日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -265ページ目

安住のとき

義母が二日ほど、家にいた。


俺に雑用があり、娘の面倒を看る事が出来なくなったからだ。

そのため、わざわさ遠方から来てくれた。

その間だけは、罵られる事もなかった。

義母から見れば、ごく普通の夫婦の様に見えただろう。


久しぶりに熟睡出来た。



仕事が終わり、すぐに雑用だった。

俺は一睡もすることなく、丸一日働き続けたことになる。

いつもなら、叩き起こされていたかもしれなかった。

妻にとって、自分が起きていているのに、夫が暢気に寝ていることが、許せないのだ。

義母が来ている手前、それもないだろうとは思っていた。

なにより、徹夜明けの就寝である。

そのことは妻が一番よく理解している筈だと思った。



義母も一緒に、みんなで食事を済ませた。

食後、汚れた皿を妻が洗っていた。

普段は俺が洗っている。

夫が皿を洗っている姿など、実の母親に見られたくはなかったのかもしれない。

少しの間、テレビなどをみた後、義母は帰宅した。

すると、妻の態度が急変した。

扉を乱暴に閉めて、でかい音を立てる。

寝室へ行き、寝てしまったようだ。

俺は自室へ行き、PCの電源を入れた。

妻が寝ている間に、済ませてしまいたい事がいくつかあったからだ。

また物音だった。


妻が起きだし、居間で何か言っている。

俺は慌てて妻の後を追った。

「いい気なもんだわ。気が向いた時だけ顔を出して、、ほんとに頭に来る」

それだけ言って踵を返した。

歩きながら、まだ何か言っている。

よく耳を澄ますと、こんな言葉が耳に入ってきた。


「いつも遊んでばかりいて」


PCの事だろうと思った。

パソコンもテレビも、読書すらこの家ではままならなかった。

それら全てが、妻を苛立たせた。


テレビを観ていただけで、何もしない駄目な夫と言うことになってしまう。


居間でじっとしていた。

鳥の鳴き声が、微かに聞こえてくる。


いつの間にか、ソファーでうとうととしたようだった。

目覚めた直後、俺はビクリとして立ち上がった。


妻の足音。

しかし、それは幻聴だった。

初恋 1

結婚式が楽しみでならなかった。

それは、初恋の人に、何十年かぶりに逢えるからだ。


小学校4年生くらいの頃だったろうか。

バレンタインデーの時に、チョコレートを何個か貰った。

その中に、大好きだった彼女からのものもあった。

俺はホワイトデーの時、彼女にだけ、手紙をそえたものを返した。

家が近所だったため、時々、手を繋いで下校した。

小学生の異性を好きになるという感覚は、その程度のものだった。

デートをするなどという、発想すら無かった。

バレンタインデー以降、俺たちの仲は、クラス中に知れ渡っていた。

そんなとき、クラスメイトが奇妙なことを、俺に言った。

俺の筆箱に、彼女が口付けしていたと言う。

その話を聞かされたとき、腹の奥が熱くなるのを感じた。

ガキだったにもかかわらず、俺は彼女とキスをしたいと、真剣に願った。

それでも、それだけの勇気も、知識も無かった。

男と女というものを、何一つ知らなかった頃の話である。

俺は、誰もいない教室の中で、彼女が口付けをしたという自分の筆箱に、そっと唇を押し付けた。

そのとき、廊下で人声が聞こえたような気がした。

はっとして耳を済ませても、人の気配は感じないのだった。

その後、何故か彼女は俺を避けるようになった。


それで終わりだった。


以後は、お互いを避け、話すらしなかったのではないかと思う。



今でも、ふとしたときに彼女のことを思い出す。

茹だるような暑さの中。

夏休み期間中、学校のプールが数回開放された。

その日程は、夏休み突入時に配布される、ガリ版印刷のカレンダーに記されていて、俺たちはその日を楽しみにしていたのだった。


ゴーグルをして、プールに潜る。

水中で手摺につかまって、こちらを見ている彼女の視線。

どこか冷たく、背中がぞくぞくとするような眼差しだった。

彼女のことを思い出すとき、その姿は、いつも水中の彼女だった。




結婚式は彼女の兄のもので、彼女の実家が集合場所である。

出発の時間まで、間があった。

庭に集まっていた客人たちが、家の中に招き入れられた。

奥に、彼女が座っていた。

一通りの挨拶を交わした後、俺に言った。


「○○くんだよね」


俺にそう言った後、周りの人に同級生だと紹介した。

老けたなと感じた。

まあ、それはお互い様だろう。


それでも彼女は、当時と同じようにとてもスリムだった。

笑った顔は、当時のままである。

何度か彼女の顔を、ちらちらと盗み見た。

そのだびに、当時の記憶が蘇り、昔の顔と重なった。

もう一度、彼女を見たとき、視線が重なった。

俺は思わず、視線を逸らした。


「もうすぐ、出発します」

その声で、俺は腰を上げた。



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驚いたことに、ランキングもひと桁下がってしまった。



何やっているんだろう、俺は。