◀振り込め詐欺の全工程を最初から読む▶

 

 

 

 ◀続・回想を最初から読む▶

 

 

 

 ◀詐欺で私腹を肥やし続けた結果逮捕され人生終了仕掛けた話を先に読む▶(完結)

 

 

 

 ◀薬物の怖さがまじまじとわかる体験談▶(完結)

 

 

 

 

 

 

 

対象が家の中から全ての口座を探し出している間、その通話を一時的にも終えることはしない。

 

電話を繋いだ状態で、待っている間こちらは耳を澄ませて外部の音に耳を立てる

 

誰か、近くに人はいないか、対象がすでに振り込め詐欺と察していてなりすましでこちらの話に乗ってきてはいないか、あらゆるリスクを考える。

 

この時点で、電話口の相手はひとり。

 

最悪、ふたりいた場合には二人の対象に同じ内容をきちんと自分の口から伝えた上で、他の人間には絶対に口外しないよう約束をさせている。

 

そんな状態の中で、電話の向こうにそれ以外の人間の存在を認知してしまった時点でこの案件は終了だ。

 

だからこそ、本当に大切な場面でしか通話は終えない。

 

対象を焦るだけ焦らして、落ち着かせるだけ落ち着かせて、相手の感情をこちらですべてコントロールて操りながら望む方向へと誘っていく。

 

客観的にみれば振り込め詐欺だなんてことはすぐに分かる。

 

対象と物理的に会話ができない時間がこちらにとって一番リスクの高まる時間であった。

 

通帳を探している間に冷静さを取り戻してしまうのではないか。

 

高齢者の家の中に必ずといっていいほどある振り込め詐欺防止を啓蒙するチラシやポスターが目に入ってしまうのではないか。

 

はたまた、偶然にも行政の訪問が来たり、地域の放送で詐欺被害撲滅が流れたりしないか。

 

考えれば考えるほどリスクは多岐に渡った。

 

 

 

全部の通帳を持って来たよ。

 

 

問題なく対象が戻ってきたことを確認し、ひとつづつゆっくりと内容を確認しながらメモに残していく

 

 

・三菱東京UFJ銀行 普通6,258,952円  

  定期10,000,000円   

  ・郵便局 普通2,542,004万円       

 

と言った具合に、細かい金額、それに普通預金、もしくは定期預金まで聞き出す。

 

その流れで株や投資信託のような金融資産状況も奪う。

 

そして最後にこう対象に尋ねる。

 

自宅にまとまった現金は置いてないの?

 

これで、対象の資産状況は全て把握することができた。

 

いよいよ長かった金フリの電話も終盤を迎えた。

 

 

 

わかった。こちらにはこれだけ補填できる余裕があるって部長に伝えてみるよ。

 

本当に助かるよ、迷惑をかけてしまって本当にごめんね。

 

部長に話をした上で、またこちらから電話をかけるから少しの間お茶でも飲んで待ってて。

 

あと何度も言うけどどこから情報がもれてこの話が会社に伝わるかわからないから、一旦落ち着くまでは誰にも言わないでね。

 

他の家族には、自分の口から改めて謝罪した上できちんと説明するから。

 

本当にありがとう。

 

 

 

 

それまで緊迫した状況だったのが金銭の協力をすることによって解決できることになった安堵感を対象者に与え、あとは黙って待っているだけで問題が解決すると思い込ませる。

 

しかし、この時点で対象はキーマンになっている

 

この先、金を払うことを渋ることはできない。

 

本人、部長、部長の母親までもが紛失した手形の補填のために身銭を切って負担すると言うのにもはや対象だけが負担を拒むことなど心理的に不可能だ。

 

もはやこの4人は共犯者のような関係性になっている。

 

自分の身内を守るために上司とその家族も含めて隠蔽工作を行っている。

 

 

電話を切り、他の仲間のいるLDKに戻るとすぐに次の電話へむけた作戦を練り始める。

 

限られた時間の中で一円でも多く、それでいて必ず持って帰って来れるだけの金額を詰めていく。

 

 

 

鉄は熱いうちに打て。

 

 

 

アジト全体にこれまでにない緊張の糸が張り巡らされていた。

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

  境界線

 

 

 最初に相手に荷電してから約1時間後、遂に私はいたずら電話と振り込め詐欺の境界線を越える

 

 金銭の要求をした時点で、犯行が成立する。

 

 知らない相手に無作為に荷電をし、その中から私のことを身近な誰かと勘違いさせる事のできる相手を炙り出すことを【アポ】

 

 その約20分後にもう一度荷電して、対象者がちゃんと電話の内容を理解しているか、理解した上でこちらのことを心配してくれているかを確認し、その上で更にこちらの描くシナリオを対象の脳裏に刷り込んでいくことを【ジャブ】

 

 そして、3度目の荷電。

 

 これまでの会話の中で張り巡らせた伏線を回収しながらどんどんと対象者を追い込んでいき、金の要求をすることを【金フリ】、そう私たちは呼称した。

 

 

 

          【続・回想を最初から読む】

         

          【振り込め詐欺の手口を最初から読む】

 

 

  ダイヤモンド

 

 

 

 アジト全体に緊張が走る。

 

 それまでは広いLDKで他の仲間と共に荷電を続けていたが、それより先は些細な失敗も許されない。

 

 他人の会話の内容や、ふとした生活音、それに私達に予見しきれない事象で対象から勘ぐられてしまうかもしれない。

 

 何百件もアポを繰り返し、その中でジャブを打って厳選したダイヤモンドの原石。

 

 そう簡単に手放すわけにはいかない。

 

 こちら側の不手際で案件が頓挫してしまうことは許されない。

 

 

 

 これまでに得た対象者の情報とこちらがその場面に応じて作った設定などをその都度記したメモ書きとトバシの携帯電話を持って別室に移動する。

 

 狭い個室の中に自分ひとり。

 

 近くに助言してくれる仲間はいない。

 

 メモ書きを再度一読し、自分の脳裏に今回のストーリーを思い描く。

 

 間違いの無いように携帯電話のボタンをひとつずつ押していき、大きく深呼吸をしてから通話ボタンを押す。

 

 もう、逃げることはできない。

 

 金フリが成功するか、もしくは対象者に訝られ警察に通報されるかガチャ切りされるまで通話を終えることはできない。

 

 

 

  手形

 

 

 

 あれから、荷物が見つかった連絡はあった?

 

 

 

ジャブのときと同じ出だしで会話はスタートする。

 

前回の荷電のときに増して、焦燥感が十分以上に対象に伝わるように声の大きさを変えて抑揚もつけた

 

もちろん、嘘の内容なので無くしてもいない荷物が見つかっているはずはない。

 

まだそんな連絡は来ていないという答えを聞いたあとに、いよいよ金銭の話を絡めていく。

 

 

それまで金のことは一切口にしておらず、電話で金のことを言われたときは詐欺を疑えと常日頃から教育されている高齢者に対して金の話題を持ち出す瞬間が一番の山場だったといえた。

 

そのため、金と直球に伝えるのではなく言葉や言い回しを変え少しでも勘ぐられることのないようにこちらの話を続けていく。

 

 

 

そうなんだ、やっぱりまだ届いていないよね。

 

実はさ、無くした荷物の中にこれから仕事で使う大切な書類が入っていたって言ったよね?

