先日、つまらない映画を見た。

見始めた時に止めれば良かったのだけれど、一人で見ていたわけではなかったので、そのまま2時間見た。

タイトルは「六月燈の三姉妹」

平らなのだ。

空気感も浮き沈みも立体感も何もなく、

ただ、垂れ流しにストーリーだけが進んでいく。

こんなものは映画ではない。

 

勿論、一番悪いのは脚本に違いないが、

それを払拭するだけの演出もなく、

役者は(脚本のせいと言って仕舞えばそれまでだが)誰も魅力がなかった。

 

私たちが楽しむのは、その世界観であり、空気感であり、

映画を観終わった後に、その空気に包まれていなければならない。

 

ああああ、無駄に疲れる2時間を過ごしてしまった…

がっかりした時、私が何をしたかというと、

それを打ち消すために、映画を観た!

無難に楽しめそうな映画を、ササッと選んだ。

 

「今夜、ロマンス劇場で」

とりたてて、芸術的に素晴らしいという作品ではないが、

それなりに楽しめるに違いないと思った。

実際、ラスト近くで少し裏切られ、

結局、私の大好きなラブストーリーだったので、(かなりの純愛)

泣いた。

 

空気感も素晴らしかった。

現代の病院で、老人が若い看護師に話をしているところから回想のようにストーリー部分に入っていくのだが、

2回目に病院に戻った時には、それが回想シーンであったことを忘れていた。

それほど映画の世界に、ストーリーの世界に引き込むだけの力があったということだ。

 

そして、観終わった時、最初に見た映画は、跡形もなく消え去っていた。

 

良かった。

 

あのままベッドに入ったら、寝付きも悪そうだったもの。

 

オンデマンドのおかげで、すぐに映画を観られるわけだけれど、

次に見る候補映画の中に、それなりに楽しめる作品をキープしておく必要があると思った。

 

映画は素晴らしい。

たった2時間で、幸せの世界へ私を連れて行ってくれる。

しかし、

一歩間違えれば、2時間を無駄にした上に、その分重い気分だけが残る。

 

映画でも演劇でも本でも、

あまりつまらない作品に自分の時間を割きたくない。

そのためには、判断する力を養う必要がある。

そして、限りある人生で、ひとつでも多くの感動を得られるようにラッキーに過ごしたい。

 

田舎暮らしを考えた最初のきっかけは、30年前のニューヨーク生活だけれど、

それから歳を重ね、実際に田舎に来る原動力となったきっかけは、東日本大震災だった。

あの時、考えさせられた人は多いと思う。

そして今回のコロナ騒動で、また暮らし方を考え直す人がたくさん出てくるだろう。

 

私の田舎暮らしは丸4年になる。

この4年間、たびたび、田舎への移住は正解だったと思わされるが、

今回のコロナ騒動はその最たるものだ。

 

そもそも都会生まれの都会育ち、それに飽き足らずニューヨークまで行ってしまった私だから言える、

都会の良いところと悪いところ。

それに対して、今いる田舎の良いところと良いところ(悪いところが見当たらない)

考えている人には心からお勧めします、田舎暮らし。

若い頃都会に憧れ、都会を楽しみ、私は今歳を経て、田舎を愛しているのです。

だから、間違いなく、タイミングはあるのだと思います。

思った時が、実行へのスタートの時期です。

 

先日図書館で借りた一冊。

タイトルが、私とぴったりだったので借りてきて読み始めたところです。

 

私が田舎暮らしに求めていたひとつは、「丁寧に暮らすこと」

 

ある日、きちんと暮らしていないことに気付いてしまった。

人はまず最初に、暮らしがあるはずなのに、

それはそっちのけで、仕事とか、遊びとか、友人付き合いとか、仕事とか、SNSとか、人付き合いとか、仕事とか、趣味とか、そんなことで私の毎日の時間は埋め尽くされていた。

いやいや、その前にきちんと暮らさなければいけないと、遅ればせながら思ったのだ。

 

まずきちんと暮らしてこその、仕事とか遊びのはずだったのに、

いつの間にか逆転していた。

 

