GPWN管理人日記(旧NGO日記) -3ページ目

安心するのはまだ早い

 さて、昨日は至極真っ当な判決が下った。
 今年の4月、自衛隊の官舎に反戦ビラを投函した市民団体「立川テント村」メンバーの3人が、住居不法侵入容疑で逮捕された。容疑自体が不法なのに、その程度の微罪で75日も拘留されたのである。「反戦運動に対する弾圧だ」と、市民団体はいきり立った。被告になったメンバーの一人は「(職場の)クビをかけての戦いだった」といいきった。各方面から、不当逮捕に対する講義が殺到し、被告に対するサポート体制が迅速に立ち上げられた。
 普通、裁判の判決では先に判決を言い渡し、そのあとに主文を朗読する。ところがこの裁判では、主文の朗読から始まった。主文の朗読から始まるのは死刑判決など重大判決が主で、今回のようなケースでは異例だ。それだけ裁判所が危機感を感じていた証拠である。そして、彼らに「無罪」の判決が言い渡された。
 裁判長は理由として
 ・ビラの内容は暴力や破壊活動を想起させる物ではなく、一つの政治的な意見であり、ビラを届けることで団体の政治的見解を伝えるのは正当
・ビラ配りの行為自体は住居の平穏を害するが、居住者の生活には実害をもたらさない
などの理由で、今回のケースで刑事罰に値する違法性はないと判断した。また、検察側がこれらの政治ビラと、普段投げ込まれている商業ビラとの違いをきちんと証明できなかったのも響いた。だがメンバーに与えたプレッシャーは大きく、ビラをまいただけでまた逮捕されるのではないかという精神的ストレスを抱え込み、思うような活動が出来なくなってしまったという。今回の事件では人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」が、思想信条を理由に拘禁された、日本で初めての「良心の囚人」に認定された。日本でも「良心の囚人」が出たことを、私は恥ずべきことと想う。
 今回の事件に対して新右翼「一水会」顧問・鈴木邦男氏は「今回の警察の行為は、合法的に行われている市民活動を非合法的な活動に走らせることになる。公安当局は治安を守るどころか、よけいな仕事を増やしている」と批判し、「殺人や交通事故で人手が足りないのだから、本当は公安当局がそちらに人を回せばいいのに、脅威もない共産党や新左翼対策に人手と予算を握って離さない」と指摘し、「監視カメラも『悪い人がいるから仕方がない』と思う人がいるが、誰が『悪い人』だと決めるのか。この事件は他人事ではない」と警告している。検察は今回の判決を不当だといっているから、控訴する可能性は高い。上級審でどう転ぶか予断を許さないから、安心するのはまだ早い。

