妻への手紙 -9ページ目

高橋の悲しい失恋

そうしているうちに、秋が深まり、風が少し肌寒い季節になった。

いつものように、授業の後でグランドに出て、
サッカー場を2週走り、丁寧に柔軟をしていると、
となりに高橋がやってきた。

「おう、高橋。今日、さみぃな」
「な。さみぃ。」

「…。」
「…。」

「イテテテッ。さみぃと伸びねー」
「…。なぁ、上杉。オレさ、だめだわ」

「まじで? 後ろから押してやろっか?」
「いや、柔軟じゃなくて。」

「えっ? なによ?」
「うん…。 雪乃チャンのこと、諦めっかな、もう。」

「なんだよ。急に」
「いや、今日さ、雪乃チャン、広島帰ってんだ。
 朝、授業の前に、ガッコ来てさ、うれしそーに、言いやがんの。 
 『急だけど、今日、新幹線で広島帰って、彼氏に会ってくるー。
  高橋クン、ごめんっ。出席表、マルつけておいて。
  戻ったら、おひるごちそうするから。ごめんねっ。おねがいっ~』ってさ。
 思いっきり嬉しそうな笑顔でさー。
 バイト代が入ったから、新幹線のカネができたんだってさ。
 欲しい鞄があるとかいってたのによ、それ諦めて、新幹線代にしてやがんの。
 ちっきちょー。
 うまくいっちゃてんだよな。遠距離の彼氏と。
 オレなんて、出席表のマル付け係だもんなー。
 なにやってんのかな、オレ」


そう。 高橋の想いとは裏腹に、雪乃は、地元の彼氏とうまくいっている様だった。

高橋は、この件を機にすっかり意気消沈し、
次第に、雪乃の話をすることは少なくなり、
練習にもろくに顔を出さなくなっていった。

僕と三本木は、そんな高橋にかける言葉もなく、
まして、からかうことなどできもせずに、
そっと、高橋の失恋とも呼べぬ失恋を見守っていた。



そんな状態が2ヶ月ばかり続いた頃、
珍しく早めに練習に現われた高橋が言った。

「おう! 上杉、三本木! 元気にしているかなー?」
「なんだよ、高橋、オマエ、落ち込んでたんじゃねーのかよ。」

「何を言っているのだ君たち。僕は、いつだって、元気さ。
 いや、じつは、今日は、他でもない、君たちに話しておきたいことがある。
 なんていおうか。あはっ」
「“あはっ”って、おめー、気持ちわりいな、なんだよ、早く言えよ」

「いや~。それがさー。できちゃった」
「何がよ。禿げか? 痔か?」

「いや~。言いにくいな~」
「面倒くせぇな、いいよもう、じゃぁ、聞かねーよ」

「あ。うそ。聞いて。頼む。
 じつはさ、オレ、好きな子できちゃった。
 真由ちゃんって言うの。同じ学科の子。
 ちっちゃくて、しっかりしてて、笑うとかわいい子なんだよねー。
 ま、今度、君たちにも紹介するよ」
「いや、おまえ。
 紹介はいいんだけどさ、
 その… もう、いいのか?
 なんだ、その、雪乃ちゃんは?」

「あ。雪乃はね、いいの、友達だから。
 僕はね、雪乃の親友になると、決めたのだよ。
 雪乃の男にはなれなかったけど、僕は、雪乃の友達として
 永遠に雪乃を支え続けるのだよ。
 それより今は、真由ちゃんよ。真由ちゃん。
 かわいいんだよねー。」


なんというか、高橋は僕や三本木が思っているよりもずっと
タフで、図太くて、単純で、

正直、僕は安心した。