西田 薫のブログ
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引越し

先日、

「藤之森」と書かれた石碑が

大日町にあると書かせて頂きました。

 

 

ここ大日には、

大昔には、藤の花がたくさん

咲いていたのだろうかと、

想像もしていましたが、

その大日町で本日の朝、

藤の花を発見しました。

 

 

実はこれまで、

頻繁にお邪魔しているお宅で、

今まで気付いていませんでした…^^;

 

 

ちなみに大日町の石碑はこちらです。

 

 

 

さて、本日の午前中は、

新しく引越しをした支部事務所の

事務所開きの神事を執り行いました。

 

 

以前の支部事務所は、

建物自体が取り壊される為、

立ち退きとなっており、

これまで物件を探していました。

 

 

そして、その以前の事務所の

道路の向かい側に、

建物が空いているという事から、

そちらに引越しをしました。

 

 

 

 

元々は居酒屋さんでした。

 

中央のカウンターを取り除き、

壁と床、そして玄関を

改装しました。

 

 

わかりづらいかもしれませんが、

床は鬼滅の刃風です。

 

副支部長が、総責任者として

内装を手掛けアレンジ頂きました。

完成するまで私も知らず、

びっくりしました(^^)v

 

 

 

そして朝に、

2名いらっしゃる副支部長の

もうお一人のお方を

お迎えに行きましたが、

実は、

そのお宅が冒頭の藤の花のご自宅でした。

 

 

鬼滅の刃では鬼が嫌うとされる藤の花

 

 

その藤の花が

ご自宅に咲く副支部長が、

炭治郎風の床の支部事務所に

神事の式典にご参加頂く。

 

 

なんかいいですね〜

まさしく鬼に金棒です!

 

いや、少し違います…。

「鬼」を使うとダメですね…。

 

 

とにかく無事に終了しました。

 

 

 

 

お昼からは府政事務所に戻り、

溜まっていた事務作業を。

 

 

その前に、お昼ご飯を買いに

八雲地区にある唐揚げ専門店の

「やま笑」さんへ。

 

 

元々は、

門真市で営業されており、

多くのTVでも取り上げられていた

有名なお店です。

 

昨年に守口に引越しされました。

 

 

ここの唐揚げは絶品です!!!

今まで食べてきた唐揚げでは

まさしくここが一番ですね〜!

 

 

とにかく美味しいです。

 

 

唐揚げ弁当です。

 

是非、ご賞味くださいませ。

 

 

 

今、ブログを打っていると、

日頃からお世話になっており、

心から尊敬するお方から、

「本日18時半からBS放送で

柘榴坂の仇討が放送されるよ」と

ご連絡を頂きました。

 

 

残念ながら私はBS放送が

観れる環境ではないですが、

ご覧なれる環境のお方は、

是非、ご覧頂ければと思います。

 

 

レンタルビデオで私は以前観ましたが、

 

感動しますよ!

あ、時間がギリギリですね…。

 

「柘榴坂の仇討」です。

 

応援、エール

本日は守口市駅からのスタート。

 

駅立ち中に、

スタッフの山本くんが、

「今日は子どもの入学式です〜」

と、嬉しそうに話をしてきました。

 

 

おめでとう〜!

というか、そんな日に、

私と駅立ちしていていいのだろうかと、

不安に思い、

すぐに式に行ってと

話しましたところ、

10時からという事で、

駅立ち終了後に行って貰いました。

 

 

その駅立ち終了後、

私は小学生からの同級生と

一緒に地域を廻っていると、

おっ!と、ある看板に目を惹かれ、

足を止めました。

 

 

鬼滅の刃…?

