※長いです。今日。
覚悟して読んでください。(笑)
ここ2,3日、「短いね」って反応多いので・・・
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子供が生まれてから、
児童書を読む機会は、当然ながら増えた。
正確に言うと、自分も子供時代には
児童書の名作セット(48冊)などを
繰り返し読んでいたので、
親になってからは「読み返し」のようなものだ。
そして、これまた当然の事ながら、
子供の頃に読んだ時の印象と
大人になって改めて読む印象は
結構違うなぁ~、と思う。
自分が子供の時には
憧れ・ワクワク・恐れなどの感情が
物語の進行に合わせて高まるような、
臨場感がとてもあったように思う。
ところが、悲しいかな、大人になってしまうと
妙な違和感や、非現実的な部分に
つい、目が行ってしまう事がある。
それに、子供のお話だからといって、
楽しい事ばかりでもなかったんだな、と
気が付いたりする。
そして、一度読む分には
そういった部分にもなんとなく目をつぶれるけれど、
子供に読むとなると、同じお話をそれこそ
何十回でも繰り返す羽目になる。毎日。
すると読む度に、最初は小さなギモンだったものが
非常に強固に、自分の中で主張し始める。
「絶対、オカシイ!!
」
ってね。(笑)
だからと言って、それを子供に言ったりはしませんよ。
モチロンね。
子供は、素直な心で楽しんでいるんですからね!
なので、みなさま相手に(笑)。
『オオカミと7匹の子ヤギ』
のお話、覚えていますか?
ある日、お母さんヤギが町に買い物に出かけるために、
7匹の子ヤギたちに留守番を頼む。
そして、その時に、
「誰が来ても決して戸を開けてはいけないよ。」と
注意を与える。
で、それを見ていたオオカミが、お母さんが出かけてしまうと
子ヤギ達を狙ってやってくる。
最初は声でオオカミとバレてしまい、あめ玉を沢山なめる。
次は手の色でオオカミとバレてしまい、メリケン粉をかける。
いくつかの努力が報われて(?)オオカミは家に入れてもらう。
そして、7匹の内6匹を食べてしまう。
(一番小さいヤギは時計の中に隠れていたので無事。)
町から帰ってきたお母さんは、残った子ヤギから事情を聞き、
オオカミを探しに出かける。
そして、水辺でお腹いっぱいで昼寝をしているオオカミを発見。
すぐにハサミでお腹を切って、6匹の子ヤギを助け出す。
その後は、石を7個拾ってきてオオカミのお腹に詰めて、
元通りに、針と糸でお腹を縫い合わせる。
喉が渇いて目が覚めたオオカミが水を飲もうとかがむと、
お腹の石の重みで水の中に落ちてしまい、
二度と浮かび上がって来られなかった。 めでたし。
簡単に書くと、こんなお話。
わたし自身の考えだけど、
童話には何かしら、子供へのメッセージが
含まれていると思う。
・友達を大事にしよう
・親の言う事を聞こう
・何でも食べよう
・良い子になろう
・人に優しくしよう ・・・etc.
大体、子供はお話から何となくでも
そういう大切な事を学ぶものだし、
大人としても、難しく話して聞かせるよりは
やりやすい。
だから、良いメッセージを持ったお話は
何世代も語り継がれて来たのだろうし、
自分の子供たちにも伝えてあげたい、と思う。
で(?)、『オオカミと7匹の子ヤギ』に
話を戻しますが・・・
どうも、このお話が真に目指すところの
子供達へのメッセージが、
わたしには見えてこない。
もちろん、いくつか書き出すことは、できる。
・お母さんのいいつけは、最後まで守るべき。
・「お母さんだよ」って言われても、すぐに信用しない。
・悪い事をすれば、痛い目に遭う。
だけど、なんか、スッキリしません。
このお話は。(もちろん、「個人的に」です。)
ま、子ヤギ達が、オオカミを信じて
戸を開けてしまったところまでは、分かる。
オオカミもそれなりに努力してますからね~。
だけど、結局お母さんの言い付けは守られなかった。
そしてヤギのお母さんと、
オオカミ(with あめ玉&メリケン粉)は
そんなに似ているのかー
そもそも、どうしてオオカミはいつも
悪の象徴なのかな?(これって、偏見ですよね?)