セキララ性教育

 昨日、荻窪の古本屋で「女優-私も脱がされた」という本を購入。古本だから安いだろうと思ったらさにあらず、初版本なのでプレミアがついて、新刊本としての値段よりも高かったのだ。奥付を見ると、初版は’83年となっている。私が高校生時代の時である。
 この本と「キャンパス・セックス」という本は、私にとって性教育のバイブルだった。やれ正常位だの後背位だの女性上位だの、テクニックがどうのこうの、男性のイチモツが大きいの小さいの、はては強いだの弱いだのといった痴話話、大学別に出た女子学生と、顔出しこそないもののカップルで楽しんでいる性行為の写真、ある時は押し倒されて苦悶し、そしてある時は乳首を吸われて歓喜の表情を見せる女優達の表情、そしてスクリーンに浮かび上がる、白くマシュマロのような乳房。必要最低限の性教育は、これらの本から学び取ったのである。
 性教育の必要性を巡って賛成派・反対派が激しく意見を戦わしている。といっても反対派が力ずくで、性教育そのものを否定しているのだが、スウェーデン人がこのことを知ると滑稽に思うだろう。「セックスがあって当たり前」というのが彼らにとっては普通の感覚。現地にはラブホテルというご大層な物はないから、カップルは親がいようが家族がいようが、自分たちの部屋でせっせとセックスに励むのだという。当然、子供にもセックスとは何かということをきちんと教育しているし、学校でもセックスにについて徹底的にたたき込まれる。親子の間でセックスについて普通に語り合っているそうだ。
 翻って我が家の場合、性教育についてはメチャクチャ保守的である。親から教わったのは「女の子のお尻には穴が3つ有り、赤ん坊は真ん中の穴から出てくる」。たったそれだけ。女性のヌード写真を見たのは2つか3つくらいの時だったが、あの写真はどうなったのかという渡井の問いに対し、母は「あの写真は神様が隠した」と答えた。「神様が隠した」のではなく、その写真を有害とみた母が、ちり紙交換に出してしまったというのが真相だろう。何しろ婦人誌に掲載されているセックス特集を見て「あれがあるからかうのをやめた」と怒り狂った人だから。察するに、父に相手にされていなかったから欲求不満だったのだろう。
 「キャンパス・セックス」はオールカラーであり、私にとってはかなりインパクトがあったのだが、廃版になってしまったらしく、今では手に入らないし、エロ本専門の古本屋を見ても見あたらないから、相当のプレミアがついているに違いない。国会図書館には収納されているはずだから、チャンスを見て探してみたい。「女優」に掲載されている写真はすべて白黒だったが、前ページカラーだったら相当インパクトがあったろう。