 

ここは、

八雲にある和菓子の幸福堂さん。

以前から親しくさせて頂いています。

 

 

そこに、

鬼滅の刃風の和菓子がありました。

 

 

 

左から禰󠄀豆子、善逸、炭治郎。

 

 

スタッフ山本くんの子どもの

入学式祝いにと、

紅白饅頭ならぬ、鬼滅の三色饅頭〜

 

 

嬉しくて、ついつい、

自分の分まで買っちゃいました。^^;

 

 

 

順番は逆になりますが、

朝の駅立ちの模様です。

 

 

そして、一昨日の月曜日は、

大日駅でした。

 

 

 

さて、

前回の給付はまだですかとの

お問い合わせも多く届いています。

 

府の職員さんも懸命に頑張っておられます。

どうぞご理解頂きますよう

お願い申し上げます。

 

 

 

そんな中、

次は別の小学生からのツレと合流。

 

 

その彼曰く、

さっき泣いててん…っと。

 

 

えっ?と思いきや、

「ええ動画があるねん」と。

 

 

我武者羅應援團のYouTube。

 

思わず私も観て泣いてしまいました…。

 

 

 

頑張っている人達、

懸命に生きる人達への

応援メッセージ、まさしく応援団です。

 

 

人を蹴落としたり、陥れたりと

残念な社会の一面もありますが、

その殺伐とした現代、

「人を励ます」「エールを送る」

素晴らしい事であり、

素晴らしい動画です。

 

 

「我武者羅応援団」

「我武者羅應援團」と

ご検索頂ければ、

他の動画もご覧頂けます。

 

 

 

もう一つだけご紹介しておきます。

 

 

 

是非、ご視聴くださいませ。

共に10数分ぐらいです。

 

 

 

 

 

京阪土居駅

道路の向かい側からお二人の男性が、

信号を渡られ、お声がけ頂きました。

「おっ!西田はん本人やってんや〜」

「遠目やったから分からんかった〜」

「頑張ってるな。応援してるで〜」

 

 

私:「小さいから分かりづらいでしょ…」

 

「そやなぁ、それは変わらんなぁ〜(笑)」

 

っと…^^;

 

お声がけ頂く事は嬉しいですね。

 

 

そうです、昨日の金曜日は

京阪土居駅からのスタートでした。

 

 

久しぶりの土居駅でしたが、

ご挨拶をお返し下さる方や、

「頑張ってや〜」っと

多くの方々にお声がけを頂きました。

ほんと驚きました。

 

 

実は私、

今から、うん十年前、

ここの土居商店街の助産院で

産声を上げました。

まさしく出生の地です。

 

 

いつもは、

大日交差点の南東側が拠点ですが、

ここ、土居駅も熱いですね〜

 

 

山本秘書も多くの皆さんに

お声がけ頂いていましたし、

とてもよかったです。

 

 

 

守口市内に駅は8駅。

そして駅への出入口は25箇所以上。

 

ここの土居駅、

いつもの大日駅よりも、

いい感じがします。

 

 

昨日は実に清々しい朝でした。

 

 

 

 

そして、午後からはご挨拶廻りを。

 

 

大久保地区と金田地区、

更に錦地区のお方が、

新しく、

後援会役員になって頂きました。

 

 

また、新しくご支援頂いた

北寺方のお方からは、

一昨日に納品されました

維新タイムズのポスティングを

お手伝いしますよと、

ご連絡も頂き、

図々しくもお持ちさせて頂きました。

本当にありがとうございました。

 

 

 

そして夕方からは、

「チーム山本」で、

その、維新タイムズの

ポスティングに出動。

 

 

僕も付き合うで〜っと、

山本秘書に伝えましたが、

そもそも私の新聞です…。^^;

 

 

スタッフくんはじめ、

周りの皆さんに、

本当に感謝、感謝です。

 

 

事務所には、

それら新聞がまだ山積みです。

1ヶ月半以内の配布完了を目標に、

コツコツ頑張っていきます(^^)v

 

 

 

 

公園の桜

月曜日は大日駅からのスタート〜

ではなく、

朝一に万博記念公園に行く為に

お休みしました。

 

といっても、

決してお花見ではなく、

打ち合わせにです。

 

 

モノレールの万博記念公園駅の

駅前広場の奥に、

大阪府の万博公園事務所があります。

 

 

横長の大きな建物です。

 

70年の大阪万博の時には、

このビルは博覧会協会の本部でした。

この前の駐車場になっている所に

当時、プレスセンターがあったそうです。

 