 

それっていうのがさ、先方に渡す予定だった手形だったらしいんだよね・・・。

 

 

 

お金でもなく、小切手でもなく手形。

 

私自身も、手形というワードは知っていたがそれがどんな性質なものかよく分からなかった。

 

一緒にいる上司から事前に預かっていた書類だと思われるものの中に、先方に渡すはずだった手形が入っていた。

 

要するに、お金に変えることのできる紙が入った荷物を紛失してしまっていたということだ。

 

 

 

 

  部長

 

 

 

一緒にいる上司というのが、会社の部長なんだけどね。

 

そんな大切なものが入った荷物を紛失したってこっちが知ったら、自責の念に苛まれてしまうと気遣ってくれてこれまで言わずにいてくれたんだよ。

 

手形の発行元に連絡してくれて換金できないように手続きをしてくれたから、誰かに不正に換金されることもないし、荷物さえ見つかってくれたら問題ないって言ってくれてさ。

 

会社に紛失したことが発覚したら、こちらの責任問題にもなりかねないのにそれを隠してくれて時間いっぱいまでは一緒に探そうって庇い立てしてくれて、本当に申し訳ないよ。

 

 

 

ジャブの時点で、持ち上げて神格化した上司は実は会社の部長だった

 

部長といえば部門や部署の責任者であり、最終的な意思決定を担うことも多い役職。

 

それほどの立場の人が自分の身内の不祥事を庇い立てしてくれている。

 

そして、紛失してしまった手形も換金されることはないと言うことで金銭を要求されるわけでもない。

 

そう対象者が想像してくれていたとすれば、そのあとにどんなことを相手が考えるかは容易に想像がつく。

 

 

 

 

なにか、私にできることはない?

 

 

 

 

その言葉を引き出すことができればあとはこちらの話を進めるだけだ。

 

完全にこちらの思惑どおりに対象者が、ストーリーを理解しているということだ。

 

 

 

 

さっきから部長の様子がおかしいから本当に大丈夫なのか聞いてみたんだよ。

 

そしたら、先方に予定よりも訪問が遅れることは伝えてあるけど今日中には手形が必要みたいで、それまでに荷物が見つからなければ手形を紛失してしまったことがじこちらの会社に発覚してしまうって言うんだ。

 

手形を再発行せもらう手続きもしてくれてはいるんだけど、今日中の再発行は難しいって言われてしまったみたいで、なんとか今日中に先方に渡すためにも手形の額面を現金で用意する必要があるみたいで、こちらに内緒で部長自身の預金や、部長の母親にまで一時的な建て替えのお願いをしてくれているみたいで、それでもまだ手形の額面には足りてないみたいなんだよ。

 

 

 

自分の身内が荷物を紛失してしまったせいで、会社の取引きに支障が出てしまい、部長ほどの立場にいる人間が庇い立てしてくれている上に部長自身が身を切ってまでその一時補填をしてくれようとしている。

 

しかも、足りない分を関係のない部長の母親にまで頼んでくれてまで。

 

対象がこの話をそこまで理解してくれていたら、私には関係のないことだと突っぱねることはもはや不可能だ。

 

 

  同調圧力

 

 

もともとはこちらの不注意で起きてしまったことだし、部長と関係のない部長のお母さんにまで迷惑をかけちゃっているから、こっちもできるだけ協力させてもらいたいんでけどいくらまでなら出せる?

 

明日になれば手形が再発行されるから、用意した金額は明日には必ず返すことができるから。 

 

 

 

手形の金額や、部長たちがいくら用意するのかは教えない。

 

 

あくまで、部長はこちらに負担を要請しているわけじゃなくあちらだけで事態の解決をしようとしてくれているという設定だ。

 

だからこそ、金額は聞いても教えてくれない。

 

話の内容を考察する限りでは、そんなに安い金額では無い。

 

100万、200万円ほどの金額であれば部長クラスの管理職であれば簡単に補填できる。

 

そうなると、1000万円かもしかすればそれ以上か。

 

それがわからない以上、こちらがどれだけ用意することができるのかをしっかりと把握した上で、その中からどの程度捻出して建て替えることができるのかをきちんと精査した上で、部長にこれだけこちらから用立てることができる旨を伝えなければいけない。

 

 

 

ちゃんとした金額を伝えないともしその金額が用意できなかったとき困るから、家にある口座の預金を全て教えて欲しい。

 

 

 

その上で、どれだけ用意することができるって部長に言うから。

 

この時点で、部長にはこちらが建て替える金銭の一部を補填するということは伝えてはいない設定だ。

 

あくまでもこちらが勝手にこれだけ用意するのである。

 

そこにあるのは身内に対する心配と、身内のことを庇ってくれてここまで尽力してくれている部長の愛情に対して、対象者が自発的に用意するのだ。

 

この時点で対象者は自ら金を用意する意志が固まっている。

 

長時間に及ぶ通話の中で疲労して、こちらの伝える内容を額面のまま受け入れ納得してしまうほど洗脳されている。

 

ストーリーの中に辻褄の合わない点や、よく考えれば疑わなければいけない箇所は山ほどあるがもはやそんなこと脳裏に浮かべることすらできないほど、こちらの与える情報量が多すぎて対象はその情報を処理することに手一杯となり、自分の頭で考えることを放棄してしまっている。

 

 

 

 

 

電話は繋いだままでいいから、家中にある銀行の預金通帳を全部持ってきて。

 

 

 

 

 

 

大きな魚はしっかりと針にかかった。

 

 

あとはこちらがミスを犯さないようにゆっくり、じっくりと引き上げるだけだ。

 

 

 

 

(続く)

詐欺の対象者に私自身を身内や知り合いの誰かと勘違いさせて、マニュアル通りの内容を伝える【アポ】が完了するとこちらはひとまず一旦名簿を見ながらの架電を止め、次の工程【ジャブ】までに作戦を練ることになる。

 

 

  ジャブ

 

 

アポの段階で私のことを別の誰かと思い込むだけでは詐欺の成功までは程遠い。

 

勘違いさせた上で、こちらは荷物を紛失し、現在進行系で困っているという状況をきちんと相手に理解させ、その上で相手自身にもこちらのことを心配させないと意味がない。

 

いくら対象が私のことを勘違いしてくれたところで、家族の仲が悪かったり対象自身の性格がひねくれていたりしたら詐欺の成功する確率は格段に落ちてしまう。

 

これから、対象には金を用意してこちらに受け渡すために長時間も動き回ってもらわなければいけない。

 

そのためにも相手が私のことを誰かと思い込ませるのに加え、伝えたい内容を的確に伝え感情を同調させる必要がある。

 

そこで、アポから約20分後もう一度こちらから連絡を取り、詐欺の内容が相手にうまく伝わってきちんと心配してくれているかを確認する電話を入れる。

 

その工程のことを私たちはジャブと呼んだ。

 

ボクシングの試合で、最後のストレートを打ち込んで相手をKOする前にする牽制攻撃のジャブに例えていたのだろう。

 

 

 

 

  見切り

 

 

 

どう?お店や警察から荷物の届いた連絡はあった?

 

 

アポの段階よりさらに焦って緊迫した声色で電話をかける。

 

その時の相手の反応に全神経を集中させる。

 

相手も心配して同調してくれていたら合格。

 

 

アポからこれまでの20分ほどの間、対象の脳内にこちらが本当に本人なのか疑いを持つ余裕はなく、荷物を紛失し困っているという状況を慮り心配をして、勝手に自分の頭の中でストーリーが広がりもはや振り込め詐欺の電話だと疑うことすらできないように仕上がっている。

 

逆に、電話に出なかったり、電話口の声がうわずっていたり、電話の向こうに誰か違う相手の声がしたりとにかく違和感を感じた時はその時点でこのに関しては諦める。

 

 

 

ジャブまではまだ間違い電話で済まされる

 

詐欺かどうか疑われたところでまだお金を要求したわけでもなければ、別の名前を名乗ったわけでもない。

 

荷物を無くしてしまい、慌てて電話番号を押してしまったら別の番号にかけてしまった。

 

記憶していた電話番号が間違っていた。

 

いくらでも嘘は吐ける。

 

だが、次はいよいよ金の話を対象にすることになる。

 

金を要求した時点で、いくら相手から騙し取れていなくても詐欺未遂罪が成立してしまう。

 

ここで、幕を引けばただの勘違い電話で収めることができる。

 

ひとつの地域に的を絞って集中的に架電する私たちにとって、通報されることは逮捕されるリスクはもちろん、その地域に通報が集中することにより行政や警察にも警戒されてしまうと言った観点からもできる限り避けたかった。

