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ぷぷぷ日記

映画・マンガ・アニメ・小説・歴史・日々の雑記帳。

更新は思いついたとき。

1453年、コンスタンティノープルのみを残して生き延びていたビザンチン帝国が、トルコに息の根を止められた顛末を描いた作品です。 意外と薄い文庫本一冊分。 このへんの歴史に関しては、各国勢力相関の様子が複雑でわかりにくいので理解できるか不安だったのですが、まるでそんな心配はなく楽しめました。

 ヴェネチアの従軍医師、セルビアの軍人、ジェノバの商人、ビザンチンの枢機卿など、立場のさまざまな人物が「現場証人たち」として登場し当時の状況が身近に感じられるように語られ、それぞれが最後の日をどう迎えその後どうしたかまで書かれています。

まるで群像劇で構成された映画のようです。 戦闘の状況が視覚的に迫力ある描写で臨場感があるのも、これまた映画のようですばらしいです。なにしろこの本のために書き起こした地図や城壁の断面図も入っているという入念さですから。
 戦闘シーンは長くはありませんが、金角湾の攻防におけるヴェネツィアとジェノバの巨船の華やかさ、大砲による城壁攻めなど目が覚めるような場面が展開され、映画にするに見せ場十分なのです。

最初のほうは やや翻訳調の硬めの文章が気になったのですが、物語が動き出すとそうでもなくなりました。 また塩野七生の本を読んでみようかと思います。量が多いのでぼちぼちと・・・
龍馬伝を見ていると岩崎弥太郎の存在感の大きさが気になってしかたないので関連本を探す。これは実用書のコーナーで見つけました。 弥太郎とその後の三菱の変転がシンプルに概観できる本です。
小学生向きの武将の伝記もののように、わくわくしながらいきおいよく読めてしまいました走る人
弥太郎の赤貧から出世への道のり、剛毅さと慎重さが重なったたちまわり、これぞ明治に立つ男ですな。

小説のような枝葉末節がない分、商売の浮沈と経営者の有り様が端的にわかって気持ちよかった。弥太郎のことだけでなく、時代の流れと後継者たちの性格と経営の展開が歴史のダイナミズムを感じさせてくれました。 ただし出典はほぼ三菱で作った伝記によっているようで、三菱に対し批判的な視点は、まあありません。同時代のほかの財閥や政治家の話も読んでみたくなりました。

ドラマ龍馬伝にあまりに弥太郎がたびたび出てくるのが疑問だったのですが、この本では、弥太郎と龍馬が土佐時代から知己だったかは不明となっています。
ただ、長崎時代に弥太郎が龍馬からかなり影響を受け、北海道航路開拓、海外志向などはその表れだろうということでした。

この本、ビジネスマンの啓発本らしい教訓的コメントがややおせっかいに感じましたが、わかりやすくて助かりました。よくビジネス啓発本が戦国武将や剛毅な経営者をとりあげるわけが、初めてわかった気がします。なんかわくわく感があって、やる気が出てくるというか・・・

この手の本ってあまり読んだことがなかったのですが、こういうもの(ビジネスマン向け、啓発もの)ばかり読んでると性格がかわりそうですね。ちょっと実験してみたい気もします。 ウッシッシ
さてさて、確定申告締め切りまであとわずかとなりました!
フリー(内職人ともいう)のころ、稼ぎが少ないことを証明するための確定申告なら何度でもやったけどーーーーーー今回はちょっと、勝手が違うたらーっ(汗)

まじめな経理担当、複式簿記なんか初めてなんで、これでだいじょうぶか!!! 
これでまちがいないのか!!!    とあせりつつも 、最後のチェックもそこそこに

ええい 出してまえむかっ(怒り)