 考えてみれば、バブル期前後には青少年向けの性生活啓蒙雑誌に「スコラ」「ホットドッグ・プレス」、女性向けに「微笑」という雑誌があったのだが、スコラは内容も勢いもあの頃の面影は全くなく、「微笑」「ホットドッグ・プレス」は休刊になってしまった。これらの跡を継ぐ本として発行されたのが「ザ・ベスト」シリーズであり、一時期は素人さんのヌードやハメ撮りを掲載していたが、今はAV女優のヌードやハメ撮りばかり掲載しているから、ちっとも面白くない。社会全体が保守化したからか?
 この文章を見て「変態」と見る向きもあるかもしれないが、4年前にピースボートの南十字星クルーズで世界各地の性教育本を見て、これらの本がちっともいやらしくなく、芸術としてレベルが高いものであると痛感した。彼我の差は、いったいどこから生まれてくるのだろうか?社会学の方面から、研究する人間は出てこないのかな。

ドン・キホーテの深い闇

 昨日の火災が原因で、ドン・キホーテの安田社長が記者会見で辞意を表明した。ところが昨日の火災で被害にあった大宮大和田店が、またもやボヤの被害にあった。幸い火災は消し止められたが、2日連続で同じ店舗が狙われるということは、怨恨以外にはあり得ない。
 怨恨といえば、この会社は今年に入ってからも、社長宛に青酸カリが送られる、社長が友人に貸した金が、その友人の経営する会社の株価操作に使われたという疑いで、東京地検に本社を捜索される、全焼した浦和花月店では「接客が悪い」と客から因縁をつけられ、商品を脅し取られるという事件があった。最近でも出身高校による採用差別だの、納入業者に協賛金を共用するなどのトラブルをすっぱ抜かれ、後者では公正取引委員会の立ち入り検査を受けた。消防法や、隣近所とのトラブルをあげればキリがない。
 かようにこの会社はいろんなところでトラブルを起こしているが、バイトに対する扱いもメチャクチャだったらしい。ある部門の売り上げが悪いと、店長の一存でバイトの時給が下げられたり、ひどい時はクビになったりしたらしい。何かと人をこき使うので、内部でもいろんなトラブルがあったという。
 私の友人は以前、ここのアルバイトに応募したことがあるそうだ。ちょうどトルコで大地震があった頃で、アルバイトの帰りにピースボートのボラスタが、新宿駅前で救援活動を訴える活動をしていたと、私に語った記憶がある。幸か不幸か、面接は不採用だった。その時に、出身高校による採用差別があったとは、夢にも思っていなかっただろう。友人がでた高校は、彼が通っていた頃はどうしようもなくバカだったが、彼がアルバイトに応募した頃は、偏差値も50近くまで行っていたはずだ。偏差値が低い=バカという思いこみは、いかにも慶應出身の社長らしいといったら言い過ぎか。とにかくこの会社、叩けば叩くほどほこりが出てきそうである。