 

以前から、

本会議で何度か質問していますが、

国連本部に設置されている平和の鐘と

同じ物(姉妹鐘)が、

万博記念公園内にあります。

 

 

こちらの公園事務所には

平和の鐘を守る会代表の高瀬さんと、

これまで何度もお伺いしていました。

 

そして、

月曜日もご一緒していました。

 

 

万博記念公園内もそうですが、

この公園事務所の周りにも

桜が沢山咲いていましたね〜

 

 

 

公園事務所の会議室から見た

記念公園と太陽の塔です。↓

 

 

そのあとの予定がなければ、

せっかくなので、

向かいの記念公園にも

足を運んでいましたが、

予定が入っていた為、

打ち合わせ終了後は

すぐに失礼しました。

 

 

 

さて、実は今週はまだ一度も

駅立ちが出来ていません…。

 

明日は久しぶりの土居駅に

立とうと思っています。

 

 

 

また、

維新府議団の新聞も出来ました。

本日、事務所に納品されました。

 

 

今回は新聞折込ではなく、

ポスティングで市内全域を

廻らせて頂こうと思っています!

 

 

少し時間がかかりそうですが、

頑張ってまいります。

 

 

全戸配布が完了しましたら

その新聞のデーターを、

また、アップさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

公開質問状

3月17日、守口市議会議員江端将哲(えばたまさのり)氏に公開質問状を提出していました。

 

その回答期限が昨日の27日でした。

結論を申し上げる前に、先に事の経緯を説明します。

 

 

昨年5月、私を含む維新守口市議らが、市職員に対し恫喝をしたという理由で、百条委員会にかけられた件に関してです。

同年7月のその百条委員会の証人尋問に立った助川総務部長は、「部下の職員から、維新市議らに何度も呼び出しを受け、職員が疲弊しているので何とかしてくれないかと、江端議長(当時)に相談に行った」と証言をした事に端を発します。

 

その相談に行ったとされる日(4月13日及び14日)は、維新市議らは市役所にいました。

では何故、このような重大な相談を総務部長から受けていたにもかかわらず、江端議長(当時)は、すぐに維新市議らを議長室に呼び出し、注意をしなかったのか…?

そこで場合によっては議長立ち合いのもと、市職員と市議らの双方とで、話し合いが行われておれば、こんなややこしい話にはなっていなかったとも思います。

それ以前に、何故、維新市議らに事実確認すらしようとしなかったのか…?

 

更に、その2日後(4月16日)には、私自身も守口保健所に行き、保健所職員や市職員らと話し合いの場を持ちました。ところが、その席上で、私自身も、市職員を恫喝したと容疑をかけられた訳です。

もし、江端議長が、総務部長からの相談に対し、迅速に対応して頂いておれば、維新市議らと市職員の話し合いは、たとえこじれていても修復出来ていたでしょうし、そもそも私自身も保健所に足を運ぶ事も必要なかったのかもしれません。

(再度申し上げますが、私は恫喝など一切していませんし、証人尋問でもしっかりと述べています)

 

また、昨年5月7日に議会に提出された百条委員会設置の申立書に対し、よりによってその江端議長本人は、全く躊躇する事なく受け取り、今度はそれをすぐに議会に諮り、百条委員会が設置されたわけです。

という事は一体どういう事なのか…

 

部長からの相談を放置しておきながら、一方で百条委員会設置に向けてはすぐに行動するなど、通常なら考えられない異常な行動です。中立性のかけらもありません。

 

昨年の百条委員会を検証する上で、ここが一番の肝になる部分です。

 

(あくまでも、百条委員会では嘘の証言をすると偽証罪に問われる事から、助川総務部長の証言は全て事実であると想定しています。もちろん江端市議もこの助川証言には異を唱えていません。)

 

江端議長に於かれては、市職員と維新守口市議らのすれ違い等々をこの時点で全て解消出来ていたにもかかわらず、敢えて、我々を陥れる為に市政を混乱させようとしていたのか…?

そしてそういった事を口実に、のちに百条委員会設置までを目論んでいたという事なのか…?

