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茨城大学人文社会科学部正保研究室

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○結婚の条件
 今回は、結婚観をテーマとして、相互理解を深めることを目的としました。ちょうどサッカー日本代表の長友選手の「アモーレ」の件があったので、いいタイミングかと思いました(笑)

 最初にトランプを使って、4〜5人ずつの4グループに分かれました。
 自分の結婚相手として必要な条件(容姿、収入、性格、愛情、健康、知恵)を個人で順位づけし、さらにそれをグループとして一つの結論にまとめます。
 授業でも言いましたが、「正しい結論」はありません。それよりも、自分の考えをまとめ、整理し、他者に適切に主張することが重要です。また他者の意見を尊重し、受け入れることも重要です。その上で、自分の意見と他者の意見の調整=合意をはかることが求められます。多くの皆さんにとっては結婚はまだ少し〜かなり先の話で結構難しい課題だったと思いますが、みんな頑張って取り組んでくれました。

 参考までに全クラス・全グループの結果は下の表の通りでした。
 1位は「健康」を除く5条件に、6位は「知恵」を除く全条件にバラけました。全体としては「愛情」が最も大事とされたようです。







***********  みんなのつぶやき  ***********

女子はお金がないと不安なのか分からないけど、お金は必要っちゃ必要だと思った。
自分の価値観、人の価値観、みんなちがってみんないい。
けっこんにはいろいろな物がひつようだと思った。
愛情があればなんでもいい。
女子にもてるこつはお金がじゅうよう。
あらためて相手はしんけんにかんがえないといけないなあと思った。
次はクラスの皆で何かやりたいと思いました。今回のは、将来が楽しみになりました。また、皆のことがわかりたいと思いました。

なんだかんだ言っても胸いっぱいの愛情が必要だと思った。
人がらや愛がだいじだと思った。
たくさんの愛情があれば、子はたくましく育つと僕は思いました。
友達のしょうらいが心配になった。
金じゃないよ。愛も大事ってこと。金にこだわりすぎだから愛も大切にする。皆の意見がじっくりきけたからよかった。考えたら愛も必要って思った。男がどういう人間か。
全部必要だと思う。

おもし〜。いろいろな考えがあって楽しかった。
人との関わりがあってとても良い。
もっと楽しいことをしたい。
将来のことを話し合ったことが楽しかった。
付き合うならやはり好みの容姿。これに限る。
周りから嫌われてても、容姿が理想ではなくても、自分が理解できていて、自分が好きでいて、なるべく健康でいてくれれば、もうそれでいいと思う。
楽しかった。全部大事だと思った。
女子と男子のかんがえにちがいがあったことがいがいだった。女子のかんがえることと男子のかんがえが色々わかったよかった。
まだ先の話ではあるけど、将来の生活について考えを深めることができた。
6月11日・12日と茨城大学で開催された道徳教育方法学会に参加してきた。
私の専門は臨床心理学だし学会員でもないが、高校で「道徳」を教えている立場であり、学ぶものは多かった。
まず、もっとも感じたのは、参加者の「熱」だった。現場の教員が多く、皆、児童・生徒と授業を抱えている立場上か、会場でのやりとりはとても熱気があった。
また、平成30年に迫った特別の教科・道徳の導入とアクティブ・ラーニングのかかわりに関する発表・話題が多かった。
他方、気になった点もある。「○○を(子どもたちに)学ばせる」という言い回しが多いと感じた。私がよく使う言葉で言うと「アドバンス」ということのようだ。
アクティブ・ラーニングとの絡みで、討論型授業も複数紹介されていたが、討論の中身が偏ったり、「道徳的でない」発言が生じた場合は「軌道修正する」という言葉も聞かれた。
これは難しい問題だが、グループワークは一旦始まってしまえば、それはメンバーのものとなるというのが私の考えだ。方向性が当初の意図と異なってもそれは仕方がない。
万一そのような場合は、スタートラインとゴールを新たに設定し直す必要がある。
教育学の人たちは「授業の狙い」に対する責任感が強いと感じたが、生身の児童・生徒を相手にした授業は生き物だから、時には柔軟に対応することも必要なのではないか。
等々いろいろなことを学んだ2日間だった。

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5月29日に恒例のゼミ新歓コンパを拙宅で開催しました。
例年のタコ焼きに加えて今年の目玉は流しソーメン!!
デッキに一本1.5メートルの割竹を4本屈折形式に設置して総延長約6メートル(!)の「流し」を作りました。好天にも恵まれ、美味しいソーメンを堪能することができました。横浜から卒業生もおいしいケーキを持って来てくれました。ありがとう!
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たらふく食べた後は、恒例のゲーム大会。
例年のゲームに加えて、今年は新作の「Story Cubes」や「短所を長所に変えたい焼き」などを皆で試してみました。両方とも結構使えそうなゲームです。特に「Story Cubes」は相談室プレイルームでも使えそうでした。
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 今回のテーマは役割でした。
 集団活動の中で、一人一人にはそれぞれの役割があります。今日の活動は一つは“声を出す”活動、もう一つの活動は“絵を描く活動”でしたが、両方とも一人一人がグループの中で自分の役割を果たすことによって成り立つ活動です。