ドン・キホーテの火災に思うこと

 夕べ遅く、テレビニュースがドン・キホーテの店舗火災を報道していた。そして一夜明けた今日、被害は予想を超えた悲惨なものであるということが明らかになった。
 店舗火災の現場はドン・キホーテの「浦和花月店」と「大宮大和田」の2店。浦和花月店は20時頃、蒲団置き場で火災が発生したのを従業員が発見、消火器で消火作業したが、素人の手に負えなくなり、顧客に火災が発生したことを伝えたのち、避難誘導したという。浦和花月店は店舗が全焼し、12時間後にやっと鎮火したが、焼け跡から3人の従業員と思われる焼死体が見つかった。浦和での火災から少し送れて、今度は大宮の店舗でも火災が発生した。こちらは1階入り口付近の婦人服など約120着が燃えたが、こちらは人命に被害は出ていないのは、不幸中の幸いといったところか。浦和花月店では客を避難誘導させたあとも懸命に消火活動をしたが、新聞報道によれば、アルバイトの従業員は「店内にはお客さんの悲鳴や怒号が飛び交った。自分もパニックに陥ってしまい、何がなんだか分からない状態だった」と、震えながら語ったそうである。地面から天井まで商品を積み上げるという、独特の「圧縮陳列法」を取っている店舗内では、通路や出入り口が狭く、逃げ出そうとする人たちでもみくちゃになったという。
 ドン・キホーテ(通称ドンキ)は全国に102店舗を展開し、都内だけで31店舗を構えるディスカウント界の最大手企業として知られ、店舗の多くが24時間営業である。近年急速に営業規模を拡大してきたが、問題も多い企業として知られていた。騒音や交通渋滞、店舗から出るゴミなどで近隣住民とのトラブルが絶えず、都内で出店反対運動も起こったこともある。今回火災が起きた大宮大和田店も、出店計画では24時間営業だったが、近隣住民が県に行政指導を求めた結果、営業時間は23時までになったという経緯がある。今年に入ってからは高校生のアルバイト採用では、偏差値45以下の高校に通う生徒は、トラブルを起こす可能性があるから採用しないよう通達を出したり、商品を納入している外部業者に、徹夜での棚卸しを共用するなどのトラブルが、写真週刊誌「FRIDAY」にすっぱ抜かれるなど、その強引かつ人を人とも思わぬ営業姿勢が次々に明るみに出た。
 私も数回、ドン・キホーテの店内をのぞいたことがあるが、通路は商品で足の踏み場がないほどうずたかく積まれており、店内を通行するのも難儀なほどだった。店内は「ドンドンドン・ドン・キホーテ」のテーマと店員の「いらっしゃいませ」という声がやかましく鳴り響き、ゆっくり買い物をしようという雰囲気にはとてもなれなかった。焼死した3人の従業員は商品棚の間の通路で、崩れ落ちた商品などに埋まった状態で、仰向けで倒れていたという。たぶん店内を逃げまどっているうちに、圧縮陳列法で積み上げた商品が通路に落ちてきて身動きがとれなくなり、炎と煙に巻かれたのだろう。
 社長は記者会見で「3人には申し訳ない」と涙ながらに語ったが、こんな商品の積み方が法律に違反しないわけがない。浦和消防局が、今回の火災で全焼した浦和花月店を立ち入り検査した際、大量の商品が陳列されているため避難路に必要な幅が確保されていないこと、非常口の誘導灯が確認できないことを指摘され、業務改善命令が出されたという。店舗側は、今年9月に消防局側に改善報告を出したが、その矢先の火災だった。また東京消防庁もこの秋、館内にあるドン・キホーテ31店舗を対象に査察を行った結果、全店舗が消防法に違反していたことがわかった。今回の火災で東京消防庁は、都内にあるすべてのドン・キホーテに対して一斉査察を始めた。会社側も今日の午前中を臨時休業にして、店舗内の防火体制の確認をしたが、投資家がこれらの動きに動かないはずがない。今日の東証市場で、前日比480円安と大暴落した。査察の結果によっては、株安傾向が止まらないかもしれない。
 ドン・キホーテの劣悪かついい加減な防火体制の話を聞いて、私は多慶屋の防火体制と全く好対照だと思った。何しろ、ここの防火体制は徹底している。通路や防火扉に商品を置くのは現金、発覚した場合は即解雇という通達が出され、それが顧客の見えるところにデカデカと表示されている。どちらが顧客のことを考えているか、一目瞭然だろう。
 私の知人は、その昔ここのアルバイトに応募したことがある。落とされたそうだが、本人は「そんな会社に入らなくてよかった」と思っているのではないか。
 この会社はいろんなところから恨みを買っており、状況から見て放火しかあり得ないだろうという。被害者には気の毒だが、この会社の営業方針を知っている人間から見れば、とても同情する気にはなれない。守るべき法律を守り、まともな営業方針をとっていれば防げたからだ。自業自得といったら言い過ぎだろうか? 