 

江端議長からすると、維新市議らは何度も議員報酬削減の条例案を提出している為、快く思わない存在だという事は周知の事実です。

 

それら真相究明の為に、また、維新守口市議らに不名誉な結論である「議員辞職勧告決議」という着せられた汚名をそそぐ為にも、ここが一番大切だとの思いから、今回、公開質問状を提出していました。ここが明らかになれば、議会からでっち上げられた百条委員会だったかどうかも判るからです。

 

実は、1月中旬に維新市議らを代表して土江市議が同じ質問内容の公開質問状を江端市議に提出していました。ところが、内容証明郵便という存在を知らずレターパックで郵送していた事、合わせて、市議らに回答がなかったという事から、再度、私の方から、電子内容証明郵便で送らせて頂きました事も申し添えておきます。

 

 

質問内容は至って簡単な事で、4点だけです。

1、助川総務部長は証言で、4月13日か14日と証言されていますが、上記相談に来られた日時及び相談に要した時間を教えて下さい。

 

2、助川総務部長との話し合いの内容ですが、百条委員会での証言と合致されているかどうか、またそれに関連して、これまでの市の対応は適切だった旨の発言をされたかどうか等々、具体的な相談内容を教えて下さい。

 

3、2の内容について相談を受けられ、それを他の誰かに相談されたのか、されたとしたら誰に対してどのように相談されたのか、及び、相談を受けた方がどのようにご回答されたか教えて下さい。

 

4、維新守口市議団は4月13日、14日両日とも登庁しておりました。にもかかわらず、なぜ、助川総務部長から維新市議団の行動を止めてほしいという訴えがあったにもかかわらず、それを維新市議団に伝えて頂けなかったのか、理由を教えて下さい。

 

以下、原文です。

 

 

 

内容証明郵便ですので、これと同じ物が江端市議に送られています。

そして、配達は完了しています。↓

 

 

 

そして、その回答の結果は…。

 

残念ながら、回答期限が過ぎても一切回答はありませんでした。

 

 

何故、江端市議はこんな簡単な質問にお答え頂けないのか…。

全く、不思議でなりません。疑惑が一層大きくなります。

 

江端市議は無所属の市議です。そして都構想には賛同頂いていなかったと認識しています。

なら、当初から、都構想の住民投票前に維新議員に汚名を着せ、我々の活動を制御しようと企んでいたのかという疑惑も出てきます。事実、あの百条委員会の開催中は、特に毎日新聞では、我々の事を一方的に悪く報じていましたので…。

ましてや江端市議は議員辞職勧告決議案に対し、わざわざ登壇し、賛成討論までしていました。

 

 

そこで今後、もし場所が法廷等に移った場合には、私も証人尋問に呼ばれる可能性もあります。

その法廷の場で、江端市議に対する公開質問状では回答が無かったという「事実」はしっかりと証言していきたいと思います。

これは非常に大きなポイントになります。

 

合わせて、土江市議らが提出した公開質問状に対しても、「回答を控える」と直接言われたと報告を受けていますので、もし江端市議も出廷される事になれば、偽証罪が問われる法廷の場で、前回、そして今回の公開質問状に対して「何故、回答を控えると言ったのか」、「何故、回答しなかったのか」を述べて頂きたいと思っています。

 

今回の一連の騒動のこれら全てが江端市議らを中心に仕組まれていた罠だったかもしれません。

 

 

身を切る改革(寄付)をしていなかった事が発覚し維新を離党した竹嶋市議はじめ、複数の他会派の市議らが、維新市議らの議員辞職勧告の決定を、自らの後援会紙に掲載し、この年始にかけて市内全域に配布されていました。

それら議員らの、後援会紙配布がなければ、もしかしたら終わっていたかもしれませんが、相も変わらず、そしてここぞとばかりに非難を繰り返し受けていますので、この最も重要なポイントとなるこの件については、私自身も追及していきたいと思っています。

 

 

長文を最後までお読み頂きありがとうございました。

 

 

転生?スライム?

