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ぷぷぷ日記

映画・マンガ・アニメ・小説・歴史・日々の雑記帳。

更新は思いついたとき。

タイトルは20年以上前に買った本。昔読んだはずだが 内容はまったく忘れ去っていたのでおもしろかった。
並河氏はシルクロードをジープで爆走しながら撮影した人だという印象が強烈なのだが、トルコでの撮影期間は25年、うち12年もイスタンブールに住んでトプカプ宮殿に研究室を持ち、財宝を撮影していたのだそうな。


トルコ民族のルーツをさかのぼると紀元前3世紀末モンゴル高原あたりを占めていた匈奴だそうだ。ジンギス・ハーンのモンゴル帝国形成までは、モンゴル高原はトルコ族の天地であったという。
---モンゴル高原、ついで中央アジア、さらに西アジアに帝国や王国を建設していった。その間、かずかずの宗教、すなわちシャーマニズム、マニ教、キリスト教を信奉し、いろいろの文字、突厥文字、ウイグル文字を使った。  そしてついにイスラム教に帰依してアラビア文字を使うようになり、その果てに小アジアに入ってトルコ化、イスラム化を推進した。

ふむふむ。 長い歴史を考えると、1920年代、アタチュルクが脱イスラムを推進してアラビア文字の使用を廃止したのも自然な流れと考えることもできるでしょうか。
日本で明治以後日本語の表記をアルファベット化しようと真剣に議論されたのは愚かしいことだと思うますが、それとはまったく事情が違うのですね。

並行して塩野七生がヘレニズム側の立場からビザンチンの興亡やギリシャ人たちがトルコ西岸地域に住んですぐに去ったことなどについて書いているものを少々読みましたが、この地域が実に東西文化のせめぎあう地であったことが、両面から見ると本当におもしろい。

またこのあたりの本をなんか読もうかな。
この数年、いくらか日本の歴史小説を読むようになりました。
歴史探索の入り口としておもしろいものを読みたいのです。
というわけで、大枠できるだけ史実をふまえた作品で、なおかつその時代のダイナミズムと登場人物の日常の両方をリアルに感じられるようなものを探しています・・・
しかし私の求める条件を満たす作品はどれか???と本屋で悩むことが多く、冊数はなかなか増えません。

ところで 、塩野七生の『サイレント・マイノリティ』(新潮文庫・初出は1985年)という古い本を読み返していたら、『歴史のそのままと歴史ばなれ』と題したエッセイがありました。
ここで塩野さんは「史料そのままを引いて書けばよいというものではない」と言っています。

第一級の史料でも真実度は自明のことではないからだ。 しかし、私(塩野さん)は史料からうかがわれる  「自然」を尊重する念は持っている。 そこから様相を知り、それを読者に伝えることが可能になる。 それが歴史の醍醐味である・・・

ふむふむと読んでいて感動したのは次の箇所。
「この歴史への対し方は、自分の意図することを表現する手段として歴史を使ったことの一度としてない私にとっては、ごく自然な選択でもあった。」

さらに、 「いつ、どこで、だれが、何をしたか」という史実に膨大な史料と推理を加えて、「なぜ、どのように」を追求して作品の詳細までを練り上げていく苦労や、定説をくつがえすこわさについても述べられている。 歴史家と自分の史料の扱いの差異について例示もあった。

塩野さんという人はやはり只者ではないですね。 第一に、ここまで言えるのは、自分のほうが歴史家よりも真実をついていることもあるという自信がある。 第二に、作家としての創意は歴史を歪めることではない という信念がある。

このような人の書いた本をたくさん求めて読みたいものです。 他に同じ見解の作家はいるものでしょうか。 塩野さんが日本ものも書いてくれてたらよかったのに・・・ と切なく思います。


蛇足ですが同じ本のなかで  「私も西洋史上の人物などは放っておいて、日本史にきりかえようかしらん。そうすれば私の作品も、ついにテレビ化される幸運に浴するかもしれない」なんて冗談をおっしゃってました。ホントそうですネ。
硫黄島からの手紙
(劇場映画) 年度: 2006
国: アメリカ
公開日: 2006年12月9日
「硫黄島」2部作、第2弾! クリント・イーストウッドが描いた、日本から見た「硫黄島の戦い」




