日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -109ページ目

ショートショート「復讐」

この物語はショートストーリーで、フィクションです。



妻が倒れた。


くも膜下出血だった。


手術による後遺症で、右半身に麻痺が生じ、言葉を発することもままならなかった。


妻の下の世話から身の回りのすべてを、私がひとりで行った。


私たちの間に、子はいない。



手術後、一週間が経過した。



妻が倒れる前、私は毎日寝る間も無く働き続けた。


ワーキングプア。


仕事を掛け持ちしなければ生活は、成り立たなかった。


妻は、この結婚生活に満足することなど無く、


私は日々、妻の口汚い罵声と罵り、時には暴力に悩まされ続けてきた。



「このろくでなし!どこの馬の骨ともわからないあんたなんかと結婚したことが、わたしの唯一の過ちだわ!」



私はただ、日々を生きていた。


働くこと意外、何もない、無味乾燥な日々だった。


仕事帰り。


ひとりコンビに立ち寄り、雑誌を立ち読みする。


それが唯一の楽しみでもあった。



妻の顔を、濡れたタオルでふき取っていると、義母が花を持って現れた。


「タケシさん本当にありがとう。ミエコもあなたに感謝していることだろうと思います」


義母は花瓶に花を挿し、ベットの脇の小さな棚に置いた。


義母はひとしきり私を労い、世間話をして、帰っていった。




二人きりになると、妻が何か言葉を発していた。


水をくれと言っている様だった。


私は聞き取れないふりをした。


ベットの周りや、サイドテーブルなどを整理しているからというように。


ちらりと妻の顔をのぞくと、口元が水と、動くのがわかった。


私はすぐに、目をそらした。



病院の窓から見える景色は、最悪だった。


すべてが灰色だった。


そして、病院の内側も、灰色の世界だった。



私は煙草を取り出し、一口吸って、窓の外へ吸殻を弾き飛ばした。


一通り掃除を終えると、妻のベットに腰を下ろし、妻を見つめた。


妻が微かに怯えるのがわかった。


私は、いっそう残酷な気分になっていた。


「義母さんが俺に、別れて下さいと言ったよ。もうお前は元通りにならないだろうし、俺もまだ若いからって言っていた」


妻は目を見開いている。


唇が微かに震えていた。



「お前はいつも言っていたよな。別れたいって。やっとお前の願いを叶えてあげられそうだ」


妻が嗚咽した。


涙が頬を伝っている。


私は妻から目をそらした。



「じゃあそろそろ帰るよ。3時間後、バイトがあるから」


私は病室を出ると、携帯を開いた。



~今夜、うちに遊びにおいで。何か作ってあげるから~



私は手短にメールを打って送信した。


会社の後輩。


私より一回りは若い、髪の短い女の子だった。



病院を後にした。


車に乗り込んで、キーをまわす。


私はスーパーへ向った。


食材を調達するために。



日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。


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阿呆は放っておけ!

頭痛薬が手放せなかった。


バイトが終わる頃。


痛みはさらに増し、吐き気がした。


俺は痛みに耐えるしかなかった。


帰宅し、薬を飲む。


今、この場所に水は無かった。


水を買う金も、ない。





俺は家路を急いでいた。


みんな気違いみたいに、車を飛ばしている。


何がそんなに気に食わないのか?


俺は普通に、自分のペースで走った。




遅くも無く、速くも無く。




車を運転していると、鼻水が出てきた。


右手で鼻を擦ると、人差し指が真っ赤に染まった。


鼻血だった。





前方を見ると、二車線がひとつになっている。


俺はそのまま、車線の収束点へ進む。


前の車がひとつの車線に入った。


今度は俺の番だった。


俺は右手を見て、車の間に入り込もうとした。


すると、コンパクトカーに乗ったおっさんが俺の方を見て、手を振っている。


狂ったように。


自分の前に入れといっているのだろう。


俺はそう思った。


しかし、おっさんは前方のトレーラーとの車間を、空けようともしなかった。


逆にぴったりと着けて。




ひょっとすると、入るな、と言っているのか?



おっさんは益々、車の中で激しく手を振っている。



俺は呆れて、窓を開けて、おっさんに声をかけた。



「いったい、何なんですか?」



おっさんは、皺だらけでサルのような顔をしていた。



「めい一杯前まで行け!でないと、割り込みになるじゃないか!」



おっさんの前の車は、どでかいトレーラーで、すでにそのトレーラーの前には車が入り込んでいるところだった。


俺は呆れかえってしまった。



俺は窓を閉めた。



狂ってる、な。クソじじい。



おっさんの後ろに入ろうとしたが、今度はおばさんがすました顔で車間を詰めて、俺を入れようともしなかった。


俺は仕方なく、その後ろに何とか入り込んだ。



さらに頭痛が酷くなった。



路肩に止めて休もうかと思ったが、それをやると、仕事に間に合わなくなる。




少しだけ、猿じじいのことを考えた。


微かな怒りが沸いてくる。



まったく、馬鹿馬鹿しい。


阿呆らしい。



俺はそれ以上考えないことにした。



「阿呆なんだから、放っておけばいいじゃないか」


呟いてみたが、どうもすっきりとしなかった。


いっその事、猿じじいを怒鳴りつけてやればよかったのか?



まあ、どうでもいいことだ。



世の中、つまらない事が大半で、楽しいことなど、小指の先ほども、ありはしないのだから。




日々を生きる。~妻よ。おまえはいったい何を望んでいるのか。


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瞬く、星

眼が醒めた。

そして、バイトだった。



その日の晩は、帰宅するなり、布団に潜り込んだ。

薬を飲んでも、頭痛は消えず、食欲もなかった。

というか、俺の分の夜食などなかった。

飯と風呂と洗濯などなど。

飯がなくて、良かったとも言えた。

それらに費やす時間を、睡眠に当てることが出来たからだ。



俺は目覚めると、バイトへ向かった。

外はまだ暗い。

仕事が始まる三十分前に、バイト先の駐車場に着いた。

10分だけ眠り、職場へと向かうことにした。

いつものことだった。

時間ギリギリというのが、大嫌いだった。

どんなつまらないことでも、余裕を持ちたかった。

しかし、

眼を閉じてみても、眠ることが出来なかった。


空が微かに、明るくなり始めている。

正面に、やたらと明るい星が輝いていた。

俺はその星を、ぼんやりと眺めていた。

不思議な事に、その星は、明滅していた。

強く光ったかと思うと、途端に暗くなった。

どう見ても、星にしか見えなかったが、見続けていると、微かに動いているようにも見えた。

なんなのだ。

眼の錯覚か。

俺はそのとき、眼を見開いた。

星の光が徐々に収束し、完全に消えた。

やはり、星ではない。

星であるはずもなかった。


飛行機か。

人口衛星か。

それとも。


そんなことを考えていると、また、強く輝き出した。

……?

俺は首を傾げた。


どうみても、星にしか見えないのだ。

しかし、

微かに動いている、

ような気がする。

俺は幻覚を見ているに違いない。


そして頭痛。

俺は、薬を飲んだのか。


この痛みが延々と続くならば、俺はどうなってしまうのか。


そう。


答えは既に出ていた。

痛みから逃れる、唯一の方法を。