という気分でもある 。やばいですね
まちがえるなら 得する方向で  とだけおもう。 たのんだよ 弥生ちゃん
タイトルは20年以上前に買った本。昔読んだはずだが 内容はまったく忘れ去っていたのでおもしろかった。
並河氏はシルクロードをジープで爆走しながら撮影した人だという印象が強烈なのだが、トルコでの撮影期間は25年、うち12年もイスタンブールに住んでトプカプ宮殿に研究室を持ち、財宝を撮影していたのだそうな。


トルコ民族のルーツをさかのぼると紀元前3世紀末モンゴル高原あたりを占めていた匈奴だそうだ。ジンギス・ハーンのモンゴル帝国形成までは、モンゴル高原はトルコ族の天地であったという。
---モンゴル高原、ついで中央アジア、さらに西アジアに帝国や王国を建設していった。その間、かずかずの宗教、すなわちシャーマニズム、マニ教、キリスト教を信奉し、いろいろの文字、突厥文字、ウイグル文字を使った。  そしてついにイスラム教に帰依してアラビア文字を使うようになり、その果てに小アジアに入ってトルコ化、イスラム化を推進した。

ふむふむ。 長い歴史を考えると、1920年代、アタチュルクが脱イスラムを推進してアラビア文字の使用を廃止したのも自然な流れと考えることもできるでしょうか。
日本で明治以後日本語の表記をアルファベット化しようと真剣に議論されたのは愚かしいことだと思うますが、それとはまったく事情が違うのですね。

並行して塩野七生がヘレニズム側の立場からビザンチンの興亡やギリシャ人たちがトルコ西岸地域に住んですぐに去ったことなどについて書いているものを少々読みましたが、この地域が実に東西文化のせめぎあう地であったことが、両面から見ると本当におもしろい。

またこのあたりの本をなんか読もうかな。
この数年、いくらか日本の歴史小説を読むようになりました。
歴史探索の入り口としておもしろいものを読みたいのです。
というわけで、大枠できるだけ史実をふまえた作品で、なおかつその時代のダイナミズムと登場人物の日常の両方をリアルに感じられるようなものを探しています・・・
しかし私の求める条件を満たす作品はどれか???と本屋で悩むことが多く、冊数はなかなか増えません。

ところで 、塩野七生の『サイレント・マイノリティ』(新潮文庫・初出は1985年)という古い本を読み返していたら、『歴史のそのままと歴史ばなれ』と題したエッセイがありました。
ここで塩野さんは「史料そのままを引いて書けばよいというものではない」と言っています。

第一級の史料でも真実度は自明のことではないからだ。 しかし、私(塩野さん)は史料からうかがわれる  「自然」を尊重する念は持っている。 そこから様相を知り、それを読者に伝えることが可能になる。 それが歴史の醍醐味である・・・

ふむふむと読んでいて感動したのは次の箇所。
「この歴史への対し方は、自分の意図することを表現する手段として歴史を使ったことの一度としてない私にとっては、ごく自然な選択でもあった。」

さらに、 「いつ、どこで、だれが、何をしたか」という史実に膨大な史料と推理を加えて、「なぜ、どのように」を追求して作品の詳細までを練り上げていく苦労や、定説をくつがえすこわさについても述べられている。 歴史家と自分の史料の扱いの差異について例示もあった。

塩野さんという人はやはり只者ではないですね。 第一に、ここまで言えるのは、自分のほうが歴史家よりも真実をついていることもあるという自信がある。 第二に、作家としての創意は歴史を歪めることではない という信念がある。

このような人の書いた本をたくさん求めて読みたいものです。 他に同じ見解の作家はいるものでしょうか。 塩野さんが日本ものも書いてくれてたらよかったのに・・・ と切なく思います。


蛇足ですが同じ本のなかで  「私も西洋史上の人物などは放っておいて、日本史にきりかえようかしらん。そうすれば私の作品も、ついにテレビ化される幸運に浴するかもしれない」なんて冗談をおっしゃってました。ホントそうですネ。
硫黄島からの手紙
(劇場映画) 年度: 2006
国: アメリカ
公開日: 2006年12月9日
「硫黄島」2部作、第2弾! クリント・イーストウッドが描いた、日本から見た「硫黄島の戦い」




