ごんざの辞書のかきかえ161「人」と「者」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」 『ごんざ訳』

 

「старецъ」(starets')     「老爺、古老」 『としなふと』

 

 鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざは(тошнам)(toshnam)(としなм)とかいてから(м)(m)にかさねて『фто』(fto)(ふと)(人)とかいていた。

 

 (м)(m)は(монъ)(mon')(もん)(者)じゃないかとおもう。

 

 ごんざは「人」をあらわすことばとして、『ふと』(人)と『もん』(者)をつかうけど、『ふと』(人)が600例以上あるのに対して、『もん』(者)はとてもすくない。

 

「ロシア語」(ラテン文字転写)    「村山七郎訳」      『ごんざ訳』

 

「богатырь」(bogatyri)       「勇者」          『つわもん』

「всесилный」(vsesilnyi)      「非常に力を持つ者」    『つわもん』

「исполинъ」(ispolin')       「勇者」          『つわもん』

「болЕзноносецъ」(boleznonosets')「病人」          『やんめもん』

「виселникъ」(viselnik')      「吊られる者」       『つらいぇもん』

「вселукавый」(vselukavyi)    「全く狡猾な者」      『おちゃもん』

「шилникъ」(shilnik')        「ならず者」        『おちゃもん』

「высоковыный」(vyskovy(i)nyi)  「誇り高い(人)」      『ふとなもん』

「дикiй」(dikii)           「野蛮な」         『ふぁらかきもん』

「пронырщикъ」(pronyrshchik')  「狡猾な者」        『おちゃくなもん』

「смердь」(smerdi)        「下民」           『くたねもん』

「тунеядецъ」(tuneyadets')    「怠け者」          『ふゆなもん』

「уродъ」(urod')         「片輪者、異形の者」     『かたをもん』

「юродъ」(yurod')        「愚者、先天的に気の狂った者」『かたをもん』

「чванъ велич:」(chvan' velich) 「高慢者」          『けんきょもん』

「челядь」(chelyadi)        「召使」          『うちのもん』

「Объядало」(ob'yadalo)     「大食してめいわくをかける人」『むでなもん』

 

 これで全部だけど『つわもん』(つわもの)以外はわるい意味ばかりだ。(つわ)は自立性のないことばだから別格とすると、全部わるい意味だ。

 

 これでは、いい意味もわるい意味もない(老人)という意味のことばの訳語につかうわけにはいかない、とおもってごんざはかきかえたんだろう。