 

詐欺の電話をする中で通報が入りすぎた地域は、町内放送で詐欺注意の勧告放送が流れたり、警察官が高齢者宅に個別に訪問したり、銀行で高齢者が高額出金をすることが難しくなることがあった。

 

だから、違和感を感じて対象を見切るときにもきちんと話を終えて相手には不信感を与えないようにした。

 

まだ多少信じてはいるものの、疑いが残っていると判断した対象には荷物が見つかったと言って電話を閉じる。

 

完全に疑っている対象には、私から全く違う名前を言ってこちらも相手のことを別の誰かだと勘違いして話をしてしまっていたと謝罪した上で電話を閉じる。

 

話の状況から考えても、こちらは荷物を紛失して焦っているし、相手の電話番号を記憶を遡って架電しているわけだから話の整合性に問題はない。

 

正直、そこまで話が進み、可能性が0ではないという状況の中で、詐欺を打ち切るのはもったいないし躊躇されるが、組織として犯罪行為を遂行しているし、もし逮捕されるとすればまずは現金を受け取りに行く受け子。

 

そして、周到に計画されている犯行といえども受け子から芋づる式に組織が壊滅してしまうというリスクも捨てきることはできない。

 

犯罪をビジネスとして継続していくためにもジャブの時点で相手を見極めるということは、相手にお金を請求すること以上に重要なことだった。

 

 

 

  神格化

 

 

話の中で対象に疑いの気持ちが無いかや、こちらを本当に心配してくれているかを探りつつ、些細な会話の中で一つづつ確実にこちらのつ伝えたい情報を、対象に伝達していく。

 

 

 

 ・荷物が見つかっていないことに落胆する。

 

 ・その荷物に入っていた書類はこれから行く取引先に提出するものだったので、取引先を待たせてしまっている。

 

 ・同行している上司が先方に謝罪してくれ、時間を引き伸ばしてくれている。

 

 ・しかし、上司は自分のことを責めることはなく、失敗は誰にでもあるから気にするなと言ってくれて庇ってくれている。

 

 ・ひとまずもう少し探そうと言ってくれているので、もう少し探して見るからそっちも荷物が届いたかの連絡が入るまでは家で待っていてほしい。

 

 ・本当に申し訳ない。

 

 

 

 

 

ジャブで重要なのは、一緒にいる上司の神格化だった。

 

 

こちらの不手際で重要な荷物を紛失してしまって、取引先にも迷惑をかけてしまっているのに、上司はこちらを責めることなく庇い立てしてくれている。

 

仮に私が息子だと対象が勘違いしているとすれば、その上司にとても感謝するだろうし息子がそこまでしてもらった相手をないがしろにできるはずもない。

 

次の工程で対象のことを操り人形のようにするためにも、上司の神格化は必要不可欠だった。

 

 

 

 

 

・本当に大切な荷物だったようでこのことが会社にばれると懲戒処分にもなりかねないから、上司は会社に報告することはせずにふたりでなんとか解決する方法を模索しようと言ってくれている。

 

・それがバレたらその上司にまで責任が及びかねないのに、自分の立場を犠牲にしてまでこちらのことを考えてくれている上司。

 

・なので、もしなにかあっても会社に連絡することはしないでほしい。

 

・連絡してしまうと上司の好意が全て無駄になってしまうし、上司自身に迷惑をかけることになってしまう。

 

 

とにかく、やりすぎでもいいくらいに上司がどれだけ自分に対してしてくるのか刷り込み続ける。

 

こちらのことを信じ切っている対象の脳内にもはや疑いの余地は残されてはいない。

 

 

 

 

 

 

  孤立

 

 

荷物の中に携帯も入っていたからと、本人へ連絡する手段も断ち、勤めている会社への連絡もさせず、どんどんと対象を孤立させていく。

 

在宅人数が何人かはアポの時点で聞いている。

 

独りの時は在1

二人の時は在2

 

それ以上は、どれだけ信じ込んでいようとジャブの段階で見切りをつけた

 

在2のときでも一緒にいる相手にこの話が伝わらないように事前に申し入れ、それが難しそうなら電話を変わってもらい一つづつ同じ情報を伝達するがそれでも成功率は在1とは雲泥の差だった。

 

とにかく、私たちが狙いをつけるのは独居老人

 

 

独居老人をさらに孤立に追い込み、誰か別の人に相談する機会を奪い、こちらの与えた情報だけを刷り込んで操り人形にしていく。

 

アポもジャブもそれ自体は5分ほどで終わることのできる作業だったが、独りで毎日生活している高齢者にとって私からの電話はたとえ内容がどうあれ嬉しかっただろうし、恰好の話し相手ということもあり5分で終わることなどそうなかった。

 

話が長くなればなるほど話を聞きながら対象の情報は増えていき、こちらの伝えたい情報をどんどん刷り込んでいくことで対象にますます心配を与えることができた。

 

20分も話すうちにこちらにあるメモ書きには対象の情報量がどんどんと増え、対象にも十分な心配と上司に対する尊敬の念を植え付けることはできた。

 

 

  ドーパミン

 

 

ジャブを打ち終えてようやく詐欺のスタートラインに立った。

 

次の電話で遂に犯罪者になる。

 

しかしその時の私の脳内は犯罪者になってしまうという背徳感よりも、金が目の前に迫った高揚感のほうがはるかに大きかった。

 

 

 

それは、かつてギャンブルに溺れていたときのそれに近かった。

 

まだ、成功したわけでもないのにもう金をだまし取って、自分の財布に大金が入ったかのような錯覚に陥っていた。

 

私の脳内には脳汁が溢れ、ドーパミンが満ち溢れていた。

 

 

 

(続く)

 

今日って1日家にいるでしょ?

 

詐欺の一言目は必ずこのフレーズと決まっていた。

 

 

年間被害総額が過去最高額を毎年更新し続け、警察や行政からも詐欺被害の注意喚起が連日され、テレビのようなメディアでも取り上げられることが多くなりもはや振り込め詐欺が社会問題化していた当時、電話の切り出しにもしもしやらオレオレなんてワードを用いることは既にご法度だった。

 

ふとしたワードをきっかけとして、相手に詐欺かもしれないという不信感を与えてしまいかねない。

 

急に質問を投げかけられることで電話口の相手は、その質問に対する返答を考えその相手が誰なのかを認識する余裕を失う。

 

質問の答えを考えながら惰性で相手が私のことを普段から自分の親しい誰かだと誤認させることが第一声目の目的だった。

 

 

 

 

私たちは、詐欺をかける相手のことを対象、電話を掛けることを架電と隠語して使用していた。

 

 

 

成りすますのは、対象の息子かもしれないし兄弟かもしれない。

 

はたまた、いとこやもしかしたら仲の良い知人でも良い。

 

私の声を聞いて誰でもいいからその声を電話越しの相手が勘違いしてくれたらまずはそれだけでいい。

 

所謂、トバシと言われる他人名義で契約したSIMカードを挿入したストレートタイプの携帯電話に、高齢者の名簿を専門に販売する闇業者から手に入れた電話番号の羅列してある用紙を見ながら順番に架電していく。

 

私たちの使用していた名簿はリスト屋と呼ばれるところから購入してリーダー格の男が事前に持ち込んだ関東圏の市町村の65歳以上の高齢者名簿だった。

 

名簿にもピンキリがあり私たちの使用していた名簿に記載されていた情報は、世帯主名、住所、電話番号そして世帯主の生年月日だけであった。

 

名簿の値段は確か一件につき3円から5円ぐらいだと聞いた覚えがある。

 

ひとつの街でおよそ5千件ほど。

 

名簿によっては高額納税者や投資経験者のような更に優良な名簿もあるみたく一件あたりの値段は更に高額になるようだったが、私たちはこの汎用な名簿を用いるしか無かった。

 

10種類ほど用意してある地域の中から、前日に次の日に攻める地域を選び架電をしていく。

 

例えば今日は町田市、次の日は草加市と言った具合にひとつの町に絞って一斉に爆弾を落とす。

 

ひとつの地域に一斉に架電するため翌日にはその地域は詐欺被害の通報が広がり攻めずらくなる。

 

だから勝負は1日限り。

 

私たち架け子に与えられたノルマは1日900件。

 

朝の8時から夜の8時までアポが取れなければ延々と電話をかける。

 

その日使った地域のリストはその日のうちにシュレッダーにかけて証拠隠滅を図る。

 

金をかけて購入した名簿なのだから一件でも無駄にするな。

 

私は喋ったことも見たことすら無い上層部からの指示だった。

 

 

 

 

 

対象がすぐに私のことを誰かと勘違いしてくれたらそれだけで合格。

 

勘違いしなかったところですぐには電話は切らない。

 

誰ですか?

