内視鏡屋の日記 走・空・鉄 -17ページ目

内視鏡屋の日記 走・空・鉄

国内定期便のある全空港利用を達成し
国内鉄道の乗りつぶしを目指す医師のお気楽日誌。

11月15日 その4

 

こういったものは残して意味があるのですかね?

撤去しない理由は別に邪魔にならないからだけなのだろうか?

 

ごみを捨てるなということは、廃線後に建てられたものだろうが

それでも25年たっているので、薄くなっている。

 

長間駅跡は名神高速の下にあるので、間違えようがない。

ホームもしっかり残っている。

ここはホームが2両分しかなく、

4両編成の列車はドアが開かない車両があった記憶がある。

 

しばらく行くと、廃線跡あるあるの建売住宅への転換。

 

牧野駅跡、この辺りは整地されていますね。

 

現役路線との合流部

江吉良駅に到着、これでジョグは終了。

元々は竹鼻線の途中駅であるここから羽島線が分岐していた。

このような経緯から、ここから先の羽島駅までは

羽島線と名前が変わり、0キロポストが立っている。

 

昔は快速運転もされていたようであるが、記憶にない。

 

羽島方面からの電車が到着。廃線跡との分岐がよくわかる。

 

次の羽島市役所駅で行き違い可能。

ここから末端の羽島駅まではいわゆる閉塞区間である。

 

名古屋本線との接続駅である、終着の笠松駅のホームには、

このような絵が描かれていた。

笠松はオグリキャップを生んだ、笠松競馬場の最寄り駅である。

 

好天に恵まれた、楽しいひと時であった。

11月15日 その3

 

木曽川の岐阜県側であるが、しっかり自己主張をしている。

 

堤防道路に上がって

 

ここからは岐阜県側の県道、ジョグを再開。

 

500mほどいった場所に、このようなソーラーパネルが

並んでいる場所があった。

名鉄竹鼻線の一部廃止区間である。大須-江吉良6.7km

2001年廃止

ここは現役時に乗ったことがあるし、

7年ほど前にも来たことがある。

 

ただ撤去されていないだけだが、

残っているのはうれしいものですね。

 

広くなっていて、踏切の土台がのこっている。

市之枝駅跡と思われる。

 

北側にホームが残っていた。

 

中学校の横を通る。学校や寺社は昔から

場所が変わらないので駅跡を探す目安になる。

 

橋がないので渡れず迂回をして

 

中区駅跡はバス待合所になっていた。

 

ここから北は一部道路に転換されている。

11月15日 その2

 

踏みつけ道を下って

 

こんなところで船が待っていた。

 

中野の渡しは、一宮市西中野(旧・尾西市)と

岐阜県羽島市下石田の間にある木曽川の両岸(約800m)を

結ぶ渡し舟。岐阜県道118号と愛知県道135号羽島稲沢線

一部を構成しており、正式名称は

「愛知県営西中野渡船場」である

運航時間:8:30~11:10、12:30~14:10、15:30~16:10

運休日:月曜日・木曜日

利用料金:無料

 

なお、近くに新濃尾大橋が完成したため、

2026年4月から県道から市道に格下げになり

一宮市の運行となる。

係員に見学に来たのではないことを聞かれ

(ただ往復するだけの人もいるらしい)

 

ライフジャケット着用で乗船。

 

新濃尾大橋

 

快晴ですね。

 

係員と話をしながら5分ほどで対岸の岐阜県側に到着。

距離は700mぐらいとのこと。

 

船は私を下ろすとすぐに戻っていった。

 

説明書きがある。岐阜県側から渡りたい場合は、

この旗を上にあげて合図をすると船が来てくれる。

 

ここまで来るのはなかなか大変である。

一宮駅からタクシーが一番簡単だが

自転車も載せてくれるそうなので、暇な方はいかが?

11月15日 その1

 

この日は天気が良かったので、前々から行きたかったところへ

 

名鉄名古屋駅、過密ダイヤで当駅どまりの特急の

後ろで次の電車があし止めを食っている。

 

一宮まで乗って、向かいのホームで待っている

津島行に乗り換え

 

玉野で下車

名鉄ではよく見かけるタイプの無人駅である。

 

踏切を渡って、県道135号に沿って西に向かってジョグ。

 

この辺りは旧中島郡祖父江町(現稲沢市祖父江)

銀杏の産地として有名である。

 

突き当たって

 

木曽川の堤防道路に出た。

 

ここが目的地である。

10月29日 その3 

 

朝食は飲茶にしてみた。今回は鼎泰豊に行かなかったので

ちょうどよかったのかもしれない。麺と

 

ハチの巣

 

きくらげ

 

フルーツとカフェラテ

 

適当にセレクトして聞いていたようである。

 

Cクラスは7割ぐらいの搭乗率、ほとんどの方が寝ていた。

 

この辺りに差し掛かり

 

皆様の興味あるところを確認して

 

いつもの光景

 

福岡空港に戻ってきた。

 

入国は日本人は少なくてあっという間。

このあとANAに乗り換えてセントレアに帰った。