詐欺の対象者に私自身を身内や知り合いの誰かと勘違いさせて、マニュアル通りの内容を伝える【アポ】が完了するとこちらはひとまず一旦名簿を見ながらの架電を止め、次の工程【ジャブ】までに作戦を練ることになる。

 

 

  ジャブ

 

 

アポの段階で私のことを別の誰かと思い込むだけでは詐欺の成功までは程遠い。

 

勘違いさせた上で、こちらは荷物を紛失し、現在進行系で困っているという状況をきちんと相手に理解させ、その上で相手自身にもこちらのことを心配させないと意味がない。

 

いくら対象が私のことを勘違いしてくれたところで、家族の仲が悪かったり対象自身の性格がひねくれていたりしたら詐欺の成功する確率は格段に落ちてしまう。

 

これから、対象には金を用意してこちらに受け渡すために長時間も動き回ってもらわなければいけない。

 

そのためにも相手が私のことを誰かと思い込ませるのに加え、伝えたい内容を的確に伝え感情を同調させる必要がある。

 

そこで、アポから約20分後もう一度こちらから連絡を取り、詐欺の内容が相手にうまく伝わってきちんと心配してくれているかを確認する電話を入れる。

 

その工程のことを私たちはジャブと呼んだ。

 

ボクシングの試合で、最後のストレートを打ち込んで相手をKOする前にする牽制攻撃のジャブに例えていたのだろう。

 

 

 

 

  見切り

 

 

 

どう?お店や警察から荷物の届いた連絡はあった?

 

 

アポの段階よりさらに焦って緊迫した声色で電話をかける。

 

その時の相手の反応に全神経を集中させる。

 

相手も心配して同調してくれていたら合格。

 

 

アポからこれまでの20分ほどの間、対象の脳内にこちらが本当に本人なのか疑いを持つ余裕はなく、荷物を紛失し困っているという状況を慮り心配をして、勝手に自分の頭の中でストーリーが広がりもはや振り込め詐欺の電話だと疑うことすらできないように仕上がっている。

 

逆に、電話に出なかったり、電話口の声がうわずっていたり、電話の向こうに誰か違う相手の声がしたりとにかく違和感を感じた時はその時点でこのに関しては諦める。

 

 

 

ジャブまではまだ間違い電話で済まされる

 

詐欺かどうか疑われたところでまだお金を要求したわけでもなければ、別の名前を名乗ったわけでもない。

 

荷物を無くしてしまい、慌てて電話番号を押してしまったら別の番号にかけてしまった。

 

記憶していた電話番号が間違っていた。

 

いくらでも嘘は吐ける。

 

だが、次はいよいよ金の話を対象にすることになる。

 

金を要求した時点で、いくら相手から騙し取れていなくても詐欺未遂罪が成立してしまう。

 

ここで、幕を引けばただの勘違い電話で収めることができる。

 

ひとつの地域に的を絞って集中的に架電する私たちにとって、通報されることは逮捕されるリスクはもちろん、その地域に通報が集中することにより行政や警察にも警戒されてしまうと言った観点からもできる限り避けたかった。

 

詐欺の電話をする中で通報が入りすぎた地域は、町内放送で詐欺注意の勧告放送が流れたり、警察官が高齢者宅に個別に訪問したり、銀行で高齢者が高額出金をすることが難しくなることがあった。

 

だから、違和感を感じて対象を見切るときにもきちんと話を終えて相手には不信感を与えないようにした。

 

まだ多少信じてはいるものの、疑いが残っていると判断した対象には荷物が見つかったと言って電話を閉じる。

 

完全に疑っている対象には、私から全く違う名前を言ってこちらも相手のことを別の誰かだと勘違いして話をしてしまっていたと謝罪した上で電話を閉じる。

 

話の状況から考えても、こちらは荷物を紛失して焦っているし、相手の電話番号を記憶を遡って架電しているわけだから話の整合性に問題はない。

 

正直、そこまで話が進み、可能性が0ではないという状況の中で、詐欺を打ち切るのはもったいないし躊躇されるが、組織として犯罪行為を遂行しているし、もし逮捕されるとすればまずは現金を受け取りに行く受け子。

 

そして、周到に計画されている犯行といえども受け子から芋づる式に組織が壊滅してしまうというリスクも捨てきることはできない。

 

犯罪をビジネスとして継続していくためにもジャブの時点で相手を見極めるということは、相手にお金を請求すること以上に重要なことだった。

 