きちんと暮らすと言うことは、まず、衣食住の環境を整えること。

掃除、洗濯、台所仕事をきちんとすること。

田舎で畑を耕し、自分で作った野菜で料理をし、ゴミをなるだけ出さずに、できる限り肥料とか再利用する。

自然と共に生き、無駄をなくし、もったいない精神で生活していく。

旬のものを食べる。

洗濯だけではなく、できれば着るもの、身に付けるものも手作りしたい。

何事もやっつけ仕事にならないこと。

 

戦後、開発された電化製品は、そのほとんどが大変な家事仕事を楽にすることのために作られてきた。

今更、冷蔵庫や洗濯機のない生活に戻りたくはないけれど、

蛇口をひねれば、水どころかお湯が出るこの環境で私はもう十分。

これ以上の便利は求めないことにした。

 

子育てと仕事で忙しいお母さんたちにとっては無理なのだろうけれど、

クックパッドを眺めると、料理を楽にするための工夫ばかりが目に付く。

時短、時短、時短。

それを求めていくと、結果として、暮らしは忙しくなり、雑になる。

どんなに忙しいお母さんでも、もしも週に1日お休みがあるのならば、

時短しないで、丁寧に料理をすることが、暮らしを豊かにしてくれる。

 

何故なら、家事は(家事だけではなく、やらなければならないことの殆ど)ゆっくりやれば楽しめるが、

忙しなく片付けていると、決して楽しめないからだ。

楽しめなければ、体にも心にも良いわけがない。

そして余計な時間になってしまうのだ。

 

朝、起きて庭に出て、今日は何か収穫できるものはないかしら?と畑を一周する。

今は、イチゴが2、3個採れる。

形の悪いものをジャム用に冷凍庫へ移すと、口に入るのは1日1個。それでも私が育てた苺は美味い!

 

今は、若くて、忙しくて、余裕のない人たちは、

いつか自分に合った時の流れの中で、感じてゆくのだと思う。

それでいいのだと思う。

だって私がここに行き着く価値観を得るのに半世紀掛かったのだから。

 

ただ、コロナで感じた人は多いと思いますが、

田舎はいいです。農業もいいです。

なるだけ若い時に、それに気づき移住すれば、農業で生活していくことも可能です。

 

丁寧に暮らし、豊かな心と豊かな時間を大切に生きていきたいと思っているのです。

 

今年は、庭にこんな巣箱を3つつけた。

狙いはシジューカラ

 

毎年やってきて家の薪棚に巣を作るキセキレイは、今年で3年目。

今年は、ウッドデッキ側の薪棚に作ったので、巣立つ瞬間を見ようと楽しみにしていた。

毎日忙しそうに雛に餌を運んでいた親鳥が、ある日ちょっと違う行動をした。

不安になった。

次の朝、巣を覗くと、3羽は確認していた雛が1羽もいなかった。

雛がやられてしまったのかと朝から泣いた。

 

でも、実は知らない間に巣立っていたのだ。

 

今年作った巣箱にはびっくりするほどいろんな小鳥がやってきては巣を作った。

最初に巣を作ったのは、ヤマガラだった。

シジューカラも難しいけど、ヤマガラはもっと難しそうだったのに、

ある日、巣箱の近くを歩くとヤマガラの番いが大騒ぎしていた。

見ると、口に餌を咥えて大騒ぎしている。

少し離れたところでじっと見ていると、なんとなんと巣箱の中から雛が口を出して餌を受け取った。

感動だった。

 

ところが、

次の日もなんだか大騒ぎしていたヤマガラの姿が、

その次の日、ぱったり見えなくなった。

あの雛が巣立つわけはないので、きっと天敵にやられてしまったのだろう。

と夫は言う。

 

2日前大騒ぎしている親鳥を見て、

しばし見守っていたら雛が口を開けていて、

私が近くに行くと大騒ぎするヤマガラを見ていただけに、

私のショックは大きかった。

だから、キセキレイの雛の姿が見えなかった時、悪いことしか考えられなかった。

 

結局、庭でキセキレイとスズメの番いが、無事雛を巣立たせた。

 

その他の巣箱に、今もシジューカラやスズメが入ったりしているが、雛がいる様子はない。

 

