喉が渇いたなぁ…と思っている時に、
ビスケットやクッキーをもらった。
すごく疲れてへとへと…
すぐさま寝たいそう思っている時に、
彼氏とケンカしたという友達の、
愚痴に延々とつきあわされた。
綿密に計画を立てて、
いざ!やってみようと実行にうつすと、
事情もよく知らない先輩が、
やることなすこと否定して、
よけいなアドバイスまでしてきた。
以上、すべてに共通する、
欲しているものと与えられるものとが、
絶妙に噛み合わない現象。
噛み合わなさ過ぎてもはや、
嫌がらせのようにすら、
感じるレベルの他者からの施し。
ありません?そんなこと。
とはいえ、
相手はきっと、
良かれと思ってやっている。
悪意がないこともわかっている。
けれどそんな瞬間に遭遇した時、
自然発生する感情やおもいとしては…
わかってもらえないはがゆさや、
そうじゃないんだってば!という苛立ち、
もうほっといてよ!という拒絶
なんですよね。
さらにもっと、
こんなことが繰り返されていくと、
私たちはいつの間にか学習するんです。
「自分を満たすこと」よりも、
むだに「波風を立てないこと」方が、
得策だということを。
自分の真意や欲求を伝える、
その意欲、結果結論よりも、
相手に説明したのに、
わかってもらえなかった時のめんどくささ、
期待が外れた時のむなしさ、
両方を天秤にかけた時、
かけたエネルギーに、
見合うものが得られない、
エネルギーの無駄づかいになりそう…
そう感じた場合、
つまり、
やったのに得られない、
自分が損をする、となれば、
私たちはよほどじゃない限り、
やらないという選択をするんです。
エネルギーも時間も、
失いたくはないですから何も。
けど、不思議に思いません?
与えると受け取る。
なぜこれほどまでに、
「ズレ」が生まれるんでしょう。
噛み合わない時があるんでしょう。
それは私たち人間が、
「相手のため」と言いながらじつは、
「自分がしたいこと」を差し出しがちだから。
相手を見ているようでいてじつは、
自分のことを見ている、
自分のことを思い浮かべているから。
たとえば、
やけにお菓子を差し出す人は、
自分が「親切な人」でありたいわけだし、
所かまわず愚痴をこぼす人は、
自分が「受け入れられる存在」だと確認したい。
相手を否定しやけに口を出す先輩は、
自分が後輩よりも「有能」だと証明したい。
多かれ少なかれ、
人にはそういう部分がある。
良いとか悪いとか、
断罪する必要もないくらい、
人はそういうもの、
どの人もみんな、
そういう部分をもっている。
美化しすぎてはいけない。
だからこそ ですよね。
噛み合わない、わかりあえない、
そんな現実に直面した時、
私たちが気づくべきこと、
私たちが思い浮かべるべきことは、
もっと分かり合うために、
努力を磨く ことではなく、
期待が叶わなかった、
わかってもらえなかった失望 でもなく、
むしろ、その逆。
本質的に人は、
他人のニーズを完全に理解などできない。
完全に把握などできるわけがない。
そんな清々しいほどの、
絶望を受け入れること。
そうすると…
過剰な期待や依存は薄れるので、
相手の言動に一喜一憂することが減ってくる。
こうしてくれるはず、
こんなことはしないはず、
そんな自分の判断基準を、
相手に投影しなくなる。
相手に自分のよかれを、
おしつけなくなってくる。
負のループから抜け出せるんです。
イメージできるでしょうか。
そう、巡り巡るんです、
よかれも期待も。
知らぬ間に、
やってしまっているからこそ、
自分ではなかなか、
わからないからこそ、
誰かから自分もやられ、
気づかせれるような場面に、
遭遇することになる。
気づきを促される体験を、
みずからがすることになる。
イメージできるでしょうか。
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