1.聖徳太子ゲーム
 4人1グループになります。3人が「言う」側、1人が「聞く」側になります。言う側の課題はカードに書かれた3文字(3音節)の動物の名前。キツネ、タヌキ、アヒルなどなど。
 カードを一枚引き、そこに書かれた動物の名前を3人が「せ~の」で一斉に発声します。聞く側はそれを聞いて動物名を当てます。当たるまで何度も繰り返します。自分の担当の文字をきちんと発音することが大事です。声が小さいときは声を大きくする必要もあります。結果的に大きな声を何度も出すことになります。

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2. 人間コピー機
 グループになり、離れた所にある絵を見て来て写す課題ですが、いくつかのルールがあります。
1.絵を見に行けるのは各グループから一度に1人だけ。
2.絵を見に行く人は手ぶらで行く。
3.絵は順番に見に行く。
 このルールを守っていれば、一人が何回でも見に行くことができます。ただ、絵は“だまし絵”になっており、一人では解決できない課題なので、みんなで協力することが必要になります。
 一人一人が役割を果たし、協力することによって達成される課題です。今回は3クラスとも絵を替えて実施し、最後はトーナメント制で優勝チームを決めました。制限時間10分でした。

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残り時間わずか。ダッシュして見に行く。

◎生徒のつぶやき
最初は恥ずかしさもありましたが、やっている内に楽しくなり、笑顔が出て良かったと思います。チームプレーは良いですね。
絵がすごいへたで記憶力もなくとても心にひびが入った(笑)
あまり聖徳太子ゲームでききとれなかった。
グループの班が男だけでツラかった。
さっかくを利用した絵だとちょっとむずかしかった。この時間は楽しい。
クラスは一緒だけど、少しライバル意識ができてよかったし、これからもこんな笑って良いクラスになると思うなあって思った。
今日のゲームでは、班を作り、その班の皆と仲良くできた!!あまりはなしていなかった人も班の中にいたけど、また一歩進むことができた!!

とても楽しかった。
むずかしかった。
おもしろかった。
To participating in a group.
楽しかった。
地味にたのしかったです。
またやりたいです。

みんなと協力することによって、またクラスの雰囲気がよくなったと思う。
別のゲームをやりたい。前の方がもうちょっとおもしろかった。
トーナメント制のせいで、みぞをふかめてしまったような。
最高です。この時間が落ち着く。
記憶力と聖徳太子能力が不足していたので、もう少しステータス上げたい。聴力って大事だよね。
みんなできょうりょくしてできたところが、なかよくなるためのことかと思った。
人とのコミュニケーションがたかまったと思う。
 昨年に続いて今年も、鹿島灘高校の道徳「心を育てるグループワーク」(iCE)の授業を担当することになりました。
 毎月1回「道徳」の授業内で行っていきます。
 この授業ではさまざまなワーク(ゲーム)を通して、生徒たちの心を育てていきます。一緒に楽しみながら学んでいきます。基本的に昨年の授業に準じて実施していく予定です。できるだけ本ブログでその様子をご報告していくつもりです。

 すべての活動はかかわること(interaction)に基づいて成り立っていますが、今日はその上で、知る(Cognition)を中心に活動を行いました。まだ高校生活が始まったばかりなのでお互いを知る活動を中心に行いました。

1.手合わせ
 2人で向かい合って手を合わせます。最初は拍手を1回してから。次は2回、3回、4回、5回。そして今度は減らして行きます。一度できたらさらに4人、8人と人数を増やしていき、最後は全員で。
 みんなでお互いの気持ちを一つに合わせることが大事です。人数が増えると気持ちを合わせる相手が増えていきますが、そのとき大事なのは、一番遅い人に合わせることです。これは他人を大事にすることにつながります。

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2. 一歩前へ!
 みんなで輪になり、順番に自分のことを一言言いながら一歩前へ出ます。同じ特徴を持つ人も一緒に前へ出てお互いの共通点を発見します。いろんな共通点が見つかったみたいです。
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3. すごろくトーキング
 すごろくをしながら自分のことを話し、他の人の話を聞きます。入学後間もない時期ですが、お互いの理解が進んだのではないでしょうか。「これ中学校でやったよ」という声も聞こえましたが、作ったのは私です(笑)。



