東宝 「ミス・サイゴン」
【日時】
2022年7月31日(日) 開演 18:00 (開場 17:00)
【会場】
帝国劇場
【プログラム】
クロード=ミシェル・シェーンベルク:「ミス・サイゴン」
【あらすじ】
1970年代のベトナム戦争末期、戦災孤児だが清らかな心を持つ少女キムは陥落直前のサイゴン(現在のホー・チ・ミン市)でフランス系ベトナム人のエンジニアが経営するキャバレーで、アメリカ兵クリスと出会い、恋に落ちる。お互いに永遠の愛を誓いながらも、サイゴン陥落の混乱の中、アメリカ兵救出のヘリコプターの轟音は無情にも二人を引き裂いていく。
クリスはアメリカに帰国した後、エレンと結婚するが、キムを想い悪夢にうなされる日々が続いていた。一方、エンジニアと共に国境を越えてバンコクに逃れたキムはクリスとの間に生まれた息子タムを育てながら、いつの日かクリスが迎えに来てくれることを信じ、懸命に生きていた。
そんな中、戦友ジョンからタムの存在を知らされたクリスは、エレンと共にバンコクに向かう。クリスが迎えに来てくれた−−−心弾ませホテルに向かったキムだったが、そこでエレンと出会ってしまう。クリスに妻が存在することを知ったキムと、キムの突然の来訪に困惑するエレン、二人の心は千々に乱れる。したたかに“アメリカン・ドリーム”を追い求めるエンジニアに運命の糸を操られ、彼らの想いは複雑に交錯する。そしてキムは、愛するタムのために、ある決意を固めるのだった−−−。
【スタッフ】
製作:東宝株式会社
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
作:アラン・ブーブリル、クロード=ミッシェル・シェーンベルク
音楽:クロード=ミッシェル・シェーンベルク
演出:ローレンス・コナー
歌詞:リチャード・モルトビー・ジュニア、アラン・ブーブリル
ミュージカル・ステージング:ボブ・エイヴィアン
オリジナルフランス語テキスト:アラン・ブーブリル
追加振付:ジェフリー・ガラット
追加歌詞:マイケル・マーラー
舞台美術:トッティ・ドライヴァー
翻訳:信子アルベリー
訳詞:岩谷時子
舞台美術:マット・キンリー
編曲:ウィリアム・デヴィッド・ブローン
舞台美術原案:エイドリアン・ヴォー
衣裳:アンドレアーヌ・ネオフィトウ
照明:ブルーノ・ポエット
音響:ミック・ポッター
映像制作:ルーク・ホールズ
『ミス・サイゴン』日本プロダクション
音響補:ニック・グレイ
照明補:セーラ・ブラウン
衣裳補:リー・タッシー
ミュージカル・スーパーヴァイザー:アルフォンソ・カサド・トリゴ
振付補:リチャード・ジョーンズ
日本プロダクション演出:ジャン・ピエール・ヴァン・ダー・スプイ
エグゼクティブ・プロデューサー:トーマス・シェーンベルク
演出助手:渡邉さつき、永井誠
音楽監督・歌唱指導:山口琇也
訳詞補綴:松田直行
舞台美術助手:石原敬、岩本三玲
照明助手:日下靖順、古澤英紀
照明プログラマー:トム・デイヴィス
音響助手:秋山正大
衣装助手:桜井麗
ヘア・コーディネーター:吉田治美
擬闘:栗原直樹
キーボードプログラマー:スチュアート・アンドリュース
歌唱指導助手:本田育代
稽古ピアノ:間野亮子、知野根倫子、高田彩絵
コーディネーター・イン・ロンドン:河井麻祐子
舞台監督:広瀬泰久、菅田幸夫
指揮:若林裕治
副指揮:福田光太郎、渡邉晃司
オーケストラ:東宝ミュージック、新音楽協会
アシスタント・プロデューサー:柴原愛
プロデューサー:齋藤安彦、塚田淳一
【キャスト】
エンジニア:駒田一
キム:高畑充希
クリス:小野田龍之介
ジョン:上野哲也
エレン:仙名彩世
トゥイ:神田恭兵
ジジ:則松亜海
タム:藤元萬瑠
