Chap.2 DAY-3: 04, MAR, 2007 @Richmond
この3日というもの。家のそこかしこで。私たちは昼夜問わず抱き合い、戯れた。
あっという間に、彼の家で過ごす最後の日となる。
この日の朝も相変らず、彼はアラームで起きない。
起床予定の30分前にアラームセットし、何度もスヌーズが繰り返されるのが日課のようだ。
その日は1人ジムで走る予定のようで。目が覚めてもベッドで戯れ、なかなか出られなかった。
私が前日まで読んでいた本が、あまり面白くなかったと話すと。
この日まで足を踏み入れていなかった、彼の書斎に入る。
息を呑むほど、大きなデスクも、広い壁も埋め尽くす本の数。
考えてみれば。異国でのビジネス。変わらぬ歳であるのに、何年も前から企業のオーナーである彼。
求められる知識や話題は。想像を絶するものがあるのだろうと思った。
元来読書が好きなようだが、様々なジャンルの本を読破しているようであった。
書棚の面白そうな本をいくつか手に取り、ぱらぱらとめくる。いくつかを彼が手渡す。
すぐに読みきれそうな文庫本の新しい恋愛小説を2冊、彼が選んでくれた。
「中身、読んでもいわないでよ!ネタばれ禁止!!」普段なら手にとらないジャンル。たまには、いいか。
10時も過ぎ、私は昨日のcafeで落としてもらい、彼はジムへと向かった。
彼はこの日もトレーニング。見送るのも、なんだか楽しい。
やはり、現代の恋愛小説はあっという間だ。cafeで彼に借りた一冊を読みきってしまう。
ミュージアムまで歩くつもりだったが、今日は昨日と違い寒い1日。
ポケットに手を突っ込み、10ブロック強離れた彼の家の方向へ歩き出す。
途中、アンティークショップやギャラリーを覗き、ぷらぷらと楽しい散歩。
しかし、私は曲がる通りを間違ったようで。かなり先。エリアの端にある大通りに出てしまった。
引き返したが、寒さもありちょっと疲れを感じる。家に戻り、読書再開することに決めた。
借りた本を書斎に戻す。主不在の書斎と言うのは、なんとも落ち着かないものだ。
早々に部屋を後にし、昨日の残りのフルーツを食べ、持参した本から選び読み始める。
間もなく彼から連絡があり、30分ほどで戻ってきた。
「今日も1人でごめんね。泣いてるんじゃないかと心配でしたよ」そう言って、優しく頭を撫でた。
2人で戯れているうちに、私は寝てしまったようだ。日が傾き、目が覚める。
気づくとベッドに彼の姿は無く。家のどこを探しても、彼はいなかった。
必ず戻ってくると知りつつも、気がかりで不安で。泣きそうになった。
そう。わたしはまるで。母親のスカートの陰に隠れる、幼児のようだった。
親のようにあたたかい愛情で私を包む彼。その手を離したら。自分の所在が無いような気がした。
間もなく、ドアが開き彼が入ってくる。ジム会員証を忘れ、取りに行っていただけだった。
「よく寝てたから、起こさなかったよ。そんな心配そうな顔、しないで。僕まで悲しくなるよ」
そう言って優しく抱きしめ、空腹を訴え昨夜の鍋の続きを食べながら、本を読み始めた。
私が切ったチンゲンサイ。ずっと水にさらし洗ったのに、砂っぽかったからではないが。
寝起きで胸いっぱいな私は、食欲が無くを感じなかったため、スキップ。
しかも、夕方軽食を取ったら、間違いなく私は夕食が食べられないだろうから。
その後、また2人で昼寝をし、夕食を近所のIndianRestaurantで済ませた。
ここでもまた、私は。久々のKingFisherビールのオーダーを却下される。
ウェイターは何度も私の生年月日を聞くが、お酒を出してくれるわけでもない。
さらに、こちらが頼んだタンドリーは骨があるから。ティッカにした方がいいと食い下がる。
ビール以外の飲み物は不要と言っても退かず。ラッシーを何度も奨める。
ショートスイッチな私は、かなりキツイ口調で「インド料理は詳しいの。分かってオーダーしているのよ」
そう答えて、メニュウを閉じた。
彼はまた、そんな私を見て大笑いした。
「出た。はやギレ。今のも相当キツいよ!ほんとにキミは、そんなに可愛い顔をして怖いんだから。」
それが効を奏したのか。奥からオーナーが現れ、ビールを出してくれた。
厳禁に、ラッシーを彼にシフトし機嫌を直し、食事を済ませる。
食後、彼の明日からの出張に必要な書類を取りに、オフィスに行くことになっていた。
30分強ドライブ。RichmondはVirginiaの州都。名前でも分かるとおり、タバコや塩、酒等の発祥。
多くの企業が広大な敷地に並ぶその一角に、彼のオフィスもあった。
パーキングに1台だけ、銀色の車が留まっている。気づけば彼のいつもの車。
言わなかったっけ。タイヤに釘が刺さっているのに気づいたから、置いてきたんだよ。
勝手に私は、荷物が多いので、トランクの小さなその車から、会社の車に変えたのだと思っていたが。
その時。電話が鳴る。私のLocal#を知っているのは、5人ほどしかいない。
不思議に思うと、こまけん兄さんだった。
彼がオフィスで用を足す間、暫し10分ほど話す。
すると、彼は黙々と用を済ませ、無言であっという間にオフィスを後にした。
何となく、気まずい空気が流れた。
もっと、彼の会社も見たかったし。彼の仕事の話を聞きたかった。
帰りの車中も、何となく無言の多い時間となった。
帰宅し、2人洗濯モノを出し、早朝の出発に備えパッキング。
前日の残りのワインを少しだけ飲み、12時前にはベッドに入った。
起床予定は2時半。出発予定は3時。間もなく、彼がわたしがうるさいから眠れないと呻く。
恥ずかしいのと、申し訳ないのと。私はベッドを降り、ソファで本を読んだ。
やがて時間になり、私は先にシャワーを浴び、彼を起こした。
彼は、私がベッドにいないので早く起きたのかと訊いた。
ソファでおきていたことを告げると、「そんなこと、しなくていいのに。それなら僕がソファに行くのに」
慌しい準備の時間、そう言ってくれた。
何となくでも、昨夜から続く距離感を感じ。私は身体の冷えを感じていた。
DCAに向かう車中。朝の弱い彼は、無言だ。
「寝てていいよ。昨日寝ていないんだし」そう言ってくれたが、なんだか眠れず。
ふと、彼の家に本の入った袋を忘れてきたことに気づく。LAのガイドブックも入っているのに。
何となく、微妙なボタンを掛け違えたような、後味の悪い思いで、Richmondを後にした。
満月は、必ず欠けるものだと。何となく薄くなったその月を見てぼんやりと考えた。