無事雛が巣立ったキセキレイとスズメの家族は、毎日自分の家のように

我が庭に遊びに来る。

子どもたちが、恐れ知らずでウッドデッキにやってきたりする。

親がいつもどこかで見守っていたり、

最初のうちは巣立ってからも口づてで餌をあげたりしている。

スズメなんか、どう見ても子どもの方が親より身体が大きいのに、

庭でじーっと親が餌をくれるのを待っていたりする。

そして、親が口づてで餌をくれると、両羽をバタバタして食べる。

すぐそこで毎朝、毎夕、家族たちで遊んでいるのを眺めている。

あの子どもたちが、来年はきっとここに巣を作るに違いない。

そうやってキセキレイは、3年連続で我が庭から巣立って行ったに違いない。

それはそれは観察するのに楽しく、ワクワクするのだけれど、

今回のヤマガラのような事象に気付いてしまうと、

野生の厳しさを哀しく受け止めるしかない。

 

小鳥の雛は、一年後までにその2割くらいしか生き残らないそうだ。

雛が5羽孵って、1羽?

やっぱり厳しい世界。

でも野生なので私たち人間が助ける術はない。

ただただ見守るだけだ。

 

望むべくは、森や林など、生活圏の自然がこれ以上減らないように

汚されないように

 

自由に楽しく飛び回って貰いたい。

 

 

夏の高校野球も中止が決まった。

今年の高校三年生は、春夏とも、甲子園へは行けなくなった。

 

子どもの頃から甲子園を夢見て野球を頑張ってきた多くの若者たちが涙する年になった。

 

甲子園は注目されているが、勿論甲子園だけの問題ではない。

あらゆるスポーツの大会が中止になっている。

今年が、ある種、重要な年に当たっていた若者たちにとっては、本当に辛い年になった。

 

甲子園中止が決まった時、高校三年生の球児がインタビューに答えていた。

「仕方がないです」

「残念です」

その通りだ。

誰のせいでもない。

でも、18歳のティーンエイジャーはそんなに我慢しなくてもいい。

もっと素直に「悔しい」気持ちを表していい。と思う。

最近の若者は、偉すぎる。

 

その中の一人のコメントが印象に残った。

「このメンバーで野球をやる最後だったので、練習試合でもなんでも良いから野球をしたい」

とても素直な気持ちが伝わってきた。

 

その後、県大会をやる動きが出てきている。

高校生最後の夏に、これまで厳しい練習を一緒にしてきた仲間と野球の試合ができるように。

素敵なことだと思う。

収束してきている今なら、県大会なら出来そうな気がする。

そこにこれまでの練習の成果と、甲子園がなくなった悔しい気持ちをぶつけて欲しい。

 

誰のせいでもなく、こういうことが起こる。

人生とはそういうものだ。

今年がその重要な年に当たってしまった若者は本当に可愛そうだと思う。

自分がその立場だったらと考えると身を引きちぎられる思いだ。

でも、人生はこれからなのだ。

 

ひとつ言えることは、

甲子園で活躍して優勝したら、それはすごい感動だけれど、

ギリギリのところで甲子園を逃したり、失敗した若者の方がたくさんいる。

そして、その人たちの人生は、決して甲子園で優勝した人に劣ることはない。

逆だと言ってもいい。

人生の中で、最悪のこと、辛いことは、なるだけ若い時に起きた方が良い。

その後のその人の人生を豊かなものにしてくれる。

 

今、そんなことを言ったって、辛い思いをしている人には届かない。

なんの慰めにもならない。

 

ただ、なるだけ若い時に辛い経験をした方が、間違いなく絶対に良いのだ。

あとから見ればラッキーなのだ。

 

だから、決して腐らずに(しばらくは腐って落ち込んでドロドロになっていい)

来年は頑張って欲しい。

いつか、「僕たちコロナの年でした…」と笑って言える日も来る。

 

それよりも、悲しいことは、

来年も同じことが続いてしまうことだ。

 

今年、多くのことを諦めざるを得なかった全ての若者に、幸運あれ!と祈ります。

 

新型コロナウィルスの影響で地域の図書館が閉館している。

長野県なので、緊急事態宣言は解除されているが、

県内の解除は、かなりゆっくりである。

 

外出自粛要請ということで、家にいる時間が長くなったら、何よりも欲しいのが、本。

本を読む時間があるのに…

 