1944年6月、日本の敗色濃厚となったころ。最後の防衛線として位置する硫黄島司令官として、栗林中将(渡辺謙)が着任した。
物語は防衛準備から激闘、玉砕へと物語は栗林の個人的な手紙をベースに進んでいく。栗林中将はアメリカに滞在経験もあり圧倒的に戦力不足と知っていた。彼がどのような決意と心情であったのか、この映画は細やかに語っている。

栗林中将の手紙は実物を下敷きにしているそうだが、現実味のあるのはそれだけにとどまらない。召集兵西郷(二宮和也)の思いと行動もまた一兵卒の代表としてとても印象的だ。

運命に怒りながらただ命令に従って過ごす毎日、生きて帰れないという予感を強めながら闘いに呑まれていく様子はありのままの姿を表しているように思われる。他にも憲兵隊から左遷されてきた兵のエピソードや勇ましすぎる下士官の猛進、海軍と陸軍の確執をさりげなく描写しているあたり、当時の事情をできるだけ詳細にふまえたうえで構成されていると思われ、とても納得がいく仕上がりになっている。

ほんとうにアメリカ人が作ったのか? と思うほどだ。日本人が作ったものより現実に迫っているようにも感じられる。
叙情的で派手なところもなく、知らずに見ればハリウッド映画とは気づかないだろう。

 でもなぜアメリカ人がこれを? 個々の日本人の心情を追いかけること映画など、外国人にとって地味すぎるの作業ではないだろうか?

はじめて見たときから疑問に思っていたのだが、公式サイトにその答えを見たように思う。
http://wwws.warnerbros.co.jp/iwojima-movies/

クリント・イーストウッド監督はたくさんの日本人が硫黄島で死んだという事実を世界中に伝えたかった、と語っている。

事実を伝える。

という意志がこの作品を作った理由なのだとすると、これは他のクリント監督作品と考えあわせても腑に落ちる。クリントは「人の内面をていねいに描いていく」ということにとても興味があるのではないだろうか。『ミリオンダラーベイビー』にしても、人間の内面を正直に突き詰めていくことを第一義としているように思う。

結末にありがちな監督からのメッセージらしきものは、ない。
ただディティールの連続がメッセージだと言えるのだと考えた。

しかしこれだけ地味ながらやっぱり興行収入のとれる作品に仕立て上げるクリント監督はやっぱりエライ、と思う。

とーーーっても期待して見始めたものの、これでは龍馬伝というより「岩崎弥太郎物語」ではないのか?!!!!  三菱から何かもらってるんだろ・・・と勘ぐってしまうほど
岩崎弥太郎のほうが活躍しているし、龍馬があまりにもアホみたいである。

これはもしかして役者の差?
「功名が辻」、「坂の上の雲」など最近みただけでも弥太郎役 香川照之の演技は凄みがある。福山さん、もうちょっとがんばってほしいものですウッシッシ

脚本も個人的な話に終始しすぎではないかな
時代背景や龍馬の生活の場をもっと見せてくれる場面があればいいのに。(これは坂の上の雲でも言えますね。)

一年間もたせるために序盤がもたつくのはの大河のクセなのでしょうか。今後に期待します
    うろじより むろじへかえる 一休み
       雨ふらばふれ 風ふかばふけ
                 
                         一休

小4の息子が口ずさんでおりました。どういう意味? と確かめる。
--「うろじ」はこの世で「むろじ」はあの世、今がその間の一休みと考えたら、なんにも気にしなくていいってことやん -- とちゃんと解説できました。

うーむ シブイ。
そしてタイムリー だ。(息子はおばあちゃんの病気が癌とか知らないのですが)
あらためてよい歌だなと思いました。以前はちょっと格好良すぎじゃないのなんて思ったものですが、これが本音なら、いいです。
5月末に一応、家が完工し引き渡しされました。

引越しの段取りが狂って荷物なしで一晩過ごしたのを始めとし、入居してからやり直しの工事があったり、追加工事がでたりでドタバタな毎日。寝不足です・・・・。外構はまだまだ工事中で、本当に落ち着くのはだいぶ先になりそうです。