 

と聞かれたら、

 

声聞いて分からないの?

と、そんな近しい関係なのに声だけで誰か把握出来ないなんて悲しい素振りを見せ、

 

声が違うけど

 

と言われたら、

 

やっぱり?昨日から体調が悪くてさ、

 

と、顔が見えないことをいいことにいけしゃあしゃあと嘘を吐く。

 

相手が電話をガチャ切りするまではとにかく電話は切らない。

 

電話さえ切らせなければいくらでも誰かと勘違いしてくれる見込みはある。

 

いや、勘違いさせるように場面で言葉を紡いでいくのだ。

 

何度も何度も、失敗を繰り返すうちに詐欺師側にはどんどんと経験とボキャブラリーが蓄積されていく。

 

 

 

教えられたとおりにただ闇雲に会話を続けるだけでは詐欺の成功には程遠い。

 

 

 

詐欺のストーリーを自分の中できちんと理解した上で、会話の中で自分と対象の関係性を把握して時には怒り、時には涙して相手の感情をコントロールしながらゴールまでと誘導していかなければならない。

 

 

忘れ物

 

 

電話口の相手が私のことを誰かと勘違いしてくれたら次の話に進める

 

もし一日中家にいるなら、もしかしたら電話があるかもしれないから出れるようにして欲しい。

今、仕事の上司と品川駅の喫茶店にいたんだけど荷物を置き忘れてしまった。

その中に、上司から預かっていた仕事の書類携帯電話も入っていた。

店に電話したけど届けられていなかったし、警察にも遺失届は出した。

今日、使う書類なので困っている。

携帯電話も入っていたので、届いた時に連絡を入もらう連絡先がないのでこの番号を伝えた。

登録してある番号も見ることができないので、覚えていたそちらの番号を伝えてしまった。

今は、上司の携帯電話を貸してもらい電話をかけている。

これから別の場所で仕事があるため、定期的にそちらに連絡があったかこちらから連絡する。

迷惑かけて本当に申し訳ない。

 

そして、最後に思い出したようにこう聞く。

 

今ってひとりでしょ?

 

ここまでの工程で詐欺の第一段階、アポは成功だ。

 

 

 

必要な情報を、できるだけ疑われないように相手に伝達し必要な情報を奪う。

 

まず、お金にを勘ぐらせるようなワードは一切使わない。

 

財布やカバンのようなお金にまつわる言葉はあえて使わず、荷物と言う。

 

相手の呼び方もこちらの一人称も、そっち、こっちと呼ぶ。

 

母親と息子でも、母さんと呼ぶ人もいれば大人になってもママと呼んでいるひともいるだろう。

 

それは一人称でも同じで家族に対して自分のことをおれと言う人もいればぼくと言う人もいるだろう。

 

 

相手との関係性が全然把握できない状態でどんな相手にでも合うような汎用性のあるフレーズを使うようにした。

 

携帯電話も忘れたというのは本人と直接連絡を取られることを阻止するため。

 

最後に一人かどうかを確認したのは、他に相談できる人がそばにいないか確認するため。

 

 

 

全てが考え込まれて洗練された私たちのアポ取りに、電話の向こうの対象はどんどん私のことを信用しどんどん私のことを心配していく。

 

それが地獄への片道切符になっているとは思うはずもなく、、、

 

 

(続く)

 

 

 

深夜0時をすぎる頃、ようやく私は詐欺グループのアジトへと足を踏み入れることができた。

 

 

間取りは3LDKのファミリータイプ。

 

某ディスカウントストアで売られているエアーベッドを膨らませて玄関ドアを密閉し防音対策がしてあった。

 

最上階のいちばん端の部屋なのは他の部屋への音漏れや外部から目視されるのを防ぐためだと推測したがそれに加えて全ての窓ガラスには乱雑にダンボールが貼り付けられており、完璧に目隠しがされていた。

 

しかしその上からカーテンなどというものはない。

 

無駄な装飾品はおかず、なにかトラブルが起きた時にいつでも撤退できるようになっていた。

 

玄関から両側に個室の扉を見て置くまで進むと軽く20畳ほどあるLDK部にたどり着いた。

 

どうやらそこが詐欺行為をする拠点となる部屋のようだった。

 

そこには小さな小机が数基両端に設置してあり、壁際に32インチほどのテレビが地べたにおいてあるだけの殺風景な部屋だった。

 

 

  共犯

 

 

そこに私以外のメンバー3人がテレビを見ながら談笑しており、これから私を含めて4人で詐欺行為をするだということをようやく知った。

 

入り口を入ったときからうすうす気がついてはいたが、その部屋の中は大麻の煙と匂いがむせ返るほど充満していた

 

夜も深け大麻の効果に酔っている新しい仲間と自己紹介しあうこともなくお互いに嘘の名前だけを交換した。

 

リーダー格のナツメはまだ20代前半だった。

全身に刺青の入ったトシさんは30代前半の兄貴分。

まだ、グループに入って間もないケンちゃんは20代中盤。

 

私も含めまだ全員が若者だった。

 

 

 

挨拶もそこそこに私にも大麻の巻かれたジョイントが廻された、名前も素性も分からない通しですぐにうちとけ合うのは難しく、会話以外でコミュニケーションを取り合うのに大麻はもってこいだったのだと思う。

 

もちろんほかのメンバーも覚せい剤は厳禁だし、アジトまでの道中を鑑みれば大麻と言えども持ち運びリスクがあるので禁止だったようだが彼らの価値観では大麻くらいはバレないから大丈夫だといったところだったと思う。

 

詳しい内容はまた明日説明する

 

と、ナツメに促されとにかく大麻を吸っては甘い菓子を貪りながらテレビに移流れるバラエティ番組をみんなで鑑賞した。

 

ほかの仲間は談笑していたが私はその気にはなれなかった。

 

元々大麻自体が好みでは無いし 、それまでの生活の苦しさやアジトまで車での疲労感からバットトリップしてしまいすぐに倒れるように眠ってしまった。

 

 

起床は6時30分

 

 

犯罪者集団にはそぐわぬ早い起床だった。

 

リーダーのナツメが持参したiPodから流れるEDMの音楽で私たちは目を覚ました。

 

前日の大麻が若干残っており気だるさはあったがなんとか起きて洗面を済ませ、キッチンで各々簡単な食事を済ませた。

 

米は前日からタイマーを設定していたので明け方には炊きたての米が出来上がっていた。

 

インスタント味噌汁にふりかけに缶詰、各々がアジトに入る前に購入して来た御飯のお供をシェアリングして簡単に朝食を済ませた。

 

7時30分より朝のミーティング。

 

その時のグループの手法としては関東圏内の一つの市町村をねらい一斉に電話をかけてターゲットを見つけるというものだった。

 

高齢者の氏名と自宅電話番号が市町村別にまとめられたリストが10種類ほど事前に用意され、前日のうちに話し合って翌日攻める街を決めた。

 

ミーティングでは電話をかける件数の目標や金額の目標をお互いに発表した。

 

私は初日ということもありまずは100万円という目標を立てて発表した。

 

それが簡単なのか難しいなんて検討もつかなかった。

 