昨日、

大阪府議会二月議会が閉会しました。

広域一元化条例も可決しました。

 

 

そして本日は、

京阪古川橋駅での駅立ちから。

と、思いきや、

自宅出発前に、ニュース速報が。

 

またもや北朝鮮がミサイル発射と…。

チャンネルを変え、

暫く速報を注視していました。

 

領土、領海への着弾はないとの

報道でしたので、

駅立ちへと出発を。

 

 

秘書の山本くんが

けなげに一人で立っていました。

 

 

ほんと、マジメな男です。

 

 

 

さて、先日のブログで、

「転生したらスライムだった件」

について、書き込んだところ、

複数の方から

お問い合わせありましたので、

少し具体に投稿します。

 

 

37歳の会社員が、通り魔に刺され、

死んだと思ったところ、

異世界に渡り、

そして更にスライムに転生し、

様々な出来事や諸問題解決に向け、

奮闘していくという内容のアニメです。

 

 

魔物や魔人、魔王、

そして勇者や賢者、

魔術師も登場しますし、

ドラクエにハマった方なら

入りやすいと思います。

 

©川上泰樹・伏瀬・講談社/転スラ製作委員会

 

 

私のこんな程度の説明なら、

逆に興味を失われるかもしれませんが、

 

ただ、

何が言いたいのかと申し上げますと、

 

大切な人や仲間を守る為、

そして、

理想とする社会を実現する為には

「力」が必要だという事を、

作品の中で、描写されています。

 

鬼滅の刃もそうです。

 

 

以前、進撃の巨人の感想を

書かせて頂き、その時にも

述べさせて頂きましたが、

 

これまでの我が国の

戦後教育では、

平和を維持する為には、

武力は持たない、

いや、

持つ事が平和を壊す事になると、

いわば、非武装中立宣言が

正論のように教え伝えられて

きました。

 

 

しかし、

この「転スラ」でも、

最初は弱かったスライムが、

徐々に力を付けていき、

そういった強い立場で

平和を唱える事により、

周りも賛同していきます。

 

 

まさしくこれが現実だと思います。

 

力無き者がいくら訴えても

誰も付いてきてくれません。

 

 

理想論漂う我が国の現状では、

「たかがアニメの話」ではなく、

アニメの中の方が、

より現実的な内容だと思います。

 

 

特に、

純真無垢な子ども達には観て頂き、

国際社会の現実を知って貰いたいと

思っています。

 

「転生したらスライムだった件」

そういった観点からもご覧下さい。

 

 

9条の御守りを信じている皆さんには、

是非、この「転スラ」の世界で、

弱いままのスライムで

平和を唱えて頂きたいくらいです。

 

あっという間に、

終わってしまうでしょう…。

 

 

平和憲法があっても、

邦人が拉致をされたり、

弾道ミサイルを発射されています。

 

 

「転スラ」からも真の平和を

学ぶ事は非常に多いと思いますし、

「力」は必要です。

 

 

 

大阪府に於いても、

真の平和教育とは何かを、

しっかりと

議論していきたいと思います。

 

 

 

 

飛び入り

本日は、

恒例の大日駅での駅立ちから。

 

後援者でもある友人も

駆け付けてくれました〜

 

 

本日はお仕事がお休みで、

突然の飛び入りでご参加頂きました。

 

 

秘書の山本くんが、

自身のSNSで公表してたとの事で、

小さな守口市でも、

この大日駅とは、

一番離れている場所にあるご自宅から

颯爽と自転車で来てくれました♪

 

 

 

そして写真も撮ってくれました。

 

 

また別の支援者の方からは、

事務所用のコーヒーを頂きました。

 

 

ありがとうございました〜

 

 

 

さて、昨夜は、

進撃の巨人を観終わって、

そのままTVを付けていると、

「昔話法廷」という番組が!