G.I.:松本悠作、植木達也、島田連矢、宮野怜雄奈、古川隼大、村上貴亮、土倉有貴、仙名立宗(スウィング:深堀景介)
シュルツ大尉:佐々木淳平
人民委員:横田剛基
クラブオーナー:萬谷法英
ハスラー:広瀬斗史輝、樋口祥久、藤岡義樹、齋藤信吾
副人民委員長:川島大典
僧侶:蘆川晶祥
ドラゴンダンサー:大久保徹哉、有木真太郎、大場陽介(スウィング:藤田宏樹)
ドミニク:髙田実那
イヴェット:三浦優水香
ココ:鈴木満梨奈
ミミ:江崎里紗
アデル:伊宮理恵
リリー:田中奏
イヴォンヌ:石毛美帆
フィフィ:岡本華奈
(スウィング:森田茉希)
ミュージカル「ミス・サイゴン」を観に行った。
高畑充希が出演する舞台を観るのはこれで4作目。
大作曲家アルノルト・シェーンベルクの弟の孫であるらしいクロード=ミシェル・シェーンベルクが、「レ・ミゼラブル」の後に書き上げた円熟の作「ミス・サイゴン」。
あらゆるミュージカルの最高峰ともいうべきこの名曲のタイトルロールを、好きなミュージカル歌手の高畑充希が歌うということで、どうしても聴き逃すわけにはいかなかった。
今回の公演、言葉にならない素晴らしさだった。
高畑充希の透明な歌声は、まさにキムそのもの。
私の好きな女声ミュージカル歌手のアマンダ・サイフリッドと同じく、はっと耳を奪われるヴィヴィッドな高音をもった細身の歌声、またその地声の美しさを活かす控えめでノーブルなヴィブラートが特徴である。
ただ違いもあって、明るく華やいだ声質のサイフリッドに対し、高畑充希の声はよりシリアスで、どこか憂いを帯びている。
その点で、とりわけキムにふさわしい。
声量や力強さといった点では、交互キャストの昆夏美や屋比久知奈、日本初演の本田美奈子、それからウェストエンドのレア・サロンガ、ジョアンナ・アンピル、エヴァ・ノブルザダといった人たちのほうが上かもしれない。
しかし、キムという、特別に強い人ではなかったはずの、ごく普通の一人の女性の静かな悲しみの表現にかけては、高畑充希に優る人はいない。
そして、彼女の演技力。
冒頭の無垢で儚げな様子から、アリア「命をあげよう」の凛とした決意、真実を知ったときの絶望、そして終幕の真に迫った表現に至るまで、観る者の心を強く揺さぶってやまない。
私にとっては、唯一無二のキムである。
他に、クリス役の小野田龍之介はしっかりした声量が印象的、エンジニア役の駒田一は狂言回しとしての存在感があった。
なお、演奏されたのはエレンのアリアや終幕が変更された改訂稿で、演出もその際の新プロダクションである。
ウェストエンドと同じ、ヘリコプターを含む大掛かりでゴージャスなセットは、生で観るとかなりの迫力だった。
そして何といっても、C-M.シェーンベルクの書いた音楽の素晴らしさ。
パンフレットの高畑充希のインタビュー記事にあるように、どの瞬間にもキムの気持ちにぴったり合う音が書かれている。
キムの歌のみならず、作品全体にわたって描かれる人間の醜悪さ、軽薄さ、惨めさ、しぶとさ、これらに翻弄される愛、そういったものを甘いメロディや不気味な全音音階、異国情緒(ここではアメリカやアジア風の音楽)やライトモティーフなどを駆使して、どぎついまでにダイレクトに表現するシェーンベルクの書法の妙は、この物語の元となったプッチーニのオペラ「蝶々夫人」や、同作曲家の「トスカ」に匹敵する。
悪趣味の一歩手前の、胸の悪くなるような、それでも人間の真理を孕んだ物語を、とことんまで表現して昇華するような音楽。
よく見知った話であるにもかかわらず、第2幕のキムの悪夢のシーンや終幕に心動かされ涙してしまうのは、音楽の力である。
(画像はこちらのページからお借りしました)
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