らは、六・三・三制の教育を受けて育ってきた者たちである。第二期、三期、四期と下るにつれて、戦後民主教育の影響をいっそう強く受けてきた若者たちに占められている。

 昭和四十七年四月、防衛庁前で「沖縄派兵反対」の声明文を読みあげた五人の自衛官は、十九歳から二十三歳の一等陸士(同・上等兵)である。この一事からも、今後の若者の思想の動向の一端がうかがわれる。

 反戦自衛官は、この五人に止まらない。反戦現職自衛官約二〇〇名(自衛隊内反軍)、退役自衛官約三〇〇名(隊友反戦)のほか、労働者、学生による組識四〇〇~五〇〇名(反軍行動委員会、全国六十支部)、市民による組織(反軍闘争を支援する会)もあるといわれる(『週刊現代』昭47・5・18号)。もちろん、隊員のなかには、民族主義でガチガチに固まった者があることも事実であるが……。

 自衛隊の思想的脆弱性は、次のことからも見られる。

 昭和四十七年六月十五日の沖縄復帰に際して、沖縄県民は自衛隊の沖縄進駐に激しく反対した。このことは、自衛隊に対する日本国民全体の拒絶反応を象徴しているものである。この拒絶反応は、自衛隊の定員を充足させない現状をうみだした。いきおい隊員のポン引き募集が行われ、昭和四十年の一年間で二千余件の刑事事件、また年間平均三百件に近い懲戒処分事件が自衛隊内で起きているという事実が示す“質の弱さ”がでてきたのである。

 また、自衛隊員のサラリーマン化という問題もある。自衛隊は安保条約にもとづいて、アメリカ極東戦略の一翼をになうことになっており、有事の際は、アメリカの太平洋統合軍司令部(在ハワイ)の指揮下に入るとされている。したがって自衛隊は、旧軍隊のように自国を守るという立場ではなく、戦略的にはアメリカの出先機関にすぎない。サラリーマン化するのもうなずけないことではない。こうした自衛隊員が、はたして「国軍」という自覚をもちうるだろうか。こうした自衛隊員を引率して、よくクーデターを戦いとれるだろうか。

 しかし、さきに述べたように、自衛隊がクーデターを行うばあいは、武器や人員の獲得は、他にくらべてはるかに容易である。資金は不要に近い。これが、第一の主役たるゆえんである。

 

   第二の主役

 第二の主役は、1民間人と自衛官の合作、2民間人、である。

 1のばあいは、人員・武器の調達の面だけでなく、武器の操作を習得するうえでも便利である。

 2のばあい、人員・資金・武器の入手の困難さが、決起にあたって、はかりしれない大きな障壁となってあらわれるだろう。そこで、クーデターの重要な要素として「英知」が登場する。すなわち、微力な資金力・戦力をカバーするのが、人間の英知ということになるのである。


 

 ついでに、ここで今日の自衛隊の成り立ちをかんたんにみてみよう。

 一九五〇年(昭和二十五年)六月、朝鮮に戦火が起こると、アメリカはただちにこれに介入、日本駐留軍を参加させ、同時に、基地の治安維持その他の必要から、日本に警察予備隊をつくらせた。(連合国軍総司令部覚書による。陸上だけ)。五二年、日本の自衛力漸増の期待を定めた日米安全保障条約にこたえて、海上保安隊を加えて「保安隊」と改赦し、さらに五四年、日本政府は、自衛力増強、直接侵略への対抗手段などを織りこんだMSA協定に基づいて、防衛庁設置法、自衛隊法を制定、航空自衛隊を加えて、三軍方式の自衛隊に改組したものである。

 

クーデターと人物

 主役が軍隊(自衛隊)のばあい、その階級制度、指導命令系統からいって、指導者の人物そのものを論ずる余地はあまりないといえよう。しかし、クーデターの主役が軍隊(自衛隊)でないばあい、人の問題はけっしてゆるがせにできないことである。

「もしキューバ革命に、カストロが存在しなかったならば、キューバ革命は現時点では成立しえなかったであろう。……キューバ革命はかなりの、後年になっただろう」(ゲバラ『エピローグ――キューバ情勢の分析 その状況と将来』)

 クーデターを指導する人物については、あらゆる能力を一身に備えた超人的人物を期待することは不可能であろう。それぞれの面に卓越した才能をもつ人びとでもって司令部を形成するということが現実的である。たとえば、軍事面に明るい者、政治面で力のある者、金融面に豊かな経験を積んだ者というぐあいにである。こうした職能のほかに、人間として総体的に求められるべきことは、革命家としての情熱、勇気、決断力、それに、感情にまどわされない科学者的態度のもちぬしということになるだろう。

