ショートショート「復讐」
この物語はショートストーリーで、フィクションです。
妻が倒れた。
くも膜下出血だった。
手術による後遺症で、右半身に麻痺が生じ、言葉を発することもままならなかった。
妻の下の世話から身の回りのすべてを、私がひとりで行った。
私たちの間に、子はいない。
手術後、一週間が経過した。
妻が倒れる前、私は毎日寝る間も無く働き続けた。
ワーキングプア。
仕事を掛け持ちしなければ生活は、成り立たなかった。
妻は、この結婚生活に満足することなど無く、
私は日々、妻の口汚い罵声と罵り、時には暴力に悩まされ続けてきた。
「このろくでなし!どこの馬の骨ともわからないあんたなんかと結婚したことが、わたしの唯一の過ちだわ!」
私はただ、日々を生きていた。
働くこと意外、何もない、無味乾燥な日々だった。
仕事帰り。
ひとりコンビに立ち寄り、雑誌を立ち読みする。
それが唯一の楽しみでもあった。
妻の顔を、濡れたタオルでふき取っていると、義母が花を持って現れた。
「タケシさん本当にありがとう。ミエコもあなたに感謝していることだろうと思います」
義母は花瓶に花を挿し、ベットの脇の小さな棚に置いた。
義母はひとしきり私を労い、世間話をして、帰っていった。
二人きりになると、妻が何か言葉を発していた。
水をくれと言っている様だった。
私は聞き取れないふりをした。
ベットの周りや、サイドテーブルなどを整理しているからというように。
ちらりと妻の顔をのぞくと、口元が水と、動くのがわかった。
私はすぐに、目をそらした。
病院の窓から見える景色は、最悪だった。
すべてが灰色だった。
そして、病院の内側も、灰色の世界だった。
私は煙草を取り出し、一口吸って、窓の外へ吸殻を弾き飛ばした。
一通り掃除を終えると、妻のベットに腰を下ろし、妻を見つめた。
妻が微かに怯えるのがわかった。
私は、いっそう残酷な気分になっていた。
「義母さんが俺に、別れて下さいと言ったよ。もうお前は元通りにならないだろうし、俺もまだ若いからって言っていた」
妻は目を見開いている。
唇が微かに震えていた。
「お前はいつも言っていたよな。別れたいって。やっとお前の願いを叶えてあげられそうだ」
妻が嗚咽した。
涙が頬を伝っている。
私は妻から目をそらした。
「じゃあそろそろ帰るよ。3時間後、バイトがあるから」
私は病室を出ると、携帯を開いた。
~今夜、うちに遊びにおいで。何か作ってあげるから~
私は手短にメールを打って送信した。
会社の後輩。
私より一回りは若い、髪の短い女の子だった。
病院を後にした。
車に乗り込んで、キーをまわす。
私はスーパーへ向った。
食材を調達するために。
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阿呆は放っておけ!
頭痛薬が手放せなかった。
バイトが終わる頃。
痛みはさらに増し、吐き気がした。
俺は痛みに耐えるしかなかった。
帰宅し、薬を飲む。
今、この場所に水は無かった。
水を買う金も、ない。
俺は家路を急いでいた。
みんな気違いみたいに、車を飛ばしている。
何がそんなに気に食わないのか?
俺は普通に、自分のペースで走った。
遅くも無く、速くも無く。
車を運転していると、鼻水が出てきた。
右手で鼻を擦ると、人差し指が真っ赤に染まった。
鼻血だった。
前方を見ると、二車線がひとつになっている。
俺はそのまま、車線の収束点へ進む。
前の車がひとつの車線に入った。
今度は俺の番だった。
俺は右手を見て、車の間に入り込もうとした。
すると、コンパクトカーに乗ったおっさんが俺の方を見て、手を振っている。
狂ったように。
自分の前に入れといっているのだろう。
俺はそう思った。
しかし、おっさんは前方のトレーラーとの車間を、空けようともしなかった。
逆にぴったりと着けて。
ひょっとすると、入るな、と言っているのか?
おっさんは益々、車の中で激しく手を振っている。
俺は呆れて、窓を開けて、おっさんに声をかけた。
「いったい、何なんですか?」
おっさんは、皺だらけでサルのような顔をしていた。
「めい一杯前まで行け!でないと、割り込みになるじゃないか!」
おっさんの前の車は、どでかいトレーラーで、すでにそのトレーラーの前には車が入り込んでいるところだった。
俺は呆れかえってしまった。
俺は窓を閉めた。
狂ってる、な。クソじじい。
おっさんの後ろに入ろうとしたが、今度はおばさんがすました顔で車間を詰めて、俺を入れようともしなかった。
俺は仕方なく、その後ろに何とか入り込んだ。
さらに頭痛が酷くなった。
路肩に止めて休もうかと思ったが、それをやると、仕事に間に合わなくなる。
少しだけ、猿じじいのことを考えた。
微かな怒りが沸いてくる。
まったく、馬鹿馬鹿しい。
阿呆らしい。
俺はそれ以上考えないことにした。
「阿呆なんだから、放っておけばいいじゃないか」
呟いてみたが、どうもすっきりとしなかった。
いっその事、猿じじいを怒鳴りつけてやればよかったのか?
まあ、どうでもいいことだ。
世の中、つまらない事が大半で、楽しいことなど、小指の先ほども、ありはしないのだから。
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瞬く、星
そして、バイトだった。
その日の晩は、帰宅するなり、布団に潜り込んだ。
薬を飲んでも、頭痛は消えず、食欲もなかった。
というか、俺の分の夜食などなかった。
飯と風呂と洗濯などなど。
飯がなくて、良かったとも言えた。
それらに費やす時間を、睡眠に当てることが出来たからだ。
俺は目覚めると、バイトへ向かった。
外はまだ暗い。
仕事が始まる三十分前に、バイト先の駐車場に着いた。
10分だけ眠り、職場へと向かうことにした。
いつものことだった。
時間ギリギリというのが、大嫌いだった。
どんなつまらないことでも、余裕を持ちたかった。
しかし、
眼を閉じてみても、眠ることが出来なかった。
空が微かに、明るくなり始めている。
正面に、やたらと明るい星が輝いていた。
俺はその星を、ぼんやりと眺めていた。
不思議な事に、その星は、明滅していた。
強く光ったかと思うと、途端に暗くなった。
どう見ても、星にしか見えなかったが、見続けていると、微かに動いているようにも見えた。
なんなのだ。
眼の錯覚か。
俺はそのとき、眼を見開いた。
星の光が徐々に収束し、完全に消えた。
やはり、星ではない。
星であるはずもなかった。
飛行機か。
人口衛星か。
それとも。
そんなことを考えていると、また、強く輝き出した。
……?
俺は首を傾げた。
どうみても、星にしか見えないのだ。
しかし、
微かに動いている、
ような気がする。
俺は幻覚を見ているに違いない。
そして頭痛。
俺は、薬を飲んだのか。
この痛みが延々と続くならば、俺はどうなってしまうのか。
そう。
答えは既に出ていた。
痛みから逃れる、唯一の方法を。

