少しだけ温かくなった今日は、
実家のある神戸へと向かい、
母と一緒にあれやこれやと話しながら、
ゆっくりご飯を食べてきました。
考えてみたら…
毎日を穏やかに過ごせることが、
なによりありがたいよね。
なんて話しながら、
一緒に母とご飯を食べるなんて、
むかしむかしの母娘関係を思えば、
想像などできない「現実」。
顔を合わせれば、
けんかしていたという事実が、
今では嘘のようです。
まだ記事化できていなかった、
先日の潜在意識カウンセリングでの気づき、
今日もまたひとつ取り上げ、
シェアしてまいります。
先日来お知らせしておりました、
「継続セッション」についてのご案内は、
近々お届けしますので、
もうしばらくお待ちください(´-ω-`)
大きな出来事がある・なしに関係なく、
なにかしら今、
漠然とした違和感や、
新たなる選択や行動、人間関係への興味、
はたまた、
他人に向いていた意識を、
自分へと戻したい欲求などが、
ふわっと出てきたという方、
最近特にそう感じるという方、
いらっしゃるのではないかと思うのですが、
あなたはいかがでしょうか。
まさに!と感じる方にも、
そうではないという方にも、
知っておくと気持ちが楽になる、
気づきをシェアしますね。
身近に出現する理解不能な人や、
口を開けば陰口・悪口を連発する人、
人のやることなすことに、
なにか口出ししなくちゃいけないとでも、
まるで思い込んでるかのような人など、
生きてればどうしても、
…なんだこいつ?と思う人、
それなりに出てきます。
そういう時、
人によっていろんなとらえ方、
解釈をすると思うんです。
たとえば…
あの人…なんて嫌な人なんだろう!
もう絶交!もう関わらない!
とくにおつきあいする必要がないんであれば、
そんな距離感も可能だと思うんです。
けど…
そういう場合ばかりじゃないですよね。
イヤでも関わらなくちゃならない、
そういう場合は、
良いところが必ずあるはずだから、
良いところを見るようにしよう とか、
悪口陰口には関わらないようにして、
表面上だけの付き合いで止めておこう とか。
方法論や距離感、そこを、
解釈の主軸とする場合もあれば、
…ちょっと待って。今こうして、
こんなイヤな人が身近なところに現れた
ということは…
私自身がこの人にみたいに、
イヤなところがあるってことなのかしら…
はたまた、
こんな人と出会うということは、
私の波長が、
低いということなんじゃないかしら… と、
いろいろ考えてしまう人も、
いらっしゃると思うんです。
もちろん「解釈」に正解も不正解もなく、
あるのは「その人のクセ」だけですから、
繰り返される解釈、思考パターン、
そこに気づいて、
良いも悪いも関係なく、
軌道修正したらいいだけのことなんですが、
考え始めると人間の脳って、
勝手に連想妄想が始まる仕様になっているので、
ハッと気づくその時まで、
我にかえる瞬間まではもう、
あーでもないこーでもないと、
いろいろ考えてしまうんです。
考えようとはしていなくても。
その意図はまったくなかったとしても。
しかも、
その解釈や思考のクセって、
今自分が「ある」「いる」視座に基づいて、
繰り広げられますから、
視座が仮に低い状態にあれば、
どっちが良いとか悪いとか、
どちらが勝ちか負けかとか、
どちらが秀でていてどちらが劣っているか、
そこばかりに目が向くので、
ただただ精神疲労が続くんです。
心に余裕余白もなくなりますしね。
けれど、
経験値にともない、
視座が徐々に高まっていくと、
勝ち負け、優劣の判断への興味は薄れ、
「現象の意味」を探す
そちらに向かうし、
またさらに視座が高まると、
「現象の意味」よりも、
自分にもたらしてくれる気づき(解放)、
そこに自然と目が向くようになってきます。
そうして視座が高まるにつれて、
「考える」ということにだんだん、
エネルギーを注がなくなるんですが、
時と場合によると、
体力気力によっては、
良い事に一喜一憂する状態に、
陥ってしまうのが人間ですから。
脳の連想機能に委ねてしまうと(無意識)、
そうするつもりが無くても、
そうしてしまって、
その結果、思った以上に、
エネルギーを消耗してしまい、
しんどくなってしまいがち。
