くそったれ!東京 後編
俺は上野駅に立っていた。
地方から東京にやってきた人が、ここに集まる場所である。
そういう事実が、俺の見方も変えたのだろうか。
すれ違う人々全員が、俺と同じ田舎者のように見えた。
ビジネス街のど真ん中に屹立する高級ホテルより、俺は上野駅の方が、落ち着けた。
駅の中を歩くと、立ち食い蕎麦屋があった。
かけ蕎麦の値段を見て、俺はちょっとだけがっかりした。
牛丼一杯分の値段だった。
なんてことだ。
かけ蕎麦は、やめにした。
そのまま駅を出て、ガード横の路地を歩いていった。
カード下を覗くと、露天の一杯飲み屋が、何件も並んでいる。
まだ、昼間なのに、何人ものアウトローたちが、酔っ払っていた。
俺も飲みたかった。
しかし、酒を飲むほどの金は持っていなかった。
小銭をかき集めて、400円。
どうしようもなかった。
途中、牛丼屋で、カレーを食った。
290円だった。
残り110円。
俺はなんとなく、公園の方へ歩いていった。
人もまばらだった。
まともなやつは、ほとんどいなかった。
公園の、木にもたれかかって、消沈する人々。
端の方で、日差しも気にせずに、段ボール一枚で寝っ転がるおっさん。
俺の方まで、気分が悪くなってきて、おっさんの隣で寝てしまいたいくらいだった。
公園をぶらつきながら、出口を探した。
出口のところで、老人が似顔絵を描いていた。
恐ろしく上手かった。
モノクロで、二千円。
カラーで三千円。
赤ん坊を連れた主婦が、似顔絵を描いてもらっていた。
赤ん坊は、泣き続けていた。
しかし、
絵の方は、笑っていた。
どうしようもなくなって、俺は駅に戻ることにした。
俺はホームで、列車の到着を待っていた。
とにかくもう、うんざりだった。
上野公園で、打ちひしがれたホームレスたち。
彼らにあって、俺にないもの。
俺にあって、彼らにないもの。
多分、俺よりたくさんの自由はあるに違いなかった。
(ひょっとしたら、俺より金を持っているのかな?)
俺らが寝っ転がる傍らを見逃さなかった。
500mlのチュウハイが、何本も転がっていた。
喉が渇いてきたので、自販機に歩み寄る。
俺は苦笑した。
手持ちの金。
後、十円足りなかった。
映画 「シンボル」
今日から上映される、松本人志のしんぼる。
大日本人も、面白かったが、今回はスリラー仕立てのようだ。
白い部屋に幽閉される、男。
ソウシリーズに通じる設定だが、彼が作る映画だ。
まあ、普通の落ちで、終わるわけが無いだろう。
絶対に、先読みできないつくりになっている、と、彼が雑誌か何かで言っていた。
かなり、期待させられる。
くそったれ!東京 前編
俺は研修のため、東京にいった。
擦り切れた時代遅れの古いスーツに、百円のネクタイ。
(スーツは社会人になりたての頃買ったもので、ついこの間まで、就職活動で酷使していた。だから、ボロボロで当然か)
革靴もボロボロで、つま先方の、黒い表皮が所々剥がれ落ち、下地が露出していた。
それでも、それが一番まともなやつだった。
余りにショボいスーツだったので、出掛けるときに上着は置いてきた。
その日は暑く、長袖のワイシャツをまくりあげて、家を出たのだった。
研修と言っても、ある団体が催した、無料のセミナーに、参加しただけのことだった。
会場は、豪奢なホテルだった。
黒を基調とした石の壁面。
暗く落とされた照明。
萎縮しそうになる心を、俺は胸を張る事で、ごまかそうとした。
おれより酷い服を着ている奴はいないか。
俺はあたりを見回した。
そんなやつは、ひとりとしていなかった。
自分が、どれくらいみすぼらしいか気になり始め、俺はトイレに入った。
鏡に写る自分。
ダサい格好の、田舎者。
かっぺ丸出しじゃないか。
腕まくりをしている所が、如何にも無粋だった。
袖を元に戻し、鏡を見つめた。
まあ、大丈夫だろう。
言葉に出さず、呟いた。
俺はセミナー会場へ向かった。
襟のないシャツに、ジーンズなどという格好の奴も、いた。
俺は少しだけ、安堵した。
(まあ九割方、きちっり決めた、スーツ野郎ばかりだったが)
レジュメを見ながら、話を聴いていた。
俺の格好は、それほど酷くはないのではないか。
そう、思い始めていた。
ホテル内は、照明もおとしてあり、擦り切れたズボンも良く見えないに違いなかった。
レジュメに眼を落とし、ふと、右袖の裏の部分に眼がいった。
瞬間、頭に血が昇った。
驚いた事に、右袖の肘から手首にかけて、ズタズタに引き裂かれていたのだった。
何故、そんなことになっているのか?
知らぬ間に、何かに引っ掛けてしまったか?
それとも……。
両腕を捲り上げるしかなかった。
右腕の、肘の上の所まで捲って、ようやくボロボロの生地が隠れた。
惨めだった。
俺はホームレスではなかった。
それでも、着ているものなどボロボロで、彼等と同じようなものだった。
昼過ぎに、セミナーは終わった。
腹が減っていたが、ホテルの周りには、俺が入るような飯屋はなかった。
少し歩いてみても、小綺麗なカフェや高そうなレストランばかりだった。
立ち食い蕎麦すら、なかった。
俺は諦めて、都を下る事にした。
途中、上野あたりで、かけ蕎麦でも喰うか。
それでも、外食には違いなかった。
情けない事に、
かけ蕎麦如きでも、俺にとっては、ささやかな贅沢なのだった。