5月の中頃、母の健康診断の結果が良くないと出ました。15年ほど前に胃癌を切っていて、「ついに来たか(再発か)」という感じであったのですが、なんとなく私は深刻ではないだろうと思っていました。高齢なので癌であってもさほど進行しないだろうと。

でも再検査の結果、すぐに精査のため入院ということになってしまいました。これが家の引渡しの直前です。母は今回の建替えではキーパーソンであったので、入院直前まで事務処理に追われましたがなんとか引渡しにこぎつけることができました。「入院したら最後、帰って来れないかもしれないと思った」と母は言っておりました。

とりあえず手術はできない状態ということで、退院して帰ってきましたが。そして外来治療が始まりました。放射線と点滴のため毎日電車に乗って病院へ通っています。どのくらい効果があるのか、どのくらい本人がしんどいことになるのか、不明です。

私はと言えば、母が「もう仕事(自営業)はできない」となる前に、母がやっている経理その他の仕事&雑事一切を引き継がねばならない。しかし、急にとりあげるのもナンだし・・・かといって 引継ぎなしでよこされても困るし・・・などと実務的なところで悩んでいます。
もう少し母その人のためになりそうなことを思うべしなのでしょうが、何もできることが見当たらないというのが正直なところです。

姉が母の様子を見に急遽アメリカから帰ってくることになりました。この新居はまずその宿舎となるべくできたようなものです。姉は「新しい治療法について意見をききにいく」と息巻いていて、外来治療も必要とあれば付き添っていくつもりのようです。あのエネルギーにまたまた席巻されそうですが、なんとかついていこうと思います。

さて 弟はといえば・・・
弟宅のほうは、エラい手違いがあって、ダメ工事について今からハウスメーカーと交渉しなくてはならないという状態です。今日も母が気をもんで「あんた何とかしてやって」と言ってくる。うーん、子どもじゃないんだから私が出しゃばることはないと思うけど、結構、大仕事になりそうで心配は心配ですな。 なのに弟宅では、今夜は友人を呼んでベランダバーベキューと洒落込んでいます。呑気なものだな。冷や汗
昨年NHK BSで「没後10年 黒澤 明特集」と銘打って
30本すべての監督作品が放映され、全部見ることができました。

一本ずつバラで見るとピンとこなかったろうと思われた映画も、
戦中、戦後、晩年と時代背景と黒澤の軌跡についての解説を交えながら見るとやはりすばらしい監督だったんだ・・・・と感慨深いものがあります。

というと偉そうですが、実は初見のものも多々ありました 。
戦後まもないころの作品などは心理描写が実に細やかで、 「黒澤は時代劇」という考えがすっとんでしまいました。
そんな繊細な感覚をふまえたうえで時代ものを見ると、また味わい深いものがあります。エンタメ作品もただのエンタメではなく、心情の細やかさも見えてくるといいいますか・・・

私のお気に入りは「隠し砦の三悪人」「影武者」、「用心棒」「七人の侍」などやっぱり時代劇です。 「隠し砦の三悪人」は今回初めて見たのですが、ここに登場するおかしなデコボココンビのかけあいが、「スターウォーズ」のR2D2とC3POをモトネタとなったそうです。
それから三船敏郎が両手に刀を構え手綱をはなしたまま馬で激走する大迫力のシーンは、「風とライオン」でショーン・コネリー扮するアラブの首長の激闘シーンにつながったとか。この作品は最高のエンタメを目指したということで、スカッとおもしろいですね。

てなことを解説で聞いていると、また「風とライオン」なんかも見たくなってきました。キャンディス・バーゲンとショーン・コネリーの共演。美しかったなぁ
今年もいい映画、また本にも、もっと出会いたいものです
実家の建て替えは2戸イチではなく、小さい家を2軒建てる方向で進行中。両親が各方面に住所変更を知らせる面倒がイヤというのもあって、他人さまでなく、私たち親子と弟一家が一軒ずつ借りる形になりそうだ。

家賃がかなり浮きそう。ありがたい話である。
とはいえ なんというか けっこう気持ちは暗いのであります

2戸イチではなく一応2軒になったので自由にプランを作れるといことになった・・・
これがしんどい。お仕着せプランに決まっているほうが割り切れるのに、と思ってしまう。
自由にできる×法規と予算の厳しい制約×一応建て主である両親が納得いくもの(つまり奇抜すぎず、いざとなれば他人様にも貸せるもの?)