一つの時代の終わり

 昨日で終わったものが2つある。一つはサッカー・トヨタカップ。もう一つは大河ドラマ・新撰組!。
 初期の新撰組!は「時代設定も考証もメチャクチャ」とボロクソの評価だったが、後半は史実をきっちり検証したのだろう。史実をふまえて、実に人間くさいドラマになっていた。日刊ゲンダイは「ハイライトの『池田屋事件』が終わって、残りをどうやって食いつなぐのか」といっていたが、歴史通をうならせるドラマになっていた。最後のシーンはここ最近の大河ドラマでも実に印象深いものではないかな。斬首刑を言い渡され、人垣が出来た市中を引き回される新撰組局長・近藤勇。刑場で彼は「ひげ面を晒されるのは見苦しい。ひげを剃らせてくれ」と訴え、最後にひげを剃ってもらう。さっぱりした面持ちで死に臨む勇。首を差し出し、盟友・土方の名前を口にした瞬間、介錯人の刃が振り下ろされた直後、黒幕に白地で大きく「完」のテロップが表示される。ややあって新撰組のテーマとともに、今年1年間の名場面が流される。名場面集の最後に「京では何が待っているのだろう」という勇の言葉に頷く土方、沖田総司。それがこのような結末になろうとは、当事者の誰が予想し得ただろう。
 そして、日本サッカーに多大なる影響を与えたトヨタカップも、今年の大会で最終回と相成った。この大会はもともと、南米とヨーロッパのクラブチーム・チャンピオンがホームアンドアウェー方式で運営されていたものだ。ところが双方のチームのサポーターが過激な行動を繰り返し、あげくの果てに乱暴沙汰まで起こし、最後には「身の安全の保証が出来ないなら、相手の国に行きたくない」というケースが続発した。困り果てた国際サッカー連盟が「治安がよく、潤沢なスポンサーが期待できる国」という基準で選んだのが日本だった。同時にこれまでのホームアンドアウェー方式から、中立地日本での1発勝負二試合方式を変更し、同時に名前も変えて新たなスタートを切った。
 現日本代表監督のジーコもフラメンゴの一員として来日し、チームの世界一に貢献したが、当時の日本サッカー界は氷河期だった。今みたいにインターネットも衛星放送もなく、サッカー専門雑誌は月刊誌で、海外のサッカー事情を知るにはお粗末極まりない環境。国立競技場の芝も枯れ放題で、とてもサッカーをやれる状態ではなかった。そして一番の問題は、当時のサッカー日本代表は、世界はおろかアジアでも勝てない時代だったということだ。ルールはおろか、サッカーというスポーツの存在自体を知っている人間が珍しがられた時代だった。高校サッカーはそこそこ人気があったが、サッカーの知名度としてはその程度であり、メキシコオリンピックで銅メダルを取ったこと自体が「伝説」となりつつあった。NHKがW杯の中継をするようになったことで、サッカーの知名度も少しずつ上がっていったとはいえ、日本でもサッカーというスポーツが市民権を得るには、'90年代に入って衛星放送が普及するのを待たなくてはならなかった。
 Jリーグが開幕し、衛星放送で気軽に世界中のサッカーシーンを見られるようになったのと時を同じくして、欧州のチームと南米のチームの経済格差、戦力格差が圧倒的に広がり、トヨタカップの存在価値が低くなっていったのは皮肉だった。南米の経済破綻で、南米のクラブは選手に年俸を払えなくなるチームが続出し、有能な選手はどんどん欧州のチームに引き抜かれるようになった。欧州チャンピオンカップが事実上の世界一決定戦になり、ヨーロッパの有力チームからは「トヨタカップ不要論」があからさまに出てくるようになる。そしてトヨタカップは今年限りでその役割を終え、来年からは大陸別のクラブ優勝決定戦に衣替えすることになった。
 昨年までのトヨタカップは欧州・南米とも12勝ずつとまったくの五分。最終回となった昨日の大会も延長戦で決着がつかず、PK戦までもつれ込んだ結果、欧州代表のFCポルトが17年ぶりの世界王者に返り咲いた。17年前は大雪の中での大会だったが、わざわざ日本での開始時間にあわせて調整してきたのに、今更中止できないと行ってきたという。その時の執念は、今のチームにも受け継がれているということを、昨日のチームは証明して見せたのだった。
 ありがとう、トヨタカップ。日本中のサッカーファンは、一つ一つのプレーを、それぞれの胸の中に大切な思い出としてしまっておくでしょう。

