日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -267ページ目

短編 「憎しみの果てに」 第10話 最終章

テレビをぼんやりと眺めながら、夫の帰りを待っていた。
すでに11時をまわっている。
わたしは立ち上がり、テーブルの上に並べられた食事を冷蔵庫に押し込んだ。

知り合って、半年で結婚した。
暖かい家庭というものが欲しかったのだろうか。
わたしは躊躇なく、彼のプロポーズを受けた。
温和で、とてもやさしい人だった。
それでも、時々言い合いになった。
いや、正確に言うと、言い合いにさえならなかった。
どんな状況でも、わたしが先に折れてしまう。
怒りや憎しみを、抱かないように努めてきたのだ。

最初の2年間は幸せだった。
しかし、娘が生まれることを期に、夫は徐々に変わった。
帰りが遅くなり、そして時々朝帰りだった。
携帯電話が鳴ると、こそこそとベランダへ行き、メールを読んだりもしていた。

お前は何を考えているかわからない。

そんな意味のことを、よく言われた。
何度となく繰り返される身勝手な行動に、さすがに疑心が沸いてきた。
密かに携帯を調べてみても、履歴など、一件も残っていないのだった。
わたしは、堪えていた。
どうしても、あの時のことが思い出される。

ふと、テレビに視線が行った。
元プロサッカー選手の訃報を伝えている。
武田だった。
高校を卒業して、武田はプロになった。
国内リーグで活躍して、日本代表にもなった。
ワールドカップにも召集されるが、大会直前に原因不明の病に倒れ、悲願のワールドカップ出場の夢は果たせなかった。
その後、ピッチに戻った武田は再度ワールドカップ出場に向けて活躍を続けた。
そして、二度目の代表選考に漏れた。
膝の怪我だった。
いつしか武田は、悲運のストライカーと呼ばれるようになっていた。
引退試合の映像が流れている。
痩せて落ち窪んだ眼窩と、土色の肌がひどく年老いて見えた。
涙を流しながら、引退することへの無念を訴えている武田を見ても、心は動かなかった。
田口に対しても同じだった。
今も重度の言語障害と、右半身の麻痺を抱え、車椅子の生活を強いられている。
やはりそのことに対して、気の毒だなどと、考えたことは一度もなかった。

玄関で鍵をまわす音がして、夫が足をふらつかせながら扉を開けた。

「美咲は寝たのか」

わたしの顔を見るなり、そう言った。
そのままわたしを無視して、娘の寝室へ行き、そっと寝顔を見つめているようだった。
起こさないように、静かに戸を閉めると、飯は済ませたと短く言った。

「遅かったのね」

そういうと、夫は鼻で笑った。

「お前、俺のこと馬鹿にしているんだろ」

夫は、かなり酔っているようだった。

「俺が何をしても、涼しい顔をして怒りもしない。馬鹿に何を言っても駄目って訳か」

わたしははっとして、夫を見つめた。
昔、似たようなことを言われた。
すかしやがって。
横山が言ったのだった。
そして、横山はわたしの前で死んだ。

「お前が何を考えているか、俺にはわからねえよ。俺のことなんかどうでもいいんだろ」
「そんなことないわ」
「それなら、なぜ本心で話さない。何をお前は隠しているんだ」

あなたには、わかってもらえないわ。
そう心の中で、呟いていた。
黙って、夫を見つめた。
口元がちょっと歪んでいる。
笑っているようだった。

「お前は周りの人間すべてを馬鹿にしているんだ」

嫌な言い方だった。
気が付いたら、掌を固く握り締めているのに気付いて、それを解いた。

次の瞬間、夫がいきなり前のめりに倒れた。
瞳は反転して、白目を剥いている。

「あなた、どうしたの」

わたしは、狼狽した。
一瞬でも、夫を憎んでしまったのか。
そんなことは、ないはずだ。

いままでも、そうだった。

そして、これからも。
何度も、夫の体をゆすりながら、あなたと呼び続けた。
何も反応がない。
気絶しているのか。
そとも。
わたしの思考が、ぐるぐると回り、止まった。
ふと、夫の足元の方へ視線を向ける。

黒い影が立っていた。
一歩、二歩と近づいてくる。
そのたびに、灯りに照らし出されて行く。
娘であることがすぐにわかった。

「美咲、おとうさんが大変な、、」

娘の顔を見て、わたしは言葉を失った。
こめかみに指を当て、鼻から血を流している。

「おとうさんなんか、死んじゃえばいい」

そう言って、娘は微かに笑った。

ジャンル 変更しました。

なんとなく、ジャンルでも変更してみようと思った。


一応、物語のようなものも書いているので、問題はないだろう。



現在、3作目を書いていて、そろそろ最終章である。



願わくば、少しでも読者が増えればありがたい。





観なきゃよかった

昔観た映画を、無性に観たくなる時がある。

フォーリングダウンを、レンタル屋で借りた。

裁判所から面会を禁止されている娘に、誕生日プレゼントを持って無理矢理会いに行く、暴走男の物語。

途中、拳銃やバーズーカ砲などをぶっ放しながら、一直線に娘の元に突き進むその姿は、頭のおかしくなった哀れな狂人に過ぎなかった。

それが、始めてこの映画
を観た時の感想だ。


しかし、今回は違った。

この映画は、ふたりの男を通して、夫婦、或は家族を描いたものだった。

暴走する主人公を追う刑事も妻帯していて、妻の尻にひかれっぱなしの優しい男である。

仕事を辞めて、静かに暮らそうとしていた退職日当日に、事件を追う羽目になった。

もちろん、早期リタイアも妻の為である。



良い映画である。



それでも、今の俺が観るべきではなかった。

二人の男に共感した。


だから、観るべきではなかったのだった。