ミーティングも終わり、鍵のかかった箱からストレートタイプのPHSを人数分取り出し各自部屋の周囲に外向きに置かれた小机に座りいよいよ詐欺を実行することになった。

 

 

 

時間はちょうど朝の8時

 

 

 

システム化された組織犯罪。

 

私はリストの一番上に記されている番号を震える指先でひとつづつ押していった。

 

(続く)

 

 

 

ササキからアジトの段取りがつくまでは何処か塒にできる場所に身をおき、連絡が来るまでは待機しておくよう指示は受けたものの、身よりもいないし縁もゆかりもない土地にギリギリの金だけ持ってきた私にとって行くあてなどはどこにもなかった。

 

 

 

  潜伏

 

 

 

24時間1500円で過ごすことのできる激安ネットカフェを見つけ、そこで私はササキからの連絡を待ち続けた。

 

個室とは程遠い、低い壁で仕切られた空間に小さなパソコンと申し訳程度に倒れるリクライニングチェアのあるだけの簡素な部屋だった。

 

 

外国人バックパッカーや浮浪者のような人間が停留するような暗くて狭く体臭の漂う店内で、私は10日間以上の待機を余儀なくされた。

 

ドリンクバーのおかげで飲み物には困らなかったが、食事はコンビニでカップラーメンやスナック菓子のようなただ満腹を満たせれば良いものを選んで飢えをしのいだ。

 

それに加えて壁一枚挟んだ隣の部屋からは男女のまぐわう声色が聞こえてきたり、どこからともなく大麻を燃した匂いがしてきたりということもあり私の自我は次第に崩壊していった。

 

 

 

東京では絶対に覚醒剤を使用しないように。

 

 

ササキと交わした唯一の約束だけは守り通した。

 

 

 

正直、覚醒剤をいつでも買える場所に身をおいていたが買えるだけの金銭的余裕は私には無かったし、グループを取り仕切っている裏の権力者の影に怯えていた。

 

ヤクザか半グレか、それとももっと他の何者なのか田舎者の私には想像もできなかった。

 

とにかく次の指示があるまでは、目立たないよう大人しく都会の街に潜り続ける以外に選択肢は残されていなかった。

 

 

 

  始動

 

 

 

 

ネカフェ生活も一週間も過ぎた頃、ようやくササキから連絡が入った。

 

前の週から稼働しているグループに合流してほしいとのことだった。

 

 

 

連絡を受けた翌日の夜、私は10日近く過ごしたネットカフェを出た。

 

僅か10日ほどだったがリクライニングチェアーで寝食をしていたため身体は疲労感に包まれていた。

 

まるで留置場から久しぶりに出たくらいの開放感であった。

 

 

 

ササキの店に再訪し、ようやく具体的な指示を受けることになった。

 

 

 

・身分証、携帯電話はササキの店に預けて最低限の荷物だけを持参すること。

 

・着ていく服は目立たない普通の身なりで行くこと。

 

・日曜日の夜にアジトへ入り、週末の金曜日の晩まではアジトで寝泊まりすること。

 

 

・アジトまではタクシーを利用すること。

 

・最寄り駅から直接行くと警察から尾行される可能性があるので4回タクシーを乗り継ぎアジトまで向かうこと。

 

・どこかのスーパーで食材を購入してくること。

 

・かかったお金に関しては経費として返還するのでレシートを捨てないこと。

 

・現地の人間には偽名を使い、仲介者はもちろん自分の個人情報は絶対に口外しないこと。

 

 

尾行や逮捕されたときのリスクを少しでも抑え、極力目立つことなく犯行を遂行することのできるように完璧にシステム化された決まりだった。

 

 

 

一通りの説明を受けた後、私は身分証や自分の氏名の記載してあるものと携帯電話、それに最低限の荷物だけを持ち、残りの荷物はキャリーケースに入れてササキに預け、目的地の住所の書いたメモ書きと必要経費の2万円を受け取った私は新宿駅へと向かった。

 

新宿駅に到着した私はメモに書いてある通り埼京線に乗り込んで赤羽駅を目指し、そこで京浜東北線へと乗り換え大宮駅を目指した。

 

 

 

そして大宮駅から3駅手前のの北浦和駅で一旦途中下車してタクシーに乗り込み、与野駅、さいたま新都心駅とタクシーを降りたら次のタクシーを拾い指示の通りのルールを守りようやく大宮駅までたどり着いた。

 

21時に新宿を出てすでに時間は23時を過ぎていた。

 

もともとの手持ちの金と、ササキから預かった2万円をあわせた財布の中身も交通費でほとんど消えていき残りは僅かになっていた。

 

スマートフォンをササキの店に預けどれだけタクシーの料金が発生するのか調べることも想像することもできない不安は測りきれなかった。

 

道に迷ったり、金が尽きてしまったらアジトにたどり着けないどころか新宿に戻ることもその場所で宿を取ることすらできないほどの極限状態だった。

 

 

 

  アジト

 

 

 

なんとか大宮駅までたどり着き、残された残金の限りで食材を調達しようやく目的地の建物まで到着した。

 

 

15階はあるだろう築浅のマンションだった。

 

広いエントランスを抜け、オートロックでメモ書きに記された部屋番号を押すと少ししてインターフォンに反応があった。

 

私も通話口の相手も言葉は発しなかったが、カメラ越しに私の顔を目視して警察では無いと判断したのか自動ドアが開けられた。

 

2基あるエレベーターのひとつに乗り込み最上階を目指した。

 

降り立ち更に一番奥にある部屋にまで向かった。

 

手前の部屋の前には子供用の自電車が停められていた。

 

詐欺グループのアジトの隣では普通の家庭が普通に幸せな家庭を営んでいると想像することは容易だった。

 

だが私はいまここで引き返せば元いた世界に戻れるなどとは微塵も思わなかった。

 

当時の私は前に進み続けるしかなかった。

 

私の背後から死神が背中を押し続け地獄の入り口まで連れてきたのだ。

 

私は目的の部屋のインターフォンを押し、小さく開いた扉の中に私は吸い込まれるように入っていった。

 

明日から私は犯罪に手を染める。

 

一般人から犯罪者への境界線はほんの扉一枚だった。

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  再会

 

 

深夜0時を過ぎ、遠方から高速バスでやってきた私は疲れ切っているはずだったが不思議と眠気は無かった。

 

都会の喧騒と、店中に溢れる大音響。

そして、全てを捨てて知らない土地にやってきてしまったという興奮や不安が私の心の中に侵食しており、暫くの間は眠れそうになかった。

 

 

 

 

ササキの案内で奥の個室に案内された。

 

防音扉で閉ざされたカラオケボックスのような空間に入ると外の騒音が多少は収まり、ようやく心が安堵した。

 

そこへササキが冷えた酒を持ってやってきて私たちは小さく乾杯し約2年ぶりの再会を労いあった。

 

 

刑務所の中では頭を丸め他の受刑者と同じ服を着ており外見はただの田舎者だったササキ。

 

当時は娑婆での彼の話を信じる同囚はほとんどいなかった。

 

しかし、歌舞伎町で再開した彼にその時の面影はひとつも残ってらずまるで別人のようだった。

 

セミロングでウェーブの着いた茶髪で着ている洋服もハイブランド、綺麗に眉を整えて胸元から洋彫りのタトゥーをチラつかせたササキは、すっかり歌舞伎町の夜に溶け込んでいた。

 

彼の方が歳上ではあったが刑務所の中では私の方が立場が上で、ササキの方が一方的に私に対して敬語を使う関係性だったが、そんな態度をとることに躊躇してしまう程、彼は別人になっていた。

 

それが彼の本来の姿であった。

 

それに比べて私はカバンひとつで上京したおのぼりさんであり、金に困って価値のあるものは全て売り払い、まるで乞食のような出で立ちで彼と対峙していることに息苦しさを覚えてしまい、以前のようにタメ口で話すことはできなかった。

 