◎生徒のつぶやき

みんないろいろはなしてくれて自分もはなしやすくって楽しくできた。
この授業をすればたくさん仲よくなれるのでまたやりたいと思いました。
高校生活が始まったばかりで、友だちのことをあまりしらなかったけど、いろんなことをしれたので良かった。
最初はちょっと気まずいような所もあったけで、いろいろやっていくうちに皆のことが分かったので良かったです。
コミュニケーションを取る事で相手とのきょりが近くなったのでやって良かった。
友だちとあそんだり話したりすることがこんなに楽しいのかと思いました。
なれてないクラスだったけど、楽しく話したりすることが出来ました。
今回、初めて、クラスの皆の笑い声、話し声が聞けてとても楽しかったです♪

すごくたのしかった。
わりとおもしろかった。
人とふれあうことのたいせつさをさいかくにんできた。
友達といっしょに楽しく授業ができたことがとても良かった。
けっこうみんなしゃべったこと。
とても楽しかったデス。
みんなと楽しくできたと思う。

人間性としてのコミュニケーション能力がだいじだと思った。
知らない友だち同士と仲良くなった。
最初の手をたたくやつは簡単だけど、頭を使うと思うし、みんなでやれて良かった。
最初はぎこちなかったですが、たのしかったです。
あたらしいはっけんができた。
たのしそーだった。
授業っぽくなかった。
つかれました。けど悪くないよ。
次回の授業も楽しそうだと思った。
どうせならもっとおどろく話を聞けるようにしてほしい。

古河中等教育学校新入生オリエンテーションでグループワークを実施しました。

今年で4回目になります。新入生120名と約2時間に渡ってさまざまな活動を楽しみました。

お手伝いの皆さん、ありがとうございました。

 今日は、大学院新入生、特に社会人学生に向けてです。
 学ぶということにはLearnの他にUn-Learn、Re-Leranの計3つがあると言われます。
 Un-Learnとは学んだことを一旦捨てるということです。
 例えば、授業で既に学んだことや知っていることがテーマになることがあったとします。多くの人は「前に一度習ったことがある」でスルーしてしまいます。ここでもその2で述べた「選択」が自動的に働きます。

 NHKワシントン支局長の田中淳子さんのブログにこんな例が挙げてあります。

(ここから)
そういえば、別の企業で経営者からお聞きした話。

「研修をするでしょう? で、その研修で、すごく伸びる人と伸びない人がいる。たとえば、マネジメントスキルでもリーダーシップでもなんでもいいんだけど、”全部、知っている””何度も聞いた””だから、学ぶことはなかった”と言ってしまう人と、”これまでも何度もこの話は聞いたけれど、でも、新しく●●について考えた””深く内省した”とどのような内容でも何かを考え、学び取る人といて、後者はやはり、研修内容を現場でも生かすんですよね。でも、前者は、アンケートにも”つまらなかった””自分はすでにやっていることばかりだった”などと書いてくる。その割に、実際には、部下からはそう思われてなかったり、私の目から見ても、まったく成長してない感じがしたりするんです。研修を”知識をもらうもの”と思っていると、新しい情報がなければ”学ぶことはなかった”となるのだろうけど、新しい情報があろうがなかろうが、”自分で考え、振り返り、今後どうするか”という”内省し学ぶチャンス”ととらえたら、どのような機会であっても、吸収するもんなんですよねぇ」
(ここまで)
※出典:http://blogs.itmedia.co.jp/tanakalajunko/2013/05/post-0b94.html

 大学院でも伸びる人は前に一度習ったことを一旦Un-Learnして新たに学ぶ部分はないかと探します。そしてRe-Learnします。
「前に聞いたことのある話だった」で終わりにするか、それとも「前に一度聞いた話だったが、今日こんなことを考えた」と言えるかどうかが重要です。これも知識を自分にとって有益な形に変容することです。「伸びしろ」がある人はこのような人のことです。
 どのような機会であってもそこから何かを得ようとする姿勢が成長のカギと言えるでしょう。

 ただ田中淳子さんは「30歳を超えたくらいから、だんだんと「Un-Learn」が難しくなりますね。私もそうです。」と述べておられます。私も同感です。

 一方、昔、大学院生時代に学会でお会いしたこんな老先生を覚えています。
 学会のシンポジウムである講演を聞いた後、近くの席におられたある参加者が「今、話題に出ていた○○とは何ですか?」と私に聞いて来られたことがあります。私が「ああ、それは○○のことですよ」とお答えしたら、その方は「ありがとうございます」と言って、メモを取っておられました。その時に名札のお名前をチラッと見て驚きました。某旧帝国大学を定年でお辞めになった名誉教授の方だったのです。とても有名な方でその方の本を私は何冊か持っています。そんな方が年端もいかぬ院生に質問をして学ぼうとする姿勢に感銘を受けました。
 自分もそうありたいと思っていますが、果たしてどこまで実行できているかどうかはわかりません。

