日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -301ページ目

占い 2 「鯉の滝登り」

koi



馬鹿げている。

そう思いながらも、気になっていた。

例の、占い師の言葉である。

鯉の滝登りの絵を玄関に飾ると、お金が貯まる。


彼女の発言は、相当の影響力があるようだった。

後日、新聞の広告に「鯉の滝登り」の絵が売られていた。

TV放送での一言で話題騒然。

そんなコピーが紙面に踊っていた。


良い占いは信じよう。

そう思うことにしたので、鯉の絵を飾ることにした。

もちろん、何万円も出してそんな絵は買えないので、自分で描いた。


誰にも迷惑はかからないし、損もしないという訳だ。

それで、お金が貯まれば言うことは、ない。


しかし、思う。

これって、占いなのかと。



その占い師が、バラエティー番組で、占ったゲストに向かって浴びせた言葉を、ふと思い起こした。





お前は地獄へ落ちる。




勝手にしやがれ

車の運転などしない。


朝からそう決めていた。


これだけ妻に蔑まれながら、白い羊のように、何でもはいはいと話を聞く必要もないだろう。



車の運転中が特に酷い。


狭い空間で、常に隣にいるのだ。


運転中、危ないだの、とろとろ走るなだの、停止線をオーバーするな、などと絶えず捲くし立てるのだった。


我慢にも、限度というものがある。



自室で、時を待った。


寝床に仰向けに寝そべって、目を閉じる。


そのまま寝てしまいそうになると、妻の足音が聞こえてくる。


俺は、跳ね起き、服を畳んでいるふりをする。


通り過ぎるのを確認すると、また寝転んだ。



出かける時間になると、俺を呼びに来る。


その時、言うことは決めていた。


俺が車の運転しても、隣でイライラするだけだろうから、自分で運転した方がいいよ。


俺は家で掃除でもしているから。


頭の中で、言葉を反芻した。




そそろそ、出かける時間だった。


妻は姿をみせない。



おかしい。



そう思っていたら、車のエンジン音が聞こえてきた。



さっきと同じように、俺は跳ね起きていた。


妻は自分で車を運転し、出かけて行った。



呆気にとられ、俺は一人、部屋の中で立ち尽くした。




腹が減っていた。


一緒に出かけないということは、飯は自分で調達することを意味する。


「勝手にしろ」


そう呟きながら、ハンバーガーが食いたいと思った。




3個食って300円。


高いのか安いのか、わからなかった。

目高

白くカビの生えた目高が、水槽の中に二匹浮かんでいた。


最後の一匹も、元気がないように思える。


昨日、水を取り替えようと思ったら、妻が換えたばかりだからと言ったのだった。


それでも、水はずいぶんと汚れていて、やばいと思っていた。


取り替えようと思って、汲み置きしていたボールの水をぼんやりと見つめた。



俺の言うことは、すべて否定する。


存在自体、否定されているような気分だった。


逃げ出したいが、俺の居場所はここしかない。



自分の洗濯物を干すため、妻の衣類や、娘のものを取り込み、そして畳んだ。


「散歩、まだ行ってないから」


苛立った、声だった。



外は、雨が降っていた。


老犬の悲しげな視線に、何故か苛立ってしまう。


紐を強く引き、怒鳴りつけた。


これでは、DVの連鎖ではないか。


そう思っただけで、それほど悪かったとも思っていない自分に驚いた。



玄関を開けると、また苛立ったようなため息が聞こえてくる。


仕事を探した。


風呂の水は抜かれていて、すでに洗われているようだった。


死んだ目高の入った水槽の水を取り替えた。


最後の一匹は、大丈夫そうだった。


それで仕事がなくなった。


手持無沙汰で、本が読みたくなった。


それも、許されなかった。


本など読んでる場合、以前そう言われ、それから妻の前では二度と本など読まなくなった。



居間の隅で小さくなっているしかないのだった。


「お風呂洗ってよ」


洗ってなかったのかと思い、風呂場に行く途中、確かに聞こえた。



ほんと、いらいらする。


大声を上げ、暴れ回りたい衝動に駆られ、それを必死で抑えた。


今日ばかりは、家族に暴力を振るうような者の気持ちが、わかったような気がした。


反撃は冷静にすべきだった。


ぐうの音も出ないように、完璧に返す。


そうでなければ、いつもどおりの返り討ちだった。




昨夜と同じように、娘は泣いている。


泣きながら、何か言っている。


お腹が痛い。


大丈夫かと思っていたら、大量の吐瀉物を布団の上に撒き散らした。


もう痛くないと聞いたら、うんと返事をしてすぐに寝てしまった。


布団を片付けてながら、ふと目頭にこみ上げてくるものがあった。


馬鹿は馬鹿なりにがんばっているじゃないか。


どこまで俺を侮蔑する気だ。


怒りを通り越して、憎しみ。


今はそれすら無く、悲しみだけが腹の中を駆け巡っている。




目高もととの中。


心の中で呟いてみたが、さらに悲しくなっただけだった。




翌朝、目高は水槽の底に沈んでいた。


そして、動くことは、なかった。