悪夢、ふたたび
悪夢で目覚めた。
恐怖で身が縮んだが、どんな内容かはよく思い出せなかった。
カーテンから、緑色の灯りが透けている。
闇に目が慣れたせいか、やけに明るく感じた。
悪夢は、ただ悪夢だった。
じっとしていると、恐怖はすぐに薄れていく。
目を閉じた。
そのとたんに、恐怖が全身を貫いた。
何かが、俺の手首を掴んでいる。
肌が粟立つ。
その方向に視線を向けた。
そこには、髪の長い子供のようなものが立っていた。
しかしそれは、子供などではなかった。
髪から覗いたわずかな部分の肌は、ケロイド状なっていて、血が滲んでいる。
叫び声を上げていた。
声にはならなかった。
う、う、という呻きが漏れるだけだ。
それでも、叫び続けた。
呻きが徐々に大きくなってきた。
これなら、妻たちのいる寝室に声が届くかもしれないと思った。
渾身の力で叫んだ。
あ、あ、あ、という呻きがはっきりと口から溢れ出したとき、ふたたび悪夢から目覚めた。
目覚めた光景は、夢の中で観たものと同じだった。
薄いカーテンから、外の明かりが透けている。
夢から目覚めると、それもまた夢だった。
そんな夢を、時々観た。
安っぽい、ホラー映画の様だと、いつも思ったものだ。
夢が、脳が描き出した幻想だとすれば、何故こんな夢を見るのか、そちらの方が問題だった。
少なくとも、俺の頭の中に、それは存在するのだから。
背中
それでも、強い日差しが肌をじりじりと焼いた。
蝉が鳴き、トンボが舞う。
そんな季節だった。
庭でしばらく体を動かし、家の中へ避難する。
妻が居間で横になっていた。
娘が、隣で何かやっている。
娘が医者で、妻が患者のようだった。
うつ伏せになって寝ている妻の、シャツをずり上げている。
露になった背中を揉んだり撫でたりしていた。
おもちゃを持ってきて、それを指で触れ、その指を背中に擦り付ける。
薬か何かのつもりらしい。
妻がありがとうと言っている。
娘は、どうですかと言った。
露になった妻の背中を、ぼんやりと見つめていた。
臍下のあたりが、少し疼いた。
目を閉じる。
ソファーに横たわっていても、眠れそうになかった。
俺は立ち上がり、娘の隣に横になった。
娘は俺を足で蹴りつけ、外へ押しのけようとしてきた。
妻との遊びを邪魔しているということなのだろう。
俺は蹴られるまま、横に転がった。
そのまま、娘と妻の会話をぼんやりと聞いていた。
どうやら治療が完了したらしい。
横になりながら、窓の外を眺めた。
聞こえるはずの蝉の鳴き声も、鳥の鳴き声すら耳に入らなかった。
呼び名
名前でなどで呼ばれなかった。
あなた。
それだけだ。
そして、その言葉の中に、少しの軽蔑と苛立ちが含まれている。
結婚する前は、ヘルちゃんである。(名前を略称、ちゃんをつけて呼ばれていた)
私もそれに習って、チャン付けで呼んだ。
あのころを思い出した。
遠い昔のような気がする。
妻の名をいつまで呼んでいたのかよく思い出せなかった。
ガキの様にちゃん付けなどではなく、名をそのまま呼び捨てにしたことなどなかったのではないだろうか。
今はおかあちゃんだ。
便利な言葉である。
自分を蔑んでいる妻の名を呼ばなくても済む。
悪夢で目が覚めた。
最近、毎日のように夢を見る。
どんな悪夢でも、目覚めてしまえばただの夢である。
そして、どんな嫌な出来事も、一晩明ければ、過去の出来事だった。
「あなた、スターウォーズどうしてもみたいの」
俺の顔を見るなり、声をかけてくる。
「ああ」
それでも、期待はしなかった。
妻の気分一つで、それは変わるのであった。