変な、奴
ショッピングセンターの中にある書店で、本を探していた。
村上龍の新作が面白そうだった。
とても買えはしない。
ブックオフに出回るまで、相当な時間がかかるのだろうか。
願わくば、図書館に収蔵されることを願った。
妻と娘の姿を探していたそのときである。
セーラー服姿の女性が、店内を徘徊している。
どこか、異質なものを感じた。
こちらに、近づいてくる。
その姿を、近くではっきりと認めた。
驚きと同時に、冷笑を誘った。
男であった。
「奴」は、周りの視線を気にするでもなく、歩きながら、指で本や雑誌を弾いたりしている。
短い髪も、男だとわかった後見ると、妙に納得できた。
妻に教えようかと、逡巡した。
そして、やめた。
3人で書店を、後にした。
俺は、また振り返り「奴」の姿を探していた。
恥ずかしくはないのか。
それとも、周囲の冷たい視線が快感だとでもいうのか。
前を向き、歩く。
「奴」が、現れた。
通路に立ち並ぶポットや家電を指で弾きながら、こちらに歩いてくる。
すれ違った。
妻は、気が付いていない。
俺は振り返って「奴」の後姿を見送った。
冷笑などではなく、拍手を送りたい気分だった。
何かに夢中になることは、よい事だ。
それが奇行であっても、他人に迷惑をかけなければいい。
かんばれ、若者よ。
俺は、心の中でエールを送っていた。
あんなものを見せられ、気分が悪くなるどころか、ちょっとだけ前向きになれる自分が可笑しかった。
謎の、飲み物
Tシャツが、汗で体に張り付いていた。
車のエアコンが効かない。
窓を開け放ち、風を入れる。
それでも、汗は引かなかった。
ふと、数日前の出来事を思い出していた。
妻から新聞広告を手渡された。
中古車の合同展示会である。
3人で出かけた。
会場を見て歩いても、大して安い車はなかった。
何かいいのあった。
そう妻に声を掛けられ、一台の軽自動車を妻に見せたのだった。
年式が古いから、やめた方がいい。
今は我慢して、来年、もうちょっとよい車を買ったほうがよいのではないか。
それが妻の意見だった。
安ければ何でもいい。車は年式ではなく走行距離だ。
そう思ったが、黙っていた。
この会場の中では、これが一番よかった。
俺はそれだけを言い、会場を後にしたのだった。
俺は、開け放たれた窓から腕を出した。
その腕だけは、涼しい。
何件かのディーラーを回った。
そうしているうちに、どうやらエアコンのガスは完全に抜け切っておらず、ちゃんと循環していることがわかった。
そして、ガソリンスダンドへ行きガスの値段を調べた。
妻に電話をする。
「エアコンのガスを補充するけど、いい」
「今日じゃなきゃだめなの」
「わかった」
それで、話は終わりだった。
すぐに、妻からメールが届いた。
ガソリンスタンドは、スキミングされる恐れがあるから、カードで買わない方がいいというような内容だった。
ここ数日、暑くてかなわない。
だから、今日、エアコンを何とかしたかった。
そういう内容のメールを返信した。
ちょっと車を運転しただけでも、汗が染み出してくる。
仕事場に着く頃には、軽く雨にでも降られたように、シャツは濡れているのであった。
いつものハンバーガー屋で涼んだ。
ソフトクリームをストローで飲んでいるようだ。
そんなことを考えていると、またメールが届いた。
「明日から涼しくなるわよ」
俺は、声をあげて笑っていた。
窓の外を見た。
明日は、雨かもしれない。
そう思いながら、ストローを咥えて吸い込んだ。
なかなか、吸い込むことが出来なかった。
倦怠感
疲れ果てていた。
何かをしようという、気が起きない。
ひょっとしたら、熱が出ているかもしれないと思ったが、測ろうという気も起きなかった。
寝床に横になり、じっとしていた。
外は曇り空だった。
開け放った窓から、灰色の空が覗いている。
晴れそうな兆しは、ない。
足音が近づいてきた。
妻である。
「お風呂も洗っていないし、犬の散歩も行ってないじゃない。何時だと思っているの」
頭から、水を浴びせられたような、そんな気分になった。
もうたくさんだった。
そう思ったが、言い返す気力は、すでになかった。
発作的に、窓から身を投じたくなった。
首を振り、馬鹿げた思いを振り払う。
2階である。
身を投じても、死ぬことはないだろう。
精々、足の骨を折るくらいのものだ。
ひょっとしたら、怪我すらしないかもしれない。
何をやっても、否定的な言葉しか返ってこなかった。
そして、文句を言う材料がなくなると、それが次第に些細なことにまで及んでいく。
普段は開け放たれたままの便座の蓋も、何故使い終わった後、閉じていないのと、がなり立てたりするのである。
俺がもし、完璧な夫になったとしても、妻は変わらないだろう。
俺の行動が気に入らないのではなく、俺という存在自体が気に入らないのだから。
妻の前から、姿を消す。
それが一番いい。
寝床に張り付いた体を引き剥がし、犬の散歩へ行った。
外へ出ても、倦怠感は消えなかった。