お楽しみはこれからさ

 夢は、夢のままで終わってしまった。
 今年が最後のチャンピオンシップ。泣いても笑っても、昨日の試合で優勝が決まる。
 第一戦を制し、逃げ切りモードに入った横浜・F・マリノスと、逆転優勝するためには、2点差で勝つしかない浦和レッズ、両者の意地と意地が埼玉スタジアム2002のピッチ上で激突する。第一戦を落としたレッズは、先発メンバーを前回からいじってきた。山田に司令塔のポジションを任せ、山田が普段担当している右サイドに平川を入れ、FWはエメルソンと永井の2トップ。第一戦で思うようにボールに絡めなかった田中達也はベンチに入り、前日の練習で左膝を負傷し、先発はおろか試合出場そのものを怪しまれたエメルソンだが、決戦を前に負傷をおしての強行出場に「なにがなんでもチャンピオンになりたい」という意思がうかがえた。
 キックオフから浦和が猛攻を仕掛け、折を見て横浜が鋭いカウンターを仕掛けるという展開。前半から浦和はボールを奪うと素早い展開を仕掛け、雨あられとシュートを浴びせる。そのうちのたった2本がゴールマウスに吸い込まれていたら、勝利の女神は浦和に微笑んでいただろう。だが女神は、浦和に試練を与えた。ゴールマウスの前に、横浜GKの榎本が立ちはだかったのである。彼は浦和のシュートを冷静に防ぎ続け、GK正面のシュートをキャッチし続けた。彼は浦和学院の出身だ。彼がシュートを防ぐたび、浦和サポの間からため息が漏れだした。攻めても攻めても決まらないゴール。イヤな雰囲気のまま前半を終えた。
 後半、田中達也の登場で流れが変わる。田中とエメルソンのコンビで一気に攻めあがると、これを止めようとして、この試合でボランチの位置に入っていた横浜MF・中西がエメルソンを後から引き倒してしまう。主審が下した判定は、躊躇なく中西にレッドカードを提示した。あっという間に数的不利に陥った横浜。直後のFKで、三都主が直接ゴールにたたき込み、ついに浦和が同点に追いつく。わき上がるスタジアム。
 中西が退場になった画面を見た人は、5年前のあのシーンを思い出したはずである。5年前、浦和と市原は激しい残留争いをしていた。サポの間でいまだに熱く語られている「ファイナル5の激闘」」の2戦目、浦和と市原の直接対決。この戦いで「勝ち点3」を奪ったほうが、今後の残留争いで優位な展開にたてる。あの時の舞台は聖地「駒場」。選手が入場するまで、浦和サポは物音一つ立てず、じっとピッチ上を見つめている。その様子を見た解説者は「こんな怖い雰囲気の駒場を見たことがない」といって怖じ気づいた。キックオフの笛が鳴ると同時に、浦和サポは「ゲットゴール福田」の大合唱。あの時も、カサになって攻めていたのは浦和だった。0-0で折り返した後半、市原をアクシデントが襲った。市原DF・中西がイエローカードで退場。顔面蒼白になる市原サポ、意気あがる浦和サポ。この期を逃さず攻め続けた浦和は、カサになって攻め立てる。そして終了4分前、ついに福田が決勝ゴール。浦和が「天下分け目の決戦」を制し、精神的に優位に立った。だがそのシーズン、結局浦和は奮戦虚しくJ2に陥落し、翌年はJ2で苦しいシーズンを過ごしことになった。もしかして、今回も浦和が勝つんじゃないか、そんな思いをサポーターに抱かせる。
 延長になっても攻め立てる浦和、凌ぎつつ効果的なカウンターを繰り出す横浜という展開は代わらなかった。もどかしい展開が続く。延長終了間際、相手選手ともつれたエメルソンが退場処分を受けた瞬間、浦和は数的優位を失った。その直後、タイムアップの笛がピッチ上に鳴り響いた。
 そして運命のPK戦。ここで横浜の老獪さと勝負強さ、浦和の経験の浅さと勝負弱さがモロに出た。若いトゥーリオと長谷部がプレッシャーと相手の駆け引きの老獪さに負けてシュートを外し、GK山岸もまた、大舞台での経験不足を露呈した。相手のシュートを1本求めることが出来なかった山岸。最後は横浜のドゥトラに軽くいなされてしまった。相手が喜ぶのを見たくなくて、テレビのチャンネルを変えてしまった。
 考えて見れば、浦和イレブンに心の隙はなかっただろうか?レッズが第二ステージを制したその州のうちに、ダイジェスト、マガジン両誌とも「レッズ優勝特集号」を発行した。のみならず週刊朝日、文春の「NUMBER」もレッズ優勝特集号を発行する浅ましさ。いくらレッズが人気があるからといって、日本一が決まっていないうちからこんな特集を組んでいいのかという意見が、浦和サポの間にあった。一番はしゃいでいたのはレッズの選手とジャーナリズム、一番冷静だったのはサポだった。サポが冷静だったからこそ、昨日の戦いはチャンピオンシップを締めくくるにふさわしい戦いが出来たと思っている。
 残念ながら、レッズの願いは叶わなかった。最高のお楽しみは、来年までお預けになった。ごちそうだって、待つ時間が長ければ長いほどその喜びは格別じゃないか。まだ終わったわけではない。この敗戦こそが、来年へのスタートになるのである。

身を退くべきか?

