囚われの人生からの脱出!もっと自由に生きる心理学〜命のちから心理セラピー講座〜インナーチャイルドセラピー -32ページ目

囚われの人生からの脱出!もっと自由に生きる心理学〜命のちから心理セラピー講座〜インナーチャイルドセラピー

東京池袋の隠れ家的一軒家セラピールーム。公認心理師常駐。インナーチャイルドカードを使って心と対話をする技術を教える活動を通じて、多くの人が幼少期の体験の影響を無自覚に今も受けていると知りました。。それに気づいてもっと自由に生きられるようサポートしています。

 

 

    
人が嫌いなわけじゃないんです。
でも…人といるとすごく疲れてしまうんです

 

これはカウンセリングでよく聞くご相談のひとつ。

 

実はこの背景には

ある心のメカニズムが隠れています。

 

人と関わるのが苦手なわけでもないのに、
帰宅するとぐったり…。


楽しい時間だったはずなのに

なぜか消耗している自分がいる——。

 

「私っておかしいのかな?」
そんなふうに悩んでいませんか?

 

これは多くの方が抱えている

人間関係の隠れた疲れなんです。

 

 

 なぜ「人といると疲れる」のか?

 

人間は本来

「誰かとつながっていたい」存在。

 

でも、対人関係の中で常に気を張ってしまうと

心が休まらずエネルギーが消耗されてしまう。

 

その背景には、幼少期の

「安心感の欠如」や「一貫性のない関係性」が影響していることも。

 

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自分の気持ちよりも「相手がどう思っているか」を優先し続けるクセが、緊張状態を生み出していることもあります。

 

 「人が嫌いじゃないのに疲れる人」の特徴とその背景

 

■ 人と一緒にいると気を遣いすぎてしまう

 

→ 無意識に「相手の期待に応えなきゃ」と頑張ってしまい

自分の感情が後回しになる状態です。

 

■ 何気ない会話のあとで、あれこれ考えてしまう

 

→ 相手の反応を気にして
「変なこと言わなかったかな…」と自分を責めるクセがあるかもしれません。

 

■ 集団の中では「その場の空気」を優先してしまう

 

→ その場の和を乱さないようにと無理をして
自分の気持ちを抑えてしまう傾向があります。

 

■ 人の機嫌や雰囲気にすごく敏感

 

→ 過去の経験から「相手に嫌われないように」と
常に周囲を観察するクセがついている場合があります。

 

■ ひとりになるとホッとする

 

→ 自分を取り繕わずにすむ時間に、ようやく心が安らぐ。

 

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こうした傾向はすべて、「安心して人とつながる感覚」を持ちづらかった経験と深く関わっています。

 

 

 本当は、安心できる人間関係がほしい

 

「本当は誰かとつながりたい」
「もっと気楽に人と関われたら…」

 

そう感じているなら

それはごく自然な気持ちです。
 

ただ、その

「安心してつながる感覚」を

育んでこられなかっただけかもしれません。

 

 あなたの生きづらさは「性格のせい」ではありません

 

人との関わりがしんどく感じるのは

性格のせいでも、甘えでもありません。
 

安心できる人間関係を

体験したことが少なかっただけなのです。

 

私自身も、人と一緒にいるのが苦手な時期がありました。

 

でも、心の仕組みを学び

自分にやさしく寄り添うことができるようになってからは

少しずつ「自然体で人と関わる」感覚を取り戻していきました。

 

 

 無理なく変わっていくために、できること

 

心の緊張や不安は

知識だけでは変わりにくいこともあります。

 

「命のちから心理セラピー®個人セッション」では、
20種類以上の心理療法を組み合わせながら、心に寄り添ってきました。

 

🍀人との関係に疲れやすい
🍀安心して誰かとつながれるようになりたい。

 

そんなあなたに寄り添い、
「等身大の自分で安心して生きられる」感覚へと導いていきます。

 

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あなたも、自分に安心を育てる一歩を踏み出してみませんか?

 

「頑張らなくてもいい」
「自分のままで、つながってもいい」

 

そんな風に感じられる日が、きっと来ます。
どうぞ、あなた自身のためにその一歩をはじめてみてくださいね。

 

電球今回のテーマは

YouTubeでも詳しく解説しています。
 

音声でじっくり聴いてみたい方は、こちらからどうぞ

 

 

「不安から解放されたいのに、
いつも不安がつきまとっている気がする…」

そんなふうに感じることはありませんか?