通常は、家で本を読む時間はほとんどない。

いつも通勤の電車の中が読書の時間になる。

しかし、今は、やるべきことややりたいことはたくさんあるのだけれど、

雨の日とか、猫とゆっくりしたい時に出来ることとして読書は最適。

 

でも、地域の図書館は閉館しているのだ。

 

確かに地元の図書館は、午後は子供たちで賑わう。

学校帰りの子供たちが図書館で親のお迎えを待っていたりするのだ(田舎なので車でお迎え)

そういう場所としては今はよろしくない。

しかし、本はネットで予約できる。

貸し出しだけならば、窓口1つあければできるし、

貸借済みの本だけならば消毒するのもさほど大変ではないだろう。

 

ネット予約のみ、貸し出しのみ、ならば今風の利用方法としては悪くない。

 

もしも、第二波があったならば、

その時は、改善して、貸し出しだけでもやってくれたら助かるのにな。

そろそろアフターコロナの話をしても良いのでしょうか?

全国的に感染者数が段階的に減り、そろそろ緊急事態宣言も解除される模様。

でも以前のように活動始めたら、第二波、第三波が必ずやってくるわけです。

国内の感染者がゼロになったとしても、

外国との交流が始まれば、同じことになるわけです。

一体、いつがアフターコロナなのか…

 

それでも、コロナのせいで、変わったことが多くあり、

今後、変わっていかなければならないのだと、皆さん痛感していらっしゃるのだと思います。

 

私は、3月23日を最後に、東京へ仕事には行っていません。

フリーランスなので、単に休み、仕事による収入はゼロ円です。

来月から、仕事は再開されるようですが、私は、当面は休みます。

田舎暮らしの私には、都会はかなり怖い場所になっています。

私は中央線で通勤しているのですが、高尾駅の手前でいつもマスクを着用しています。

これはコロナ前の通常の冬の話です。

今は、当然、地元でも何処かへ出かける時はマスク持参、または着用ですが、

夏に向けて、ちょっと想像を絶する感じです。

 

そんな私にもテレワークの話が来ました。

講師の仕事をしているのですが、考えてもみなかったことです。

職種によりますが、テレワークなんて無理でしょうという職種は多いと思います。

私の教える仕事だってそんなこと夢にも思わなかったです。

でも、そうやって変わっていくのだと、考えさせられました。

 

遠方から通勤しているので、テレワークが出来るということは、

私のような人間には最適、ということで、可能性があるのならばやってみるつもりです。

 

このコロナ騒ぎで、1ヶ月以上出歩くことが出来ず、暮らしの中で変わったことがたくさんあるのではないでしょうか?

それを良い方向に向けられるかどうかに人間力が試されているのかもしれません。

 

それでもね…

マスクしないで買い物に行ける日が来るのかしら?と時々不安になります。

友達とパーティーとか飲み会とか踊るとか騒ぐとか、

以前のように集まってワイワイ出来る日は来るのかしら?と不安になります。

 

私は4年前から田舎暮らし

お陰で、今回のコロナ在宅もほとんど苦になりませんでした。

毎日早朝から庭に出て、東京通勤がないから、体力面の心配もなくたっぷり庭仕事

いつもより外にいる時間は長く、太陽に当たり、

時々散歩がてらやってくる近所の友人と立ち話し、ストレスも発散、

午後は生後4ヶ月の子猫を含む家猫たちとのんびりとした時間を持つことができました。

東京に住んでた時に起きなくて本当に良かったと安堵しました。

 

都会は、人が多すぎるのです。

そんなこと分かっていたはずです。

それでも都会に住み続けたいですか?