それから、このヤギのお母さん。
我が子を助けるため、とはいえ、
かなりオソロシイですよ。
寝てるオオカミのお腹をハサミで切るんですよ
。
それで、子ヤギ達(しかし、よく6匹も食べたよね
)
元気に生きて出てくるところも、説明不可能。
更に、石を7個(助け出した分の6個ではなく、
全員分の7個ですよ!やりすぎ。)
代わりにオオカミのお腹に詰めて、
縫い合わせる (゚Ω゚;)
その間気付かずに寝ている
オオカミもオオカミですが・・・(゚_゚i)
そして、エンディング。
見事、ヤギさん一家の思惑通り、
オオカミ水没。
・・・・どうよ???
どう考えても、オオカミより、
ヤギ、怖いね~ぇ。
どちらかと言うと、『さるかにばなし』のように、
懲らしめはするけれど、最後は悪者が改心して
みんな仲良くなりました。 って言う方が
子供に読んであげやすい。
「ママ?
二度と浮かび上がって来ませんでした。
って、どういう意味~?」
みなさん、どうします?
※実際に、じょーにぃ(長男)に聞かれた質問。
子供にとっては、食べられてしまった子ヤギ達が、
元気な姿で帰ってきたわけだから、
そんなに悪い事と思っていないんですよね。
だから、どうしてオオカミが沈まなくてはいけないか
という思いがあるみたいですよ。
「オオカミさん死んじゃったの?」
Yes. なんだけどね。
オオカミの事も大事に考えている子供には、
あんまり答えたくないですよね。
だから、
「オオカミさんは悪かったと反省して、
もう二度と、ヤギさんのお家に来なくなったんだよ」
って、説明したんだけど、(それ自体は間違ってないしね。)
絵本なので、挿絵がね・・・・ (´Д`;)
目が×になっているオオカミが、
水の中に沈んでいく絵で、水辺でヤギ達が、
バンザイとかしている絵なんですよ。
素直に(・・・というか、単純に)、
「悪者がいなくなって良かったね♪」
と、喜べるチョロリン(次男)には良いんですが、
どうも、じょーにぃは
「そこまでしなくても」
と思ったみたいです。
自分は、たぶんチョロリンタイプだったと思うけど、
こうして子供の反応や感想を聞きながらお話を読むと、
童話って結構残酷!って思うこともあります。
そして、親が説明に困ったり、何となく避けたいなと
思う本に限って毎日読まされるんですよね~(ノ_-。)
もちろんね、「お話だから」って思えますよ!
いつもいつも、そんなに根性曲がって
考えてませんからっ!!(笑)
だけど、時々こんな風に思うお話に
出会ってしまうんですよねぇ・・・
ただ、これだけは言えます。
完全に悪いものは排除したいけれど、
基本的に、子供の感想に口出し
しちゃいけないな、と。
いくら親が腑に落ちない話であっても、
そこは子供向けに作られている物。
子供が楽しんでいるなら、いいんです。
読みますよ、何十回でもネ。
じょーにぃのように、子供自身が何かしら
疑問を持って、それについて考えるのも
良い事ですし。
だから、親が説明できないから与えない、は
出来るだけしないようにしたいですね。
親も悩んでいるところを見せたって良いし、
親にも分からない事がある、って事を
子供に見せるのも、また良いかな、と思います。
結局、一つ一つのお話の内容や詳細だけでなく、
こうやって親子のコミュニケーションの道具の
一つとして捉えれば良いだけなのかも知れませんね。
児童書の役割って。
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