ササキは以前のまま私に対して敬語で話してくれたが、2年ぶりの再会でお互いに立場が逆転してしまっていることに2人とも違和感を隠しきれず、ギクシャクしたまま昔話もそこそこにこれから始まる私の仕事についての話題になった。

 

 

 

  詐欺

 

 

 

私がする仕事は振り込め詐欺。

 

 

それだけがササキの口から伝えられた。

 

事前に電話越しに聞いた言葉も、歌舞伎町という非現実的な世界にやって来て仲介者本人の口から直接耳にすることによって、いよいよ本当に犯罪に手を染めるという現実味が増した。

 

私は明日から犯罪者になる。

 

しかし、今の私にとってドン底まで落ちきった人生を好転させるためにはそれしか手段は残されていない。

 

半年ほど東京で振り込め詐欺に手を染めて大金を掴み、親に立て替えてもらった多額の借金を返済し全ての負の連鎖を精算して来年の今頃には地元に戻って何事も無かったかのように人生を再スタートさせてやる。

 

犯罪に手を染めることに対する背徳感以上に、詐欺行為をすることによって得られる希望の方が圧倒的に勝っていた。

 

 

 

それまでずっと常に金の心配をしてきた人生だった。

 

常に依存行為に人生を阻まれ、来週の予定すら決めることの出来ないクズだった。

 

それは刑務所に一度収監されても治ることはなく私の人格の一部になっていた。

 

手段はなんにせよ人生を好転させるチャンスに遭遇することができたことは私にとっては地獄に差し込む一筋の光であった。

 

クズがクズを手放すための唯一の手段であり、私がクズであり続けた人生を送り続けた結果それ以外の道は残されていなかった。

 

 

 

  組織

 

 

 

アジトの手配が済むまで連絡を待って欲しい。

 

 

 

覚悟を決めた私に対してササキが言った一言で私は狼狽した。

 

ほんの僅かな金だけ持ってこの街で連絡が来るまで待ち続けるということは不安でしかなかった。

 

ササキから当面の生活費として3万円を受け取った。

 

もちろんくれたわけじゃない。

 

詐欺が成功したときに返済しなければならない。

 

 

 

私に当面の資金を用立てるのはササキの仲介者としての役割だった。

 

 

 

私は詐欺の実行犯。

 

ササキは詐欺グループへの仲介者。

 

 

 

私が詐欺を成功させることで一定のマージンがササキには入る

 

そして、仲介者はそのグループがどんな詐欺行為をしているか、中にどんな人間がいるかなんて詳しい情報は全く知らない。

 

それは何かあった時に逮捕されたとしても自分や上層部まで警察の手が伸びないようにして芋づる式に組織が壊滅することを防ぐため考え抜かれたシステムだった。

 

 

 

もはや、刑務所で同じ飯を食べた仲間ではなかった。

 

振り込め詐欺というビジネスで繋がれた共犯者だった。

 

 

 

 

ササキの店を出て私は深夜の歌舞伎町を闊歩した。

 

深夜2時を回っているにも関わらず街は眠ることを知らなかった。

 

私はササキと分かれる際に偽名を決めた。

 

 

クドウ

 

 

闇雲に決めた名前だったがそれが私が東京で名乗る名前になった。

 

無職、住所不定、家族も友達も知り合いすら誰もいない東京の街に私は一人ぼっちだった。

 

歌舞伎町の夜の帳だけが孤立した私のことを受け入れてくれていた。

 

 

(続く)

 

 

 

懲役4年

 

 

 

振り込め詐欺の実行犯として逮捕され、他人を騙して私腹を肥やした代償として私に与えられた刑罰。

 

それ刑期が重すぎるのか、それとも軽すぎたのかは誰にもわからない。

 

事件の被害者やその家族はより重い刑罰を望んだだろうし、私自身の家族はより一層の減刑を望んでいたことだろう。

 

わかっていることは4年という刑期はどうあがいても覆ることはないし、その刑期を終えるまで私に自由は無いということだけだった。

 

そんな事を考えながら同時に、護送車の窓の外を見ながら私の頭にはそれまで東京で過ごしてきた2年間のことが走馬灯のように浮かんでいた。

 

 

 

 

  上京

 

 

 

それはジメジメとした真夏の夜だった。

 

昼過ぎに出発した私を乗せた高速バスは首都高に入り、雨の降りしきる新宿駅に停車した。

 

都庁の麓のバスターミナルに降り立った私は思わず上を見上げてしまった。

 

花の都大東京、その中でも軍を抜いて人が集まる街。

 

新宿の高層ビル群は私にとっては圧巻すぎた。

 

 

 

仕事以外で東京へ来たのは修学旅行ぶりだった。

 

20年以上の時を経て再来した東京の景色はあの頃からずいぶんと変貌を遂げていた。

 

 

 

私はこの街に、振り込め詐欺をするためだけにやってきたのだ。

 

 

 

覚醒剤で2度逮捕された、刑務所にも行った、しかし私に覚醒剤を止めることはできずみるみると再び沼の中に嵌まっていった。

 

刑務所で知り合った仲間は全員クソ野郎だった。

 

それまでより覚醒剤が簡単に買えるようになった、身近にアウトローな話題も増えた、悪い仲間から悪い仲間へと数珠つなぎのように負のコミュニティが拡大した。

 

私にはその繋がりをコントロールして乗り切っていけるほどのスキルは身についていなかった。

 

嵌められ搾取され、どんどんと負の渦に巻き込まれていくうちにまたもや私はおかしくなってしまっていった。

 

出所してすぐに就職することのできた職場を逃げるように辞め、私の更生を優しく見守っていてくれたまともな仲間を捨て、私は背水の陣な思いで東京に渡り振り込め詐欺に手を染める覚悟を固めたのだった。

 

いや、正確には逃げ付いた先がここしか無かっただけなのかもしれない。

 

家の財産を食いつぶし、闇金から借りた金すら一円も返すことなく返済は滞り、私を浚いに来た半グレを車で轢いて逃走をしていた私にはもはや地元で何食わぬ顔をして生活することは不可能だった。

 

私が地元に残るということは、私の家族にも被害が及ぶ可能性があるということだった。

 

金も、住処も、良くしてくれた仲間すらも失い、私のために百万単位の肩代わりをしてくれた両親に一日でも早く借りを返して全ての負の連鎖をリセットするためにも、私が一旦地元を離れて犯罪行為に手を染める選択をしたことは必然といえば必然だったのかもしれない。

 

 

 

  歌舞伎町

 

 

 

雨の降りしきる新宿副都心を歩き、よくドラマで見たことのある大きなガード下を抜けると歌舞伎町の華やかなネオンが目に飛び込んできた。

 

テレビでしか見たことのない光景。

 

私の住む街にも歓楽街はあったがそれは別次元だった

 

 

アジア屈指の歓楽街はどこを見渡しても綺羅びやかで私はただならぬ疎外感を感じ得なかった。

 

金になる衣類は全て売り払い、身につけているものはユニクロのような量産型の衣類で所持金も家を出る時最後の無心といって親から借りた2,3万円しか持ち合わせていなかった。

 

 

 

今夜眠る場所すらまだ決めかねているほどその時の私は逼迫していた。

 

 

 

道行くサラリーマンが次はどの店に入るか井戸端会議をしているのを横目に。私には詐欺の仲介者が指定した場所を目指すことしか選択肢が無かった。

 

目的地までの道中、たくさんのキャッチといわれる風俗やキャバクラの客引きから声をかけられた。

 

金を持ってそうな相手に声をかけるわけじゃない、金を毟り取れる相手に声をかけているようにしか思えなかった。

 

それほどまでに当時の私は田舎者で見窄らしかった。

 

コマ劇場という売人のメッカがあることは知識としてはあったがそこはすでに取り壊され新たに何かわからないが巨大な建造物が建設中だった。

 

その先には今度もよくテレビで目にしたことのあったマンモス交番があった。

 

そこも通り過ぎ、飲食店よりラブホテルや風俗店のひしめく通りを少し歩いたところに目的地の場所があった。

 

