宗次ホールランチタイム名曲コンサート Vol.1641
時を繋いで~明和を巣立った音楽家~2017 Vol.20
中川真耶加
ショパンで巡るロマンの風
【日時】
2017年10月29日(日) 開演 11:30 (開場 11:00)
【会場】
宗次ホール (名古屋)
【演奏】
ピアノ:中川真耶加
(使用ピアノ:スタインウェイ D-274)
【プログラム】
リスト:愛の夢 第3番
ショパン:即興曲 第3番 変ト長調 op.51
ショパン:3つのワルツ op.64 より 第6番 変ニ長調 「小犬のワルツ」、第7番 嬰ハ短調
ショパン:舟歌 嬰へ長調 op.60
ショパン/リスト:6つのポーランド曲 より 第1曲 乙女の願い、第5曲 私の愛しい人
ショパン:スケルツォ 第1番 ロ短調 op.20
※アンコール
ショパン:マズルカ第32番 嬰ハ短調 op.50-3
中川真耶加のピアノリサイタルを聴きに行った。
大変素晴らしかった。
前回の演奏会(そのときの記事はこちら)では、「素晴らしいがロマン性がもう少しあればより良いか」といったようなことを書いてしまったが、撤回したい。
前回は、今思うと、楽器や会場の問題があったのではないか。
今回は、最高の楽器に最高の環境。
ショパンならではの抒情性が十分に伝わってきた。
彼女の演奏は、クレア・フアンチや山本貴志のような「表現力とセンスの塊」というのとは、少し違う。
もっと正攻法で、ストイックである。
それでは情感に欠けるのかというと、そんなことはなくて、自然体の美しいロマン性が十分に感じられる。
2015年のショパンコンクールには数多くの日本人コンテスタントが出場して、みな大変うまかったけれど、真にショパンらしい情趣の感じられる演奏という意味で、小林愛実と中川真耶加は群を抜いていた。
それが、今回の演奏会でいっそうよく分かった。
また、彼女のもう一つの特徴である、高度に安定したテクニックも、健在だった。
最初の曲の、愛の夢第3番からして、前回の演奏会よりも段違いに豊かな情感が感じられた。
やっぱり、楽器は大事、ということだろうか(前回の演奏会も、フアンチの千葉公演のときよりは良い楽器だったとは思うのだが)。
次の、ショパンの即興曲第3番、子犬のワルツ、ワルツ第7番。
いずれの曲も、一聴すると超絶技巧曲には聴こえないけれど、実際には難しいのだろう、安定感を欠く演奏も多い。
しかし、彼女はさすがトップクラスの技巧を持つピアニストだけあって、実によく安定していた。
「小犬のワルツ」など、先日聴いた山本貴志(そのときの記事はこちら)よりもさらに余裕があり流麗だった。
ワルツ第7番では、長調の中間部に入る際、山本貴志は冒頭のアウフタクトを親指で弾くところをあえて小指を使い、繊細で夢のような最弱音を紡ぎ出していた。
中川真耶加は対照的に、通常通り親指を使って、むしろメゾフォルテくらいの大きめの音量でさらりと弾き、その後デクレッシェンド(だんだん弱く)していく。
これは、楽譜通りの弾き方である。
山本貴志の、個性的でセンスあふれる解釈もとても好きだけれど、中川真耶加のこういった、いたずらに個性を出さないストイックなやり方も、私は捨てがたく思う。
また、それでいて、なおかつ適度な情感をも備えていた。
次は、ショパンの「舟歌」。
この曲は、彼女は2015年ショパンコンクールでも弾いていて、私には山本貴志やティファニー・プーンに次いで好きな演奏なのだが、生演奏を聴くとさらに良かった。
ストレートでさわやかな表現に、安定した技巧。
例えば二重トリルの直前のゆったりした箇所などで、それこそヴェネツィアの川面に陽の光が反射するような、きらきらした明るい美音が聴かれたのも、大変印象的だった。
次のショパン/リストの「6つのポーランド曲」からの2曲も、実に美しい演奏で、これまでそれほど気に留めていなかったこれらの曲が、私の中で一気に注目曲となった。
2曲のうち「私の愛しい人」のほうは、彼女の以前の演奏動画がアップされている。
何ともロマンティックであり、ぜひお聴きいただきたい。
そして最後は、ショパンのスケルツォ第1番。
この曲については、実は私はまだこれ!というほどの決定的な演奏、録音に出会っていない。
そこで、中川真耶加に期待したのだったが、圧倒的なまでの名演とまではいかないまでも、十分に素晴らしい演奏だった。
少なくとも、同曲を得意とする小林愛実の演奏に匹敵すると思う。
前回の演奏会でのバラード第4番は、腹にこたえるほどの大迫力だった。
今回のスケルツォ第1番は、そこまではいかなかったように思うけれど、完成度が高く、隙のない演奏だった。
この曲の演奏については、山本貴志にも期待したい(現在ショパン全曲チクルス進行中なので、そのうちに弾いてくれるはず)。
アンコールのマズルカ第32番、これも素晴らしかった。
ストレートな演奏なのに、そっけなさや物足りなさとは無縁の、ショパン以外の何物でもない演奏になっているのは、なぜなのだろう。
特に、再現部において、マズルカのメロディに対置される高音部の対旋律が、自然なテンポの中に納まっているにもかかわらず、きわめて美しい「歌」になっているのには、感心するほかなかった。
今回のプログラムには、珍しいことに簡単な自己紹介が載っていた。
下記のようなものである。
趣味:猫と戯れる
特技:猫を手なずける
将来の夢:猫を飼って平和に過ごす
猫、好き過ぎである。
よほど好きなのだろう。
将来の夢も、「世界一のピアニストになる」でも「芸術の真髄を究める」でもなく、何とも慎ましやかである。
彼女は、演奏間のトークで、「即興曲第3番は、ショパンの中でも一番大好きな曲」と言っていたが、何でもないような日常の中にあふれる幸せや愛情が感じられる曲だからだそうだ。
ショパンコンクールも、大きなコンクールを受けたのはこれ一回きりとのことである。
そのとき訪れたポーランドの人々の親切さが、印象的だったとのこと。
ポーランドの人たちは、顔が薄いからといきなりメイクを追加してくれたり、体力が大事だからと勝手に喫茶店からお菓子を注文してくれたりしたそうである(顔は薄くないと思うが…)。
ともあれ、あまり、がつがつしたタイプのピアニストではないのかもしれない。
何となく、好感を持った。
私は、逆に小林愛実のように、名門中の名門のカーティス音楽院を「汚いから嫌」とのたまったり、先生に「無理」と言われてもショパンコンクールに出たがって、結果的になんとファイナリストまでいってしまったりする、骨のあるタイプのピアニストも、痛快でとても好きである(詳しくはこちら)。
中川真耶加と、小林愛実。
色々な面で対照的で、大変面白い。
これからもぜひ注目していきたい。
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