 ついでにいえば、司令部といっても、特にそうした形式的なものが必要だというのではない。主謀者、参謀、クーデターの協力者がそのつどの作戦会議、進行状況、政治・経済その他の情報交換、報告をそれぞれ行い、それを総合的にまとめることが大事なのである。また、その場所も、特にきびしい条件を必要としない。秘密アジトでもよいし、移動アジトでもかまわない。とにかく秘密のもれにくい場所でありさえすればかまわないのである。

 同志をつのるにあたって重要なことは、思想的に統一された組織を結成することである。前にも述べたように、チーム・ワークがきわめてたいせつであり、人の和がなくては成功は望めない。また、クーデターは、軍事革命のように事後に備えての兵力の温存を不可欠事とはしない。全力を受入して短時日に事を完了するに足る最少人員があればよいのである。いたずらに人が集まりすぎると、かえって失敗することも考えられる。人員の制限は、武器や資金の調達、訓練と秘密保持の面からも重要なことである。

 


武器


 クーデターにせよ、革命にせよ、その成果を握る直接的なものは、武器である。したがって、赤軍が自衛隊にもぐりこんで工作するとすれば、それは武器への執着と恐怖からである。右翼についても同様なことがいえよう。

 武器は、必ずしも最新式、精巧なものでなくともよい。戦闘に役だつものならなんでもよいのである。ただ、できるなら自衛隊が現在使用している武器と同様のものでありたい。(自衛隊がクーデターの主役であるばあいは、武器についての問題はまったくないので、ここでは、民間人の起こすクーデターについてのことである。)

 それは、事を起こした後に、体制側の精巧な武器をできるかぎり奪取しなくてはならないばあいが出る可能性があるからである。また、諜報網が厳重に張りめぐらされている今日、日本のように武器に対して監視の目の鋭い国で、精巧な武器に必要以上に執着することは、かえって監視の目にひっかかる危険がある。

 自衛隊と民間人との合作のばあいは、当然、武器の融通の可能性などが考慮されていい。

 ここで忘れてならないことは、クーデターを起こす以上、権力の中心部に一撃をあたえて、政治的機能を一時的に停止させなくてはならないということである。ところが、現在では、権力側の実力的支持者は、自衛隊という暴力組織である。したがって、この組織に対する工作を怠ることは、ぜったいに不利である。

 

資金


 資本主義社会は矛盾にみちている。したがって、財閥のなかには、必ずしも現体制に同調していないものもいるとみてよい。

 次のような例がある。

 昭和八年七月、神兵隊事件というクーデター計画事件があった。これは、右翼団体と軍人によるもので、首相以下、政・財界の要人を殺害し、軍部政権を樹立しようとしたものであった。計画は事前に洩れ、決行日(同月十一日)前夜、弁護士天野辰夫ら主謀者側四十六名が明治神宮内に集合したところを、一斉検挙され、事は終わった。この計画の遂行にあたっては、空から警視庁を爆撃する予定もふくまれていた。

 ところが、この計画の資金が、なんと某デパート重役・証券業者から出ていたというので、世人を大いにおどろかせたものである。とにかく、資金調達は、くふうと努力によっては、必ずしも困難なこととは思えないといってよいだろう。

 

訓練


 人員・武器・資金の準備が整ったあと、残された重要な問題は、訓練である。このばあいも、自衛隊が主役のばあいは別である。

 クーデターに武器や最新の科学機器が使用される以上、その操作に習熟することは当然の必要事である。どのように精巧な武器や機器をもっていても、その性能を十二分にはたらかせなくては、まったく無意味である。

 訓練は、武器などについてだけではない。言語・行動の訓練も重要である。言語の伝達を誤まったならば、すべては混乱し、破滅する。また、クーデターが二分一秒を争う電撃的作業に終始しなければならない以上、すべての行動は、沈着のなかにも敏速・正確になされることが必要である。また、訓練には、このような肉体的訓練のほかに、あくまでも事をなしとげようという精神面の訓練もふくまれよう。いわば、根性の養成とでもいってよい。

 実行段階のなかで起きる過失は、戦争とちがってクーデターのばあいはほとんど修正できない。また、とちゅうでの変更には非常な危険が伴う。したがって、予備訓練が寸分のちがいもなく、そのまま実行に移されなければならない。もちろん、現場を想定した訓練を行わなければならないが、同時に、なんらかの形で現場を実地に調査し、実行にあたってまごつかないようにしておかなければならない。

 

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