プロジェクトのメンバーを「ほめる」ことと、「叱る(怒るではない)」ことのバランスについて、最近ちょっと悩んでいます。

外資系のコンサルティングファームに入ってくる人たちは、基本的に仕事ができる人ばかりです。一般的には、そのような人に対しては「ほめる」ことでその能力をさらに引き出すのがよいとされています。

しかし、コンサルの仕事で求められるレベルとスピードは、そのような人たちであっても簡単に到達できるものではありません。メンバーに対する期待値に対して、出てくるアウトプットがそれを上回ることはまれで、ほとんどの場合はなんらかの指導をしなければならない状態が多くなります。

もう少し正確に言うと、メンバーに対して、求められるレベルに対して現状の出来は不十分であることを伝え、また場合によってはアウトプットを出すのに時間がかかり過ぎていることを伝え、それを踏まえて次はいつまでにどうしなさい、ということを伝えることになるのですが、メンバーからすると、これは「叱られている」と感じるようです。まあ、そう感じてしまうのは、自分も経験からも否定はしませんが。。。

ところが、元々優秀な人たちであるがゆえに、褒められることには慣れていても、叱られることに慣れていない人もいます。そうすると、こういったコミュニケーションが続くと、パフォーマンスが伸びるところか、逆に落ちてしまう結果になることがあります。これは、チームにとっても、本人にとっても損失です。

かといって、要求されるレベルに達していないのに「出来ている!よくやった」というのは、短期的に本人のモチベーションを高めるには良いとしても、これを続けていても、コンサルとして求められる時間軸での成長を実現することはできません。

ということで、今のところの結論としては、普段は基本的に「叱る」ようにして、要求水準に達する(あるいはそれに近い)アウトプットができたときには、徹底的にほめるというメリハリをつけることが重要なのかなあと思ってます。でも、結局両方とも中途半端になってしまったりして、「言うは易し行うは難し」というのが実態です。。。
時代の流れに逆行するようですが、今持っているスマホをガラケーに戻そうかと思っています。

実は今、仕事用とプライベート用で2台スマホを持ち歩いており、単純に2台スマホがあっても仕方がないので1台をガラケーに戻そうかという話なのですが、改めて今回それを検討してみると、ガラケーの良さを再認識しました。

まずは、料金が安いということ。スマホではデータ通信が必須なので安くても料金が7-8千円/月となるのですが、ガラケーで通話中心でいいとすれば、その半分もあれば十分です(待ち受け中心だと更にその半分でいい)。

また、スマホでは毎日充電するというのが当たり前なのですが、ガラケーだと、1回充電すれば、待ち受けだけなら数日間バッテリーが持つというのも魅力です。これは結構重要なポイントです。

実は今回の大雪で、先週末は移動中の電車の中で一晩閉じ込められてしまうという経験をしました。その際に困ったのが、スマホの電池が切れてしまうということです。冗談でなく、一晩で全電源喪失状態になってしまうのです。どこにも連絡ができなくなってしまいます。

それに引き換え、ガラケーの場合は短時間の通話やメールをするくらいであれば数日間は電池が持ちます。これは今回のような大雪を始め、地震や大雨等の災害の時に電源供給されなくなったような時には威力を発揮します(もちろん通信基地局が生きていればですが)

あと、「電話をする」という機能を考えたきには、物理的な番号ボタンがあって、応答(画面のスライドではなく)ボタン一つ押せばいいガラケーのほうが、地味に便利です。

ここ数年でスマホの普及率が一気に高まってきましたが、改めて考えてみると、全ての端末がスマホに変わることはないと思いますし、ガラケーとして残る割合は結構高いのではないかと思ったりしています。

私のように仕事とプライベートでスマホ2台持ちになってしまったり、あるいはスマホに変えたけどうまく使えこなせないなどして、「一旦スマホに変えたけどガラケーに戻す」という出戻り組が、今後結構増えてくるのではないでしょうか。
以前の記事で、学生の間で戦略コンサルの認知度や人気が最近あがってきている、という話を書きました。