 このシリーズは今回で一応終了します。
 高校生のノートはB5版が多いようです。理由は定かではありませんが、小学校の学習ノートがB5だからかもしれません。大学でも教室で観察してみると大半の学生はB5のノートを使っているようです。しかし、今やパソコンのプリンタは基本的にA4仕様であり、大学の授業で配られるプリント類はA4かA4見開きのA3が大半です。これらのプリントを効率よく整理しようと思ったらノートもA4にしておくのが良いことは自ずと明らかです。また、大学でレポート提出を求められた際、手書き・パソコン書きを問わず、そのほとんどはA4での提出になります(中にはB5ルーズリーフに鉛筆手書きという「猛者」もたまにいますが)。ノートがB5だとB5とA4の異なる紙媒体が混在することになりややこしいことになります。A4版のノートを使うことにより、手書きノートと配布資料類を同一基準下で管理することが可能になります。大は小を兼ねるということもあり、大学で使うノートはA4に限るというのが私の考えです。高校を卒業したらB5も卒業しましょう。
 高校までの授業では、多くの場合、教師が丁寧に板書をしてくれて、それをきちんとノートに写すことが学びという行為の中心です。そこで専ら働くのは「目」です。高校生は目を使って授業を受けることを必然的に求められていると言えます。
 これに対して大学では、教師は必ずしもきちんと整理された板書をするとは限りませんし、むしろそういう教師は少数派であるかもしれません。大学の教師の授業は話すことが中心で、重要な情報は「耳」を通して得られる場合が少なくありません。例えば、板書するのは項目名やキーワードだけで、その具体的な内容については専ら教師がしゃべって伝えるという授業が少なくないのです。そうすると高校までの目型の受講スタイルで授業を受けている学生は多くの情報を逃してしまうことになります。授業中机間巡視をし、学生のノートをチラ見して、その貧弱さに驚かされることが多々あります。私が板書したことを写しているだけで全く自分で補足していないのです。きっと耳が全く働いていなかったんだろうなと思わされます。
 私が大学生時代のある先生は全く板書をしない人だったので、学生はひたすら先生の言葉をノートにとるしかありませんでした。3時間位の授業でノートを1冊使い切ったことを憶えています。
 大学での授業を有効に受けるには耳から入ってくる情報を逃さず捉えることが重要ですが、高校ではそんなトレーニングは受けていないし、急にそんな能力を身につけられる訳でもありません。これは学生自らが自助努力で獲得するしかないのかなと思います。高校型の目型の受講スタイルから大学型の耳型の受講スタイルに早く移行することが大学での良い学びの秘訣です。
 高校は進学校の場合そのほとんどは普通科で、その教育課程は基本的に同様であり、そこでは多くの教科が必修科目として教えられます。大学進学を前提に考えた場合、そのすべてを網羅して完璧に学ぶ必要はなく、むしろ自分の受験に必要な科目を適切に「選択」し、効率よく学ぶ方が良い結果が得られる可能性が高いのが現実です。そこで生じるのが「内職」という作業です。受験に関係のない科目は「捨てて」、その時間は受験科目を勉強していた方がいいという訳です(これは私にも覚えがあります)。
 これに対して大学は、学部・学科に分かれて教育が行われるという点で、基本的に大半の科目は既に選択科目ですが、中には教養科目のような専門とは直接関係のない科目や指定された必修科目があり、そのような科目の学習に意欲を示さない学生も少なくありません。しかし、昨日その1においても述べたように、大学での学びがLearnではなくStudyであるならば、大学での学びとは与えられたものをそのまま受け取ることではなく、与えられた内容を吟味し、自分にとって有益な情報に変換することであると言うことができます。言い換えると、大学に於いて優秀な学生とは、与えられた情報を自分にとって有益な情報に変換する技に長けた学生であると言えます。自動改札機を開発した人は川を流れる木の葉を見ていて、投入口に放り込まれる切符の処理方法を考案したそうです。その例に習えば、例えば生物学の知見の中に経済問題を解決するヒントが隠されているかもしれません。
 しかし高校の選択型の受講スタイルが染み付いた学生の中には大学生になっても高校時代の受講スタイルを変えず、授業中に内職をする者が少なくありません。これは一見積極的なように見えますが、実は可能性を自ら進んでドブに捨てているようなものでもったいないという他ありません。少なくともそのスタイルでは人並みのことはできるかもしれませんが、人を唸らせるような結果を出すことはまず望めないのです。

こちらにも記事があります(夕刊ほっと)