 

朝起きてすぐ、
ふとしたときに、
眠る前の時間にも。

 

頭の中が不安でいっぱいになってしまうと、
何をしていても心から落ち着かず

疲れてしまいますよね。

 

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実は以前の私も、そうでした。

 

未来のことが心配で、
「この先うまくいくのかな?」
「何か悪いことが起きたらどうしよう…」

と、ずっと心がザワザワしていた時期がありました。

 

そんな私が少しずつラクになっていったのは、
不安をなくそうとしないという視点を持てるようになったからです。

 

不安なときって、
つい「この不安を早くなんとかしたい」

と思ってしまいますよね。

 

でも実は、その「早く消そう」とする行動が
かえって不安を大きくしてしまうこともあるんです。

 

 

今回のYouTubeでは、
「四六時中、不安が頭から離れない…」

という方に向けて
少しでも心が軽くなるヒントをお話ししました。

 

私自身が経験したことも交えながら、

・不安を強めてしまうNGパターン
・不安に寄り添うための考え方
・“不安な自分”とやさしくつき合うコツ

などをお伝えしています。

 

 

不安な気持ちは

無理に追い払おうとしなくて大丈夫。


まずは「そう感じてるんだね」と
そっと自分に声をかけてあげるだけで、
心は少しずつ落ち着いていきます。

 

「私だけがこんなふうに不安なのかな…」と
思っていたあの頃の私のような方に、
少しでも届けば嬉しいです。

 

▼動画はこちらから

 

このチャンネルでは私が約1万人の方の心理相談にかかわる中で

人の心について理解したことや

深めた人間理解についてお伝えするチャンネルとなっています。

 

どうぞご自分のペースでご覧くださいね。

右矢印心理師ろこさんの等身大心理学


 

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リクエスト受付中!
「こんな話が聞きたい!」「こんな企画をやってほしい」など
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どうぞご自分のペースでご覧くださいね。

 

 

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今日は「毒親」という言葉について、私が思うことをお話したいと思います。

 

「毒親」(どくおや)とは

アメリカの医療関係コンサルタント・セラピストである

スーザン・フォワードがその著書

「毒になる親」の中で用いた言葉です。
 

その意味は

「子供に害悪を与える親」

というものです。

私がこの言葉を知ったのは

自分がセラピストになってからですが、
特に2015年頃にはブームのようになって

そこここで頻繁に見聞きするようになったように思います。


私は日頃「毒親」という言葉はほぼ使いませんし

これまで、「毒親」について書いたり発言したりしたこともほとんどありません。

 

今日はその「毒親」について

私の思うところを本邦初公開(笑)したいと思います。



ブームになることで

影響範囲も広がったので、
最近では「毒親ブーム」への警鐘を鳴らす人も多いようですね。

 

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今日は単純に「私はこう考えてるんだよねー」

というところをお話してみたいと思います。

 

簡潔に述べるならば

その言葉の果たした一定の役割はあると認めつつ、
でもそれがイコール解決に繋がっているかどうかについては疑問を持っています。

まず果たした役割という点では、
「子供に害を与える親は存在する」ということを

多くの人が認識するようになったことです。


ひと昔前ならば

「子供が親を悪く言うなんてとんでもない」
というような道徳的観念が強く、
「親を毒呼ばわりするなんて!!!」
という世論が主流だったでしょう。

またこの観念の背景には、
「全ての親は子供を愛し、慈しむものだ」
という前提が共有されています。

 


ですが、これは事実ではありません。
 

多くの親はそうですが

全ての親がそうなわけではありません。



そういう中では、家庭と言う密室の中で何が行われていたとしても、
子が親からの被害を訴えるということは、
なかなかハードルの高いことでした。

仮に子供が声を上げたとしても、
「親がそんな(酷い)ことをするわけがない」
と多くの人は思ってしまったりするということが、起きていました。

それが近年、虐待問題などが関心を集めるようになり、随分変わってきました。

繰り返しますが
「子供に害を与える親は存在する」
ということは事実です。

けれど、子供時代から

そのような親の元で育った人は

ほぼ例外なく、それが

「親の悪影響」だとは思っていません。

自分の側に何か不足や悪い面を探してしまって

自己否定を根っことした

生きづらさを抱えるようになります。

 



どんなに悪影響を与える親であったとしても、
その親しか知らない子供にとっては、
それが当たり前の親子関係なのだと思ってしまいます。

でも「毒親」という言葉は、
そこに新しい風を吹き込んでくれました。

 

「子供に害を与える親は存在する」
となれば、もしかして?

