私は「すみませんを使わない会」を作っていた
当時教えていた生徒とか、何人か会員もいた
色々な局面で「すみません」を多発する人がたくさんいて、
聞いていて気分が良くなかった
ある時、レジで支払いをしていたら、
そのレジ担当の人は、私がお金を支払って帰るまでに計7回「すみません」という言葉を発した
それはストレスだった
悪くもないのに「すみません」と口癖のように謝る人も苦手だ
そもそも謝る時は「ごめんなさい」
仕事上は「申し訳ありませんでした」など
誕生日プレゼントをあげて「すみません」と言われると、二度とあげるはやめようと思った
「ありがとう」という素敵な言葉があるのに
店で店員を呼ぶ時は「お願いします」
混んでいるところを通過する時は「失礼します」
そうやって使い分けていたら、
「すみません」は、ほぼ使わずに生活が出来た
最近気になるのは、特に若い人たちが使う「大丈夫です」(その内若くない人も使い始めたりするのだ)
これのやっかいなところは、
その意図が、肯定なのか否定なのかわからないこともあるということ
カフェで、「お砂糖とミルクは?」と聞かれると
多くの人が「大丈夫です」と断っている
「要らないです」と言うと、キツく感じるので生まれたのだろう
でも、わたしの考えは全く逆
「要らないです」と言う言葉が、うっかりすると相手に対してキツく取られる恐れがあるならば、そうならないように心がけて心を使って丁寧に言葉を発する方が、安易に「大丈夫です」で済ませるよりも良いと思っている
日本人の心遣いがこういうことばを多く生み出している。
言葉は生き物なので、変わっていくのは仕方がないけれど、
私は今日も「要らないです、ありがとう」と言う