学生向けと思われる仕事紹介のWeb記事等を見ていたのですが、そこで語られる内容は得てして抽象的ですし、仕事の実態を正しく伝えられているとは思いません。

戦略コンサルの仕事は、実態としては、極めて泥臭く地味です。特に新人として入った時はそうです。波頭亮と冨山和彦の書いた「プロフェッショナルコンサルティング」という本にも書いていますが、必要とあればファイル数冊の伝票とにらめっこしてExcelをぶん回して分析することもやりますし、はたまた家電量販店である商品を買おうとしている人の行動をつぶさに観察したり、あるいは実際に買った人にインタビューしてみたりという、ちょっと怪しい行動も取ったりします。

ただ、一つ筋が通っていることは、どうすればクライアントに価値のあるアウトプットを出せるか、どうすればクライアントのビジネスにインパクトを与えることができるかを考える、ということです。そのために必要とあれば、法に触れること以外は本当に何でもする、という職業なのです。

学生に限らず、中途でコンサルに入社する人にとっても、「入ってみてからどうも違う」ということが起こらないように、我々の仕事の実態をちゃんと伝えていく必要があるなあと思うこのごろです。
前回の記事ではオーディエンスの視点で資料を作る必要性を書きました。つまり、相手の立場にたって、自分が作った資料を引いた目線で見る必要があるということです。

いろいろな目線を持つというのは、例えばクライアントと一緒に仕事を進める際にも当てはまります。

最近のコンサルティング案件では、クライアントの事業所に常駐をして、クライアントと一緒に仕事をしながら進めていく機会が増えています。その際に大事なのは、クライアントを「上から、あるいは前から引っ張る」というよりは、伴走者として常に「一緒に横について走る」という姿勢です。

もちろん、目線や視座は相手よりも高く持ち、クライアントを正しい方向にリードして行く責任が我々コンサルタントにはあります。なので普段から経営目線で全体像を俯瞰しながら、高い視座で考えることが必要です、

一方で、一旦方向性を決めて実際に進めようというときは、一緒に仕事をするクライアントの相手と同じ目線にたって、場合によっては考えや悩みを聞いて受けとめ、相手のことを十分に理解した上で、どうすべきかを一緒に考えることが必要になります。

そのような進め方をすることで相手との信頼感が醸成されてきますし、いざというときに本当に必要なことをちゃんと言える(そしてそれを相手も聞いてもらえる)関係が構築できるのだと思っています。
先日、クライアントへの報告会があったのですが、そこに向けた資料の準備をしている時、担当パートナーから、「あなたの書いたストーリーを、誤解を恐れず単純化して言うと、クライアントからみるとXXXと聞こえるよね」という指摘をされてしまいました。

自分としてはそのような意図はなかったのですが、そう言われて引いて眺めてみると、確かに自分が伝えたい事とは異なるメッセージが浮かび上がって来たのです。

資料を書いているときは、「自分が伝えたいこと」に夢中になってしまいがちで、「相手からはどう見えるか」「相手はそれを見てどう思うか」、という視点がついついおろそかになってしまうのですが、それでは良いアウトプットは生まれてきません。

そういえば、音楽でもそうです。例えばピアノを弾く時のことを考えると、自分の音楽に酔ってしまって自分の演奏に夢中になっている時は、後で録音した演奏を聞くと、概して独りよがりなダメな演奏になってしまっています。逆に、演奏しながら、まるで他人が自分の演奏を聞いているように、まさしく客観的にそして冷静に自分の演奏を聞けるときは、結果として良い演奏と思える仕上がりになっています

合唱団で指揮者をやっていた時もそうです。一生懸命に自分のやりたい事を伝えようとして指揮をしていても、どうも歌い手と意思疎通ができずに、一人でカラ回りしている感がありました。逆に、観客(オーディエンス)の視点で演奏を聞けるようになると、どこをどう修正すればよいかがクリア見えてきて、歌い手に対して的確な指示をだすことができます。

さて話を戻すと、資料を作る際には、時には幽体離脱のように自分から離れて自分のアウトプットを客観的に捉えてみて、本当に伝えたいことが伝わる内容/ワーディングになっているのかをチェックすることが必要だなあと悟った一件でした。