 

 

  神格化

 

 

話の中で対象に疑いの気持ちが無いかや、こちらを本当に心配してくれているかを探りつつ、些細な会話の中で一つづつ確実にこちらのつ伝えたい情報を、対象に伝達していく。

 

 

 

 ・荷物が見つかっていないことに落胆する。

 

 ・その荷物に入っていた書類はこれから行く取引先に提出するものだったので、取引先を待たせてしまっている。

 

 ・同行している上司が先方に謝罪してくれ、時間を引き伸ばしてくれている。

 

 ・しかし、上司は自分のことを責めることはなく、失敗は誰にでもあるから気にするなと言ってくれて庇ってくれている。

 

 ・ひとまずもう少し探そうと言ってくれているので、もう少し探して見るからそっちも荷物が届いたかの連絡が入るまでは家で待っていてほしい。

 

 ・本当に申し訳ない。

 

 

 

 

 

ジャブで重要なのは、一緒にいる上司の神格化だった。

 

 

こちらの不手際で重要な荷物を紛失してしまって、取引先にも迷惑をかけてしまっているのに、上司はこちらを責めることなく庇い立てしてくれている。

 

仮に私が息子だと対象が勘違いしているとすれば、その上司にとても感謝するだろうし息子がそこまでしてもらった相手をないがしろにできるはずもない。

 

次の工程で対象のことを操り人形のようにするためにも、上司の神格化は必要不可欠だった。

 

 

 

 

 

・本当に大切な荷物だったようでこのことが会社にばれると懲戒処分にもなりかねないから、上司は会社に報告することはせずにふたりでなんとか解決する方法を模索しようと言ってくれている。

 

・それがバレたらその上司にまで責任が及びかねないのに、自分の立場を犠牲にしてまでこちらのことを考えてくれている上司。

 

・なので、もしなにかあっても会社に連絡することはしないでほしい。

 

・連絡してしまうと上司の好意が全て無駄になってしまうし、上司自身に迷惑をかけることになってしまう。

 

 

とにかく、やりすぎでもいいくらいに上司がどれだけ自分に対してしてくるのか刷り込み続ける。

 

こちらのことを信じ切っている対象の脳内にもはや疑いの余地は残されてはいない。

 

 

 

 

 

 

  孤立

 

 

荷物の中に携帯も入っていたからと、本人へ連絡する手段も断ち、勤めている会社への連絡もさせず、どんどんと対象を孤立させていく。

 

在宅人数が何人かはアポの時点で聞いている。

 

独りの時は在1

二人の時は在2

 

それ以上は、どれだけ信じ込んでいようとジャブの段階で見切りをつけた

 

在2のときでも一緒にいる相手にこの話が伝わらないように事前に申し入れ、それが難しそうなら電話を変わってもらい一つづつ同じ情報を伝達するがそれでも成功率は在1とは雲泥の差だった。

 

とにかく、私たちが狙いをつけるのは独居老人

 

 

独居老人をさらに孤立に追い込み、誰か別の人に相談する機会を奪い、こちらの与えた情報だけを刷り込んで操り人形にしていく。

 

アポもジャブもそれ自体は5分ほどで終わることのできる作業だったが、独りで毎日生活している高齢者にとって私からの電話はたとえ内容がどうあれ嬉しかっただろうし、恰好の話し相手ということもあり5分で終わることなどそうなかった。

 

話が長くなればなるほど話を聞きながら対象の情報は増えていき、こちらの伝えたい情報をどんどん刷り込んでいくことで対象にますます心配を与えることができた。

 

20分も話すうちにこちらにあるメモ書きには対象の情報量がどんどんと増え、対象にも十分な心配と上司に対する尊敬の念を植え付けることはできた。

 

 

  ドーパミン

 

 

ジャブを打ち終えてようやく詐欺のスタートラインに立った。

 

次の電話で遂に犯罪者になる。

 

しかしその時の私の脳内は犯罪者になってしまうという背徳感よりも、金が目の前に迫った高揚感のほうがはるかに大きかった。

 

 

 

それは、かつてギャンブルに溺れていたときのそれに近かった。

 

まだ、成功したわけでもないのにもう金をだまし取って、自分の財布に大金が入ったかのような錯覚に陥っていた。

 

私の脳内には脳汁が溢れ、ドーパミンが満ち溢れていた。

 

 

 

(続く)