 

これ、非常に面白い番組です。

 

 

昨日は、サルかに合戦の題材。

 

母ガニを死なせてしまったサルを、

死刑にするか否かという裁判の模様を、

それも、出演している俳優陣は、

結構真面目に、

いや、真剣に演技をしています。

 

 

番組としては結論は出さずに、

それを視聴者に考えさせるという

手法だそうです。

(観終わってから番組の趣旨を調べました。)

 

 

今では家庭を持ち反省しているサル。

一方で大切な母を殺されたカニ。

ん〜、難しい問題です…。

私の結論はまだ出ていません…。^^;

 

 

ネットでもご覧頂けます。

 

 

 

「サルかに合戦」裁判は

再放送だったようですね。

 

 

 

昨夜は、たまたまテレビで

進撃の巨人を観ましたが、

最近はもっぱらネットが主流です。

 

 

ちなみに、

「呪術廻戦」もネットで観ていますし、

それに加えて、

実は最近、密かに、

「転生したらスライムだった件」

略称「転スラ」にも

かなりハマっています…。

 

第一期が全25話。

現在、第二期が進行中。

これもなかなか面白いですよ〜

 

共にAmazonプライム・ビデオで。

 

もう、

Amazonプライム、様さまですね〜

 

私自身も、最近はますます、

テレビ離れは進んでいます。

 

 

 

今回、更にそれらに加えて、

この「昔話法廷」も、これは

Amazonプライムではありませんが、

ウォッチリストに飛び入り参加させ、

順次観ていきたいと思います。

 

 

 

明日も駅立ちは続けます。

そして明後日は二月議会の最終日。

府政の諸課題の解決に向け、

引き続き取り組んでまいります。

 

 

 

 

 

再開

母の死去に際し、

メッセージを頂いた皆様、

ありがとうございました。

 

 

 

さて、

気持ちを切り替え、再起動です。

 

本日より、

朝の駅立ちも復活しました〜

 

 

今朝は千林商店街の

守口市側出入り口で。

 

 

 

 

ここ京阪千林駅前は、

昨年11月の住民投票以来です。

実に久しぶりでした。

 

 

最近、

秘書の山本くんは一人でも、

駅立ちを続けています。

それも毎日…。

 

 

朝の日課になったようで、

非常に張り切っています…^^;

 

というか、

緊急事態宣言があけてからは、

彼の駅立ちに、

私がご一緒させて頂いている感じで…。

 

山本様、ありがとうございます。

来週も是非宜しくお願い致します。

 

 

ただ、朝早い分、

日中、寝ていないかなぁ…

 

いやいや、

ちょっとカタブツですが、

とても真面目な男です。

 

 

 

 

話は変わりますが、

映画「めぐみへの誓い」を

今週に再度、観に行こうと

思っていましたが、

母の葬儀等々で、

バタバタしてて観に行けず、

そして本日が最終日。

 

その本日は、10時からの上映で、

既に終了してしまいました。

 

 

 

ただ、関西地域といえば、

神戸三宮の劇場では、

来週いっぱいは上映されています。

 

 

 

3月25日までです。

明日、明後日の土日は

13時45分から、

 

そして22日から25日までは

12時25分からの上映になります。

 

 

まだのお方は、

是非ご覧頂ければと思っています。

どうぞ宜しくお願い致します。

 

 

 

 

 

無縁坂とみやびさん

さだまさしさんの「無縁坂」

以前から、この歌を聴く度、

母の人生と重り涙していました。

 

 

3月14日午前3時40分、

母は永眠しました。

本日、家族葬を執り行いました。

 

 

「無縁坂」の歌詞にあるように、

運がなかった人生だったのかなと

思っていました。

 

 

母は36歳の時、

夫、私達にとっては父を亡くし、

当時11歳の兄、8歳の姉、

そして、

2歳の私という3人の子どもを抱え、

先が全く見えない、

まさしく、絶望だったと思います。

 

 

しかし、悲しみに暮れる間もなく、

昼間は工場で働き、

朝晩は、家で内職し、

女手一つ、いや、女を捨てて、

母として生きる選択をしました。

 

 

母は、自分自身の

身に付ける装飾品など

何一つ持っておらず、

というか、

よそ行きのいい服すらも買わず、

 

特に、私が幼い頃は、

化粧している母の姿なんて、

見た事もなかったぐらいです。

 

