日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -113ページ目

くそったれ!東京 後編

俺は上野駅に立っていた。



日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。-20090910.jpg



地方から東京にやってきた人が、ここに集まる場所である。


そういう事実が、俺の見方も変えたのだろうか。


すれ違う人々全員が、俺と同じ田舎者のように見えた。



ビジネス街のど真ん中に屹立する高級ホテルより、俺は上野駅の方が、落ち着けた。



駅の中を歩くと、立ち食い蕎麦屋があった。


かけ蕎麦の値段を見て、俺はちょっとだけがっかりした。


牛丼一杯分の値段だった。



なんてことだ。



かけ蕎麦は、やめにした。



そのまま駅を出て、ガード横の路地を歩いていった。


カード下を覗くと、露天の一杯飲み屋が、何件も並んでいる。


まだ、昼間なのに、何人ものアウトローたちが、酔っ払っていた。



俺も飲みたかった。



しかし、酒を飲むほどの金は持っていなかった。


小銭をかき集めて、400円。



どうしようもなかった。



途中、牛丼屋で、カレーを食った。


290円だった。



残り110円。



俺はなんとなく、公園の方へ歩いていった。



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人もまばらだった。


まともなやつは、ほとんどいなかった。


公園の、木にもたれかかって、消沈する人々。


端の方で、日差しも気にせずに、段ボール一枚で寝っ転がるおっさん。


俺の方まで、気分が悪くなってきて、おっさんの隣で寝てしまいたいくらいだった。



公園をぶらつきながら、出口を探した。



出口のところで、老人が似顔絵を描いていた。


恐ろしく上手かった。



モノクロで、二千円。


カラーで三千円。



赤ん坊を連れた主婦が、似顔絵を描いてもらっていた。


赤ん坊は、泣き続けていた。



しかし、



絵の方は、笑っていた。



どうしようもなくなって、俺は駅に戻ることにした。


俺はホームで、列車の到着を待っていた。



とにかくもう、うんざりだった。



上野公園で、打ちひしがれたホームレスたち。


彼らにあって、俺にないもの。


俺にあって、彼らにないもの。



多分、俺よりたくさんの自由はあるに違いなかった。


(ひょっとしたら、俺より金を持っているのかな?)


俺らが寝っ転がる傍らを見逃さなかった。



500mlのチュウハイが、何本も転がっていた。



喉が渇いてきたので、自販機に歩み寄る。


俺は苦笑した。


手持ちの金。


後、十円足りなかった。




映画 「シンボル」

久しぶりに、観たい映画だった。

今日から上映される、松本人志のしんぼる。


大日本人も、面白かったが、今回はスリラー仕立てのようだ。

白い部屋に幽閉される、男。

ソウシリーズに通じる設定だが、彼が作る映画だ。

まあ、普通の落ちで、終わるわけが無いだろう。

絶対に、先読みできないつくりになっている、と、彼が雑誌か何かで言っていた。

かなり、期待させられる。






くそったれ!東京 前編

その日。

俺は研修のため、東京にいった。

擦り切れた時代遅れの古いスーツに、百円のネクタイ。

(スーツは社会人になりたての頃買ったもので、ついこの間まで、就職活動で酷使していた。だから、ボロボロで当然か)


革靴もボロボロで、つま先方の、黒い表皮が所々剥がれ落ち、下地が露出していた。

それでも、それが一番まともなやつだった。

余りにショボいスーツだったので、出掛けるときに上着は置いてきた。

その日は暑く、長袖のワイシャツをまくりあげて、家を出たのだった。


研修と言っても、ある団体が催した、無料のセミナーに、参加しただけのことだった。

会場は、豪奢なホテルだった。

黒を基調とした石の壁面。

暗く落とされた照明。

萎縮しそうになる心を、俺は胸を張る事で、ごまかそうとした。

おれより酷い服を着ている奴はいないか。

俺はあたりを見回した。

そんなやつは、ひとりとしていなかった。


自分が、どれくらいみすぼらしいか気になり始め、俺はトイレに入った。

鏡に写る自分。

ダサい格好の、田舎者。

かっぺ丸出しじゃないか。

腕まくりをしている所が、如何にも無粋だった。

袖を元に戻し、鏡を見つめた。

まあ、大丈夫だろう。

言葉に出さず、呟いた。

俺はセミナー会場へ向かった。

襟のないシャツに、ジーンズなどという格好の奴も、いた。

俺は少しだけ、安堵した。

(まあ九割方、きちっり決めた、スーツ野郎ばかりだったが)

レジュメを見ながら、話を聴いていた。

俺の格好は、それほど酷くはないのではないか。

そう、思い始めていた。

ホテル内は、照明もおとしてあり、擦り切れたズボンも良く見えないに違いなかった。

レジュメに眼を落とし、ふと、右袖の裏の部分に眼がいった。

瞬間、頭に血が昇った。

驚いた事に、右袖の肘から手首にかけて、ズタズタに引き裂かれていたのだった。

何故、そんなことになっているのか?

知らぬ間に、何かに引っ掛けてしまったか?

それとも……。


両腕を捲り上げるしかなかった。

右腕の、肘の上の所まで捲って、ようやくボロボロの生地が隠れた。

惨めだった。


俺はホームレスではなかった。

それでも、着ているものなどボロボロで、彼等と同じようなものだった。


昼過ぎに、セミナーは終わった。

腹が減っていたが、ホテルの周りには、俺が入るような飯屋はなかった。

少し歩いてみても、小綺麗なカフェや高そうなレストランばかりだった。

立ち食い蕎麦すら、なかった。

俺は諦めて、都を下る事にした。

途中、上野あたりで、かけ蕎麦でも喰うか。

それでも、外食には違いなかった。


情けない事に、


かけ蕎麦如きでも、俺にとっては、ささやかな贅沢なのだった。