ブルーフォレスト

 

サパーと呼ばれる業態の店だった。

 

 

 

 

ホテル外の中心の飲食ビルの中にある小さなスナックのようなお店が、私が務めていた刑務所で知り合い、振り込め詐欺グループと繋いでくれた仲介者の男から指定された場所であった。

 

ガラス張りの扉を開けると耳がはち切れるほどの大きな音で流れるBGMと阿鼻叫喚の男女の笑い声が聞こえた。

 

中にはホスト風の男と水商売風の女が何人もいた。

 

見窄らしい出で立ちの私が店内に入るとすべての視線がこちらに注がれたような気がした。

 

目が合った20代前半と思しきボーイに仲介者の男の名を告げると奥の個室に案内された。

 

暫くの間待っていると奥からその男が現れた。

 

ササキ

 

刑務所の中では私のほうが立場が上だったが今では完全に立場が逆転していた。

 

もう時間は0時を過ぎていたが、歌舞伎町の夜はまだ始まったばかりのように私には見えていた。

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

仕事を失い収入が絶たれた私に、覚醒剤を断つという選択は残されていませんでした。

 

 

 

 

  転がり落ちる生活

 

 

日雇いの派遣社員として日銭を稼ぎ、覚醒剤の購入できる最小金額の1万円と、ビデオ試写室に入る資金を手に入れたらすぐにイラン人密売人と連絡を取り薬物を購入するその日暮らしの日々になりました。

 

実家ぐらしだったので食事と住まいには困りませんでしたが、薬物以外に使えるお金が全くなくなりました。携帯料金を払うことすら億劫でした。

 

少ない収入をなんとか増やして他のことに使いたいとスロットを打ちました。

 

働くことすら煩わしくなった私にとってまとまったお金を手にする術はギャンブルで一攫千金するしかありませんでした。

 

負けてしまって薬すら買えなくなってしまうというリスクは、私の頭の片隅にはありましたが藁にもすがる思いでスロットを打ちました。

 

もはや負の連鎖でした。

 

薬物を購入する前にパチンコ屋へ行き、負けてしまったとて薬物への欲求は治まらず、自宅にあったゲーム機や本、当時コレクションしていたお気に入りの歌手のCDも値段のつくものは全て売却し薬物の購入費へ消えました。

 

実家の子供部屋の中にあった過去の思い出はどんどん消えていき、価値のないゴミばかりが残っていきました。

 

ゴミだらけの部屋の中で薬物を使い、使用している時は家族と顔を合わせるのすら嫌になって自室に籠もり尿すらペットボトルにしてあとから捨てるようになりました。

 

それ以前からスロット依存だった私は、すでに消費者金融では借入できるだけお金を借りており売れるものをすべて売り切ってしまった私にとって残された金策は親族だけになりました。

 

 

 

  

 

 

 

母親に嘘を付き、父親に嘘を付きお金を無心しました。

 

あまりに頻繁に金の無心をする私に辟易した親がお金を渡すことを渋りだすと、次は家中を家探しして母親のへそくりを見つけ出しそこから少しづつお金を盗んで薬物を購入しスロットを打ちました。

 

薬物とギャンブルの両輪で地獄の道を突き進む私にとって、封筒に入った数十万円のへそくりを使い果たすことなど一瞬の出来事でした。

 

もうそのへそくりさえ底をつき出した頃、遂に私はまだ高校生だった妹の財布から現金を盗み、それを知った妹が母親に密告して私のしていた悪事が両親に発覚しました。

 

父親に殴られ、母親に泣かれ、それでも私は薬物にハマっていることなど告白できるわけもなくすべてスロットに使ったと嘘を付きました。

 

その頃の私はすでに廃人のようになっていましたが、まさか両親も息子が覚醒剤に溺れているなんてことなど想像できるはずもなく、私が他になにか大きなストレスを抱えていてうつ病のようにになってしまったのだと勘違いしていました。

 

家族は私のことを心配するようになりましたが、やはり家庭内での金銭管理は以前と比べて遥かに厳しくなり家からお金を見つけ出して薬物を購入することはできなくなりました。

 

 

 

 

  キタムラ

 

 

 

そんな時、以前仲の良かったキタムラという男に偶然再会することになりました。

 

キタムラは私より5歳年下で、当時まだ17歳でした。

 

しかし、中学卒業と同時に働きだしていて外見も大人じみていたこともあって友達のように仲良くしてきた気心の知れた後輩でした。

 

そして、当時は一緒にシンナーを吸うような悪友でもありました。

 

私は、彼に覚醒剤を教えました。

 

そして、購入する時は必ず私を通して密売人と連絡を取るように仕向けました。

 

彼に覚醒剤の良さを教えたくてそうした訳じゃない。

 

彼が購入すれば私も覚醒剤を一緒に使うことができる。

 

打算しかありませんでした。

 

自分が廃人同然になり、覚醒剤の恐ろしさは身をもって知っているはずなのに自分を慕ってくれる後輩をその沼の中に引きずり込む。

 

鬼畜の所業でした。

 

しかし、当時の私には罪悪感はひとかけもありませんでした。

 

自分が沼の底に沈んでいくのを少しでも食い止めようとキタムラの足を掴んだのです。

 

現場仕事で収入も同世代に比べれば多く得ていたキタムラは一気に覚醒剤の魅力に取り憑かれていきました。

 

私は恒久的に覚醒剤を使用できる仕組みを構築できるようになったはずでしたがそんな日々もすぐに破綻していきました。

 

若いふたりにとって1回数万円かかる覚醒剤は高すぎる趣味でした。

 

キタムラも私と同じく金策に詰まりだし、私と同じように家のものを売り、家族に嘘を付き、友人に嘘を付き、後輩から恐喝し覚醒剤を買うためのお金を作ってくるようになりました。

 

きっと合わせたら100万円を優に超えていて17歳の少年が作れる金額ではありませんでしたが、どんな手段で金策してきたかなど私には関係ありませんでした。

 

別に私が命令して買わせているわけじゃない。

 

自分の意志で覚醒剤を欲し、快楽を得たいが為に金策に走っている。

 

そんな気持ちで傍観を決め込んでいました。

 

 

 

 

  暴走

 

 

 

そしてとうとうキタムラ自身も金策に陰りが見えだした頃、キタムラが知人から安く譲ってもらったと1g入った覚醒剤を持って現れました。

 

キタムラの先輩であり、私自身も後輩として名前だけは知っていたコウジという男がタタキをしていることを知りました。

 

タタキ=強盗

 

コウジは、他の友人数名と共謀しイラン人密売人から覚醒剤を購入するふりをして呼び出し、車に乗った瞬間にイラン人の足をナイフで刺して怯んでいる間に車の中の薬物と売上の現金を強奪していました。

 

現金は数万円から数十万円、違法薬物も末端価格で100万円分ほどあるときもあったらしく、彼らの言い分は不法入国の外人なら被害届も出せないし病院にも行けない。

 

死んだところで警察は動かない。

 

最高のビジネスモデル。

 

と自信満々に語っていました。

 

彼との繋がりができたことは私とキタムラにとっては大きな収穫でした。

 

きっとナイフで刺した話や細かい内容は嘘や過大に話しているだろうけど、少なくとも相場の3分の1の値段でどんな薬物も入手できるようになったことは行き詰まりかけていた私たちにとって地獄におりた一筋の蜘蛛の糸に見えました。

 

しかし1月もしないうちにコウジたちのグループはイラン人密売人グループからウォンテッドがかかるようになりました。

 

私やキタムラの携帯に以前に取引していた密売人から連絡が入り、こういった特徴の人間を知らないか、知っているなら教えろ。

 

と、いつもの陽気な相手ではない雰囲気で聞かれました。

 

 

コウジたちのグループがイラン人をナイフで刺して強奪を繰り返していたのは本当のことでした。

 

 