むなしくなったり、
無力感を抱いたりとかもあります。
なので、まずは、
無意識とはいえ、
大事な自分のエネルギーを、
注がなくてもいいところに、
注入してしまっている、
無意識に、自動的にそうしてしまっている、
そこに気づく必要があるんです。
そして、
我にかえる、自分で選別する、
視座を高める、
自分を受け入れてあげる、
そうする必要があるんです。
切り替えるためにも ね。
自分が思う「心地よさ」と、
他人が思う心地よさは違います。
自分が思う「仕事への姿勢」と、
他人が思う仕事への姿勢、
熱量も全然違います。
私たち人間はどうしても、
自分が愛着をもったもの、
熱量を込めたもの、そこに、
意味や意義をもたせたくなるので、
意見が合わなかったり、
取り組み方や熱量に差が出てくると、
イラっともするし、
正したくもなります。
けれど、
熱量をこめて向き合う人と、
熱量など込めてられないと思う人とでは、
当然「解釈のしかた」も違うでしょうし、
仮に解釈が違ったとしても、
「違う」というだけのことなんですけど、
私たち人間は、
自分が熱量を込めたものだけに、
どうしても思い入れが生じるから、
「違う」という事実の受容だけでは、
おさまらないんですよね。
感情が勝手に動き出すし、
正義感や道徳心がむくむく反応しだすし、
互いの視座の違いが、
言動や解釈、あり方に出てきて、
目でもとらえることができるから、
より感情に働きかけて、
収拾がつかなくなってしまう。
あるあるなんです人間関係においては。
違いを認め合おうと思いつつも、
思い入れ、愛着、熱量、この差、違いが、
知らぬ間に大きく自分の感情を揺さぶって、
静観なんて、冷静になんて、
できたもんじゃない!
なれるもんじゃない!
そんなことがけっこう ね。
どれだけ話合っても、
どれだけ自分を律しても、
噛み合わない、
すり合わせができない、
折り合いがつかない、
そういうことは実際にあります。
そういう時は、
現象の意味や自分ならではの解釈、
それらをならべて、
細かく分析するのも大切ではあるんですが、
そこにばかり意識を向けると今度は、
相手のイヤなところばかりが、
クローズUPされ、
よけいに気分が悪い。もやつく、
そういうことにもなりかねない。
なので、
相手の言動、ありかた、価値観に、
苛立ち腹立ち感情をもっていかれる時ほど、
「自分」がない、
薄れている状態にあるんだと、
我にかえっていただいて、
再度仕切り直し、
ぜひともここ↓に戻ってほしいなと。
ですね。
自分から意識がずれて、
相手に近づけば近づくほど、
倍率を必要以上に上げて、
相手の気になる部分を見ることになります。
ですから、
誰かのことがみょうにイラつくような時、
誰かのことがヤダ!って思うような時は、
自分にもどしてあげる、
簡単なところでは、
実感を伴うような動き、
体感を得るような動き、
頭よりも体、
そちらに意識が向くよう、
歩く、声を出す、笑う 等々、
自分に戻すような体感、実感、納得、
それを自分に与えてあげると、
リセットができるのではないかしらと。
過ぎた思考は「心ここにあらず」の状態。
その状態を維持し続けると、
そんなつもりはなくても、
連想妄想まっしぐらとなって、
ただただ不安や恐れが、
主となった幻想、妄想に、
振り回されかねませんから。
なんて話が出てきた先日の、
潜在意識カウンセリングからの気づき。
人間ってみずから、
自分の身体を動かし、
主体的に、能動的に考えた上で、
動いているかのように思えるんですが、
意外と無意識に、
突き動かされて選択してたり、
自分でも理解できない行動、幻想を、
ただただ受け身になって、
受け取ってるだけのこともあるんです。
だから我にかえる必要がある。
意識を戻す必要がある。自分に。
イメージできるでしょうか。
ちょうど今日の立春も、
その切り替わり。
ハッと我にかえるため、
自分に戻るため、
私たちを感情面から、
揺り動かしてくれてるのかもしれません。
誰かに動かされるんじゃない。
みずから決めて動くんだと。
選ぶんだよと。
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