てな条件のなかで、なんとか自分好みにできないかと、ちまちまプランの細かいところをいじりつづけて 膨大な時間を消費してしまっていますげっそり
いちおう私は延べ10年ほど建築設計の仕事をしてまして
2級建築士も持ってます。(現場を離れて長いので、自力で実施設計をするのは無理ですが。)

であるから今回実家の建て替えにあたっては 附帯工事を含めて全体をまとめるという役にあたっているのです。 しかし弟が予算度外視で出してくるとんでもない要望をほどほどに抑えるのはなかなか難しく、両親の未練がましいところとか 長いつきあいある近所との兼ね合いなんかを考えると スパスパと色々なことを決められません。
他人様のうちなら、方位・敷地・法規・基本の要望をおさえて「これがベストですよ!」と方針を決め、プランを作れるものですが、自分が住むとなるとできないものですね。


本当は、私もずっと賃貸マンションか団地に住んでいるほうが気楽なんです。日中、家にいない人間が一戸建てに住むというのは、正直めんどう。弟夫婦と同一敷地というのも、彼らと協力とか相談とか、ほとんどできない(なんか、話が通じないので)と考えてますのでそれもマイナス要因ですね。

でも、きっと子どもは喜ぶ! と思うし、誰かが遊びに来て座るところもない・・・てな状態からは脱出できるウッシッシ    がんばろ。
両親が駅近のマンションへ移ることに決まった。

実家は古い部分が築40数年。増築部分が30数年。水廻り以外手をいれてこなかったので、さすがに雨漏り、すきま風などがひどく、父がたまりかねて引越しを宣言した。

私たち居候が出て行き他に部屋もあいているのに、なぜか父はずっと一番寒くて暗い、雨漏り部屋に寝起きしているのであった。
改装・耐震補強して住み続けるという選択肢もあるのだが、父は駅から自宅までの急坂にもかなりうんざりしていたらしい。

しばらく今の家とマンションの両方を使うなどと言っていたが、母に2軒の家を管理するなど到底無理なことだ。ついに母もマンションへ移ることを決意したらしい。 
  ほんとうに? 戸建てで好き勝手に暮らしてきたこの人たち、マンションなんかに住めるのか?・・・・とまだ私は半信半疑である・・

しかし古い家をどうするか、どんどん話は進んでいく。売却するとか二戸イチを建てて賃貸するとかいろんなことを言っている。

いずれにしても問題は、40数年分の荷物をどうするか? だ。
お金のことを別にすれば、これがいちばん大きな問題だろうと思う。
昔から置いてあるさまざまな不用なものたち・・・捨てまくるしかない。これでやっと実家がごみ屋敷になる心配がなくなる。
しかしすっきりきれいになったとき、両親ががっくりボケないか?

そこがとても不安だ。高齢者がリフォームや引越しをきっかけにボケたりウツ病になったりというのは、よくある話で、思い出の品が身近からなくなったり、家の様子が変わってしまうことで心のバランスが失われるらしい。特に母は近所づきあいがなくなってしまうのが自分でも心配らしい。

引越すなら60代のうちがいいというが、ちょっと遅すぎないかかたつむり
前の記事を書いたあと、あやしいトラバがつくようになってしまった
内容は 意味不明、エロ、ネガティブ、擬音などなど
削除するのもめんどうなくらいしょっちゅう・・・・・

つまり前の記事が変な検索キーワードにひっかかりまくりということなのか。

ひとりこもって、ウェブ上で発散する場所を求める暗いひとたち。
エヴァのファンってそういう人たちがかなり多いということが、このことでわかる?
まあ、 わかるような気もするが。 あの結末に共感するということは。そういう人たちなのでしょう。

暗いの自体がいけないとは、ちっとも思いません。それは単にひとの傾向ですから。

しかし、発散する場所がウェブ内でのスパムばっかりって、不健康ですね。
やめましょう。