調子に乗った彼らは、足だけでは報復されると思ったからか、それとも人を刺すことに快楽を得るようになってしまったのか人が人として絶対に踏み越えてはならない一線を超えてしまっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らはイラン人密売人を殺害しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある時、コウジが恍惚な目で車のシートの後ろからシート越しにイラン人の背中を刺した。

 

下が血の海になっていた。

 

きっとあれは死んでいるな。

 

なんてことを語っていたことを思い出しました。

 

 

 

 

私たちは知らなかったとは言え、殺人で得た薬物を彼らから購入し自分たちの快楽を得るために使用していたのです。

 

 

 

 

イラン人から私に連絡が入った数日後、コウジたちは逮捕されました。

 

罪名は強盗殺人でした。

 

 

 

  別離

 

 

 

もはや、残された私たちは虫の息でした。

 

私はキタムラと距離を置くことに決めました。

 

すでにキタムラは、覚醒剤を向精神薬の相乗効果で私以上に頭がおかしくなっていました。

 

コウジがタタキで多額の金を手に入れているのを聞いて自分たちもタタキをしようと持ちかけられたこともありましたが私自身の理性や道徳観はかろうじて残されていたので実行までには至りませんでしたが、キタムラと一緒に居続ければ必ず後悔することになると思いました。

 

私自身、偶然にも新しい仕事が決まり少しづつですが覚醒剤と離れたいとも思い出していました。

 

 

 

私にとってキタムラはもはや用なしの邪魔者でしかありませんでした。

 

 

 

縁を切ったわけではないけれど薬物で繋いでいた関係性は、薬物なしで持続することはできなくなっており、その後ひと月ほどは連絡は取るけど会うことはありませんでした。

 

お互いが自分のペースで薬物を使っていました。

 

 

 

  終着駅

 

 

 

ある日、夜更けにキタムラから電話がありました。

 

彼は泣いていました。

 

号泣しながら何度も私に助けを求めました。

 

虫が体中を這いつくばってくる、なんとかして欲しい、タスケテクレ、タスケテクダサイ・・・。

 

覚醒剤を使うペースを少なくして多少なりとも冷静さを取り戻していた私は初めてキタムラに覚醒剤を教えたことを後悔しました。

 

自分のことを慕ってくれた大好きな後輩を廃人にしてしまった。

 

しかしもう時計の針をもとに戻すことはできませんでした。

 

なにも言ってやることも、してあげられることも私にはできずそっと電話を切りました。

 

 

 

 

 

キタムラが逮捕されたのはその一週間後でした。

 

 

 

そして、キタムラが逮捕されてから更に10日後。

 

 

 

私自身の手首にも重い手錠がかけられることになりました。

 

 

 

安易な気持ちで覚醒剤に手を出し、家族を巻き込み、友人を巻き込み、一瞬にして転落していった私の人生は逮捕されることによって終わりを迎えました。

 

 

 

 

 

初めて覚醒剤を使用してから僅か10ヶ月後の出来事でした。

 

 

(了)

 

 

 

 

 

 

  人間のクズ

 

ひとりで密売人との取り引きができるようになり、私に覚醒剤を教えてくれた友人の存在が日増しに疎ましく思えるようになっていきました。

 

彼と一緒だと、使用する日も自由に決められないし量やタイミングまで彼に決められてしまう

 

それに帰宅したあとにもメールで連絡をして無事を伝えなくてはなりませんでした。

 

それは、彼なりに私が深みにハマったりするのを防ぎ、逮捕されていないかの確認するのが目的だっだろうけど、その時の私は彼の決めた量では既に物足りず、くすねた薬をこっそり使用してその不足分を補填していました。

 

暫くは友人と一緒に使用する時に隠れながら薬を追い打ちして満足感を満たしていましたが遂に我慢が限界を迎え友人と決別することになりました。

 

それは、初めて覚醒剤を使用して4ヶ月ほどたった時でした。

 

 

  下り坂

 

 

覚醒剤を始めた時に喧嘩して一時的に離れていた彼女とはすぐによりが戻り、また以前みたいに実家での半同棲生活に戻りましたが、薬物の影響からすれ違いの毎日になりました。

 

シャブオナニーの良さを知ってしまった私は彼女とのセックスでは興奮を味わうことができなくなっていました。

 

彼女よりも覚醒剤を優先していました。

 

使用した時は帰宅せずにビデオ試写室に籠り、明け方に帰宅しました。

 

顔色がおかしいのを隠すために、会話もせずひとりの世界に入っていました。

 

気がつけば彼女も家にいない日や帰りが遅い日も多くなっていましたが、心配もせず居ないことに安堵している自分がいました。

 

そして、覚醒剤を覚えて数カ月した時彼女から再度別れを切り出されました。

 

自分が放ったらかしにしたせいで関係が破綻してしまう、カミングアウトする事でたまにの使用は認めてもらえるなどという安易な期待から彼女に覚醒剤を使用していることを打ち明けました

 

彼女は私が家を不在にしている間に他の女性との浮気を疑っていただけで、他の事情なら許してくれるかもしれない。

 

根拠の無い自信が私にはありました。

 

しかしそんな期待は簡単に裏切られ、翌日彼女は姿を消しました。

 

もう、彼女のことは必要なかったのかもしれない、ただの見捨てられ不安だったのかもしれない。

 

私は覚醒剤を常用しながら彼女の幻想を追いかけ続けました。

 

部屋にいても彼女が玄関のドアを開けたような幻聴が聞こえ何十回も部屋の扉を開けて確認しました。

 

幻覚も見えだしました、部屋の壁が倒れてきて潰されるように見えて壁を抑え続けたり、自分の血管に流れる血が逆流して身体が爆発する錯覚に襲われ、それを何とかしようと身体中に注射針を刺したこともありました。

 

勘ぐりといわれる被害妄想も発覚しとにかくネガティブな感情に支配され続けるひびになりました。

 

そして、その末に彼女と別の知人が浮気をしていることを突き止めてしまいました。

 

その男の所へ会いに行きケジメとして暴力を振るいました。

 

自分のことは完全に棚に上げました。

 

大切な人が薬物に溺れて助けを求めたはずなのにどうしてお前は助けようとしてくれなかったんだ。

 

利己主義の塊になっていました。

 

結局、私は復縁することができず彼女はその男の元へと離れていきました。

 

 

  廃人への階段

 

 

ひとりの生活になり益々生活は荒れました。

 

食事がほぼ喉を通らない。

 

睡眠も全然足りない。

 

オナニーをする気力すらその時はほぼ無くなり、ただパソコンに流れるAVを見続け怠慢じた毎日を過ごす。

 

そんなことをしているうちにどんどんと顔はこけ、身体から甘い体臭を放つようになっていき、すべてのものが自分の敵に見えるようになりました。

 

廃人に向けたカウントダウンが始まったようでした

 

職場でも私の言動の異常さにみんなが気付き始め、覚醒剤を教えた友人にも私の単独使用がバレてしまいましたが、もう彼に私の暴走を止めることはできずお互いで逮捕されないように使用する時は別々で使うようになりました。

 

自由になればとことんまで自由に使いたい

 

丁度、大型連休が重なり友人と関西へ旅行に行く約束をしていましたが私は前日に覚醒剤を優先してしまい、その約束をドタキャンしました。

 

それが彼と連絡をとった最後になりました。

 

一方的に仕事にも来るなと言われ私は仕事を失いました。

 

その仕事は普通の仕事でしたが、私たちに給料を払っている人間はヤクザで私は友人を介してその人と知り合っておりこのままいくとそのヤクザに覚醒剤使用が発覚してしまうことを恐れた友人から三行半を突きつけられてしまったのです。

 

彼女を失い、友人を失い、仕事すらやめてしまい私は本当の意味で孤立していきました。

 

私に残されたものは覚醒剤だけになりました

 

覚醒剤を初めて使用してから僅か4ヶ月。

 

わたしの人生はとうとう完全に覚醒剤に支配されてしまったのです。

 

 

 

逮捕まで残り半年

 

 

 

 

(続く)