目高
白くカビの生えた目高が、水槽の中に二匹浮かんでいた。
最後の一匹も、元気がないように思える。
昨日、水を取り替えようと思ったら、妻が換えたばかりだからと言ったのだった。
それでも、水はずいぶんと汚れていて、やばいと思っていた。
取り替えようと思って、汲み置きしていたボールの水をぼんやりと見つめた。
俺の言うことは、すべて否定する。
存在自体、否定されているような気分だった。
逃げ出したいが、俺の居場所はここしかない。
自分の洗濯物を干すため、妻の衣類や、娘のものを取り込み、そして畳んだ。
「散歩、まだ行ってないから」
苛立った、声だった。
外は、雨が降っていた。
老犬の悲しげな視線に、何故か苛立ってしまう。
紐を強く引き、怒鳴りつけた。
これでは、DVの連鎖ではないか。
そう思っただけで、それほど悪かったとも思っていない自分に驚いた。
玄関を開けると、また苛立ったようなため息が聞こえてくる。
仕事を探した。
風呂の水は抜かれていて、すでに洗われているようだった。
死んだ目高の入った水槽の水を取り替えた。
最後の一匹は、大丈夫そうだった。
それで仕事がなくなった。
手持無沙汰で、本が読みたくなった。
それも、許されなかった。
本など読んでる場合、以前そう言われ、それから妻の前では二度と本など読まなくなった。
居間の隅で小さくなっているしかないのだった。
「お風呂洗ってよ」
洗ってなかったのかと思い、風呂場に行く途中、確かに聞こえた。
ほんと、いらいらする。
大声を上げ、暴れ回りたい衝動に駆られ、それを必死で抑えた。
今日ばかりは、家族に暴力を振るうような者の気持ちが、わかったような気がした。
反撃は冷静にすべきだった。
ぐうの音も出ないように、完璧に返す。
そうでなければ、いつもどおりの返り討ちだった。
昨夜と同じように、娘は泣いている。
泣きながら、何か言っている。
お腹が痛い。
大丈夫かと思っていたら、大量の吐瀉物を布団の上に撒き散らした。
もう痛くないと聞いたら、うんと返事をしてすぐに寝てしまった。
布団を片付けてながら、ふと目頭にこみ上げてくるものがあった。
馬鹿は馬鹿なりにがんばっているじゃないか。
どこまで俺を侮蔑する気だ。
怒りを通り越して、憎しみ。
今はそれすら無く、悲しみだけが腹の中を駆け巡っている。
目高もととの中。
心の中で呟いてみたが、さらに悲しくなっただけだった。
翌朝、目高は水槽の底に沈んでいた。
そして、動くことは、なかった。