心霊世界(スピリチュアル世界)の信憑性 その5 自己浄化の基本(魂力)
では自己浄化の基本イメージとはですが
単純に生きる事に言い訳しない事なのです。
この世に存在しその霊界ゴール(霊界に魂が戻る瞬間)まで
「今を生きる」をこの世に生を受けた自分自身で、単純に追及をする事なのです。
人間はこの世に誕生する時も、この世を去る時も我が身一つなのです。
言わば、霊界人(魂)が限界のある生命体として一人で生をなし、やがて限界のある身体を去るだけなのです。
自分としてこの世に存在した魂側(霊界の法則)から見たら、人も家族も誰も関係がないのです。
魂の癒し(栄養源)とは、難しい事でもなんでもなくこの世に一つしかない自分として「今をシンプルに生きる事」それだけなのです。
今をシンプルに生きるって?どんな風に?と思われる方が沢山いると思います。
「ただシンプルに生きるのなんて簡単じゃん。」と思われる方、そして
「でもそれと魂の癒しとどういう関係があるの?」と思われる方も沢山いると思います。
では自分の今までの人生を振り返ってみてみてください。
保育園、幼稚園、小、中、高と行った学校教育。
大人への成長を通じて自分と携わる大人や友人、そしてメディアなどの自分以外の知識の学習。
そんな成長発達段階の中で、自分が納得出来るイメージを保ち続けることが出来る方が沢山いるものでしょうか?
たいがいの方は、親が友達がなど周りの環境がとか世間的にはとか、生まれ持っての転んで泣いてもまた起き上がって笑いながら走ろうとしていた自分流の生き方を、第3者に委ねてしまっている部分があるのではないのでしょうか?
しかしそれも集団生活を動物である人間として生きる上ではとても重要な事であると思います。
人間は身体、知能(脳)、魂の3つであると何度も説明して来ましたが、集団生活という人間界の社会環境での適応は、身体や知能(脳)にとっての栄養源になっても、魂としての癒しとはならない部分が多いようです。
例えば、集団生活は他人との比較や自分以外の者との競争的な部分も多々あります。
今回の自己浄化についても、霊界的には誰もが平等に出来ると霊界イメージはシンプルにそのままを伝えて来ます。
その大きな理由が、みんな霊界人(魂)を持って生を受けているからなのだそうです。
しかし、自分には出来る出来ないの判断や、人との比較や競争という成長過程においての身体の知能(脳)の成長的な社会経験は、魂の癒し(栄養源)となるのでしょうか?
どんな風に今をシンプルに生きたら?という霊界からの投げかけのテーマにおいても、人に依存したり他人と比較したり、集団生活の常識的としての第3者側から「今を生きる」を捉えようとしてはいないでしょうか?
過去の偉人の方々のような、またはイチロー選手のような生き方を、自分自身の生き方として参考にする事は素晴らしい事だとは思いますが、3次元的な形のモノまねは所詮モノマネレベルに過ぎないようです。
過去の偉人の方々やイチロー選手の素晴らしい所は、身体や知能(脳)という3次元の形だけではないという事を考えた事はないでしょうか?
ここで人間のもう一つの生まれ持っての力、魂力です。
霊界の法則が伝えます人生の成功は人生成功哲学イメージ(魂感)を、信じる信じないといった3次元界の物理に頼る物ではないという事なのです。
3次元界の脳や身体の限界を幾ら酷使しても、必ず限界は生じてしまう事を想像できないでしょうか?
そして、脳や身体の限界を酷使すればするほど大きな壁にぶち当たり、自分は絶対に出来ないと意識的にまたは無意識に判断(記憶)してしまってはいないでしょうか?
「今をシンプルに生きる」とは、人間の人生を生き抜くための脳で考え脳が判断する想像や思考の部分である
スピリチュアル世界を「信じるか信じない」ではないのです。
生まれ持っての転んで泣いてもまた起き上がりチャレンジ出来る自分が生きている事を、感じるか感じないかという、魂の心がスピリチュアル世界にそのまま精通するものなのです。
「シンプルに今を生きる」とは、万能の世界から限界ばかりの世界へ命として誕生した魂の心そのものなのです。
このイメージそのものが自己浄化の魂の心そのものの受け止めで在り、その意味(イメージ)を、シンプルに受け止めキープする事で、自己浄化は簡単に成立し、私のこれまでのブログで皆様と一緒に私も見て来ました、公言浄化後の結果に繋がるのです。
次に自己浄化の主人公でもある魂力をアップするための魂の癒し(栄養源)について解りやすく書きたいと思います。
