くそったれ!東京 前編 | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

くそったれ!東京 前編

その日。

俺は研修のため、東京にいった。

擦り切れた時代遅れの古いスーツに、百円のネクタイ。

(スーツは社会人になりたての頃買ったもので、ついこの間まで、就職活動で酷使していた。だから、ボロボロで当然か)


革靴もボロボロで、つま先方の、黒い表皮が所々剥がれ落ち、下地が露出していた。

それでも、それが一番まともなやつだった。

余りにショボいスーツだったので、出掛けるときに上着は置いてきた。

その日は暑く、長袖のワイシャツをまくりあげて、家を出たのだった。


研修と言っても、ある団体が催した、無料のセミナーに、参加しただけのことだった。

会場は、豪奢なホテルだった。

黒を基調とした石の壁面。

暗く落とされた照明。

萎縮しそうになる心を、俺は胸を張る事で、ごまかそうとした。

おれより酷い服を着ている奴はいないか。

俺はあたりを見回した。

そんなやつは、ひとりとしていなかった。


自分が、どれくらいみすぼらしいか気になり始め、俺はトイレに入った。

鏡に写る自分。

ダサい格好の、田舎者。

かっぺ丸出しじゃないか。

腕まくりをしている所が、如何にも無粋だった。

袖を元に戻し、鏡を見つめた。

まあ、大丈夫だろう。

言葉に出さず、呟いた。

俺はセミナー会場へ向かった。

襟のないシャツに、ジーンズなどという格好の奴も、いた。

俺は少しだけ、安堵した。

(まあ九割方、きちっり決めた、スーツ野郎ばかりだったが)

レジュメを見ながら、話を聴いていた。

俺の格好は、それほど酷くはないのではないか。

そう、思い始めていた。

ホテル内は、照明もおとしてあり、擦り切れたズボンも良く見えないに違いなかった。

レジュメに眼を落とし、ふと、右袖の裏の部分に眼がいった。

瞬間、頭に血が昇った。

驚いた事に、右袖の肘から手首にかけて、ズタズタに引き裂かれていたのだった。

何故、そんなことになっているのか?

知らぬ間に、何かに引っ掛けてしまったか?

それとも……。


両腕を捲り上げるしかなかった。

右腕の、肘の上の所まで捲って、ようやくボロボロの生地が隠れた。

惨めだった。


俺はホームレスではなかった。

それでも、着ているものなどボロボロで、彼等と同じようなものだった。


昼過ぎに、セミナーは終わった。

腹が減っていたが、ホテルの周りには、俺が入るような飯屋はなかった。

少し歩いてみても、小綺麗なカフェや高そうなレストランばかりだった。

立ち食い蕎麦すら、なかった。

俺は諦めて、都を下る事にした。

途中、上野あたりで、かけ蕎麦でも喰うか。

それでも、外食には違いなかった。


情けない事に、


かけ蕎麦如きでも、俺にとっては、ささやかな贅沢なのだった。