いや、寝ている姿も見た事がなく、

とにかく働き続けていました。

 

 

ただただ母としてだけに

私達の為に、

懸命に生きていたと思います。

 

 

兄、姉が就職、そして結婚し、

更に、末っ子の私が独立して、

東京で国会議員の秘書として

働き始めた時に、

ようやく、苦労が報われ、

幸せを感じるように

なれたかとは思います。

 

 

しかしそれも束の間…。

 

若年認知症が発症し、

それも年々酷くなり、

一人では生活出来ないかと思い、

それを機に私は、

母の近くで暮らそうと、

10年勤めていた国会事務所を

退職し、地元へ帰り、そして、

守口市議選の挑戦を決意しました。

 

 

政治家への思いは、

以前から抱いていましたので、

母はむしろ、身を挺して、

挑戦したら、と

背中を押してくれたのかもしれません。

 

 

選挙前、支援者集めの活動中も

母の症状は悪化し、

施設に入所する事に。

 

 

そしてその市議選に初当選し、

これで少しは安心して貰えるかと思い、

 

当選直後、施設にいる母に、

議員バッチを見せに行った時には、

既に、

それが一体何なのかという事も

理解出来ない状態でした。

 

 

「母ちゃんの子が議員になったんやで」

しかしその思いは届きませんでした。

 

 

 

その4年後、

次は初めての府議選の際には、

「西田の母親は選挙事務所に来ない。

それは、

昼間っから酒飲んで遊んでるから」

と、相手陣営から噂も流されました。

 

 

母は、お酒は一滴も飲めません。

というか、

口につけた事もありません。

 

車椅子で、

施設にお世話になっていましたし、

私が議員である事も理解していません。

 

 

残念ながら政治は、

根も歯もない誹謗中傷を受けます。

 

ただ、認知症が進む事により、

そんな馬鹿げた嘘も

母の耳に入らなかった事だけは

逆に良かったのかもしれません。

 

 

 

以前まで私の発行する機関紙には

あるメッセージを書いていました。

 

『2歳でタクシー運転手だった父を亡くし、貧しい母子家庭で育ちました。

懸命に働く母の後ろ姿が何よりの教育でした。

そしてそんな貧しい生活を救ってくれたのが政治でした。

光の当たらないところに光を当てる。それが政治を目指した原点です。』

と。

 

 

田中角栄元総理が遺族年金を

大幅にアップしてくれた事を

さしています。

 

 

ある時、ある支援者の方から、

もうこの記述はいいんじゃないか、

母子家庭を余り言わなくても、

と、ご指摘を受け、

それからは書いていませんでした。

 

 

しかし、実はこれは、

母に向けたメッセージでした。

母が存命中は、

毎回書こうと思っていました。

 

 

ちゃんとした意識はなくとも、

母の心に届けとの思いから、

書いていました。

 

 

母の苦労は決して忘れていないし、

感謝の思いはいつも持っているから!

と、伝えたかったので。

 

 

 

府議会のホームページの

「議員のすがたみ」には

これらを省略したものを、

まだ記載していますが、

四十九日が過ぎれば、

変更しようと思っています。

 

 

 

苦労しかしていなかった母…。

 

 

 

しかし、

グループホーム「みやび」さんに

お世話になってからは、

素晴らしいスタッフの皆さんに囲まれ

認知症ではありましたが、

最期は幸せだっと思います。

 

 

本当に、

心優しいスタッフの皆さんでした。

 

「看取りは施設でさせて頂きたい」

「人間らしい最期を迎えて頂きたい」

 

そうご提案を頂いた時には、

涙が止まりませんでした。

 

 

18年という長きに亘り、

お世話を頂きましたみやびの皆様、

本当にありがとうございました。

 

 

緊急事態宣言もあり、昨年は、

面会には行けませんでしたが、

しかしここ最近は、

容態の急変から、

幾度となく駆け付けていました。

 

むしろ、それがあったお陰で、

心の準備が出来ていたと思います。

 

 

本日、富田林斎場のあと、

小さな骨壷に納まった母を連れて、

「みやび」さんに、

無事、葬儀を取り行えたご報告と

今までの御礼に伺わせて頂きました。

 