 昨日ひょんなことから、私が以前書いたBlogの文章を読んだ。私がHPにMTを導入したての頃に書いた文章である。読んでみて思ったことは、この頃の私は、まだまともな文章を書いていたのだということである。その頃から比べると、私の文章は進歩するどころか、退化しているような印象を受ける。もう一度MTを導入すればいいじゃないかと思うだろうが、またイライラする思いをするのはゴメンだという思いがある。今使っているサーバーは玄人仕様で、自分であれこれ聞く人間には向いていない。人気のCGIプログラムを、お好みに応じてインストールできるサーバーも存在するが、そういうサーバーは年会費が高いから、とてもじゃないが今の財政状態ではムリである。収入アップする当てがあるまでは、当分この状態が続くだろう。今使っているBlogシステムに、これといって不満はないし。月が代わって順位が落ちた私のBlogだが、ジワリジワリと順位を上げている。この辺で、大きなヒットが欲しいところだが。
 今日は一橋大学で開かれた、日本科学者会議東京支部が主催する「国際平和と日本国憲法」というタイトルに行ってきた。おそらく、今年最後のシンポ参加になるだろう。一橋大学には知り合いが何人かいるので、どんな大学なのか興味があったことは確か。ここだけでなく、日本すべての大学についてもそうだが。
 一橋大学は、国立市の文教地区にでんと構えている。駅前から大学までは、一直線に大きな道路が走っている。歩道・車道・自転車道は分かれているはずなのだが、自転車はどうをひっきりなしに通るのは不愉快である。一橋大学の向こうには都立国立高校(通称「国高=くにこう」)、桐朋中・高、国立音大付属小・中・高、都立第五商高などが軒を連ねている。こんな街は、他にないだろう。大学に行ったついでに、生協の様子をうかがいたかったのだが、ここの大学の生協は日曜・祝日だけでなく、土曜日もしっかり休みを取る。他のところでは、だいたい土曜日午前中もやっているんだけど。仕方がないので、大学そばのバーミアンで昼食をいただく。
 一橋大学はキャンパスこそ1つだが、通りを挟んで西と東のキャンパスに分かれており、主なキャンパスは西キャンパスに集中している。今日のシンポジウムは東キャンパスの2号館で開催された。会場は150人近くが訪れ、若い者もポツポツいた。
 だが、シンポジウムの内容はあまり面白いものではなかった。トップバッターは、夫人が市民団体「コスタリカの会」の主要メンバーをしている浦田一郎・一橋大学教授だが、彼の話ははっきりいって面白くない。法学者の話って、どうして面白くないのだろう。あるいは、私と法学者の相性が悪いのかもしれないが、今まで聞いてきた法学者の中で、一番面白いと感じたのは水島瑞穂・早稲田大学教授くらいだ。法学者って、どうも無味乾燥は話し方をする人が多いような気がする。そりゃ、大学に入ったら法律の知識が必要になるんだけど……。次にしゃべったのが姫田光義・中央大学教授なのだが、彼は日本と中国が仲良くなる必要をしきりに強調していたが、冒頭「国内の会見論議は、感情論が幅をきかせている」といいながら、この人の話もまかり間違えれば感情論になる危険性があると思ったのは私だけか。3人目は竹中千春・明治学院大学教授だが、この頃になると気分が悪くなってしまい、彼女の話をほとんど聞くことが出来なかった。幸い、彼女の話はほとんどテープに収録しているのだが、いつになったらテープおこしが出来るのだろうか。
 講演の後半、竹中教授は「反戦を訴えているほうが正しいと思うが、魅力あるアピール方法を考えないといけない」といっていた。そんなことは言われなくてもわかっている。だがここ最近、既存の運動に対して私は冷ややかな思いを抱くようになった。シンポジウムはあちこちで開かれているが、それが世の中を動かしたという話は寡聞にして聞かない。むしろ、資金面での不透明さ、背後にある過激派の存在、自分たちが絶対的に正しいという思い上がり……。それやこれやで、私は運動そのものに懐疑心を抱いている。以前は熱心にあちこちの運動に関わっていたが、最近は運動自体に飽きてきた。今はこれらの運動から、一歩退いた位置にいる。ひょっとしたら、運動圏から身を退いて自己を見つめる時期が来ているのかもしれない。