田舎で人間らしく暮らす手もありますよ。

 

私は東日本大震災がきっかけで、都会はもう限界だと思い、田舎へ移住しました。

今回のコロナ騒ぎでも、みんな色々考えてこれからの生き方に変化がある人は多いと思います。

喉元過ぎれば熱さを忘れる、ことなく、

自分の一度きりの人生の暮らし方を考えて、好きなように生きられたらいいと思います。

4月からの新ドラマは、結構期待していた作品も多かったのですが、

新型コロナウィルスの影響で、撮影が中断され、

一話から放送延期を決めたもの、

すでに撮影済みのもののみ放送したのち、中断したものなどあり、

今ほとんどこの春の新ドラマはなくなりましたが、

その代わり、再放送のドラマが少しあります。

 

予定していた新ドラマが撮影できなくなったのならば、

過去の面白いドラマを再放送すればいい。

当然のことです。

そして、ポイントは、この場合、【面白いドラマ】であるということです。

少なくとも視聴率が良かったり、話題になったドラマ。

 

ということで、再放送のドラマいくつか見ていますが、みんな面白いです。

 

春から続編が放送される予定だった、「ハケンの品格」

同じ篠原涼子主演の「黄金の豚」

タイトルが嫌いで、当時見向きもしなかった「野豚をプロデュース」

これらは、見ていないドラマとして楽しんでいるし、

ついこの間見たばかりの「グッドドクター」は、

一話を見たら、ウルウルしてしまったので、もう一回見よう!と楽しんでいます。

 

本当は、「俺の話は長い」の再放送を心より期待していて、

時々、番組表の日テレ欄をチェックするのだけれど、

この間の12月までやっていた番組だからやっぱり無理かしら?

 

番組欄をチェックしていると、昼間の時間帯は、韓国ドラマばかり放送されているのだけれど、

もう少し、日本の面白かったドラマを再放送してくれないかと、私はいつも思っているのです。

再放送料とかお金の関係なのかしらん?

 

それにしても今回の予測不能の新型コロナウィルス対策で、

ドラマの撮影日程も大幅にズレ、

それに伴い、放送日も大幅にズレ、

この先、どこまでこれがズレていくのか?全く予測ができません。

そもそも忙しい人たちのスケジュール調整がどうなっていくのか?

 

でも、予想外のことが起き、それに対応することで、

こういうことが異常なことではなく、対応、対処出来るようになっていくのかもしれないですね。

 

 

 

 

緊急事態宣言が長期化し、ストレスフルな方もいらっしゃるかと思います。

気持ちを切り替えて、少しでも暮らしを楽しめるといいのですが…

 

私は、超出不精で、若い頃から、自分の性格に争って出掛ける努力をしてきました。

結果、普通に忙しく、周囲からはアクティブに見られていたと思います。

しかし、実は、超出不精です。

 

何か(コロナのような非常事態ではない、そんな都合の良い何かはないのではありますが)の事態で、

1ヶ月家から一歩も出てはいけません!

という事態にならないものかと、若い頃からずーっと夢見てきたキライがあります。

それは私にとっては、家にいられる大義名分になるからです。

 

実際は、そうそう楽しめるわけもないのですが…

 

ですから、大半の人よりは、今の事態を楽しめる性格だと思います。

更に、田舎暮らしのお陰で、庭という、出かけなくても楽しめる屋外があるし、

更に、全くタイミングよく、可愛い子猫がやってきたので、

これまでにないほど一緒にいる時間が持てて、そばにいられる幸せを感じています。

 

でも、もしも、これが若い頃に起きていたら…と考えると恐ろしくなります。

 

学校を卒業して、養成所に入った年、つまり夢と希望に溢れた青春時代

お金を貯めて準備して、ニューヨークに留学に行った年、つまり夢と希望を持っていた時代。

考えてみたらどちらも4月から始まる新しい希望に満ちた生活でした。

あの年にこんな事態が起きていたらと思うと恐ろしくなります。

そして、今、当時の私のような若者が、山ほどいるわけです。

 

4月から新しい学校へ入学した者、

新入社員として社会に出た者、

どんな理由にしろ、この時期は新しいことを始める季節であり、

夢と希望に満ち溢れた若者が、新たな一歩を踏み出す(はずだった)時。

そんな時に、新型コロナウィルスで、先の見えない休みや延期を余儀なくさせられている若者たち

想像しただけで冷や汗が出てきます。

 

若い人ほど、この環境が辛いに違いありません。

 

すんなりとは受け入れられないとは思いますが、

日本のみならず、世界中で起きていること。

これをアンラッキーとは受け止めないでください。

思わず出来た暇な時間を、自分のフリーな時間として、

出掛けられなくても出来る楽しみや勉強など、自分の身にプラスになる時間にしてください。

 