 

「無縁坂」の歌詞を引用すると、

みやびさんに出会えた事は、

「運がいい」事だったと思います。

 

 

 

 

さて、これで母も、

実に50年ぶりに、夫婦の再会です。

 

本日の朝、家を出る前に、

父の遺影に向かって、

「これからは宜しく!」と

挨拶して葬儀場に向かいました。

 

 

35歳の父と87歳の母。

 

 

若くして先に逝ってしまい、

それ以降、

母に苦労させてしまった父なので

年齢は不釣り合いですが、

しっかりと責任を持って

慰労して貰いたいと思います。

 

 

 

以前、

政治家なんだから葬儀の際は

盛大にするべきだと云われた方も

いらっしゃいました。

 

それはどうでもいい事ですが、

ただ、

母に最期のお別れをと思って

頂いていた方も

いらっしゃったと思います。

 

 

しかし最期は、

どうしても家族だけで

送ってあげたかった事、

そのわがままをお許し頂ければと

思っております。

 

 

 

そして本来なら、

母は、私の親として、

日頃、私をお支え頂いている

後援会の皆さんに対して、

母から御礼を言って貰わなければ

ならないところ、

それも言えず逝ってしまった事も

お詫び申し上げます。

 

 

 

長文になりましたが、

これまで母の歩んできた人生と、

葬儀を執り行い終了させて頂いた

ご報告とさせて頂きます。

 

 

 

 

 

追記

 

兄、姉という素晴らしい兄弟、

そして、その子ども達である

素直な甥っ子や姪っ子始め、

更に可愛らしいその子ども達

という西田家の家系を

母は築いてくれました。

 

とにかく真面目で正直者、

頑張り屋だった母の生き方を

しっかりと継承していきたいと

思っています。

 

 

 

 

 

改めて

ちょっとバタバタしており、

更新が疎かになっていました…。

 

 

さて、

3月11日は東日本大震災から10年。

改めて、被災された皆様には

心よりお見舞い申し上げます。

 

 

 

発災から3ヶ月後、

有志の議員ら8人で

ボランティア活動に行き、

 

山積みにされた瓦礫の上に、

誰かに立てられた日の丸を見ては

涙し、

 

ボランティアセンターのある

遠野市の宿泊所前で、

すれ違う女子高生達が皆、

わざわざ自転車を降りて

我々に深々と頭を下げながら

「私達の為にありがとうございます」

との言葉にも涙しました。

 

 

同じ県内の被災された人達の事を

「私達の為」という表現、

なかなか出来ないですよ。

 

 

そしてふと、振り返ると、

我々の100mほど後ろに歩いていた

別のボランティアの方達にも、

自転車を降りて、

頭を下げていました。

 

 

素晴らしい学生さん達だと

思いました。

 

 

とにかく、その時の光景は

今でも鮮明に憶えています。

思い出すと今でも目頭が

熱くなります。

 

 

 

朝から夕方まで、

手作業で溝の掃除をしていた場所、

そう、陸前高田市のあの場所は今、

一体どうなっているんだろうと思い、

確か4年ぐらい前だったと思いますが

見にも行きました。

 

そういった事も思い出していました。

 

 

 

 

さて昨日、

テレビで、「Fukushima50」が

放映されていました。

 

 

電話応対等々があり、

テレビに集中する事が出来ず、

終盤だけを所々に観ました。

 

 

一部評論家の中には

この映画を酷評される人がいます。

 

 

ただ、原作は門田隆将さんの

「死の淵を見た男 

吉田昌郎と福島第一原発」

 

映画の

公式サイトにも書かれていますが、

「真実の物語」

 

 

 

門田さんの作品と云えば、

以前もご紹介しましたが、

本村洋さんを書かれた

「なぜ君は絶望と闘えたのか」

に於いても、

徹底した取材をされています。

 

 

私はまさしく、

真実の物語だと思っています。

 

 

 

 

改めて、ゆっくりと観てみたいと

思っています。

 

 

 

 

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