1944年6月、日本の敗色濃厚となったころ。最後の防衛線として位置する硫黄島司令官として、栗林中将(渡辺謙)が着任した。
物語は防衛準備から激闘、玉砕へと物語は栗林の個人的な手紙をベースに進んでいく。栗林中将はアメリカに滞在経験もあり圧倒的に戦力不足と知っていた。彼がどのような決意と心情であったのか、この映画は細やかに語っている。

栗林中将の手紙は実物を下敷きにしているそうだが、現実味のあるのはそれだけにとどまらない。召集兵西郷(二宮和也)の思いと行動もまた一兵卒の代表としてとても印象的だ。

運命に怒りながらただ命令に従って過ごす毎日、生きて帰れないという予感を強めながら闘いに呑まれていく様子はありのままの姿を表しているように思われる。他にも憲兵隊から左遷されてきた兵のエピソードや勇ましすぎる下士官の猛進、海軍と陸軍の確執をさりげなく描写しているあたり、当時の事情をできるだけ詳細にふまえたうえで構成されていると思われ、とても納得がいく仕上がりになっている。

ほんとうにアメリカ人が作ったのか? と思うほどだ。日本人が作ったものより現実に迫っているようにも感じられる。
叙情的で派手なところもなく、知らずに見ればハリウッド映画とは気づかないだろう。

 でもなぜアメリカ人がこれを? 個々の日本人の心情を追いかけること映画など、外国人にとって地味すぎるの作業ではないだろうか?

はじめて見たときから疑問に思っていたのだが、公式サイトにその答えを見たように思う。
http://wwws.warnerbros.co.jp/iwojima-movies/

クリント・イーストウッド監督はたくさんの日本人が硫黄島で死んだという事実を世界中に伝えたかった、と語っている。

事実を伝える。

という意志がこの作品を作った理由なのだとすると、これは他のクリント監督作品と考えあわせても腑に落ちる。クリントは「人の内面をていねいに描いていく」ということにとても興味があるのではないだろうか。『ミリオンダラーベイビー』にしても、人間の内面を正直に突き詰めていくことを第一義としているように思う。

結末にありがちな監督からのメッセージらしきものは、ない。
ただディティールの連続がメッセージだと言えるのだと考えた。

しかしこれだけ地味ながらやっぱり興行収入のとれる作品に仕立て上げるクリント監督はやっぱりエライ、と思う。

とーーーっても期待して見始めたものの、これでは龍馬伝というより「岩崎弥太郎物語」ではないのか?!!!!  三菱から何かもらってるんだろ・・・と勘ぐってしまうほど
岩崎弥太郎のほうが活躍しているし、龍馬があまりにもアホみたいである。

これはもしかして役者の差?
「功名が辻」、「坂の上の雲」など最近みただけでも弥太郎役 香川照之の演技は凄みがある。福山さん、もうちょっとがんばってほしいものですウッシッシ

脚本も個人的な話に終始しすぎではないかな
時代背景や龍馬の生活の場をもっと見せてくれる場面があればいいのに。(これは坂の上の雲でも言えますね。)

一年間もたせるために序盤がもたつくのはの大河のクセなのでしょうか。今後に期待します
    うろじより むろじへかえる 一休み
       雨ふらばふれ 風ふかばふけ
                 
                         一休

小4の息子が口ずさんでおりました。どういう意味? と確かめる。
--「うろじ」はこの世で「むろじ」はあの世、今がその間の一休みと考えたら、なんにも気にしなくていいってことやん -- とちゃんと解説できました。

うーむ シブイ。
そしてタイムリー だ。(息子はおばあちゃんの病気が癌とか知らないのですが)
あらためてよい歌だなと思いました。以前はちょっと格好良すぎじゃないのなんて思ったものですが、これが本音なら、いいです。
5月末に一応、家が完工し引き渡しされました。