コロナに感染して病院で1ヶ月過ごすよりはずーっとラッキーなわけですから、

外出は出来ないけれど、家の中では自由に一人でなんでも出来る日々をいい方に捉え、

次のステップまで体力と気持ちを作っておいてください。

きっとこの時間の使い方が、今後の人生の差になって現れてきます。

 

とりあえず、あと一息です。

 

猫と暮らす生活も23年を超え、今はこの2匹。

見ての通りの異父母姉妹である。

小さい方は、1月末に生まれたばかりのラグドール。

左の汚い顔をしたサビ猫は、3歳のmix

なんとか長生きさせたい。

ラグドールの於市の方には15歳まで生きてもらって、

サビ猫のレディーザザも同じようにあと15年生きて18歳まで長生きしましょう。

これが私の目標

 

私の寿命もその時だったら、一緒に虹の橋に行って、

先に亡くなった猫ちゃんたちみんな引き連れて一緒に天国に行きたいのです。

忙しかったりしてこれまでの猫にやってあげられなかった分、この2匹にはやってあげたい。

今はコロナ騒動のお陰で、ずーっと一緒にいることができて幸せだね。

於市の方が来るのに合わせて、猫ベッドと、抱き枕のお魚を編みました。

左の緑の大きい方がザザの、右の小さい方が於市のお魚です。

でも於市は、最初から大きい方に興味があるみたい。

仔猫だからなのか、性格なのか、いつも於市が優先的。

穏やかな性格のザザは、小うるさい仔猫の於市に辟易しながらも、

きちんと面倒見てくれている。

ホント、遊んでくれるだけで助かります(真剣勝負にも時々見えるが…)

 

穏やかないい子の先住猫のために、

穏やかなラグドールならきっと仲良しになってくれるだろうと決めて良かった。

毎日この子たちを見ていると笑顔が絶えません。

手作りの猫ベッドで、2匹が丸くなる日を夢見ているのだけれど、

まだ一回たりとも1匹たりともベッドに入る姿を見たことがない。

ダメなのか?猫は猫ベッドにはもう寝ないのか?

猫の気持ちは計り知れなくて、だからこそ飽きなくて面白い。

 

とにかく健康で長生きしてください。

今、暴れん坊で不注意な子猫の時は、怪我に注意です。

 

ちなみに、於市の方、明日はワクチン注射ですよ。

首都圏を中心に外出自粛が出て、その後、田舎にも自粛要請が出た。

こちら、田舎はだいぶ前から自粛しているし、そもそも人が少ないので3密の状態にならない。

都市部よりも、意識はかなり高い。

 

昨日ニュースを見たら、湘南海岸や九十九里海岸が大賑わいだったり、

都内の商店街や吉祥寺に人が出ていたり、

高速道路のSAもなかなかの人出である。

外出自粛の意味が分かっていないみたい。

新宿や渋谷には行かないけど、吉祥寺なら空いてそうじゃない?とか言って家族で出掛けるのだろうか?

全く意味が分からない。

 

そもそも政府の対策が遅かったらからこうなったのではあるけれど、

ここ、田舎で新型コロナウィルスに感染した感染源は、すべて都市部からの移動である。

若い人が、都市部から帰ってきて地元で移すという形。

 

首都圏の方が先に緊急事態宣言が出て、外出自粛になっているはずなのに、

未だ、それを実施していない国民が多くいて、

はっきり言って、その人たちのせいで、自粛が長くなることが懸念される。

ちょっとむかつく。

 

こちらは、2月の終わりから、地元のイベントが中止になり、

外出どころか、家族以外とは飲食をともにしていない。

つまりそろそろ自粛2ヶ月になるということで、さすがにつまらなく感じる時もある。

これをなるだけ短く済ませるために、全国民が緊張感を持って自粛しないと、

本当にいつまで続くか分からないじゃない!

 

確かに、一度押さえたところで、また再燃する恐れはあるけれど、

まずは一度落ちつかせて、医療体制を整えて、次の段階に進む必要があるのだ。

 

全員で出来る限りの自粛をして、

全員で1日でも早く安心して出歩ける日常を取り戻しましょうよ!