 

自分の親も?

そうだったのか?
 

あれは、普通のことではなかったのか?
 

他の親はそうはしないのか?
 

うちの親は普通の親ではなかったのか?

といった新しい理解がもたらされるきっかけが生まれたのです。


それまで自分の側にばかり問題を探してきた人が

 

少なくとも子供時代の問題は親の側にあったという

新たな可能性を見出すだけで

いわれのない自罰感情から

抜け出すことができるようになります。
 

これはとても重要なことです。

 

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では「毒親」という言葉が果たしたものは功績だけなのか?
というと、私はちょっと微妙だなと思っています。

 

自分の親が「毒親」だったと認識することで、
確かにそれまでのいわれなき自罰感情からは抜けられるのですが、
今度は「害を受けた」という強い被害感に悩まされるようになります。

害を受けたのは事実なので、被害感を感じるのは当然だし

正しい自己認識を持つためにも被害を被害と認めることは必要なのですが・・・。

どうもこの「毒」という言葉のインパクトの強い響きが

自分を必要以上に毒してしまうというか

汚染し続けてしまうような感覚を覚えます。


これはあくまでも私の個人的な間隔ですが、
親を毒と呼んだその言葉の毒性に自分もやられてしまうような感じです。

もちろんそうならない人もいるとは思います。

 


ただ、「毒親」という言葉を積極的に使っている人たちの中には

「毒親育ち」と名乗りながらも

楽にはなっていない方を散見します。

 

冒頭でも言ったように

私は普段臨床でこの言葉を使わないので、
自分のクライエントさんではないのですが、
 

自罰からは抜けられても、その後

被害感から抜け切れずに親を憎んで苦しんでいる方が多いように感じます。
 

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思うに、ここはまだ「道半ば」だと思うのです。​​​​​​​

 

親から被害を受けて育ったという事実を認識した後に

どうやってそこにとらわれるのをやめて

自分の人生を前に進めて行けるのか?
 

というプロセスがまだ残っています。



「毒親」という言葉は

そのあまりにも強い言葉のインパクトゆえに、
これまでの自分の人生の苦しみに、
「親が毒だったから」というわかりやすい答えを得て、
それがゴールかのように勘違いをしてしまいやすい危険をはらんでいるのかなと思います。

ゴールはそこではなく
さらにその先にあります


過去を正しく理解して、自罰をやめて、
親への囚われを抜け出して、
自分の生きたい未来に向かう。

そのことを忘れなければ、
どんな言葉で理解してもよいのだと思います。

私にとってはそれが「毒親」という言葉でない方が自然だったということです。
最後までお読みくださって、ありがとうございました。


 

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今日は久しぶりのビジネスあるあるです。
 
職業柄、私の周りには
駆け出しのセラピストさんがたくさんいらっしゃいます。
 
それで、わりとよく耳にするのが、これ。
「同業者の活躍が気になる」
というもの。
 
本当にっ!(笑)
めちゃくちゃよく聞きます。
 
「気になる」 というのは
「 意識する」 ということで
 それ自体は別に悪いことではありません。
 
むしろ 同業の人にまったく無意識というのも
不自然なのではないかと思います。
 
だって 、自分と同じことを生業としている人というのは 、
もしかしたら 自分と同じような価値観を持っている人かもしれませんし、
 
場合によっては
志を同じくする人なのかもしれません。
 
少なくとも何らかの共通項があるという点で
興味関心を持つというのは当たり前のことだと思います。
 
ヒントやアイデアを与えあったり
刺激を受けあったりできるのも同業者ならではで、
昔から良きライバルというのは
成長に欠かせない存在とも言われます。
( ガラスの仮面の 北島マヤと姫川亜弓のように)
 
