小さな幸せ~ラッキーな夜
閉店間際の時間に駆け込んだ。
「まだ大丈夫ですか」
そう声をかけると、片付けもありますからどうぞごゆっくりと、笑顔で言われた。
いつも喰っているハンバーガーの、3倍の値段だった。
それでも、ここで喰うものは決めている。
「モスバーガーひとつに、、、」
ドリンクかポテトが欲しいところだったが、結構な金額になるので止めた。
「やっぱりこれだけでいいです」
この店は、オーダーを受けてから作るというのが売りだった。
それまでの間、本を取り出して、読んだ。
4,5ページ読んだところで、出来立てのものが運ばれてくる。
クラッシュアイスの入った水。
ドリンクを頼まない場合、この店では黙っていても必ず出してくる。
いつもの店では、気の効いた店員のみが、それをやった。
そして、欲しいかどうかを、こちら側に必ず、確認する。
分厚いトマトに、生のオニオン。
ミートソース風のソースは、この店でしか食えないものだった。
おや、と思った。
そのハンバーガーの隣に、何故か、シェイクが載っている。
俺が戸惑っていると、店員が言った。
「甘いものはお好きですか。今、シェイクのメンテナンスを行ったところですので、よろしかったらどうぞ」
感激した。
チェーン展開されたファーストフード店では、考えられないことだった。
個人営業の店で、店主が客に、さりげなく行うサービスのようだと思った。
いつも喰っているハンバーガー屋のマニュアルには、絶対に載っていないサービスの一つだろう。
ゆっくりと味わって喰った。
ボリュームも十分で、美味い。
子供のおやつのようなハンバーガーを3つ喰うのなら、こちらの方がずっといいと思えた。
シェイクをのみ終えてると、腰を上げた。
店員がすかさずトレーを受け取りに来て、こう言った。
「なんだか急かせてしまったようで、申し訳ありませんでした」
いいえ、こちらこそぎりぎりの時間で。
なんだか恥ずかしい気分になりながら、そう言って、店を後にした。
3回我慢すれば、ひとつ喰える、な。
そんなことを考えながら、俺はアクセルを踏みこんだ。
目に見えない、何か
娘の顔が、暗がりの中で歪んだ。
直後、大声で泣きだした。
どうしたというのだ。
いつもとは、明らかに様子が違う。
腹でも壊したのではないか。
最初に思ったのがそれだった。
布団の上に、娘とふたり大の字になって寝た。
いつもこうして、娘の隣に横たわり、寝かしつけている。
どうした。何で泣いているの。
声をかけたが、しばらく泣き続けた。
体を軽く叩いたりして、なんとか宥めることが出来た。
やっと落ち着いてきた娘に、もう一度尋ねた。
「どうしたの」
娘は、網戸の方を指差して言った。
「なにか、いる」
網戸を見た。
何もいなかった。
両端に開かれたカーテンが、風で揺れているだけだ。
娘は、虫などを異常に怖がる。
蛾か何かが、網戸に留まっていたのかもしれないと思った。
「何がいたの」
そう聞いても、意味のわからないことをぼそぼそと言っているだけだった。
もう一度聞いてみた。
ゆっくりと、何がいたの、と。
娘は、小さな声でこう言った。
「おばけ、いた」
そんなもの、いやしない。
のど元まで出かかった言葉を、俺は飲み込んだ。
俺が見えないだけかもしれないと、ふと思ったからだ。