引越しの段取りが狂って荷物なしで一晩過ごしたのを始めとし、入居してからやり直しの工事があったり、追加工事がでたりでドタバタな毎日。寝不足です・・・・。外構はまだまだ工事中で、本当に落ち着くのはだいぶ先になりそうです。

5月の中頃、母の健康診断の結果が良くないと出ました。15年ほど前に胃癌を切っていて、「ついに来たか(再発か)」という感じであったのですが、なんとなく私は深刻ではないだろうと思っていました。高齢なので癌であってもさほど進行しないだろうと。

でも再検査の結果、すぐに精査のため入院ということになってしまいました。これが家の引渡しの直前です。母は今回の建替えではキーパーソンであったので、入院直前まで事務処理に追われましたがなんとか引渡しにこぎつけることができました。「入院したら最後、帰って来れないかもしれないと思った」と母は言っておりました。

とりあえず手術はできない状態ということで、退院して帰ってきましたが。そして外来治療が始まりました。放射線と点滴のため毎日電車に乗って病院へ通っています。どのくらい効果があるのか、どのくらい本人がしんどいことになるのか、不明です。

私はと言えば、母が「もう仕事(自営業)はできない」となる前に、母がやっている経理その他の仕事&雑事一切を引き継がねばならない。しかし、急にとりあげるのもナンだし・・・かといって 引継ぎなしでよこされても困るし・・・などと実務的なところで悩んでいます。
もう少し母その人のためになりそうなことを思うべしなのでしょうが、何もできることが見当たらないというのが正直なところです。

姉が母の様子を見に急遽アメリカから帰ってくることになりました。この新居はまずその宿舎となるべくできたようなものです。姉は「新しい治療法について意見をききにいく」と息巻いていて、外来治療も必要とあれば付き添っていくつもりのようです。あのエネルギーにまたまた席巻されそうですが、なんとかついていこうと思います。

さて 弟はといえば・・・
弟宅のほうは、エラい手違いがあって、ダメ工事について今からハウスメーカーと交渉しなくてはならないという状態です。今日も母が気をもんで「あんた何とかしてやって」と言ってくる。うーん、子どもじゃないんだから私が出しゃばることはないと思うけど、結構、大仕事になりそうで心配は心配ですな。 なのに弟宅では、今夜は友人を呼んでベランダバーベキューと洒落込んでいます。呑気なものだな。冷や汗
昨年NHK BSで「没後10年 黒澤 明特集」と銘打って
30本すべての監督作品が放映され、全部見ることができました。

一本ずつバラで見るとピンとこなかったろうと思われた映画も、
戦中、戦後、晩年と時代背景と黒澤の軌跡についての解説を交えながら見るとやはりすばらしい監督だったんだ・・・・と感慨深いものがあります。

というと偉そうですが、実は初見のものも多々ありました 。
戦後まもないころの作品などは心理描写が実に細やかで、 「黒澤は時代劇」という考えがすっとんでしまいました。
そんな繊細な感覚をふまえたうえで時代ものを見ると、また味わい深いものがあります。エンタメ作品もただのエンタメではなく、心情の細やかさも見えてくるといいいますか・・・

私のお気に入りは「隠し砦の三悪人」「影武者」、「用心棒」「七人の侍」などやっぱり時代劇です。 「隠し砦の三悪人」は今回初めて見たのですが、ここに登場するおかしなデコボココンビのかけあいが、「スターウォーズ」のR2D2とC3POをモトネタとなったそうです。
それから三船敏郎が両手に刀を構え手綱をはなしたまま馬で激走する大迫力のシーンは、「風とライオン」でショーン・コネリー扮するアラブの首長の激闘シーンにつながったとか。この作品は最高のエンタメを目指したということで、スカッとおもしろいですね。

てなことを解説で聞いていると、また「風とライオン」なんかも見たくなってきました。キャンディス・バーゲンとショーン・コネリーの共演。美しかったなぁ
今年もいい映画、また本にも、もっと出会いたいものです