 
ところがです。
 
そんなふうに 同業者を良き存在として眺めている時、
同業者が気になる という言い方はあまりしないものなのですね。
 
そういう言い方をするときは
大概こんな感じです。
 
●同業者の 活躍を SNS で見るたびに うらやましさを通り越して妬ましくなります。
また、そんな自分が嫌です。
 
●こんなに活躍してる人がいるのだから 自分なんかが、 わざわざ同じことをやる意味がないように思えてしまいます
 
●活躍している人を見るたびに、やっぱり自分はダメだと思い自信をなくします
 
●私がやろうとしていることを 同業者 に取られるのではないかと 心配です。
 
●同業者がやっていることを 私が真似したと思われるのではないかと心配です。
 
ざっとこんな感じでしょうか。
 
今日はそんな風に感じる方のために
書いています。
 
お時間あったらお読みいただけると嬉しいです。
 
 
まず最初にこのように感じてしまうということは、
大前提としてまだ自信がないということが言えると思います。
 
自信があればそもそも
人と比べたりはしないですから。
 
人と比べてしまう時点で
自信がないわけです。
 
自信がない状態で人と比べた時に、 
 
比べた結果、
「 よし、これは自分の方がよくできてるから 、結果自信が持てるぞ 」
という風にはまず絶対なりません。
 
だって最初から、経験も浅いし、自信がないのですから
「私のほうがよくできる」とは思えないに決まっています。
 
だから、「よくできる」というような
いわゆる技術や優秀さで比較してはいけないのです。
 
じゃあどうすればいいの?
 
ヒント♥
「比較できるものに目を向けてはいけません」
 
価格、技術、ツール、手法、経験年数、売上、お客様の数・・・
これら全部比較できます。
 
比較できるものというのは、真似もできるし
たまたま同じになることもあります。
 
だから究極の差別化にはならないのです。
 

では、

究極の差別化ポイントは何か?

 
それは「あなた自身」です。
 
あなたという人はこの世にひとりしかいません。
 
あなたのやっていることは真似できても
誰もあなたになることはできません。
 
だから、あなたが自分のサービス、商品を世に出すとき、
一番大切なことは「私がそれを提供すること」であり、
あなた自身がその意味を理解することなのです。
 
ここが理解できると、この世界で
「あなたを待ってる人」に出会うことができますよ。
 
今日も最後までお読みくださってありがとうございました。
 
 

 

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「本当は、もう許したい。
でもどうしても、許せない――」

 

そう感じて、心がずっと重たいままの方。
きっと少なくないと思います。

 

実際、カウンセリングでも
「許したくても許せない」
「この気持ちにずっと縛られて苦しい」
というご相談はとても多いのです。

 

許せないことが、

なぜこんなにも苦しいのか?

 


許せない気持ちがあるということは、
それだけ深く傷つけられた経験があった。
ということ。


そして多くの人が、
「相手に謝ってほしい」
「わかってほしい」
「償ってほしい」


そう願いながら
ずっとその思いを抱えたまま生きています。


◎でも、もし相手が謝らなかったら?
◎もう連絡も取れないとしたら?
◎何も返ってこなかったら…?


そのとき、私たちは

「自分ではどうすることもできない苦しみ」に囚われてしまうのです。

 

「許し」とは、相手のためではなく、

自分の自由のためにある

 

今回の動画では、
右矢印なぜ許せない気持ちは私たちを不自由にするのか

右矢印「許す」とは感情ではなく“意思”の選択であること


右矢印許した先にある“自分への慈愛”という癒しのプロセス

 

をお話ししています。

 

デリケートなテーマですが、
「許すことはあなたの自由」
「今すぐ許さなくても大丈夫」
という前提で語られているからこそ、
安心して見ていただける内容になっています。


こんな方におすすめ!

・何年も前の出来事をいまだに引きずっている

・許したい気持ちと許せない思いの間で揺れている

・もうこの苦しみを終わらせたいと願っている

 

「自分の人生の主導権」を取り戻すための

大切な一歩になるかもしれません。

 

▼動画はこちらから

 

「許す」ことは、相手のためではなく

あなたが“自由になる”ための行為。

 

そっと自分の心を見つめる時間を
この動画で過ごしてみてくださいね。

 

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