「そうか役得だなあ、そいつら・・」
辛うじてそう流してから、慌ててニヤケ顔をつくった。

数ヶ月前まで夫婦であった二人の会話であろうか。
しかし元亭主である私に、淡々と話す通代に怯む理由にはいかなかった。
いや、その駆け引きに集中する事がその場をしのぐ
唯一の手法だったのだ。
後日、しばらく続く苦悩の日々を思えば
よくぞこの場限りにしても、あの程度の動揺に押さえられたものだ。

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「わかったかぁ・・・私ね、上手になったんだよ」
大して悪びれるでもなく話す道代に、間をあけずに
応えることで自分の動揺を隠した。
「そうだと思ったよ、でもさあ元亭主として言わせてもらうけどさ・・
              お前程度のテクで商売になるのか・・?」
うまく切り返したと思ったが次の通代の言葉に
流石に表情がとまった。
「馬鹿だねあんた、女だっていうだけで商売にはならないんだよ・・
      最初はちゃんと、お店の上司とかで何度も練習するんだよ」

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翌日、通代が仕事をあがった後に会う事になった。
午前1時の待ち合わせに、30分程遅れて現れた通代は
本人の話通りどこから見てもホステスだった。
「仕事はちゃんと行ってるのか・・」
「うん嫌なお客もいるし、やんなっちゃう時もあるけどね」
「そうか・・」
仕事が終わった直後の通代と話をするのは、初めてではなかった。
その度に、疑問には思ったが口に出来なかった一言を
ためらいもあったが・・
「聞くけどさ・・・お前ホステスしてるって言うけど、
   仕事帰りに会って酔ってた事ないけど、ホステスじゃなくて
           風俗で働いてるんじゃあないのか・・?」
と、一気に言葉にした。

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通代に男がいたのが実は、私の妻であった頃からと
知ったのは・・・それから間もなくであったが、それさえも
霞む衝撃が私の平静を揺さぶった。

「森上さんのお宅ですか、焼津警察署ですが・・」
通代が飲酒運転の上、人身事故を起こしたというのだ。
「それもね人をはねた後、逃げてるんですよ」
お宅の奥さんが・・・という警察官の言葉が気に掛かったが
とりあえず聞き流した。
「すいません、通代と代わって頂けますか」

「お前、俺の女房だって名乗ったのか?」
「だってこんなん、私一人じゃあ何とも出来んじゃん」
「私一人ってお前、・・・男がいるんだろ!?」
「え・・・・」

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久々に自分の時間を持ち、落ち着かない気分で家を出た。
とりあえず仕事場でゆっくりコ-ヒ-を飲みながら朝刊に
目を通す。
近日中、頭を離れなかった悪夢がこの時間は意外にも霞んだ。

仕事場を出ると隣のパチンコ店に入った。
チェーン店の中でも客入りは悪いが、妙に落ち着く場所であるのだ。
小一時間も経つと、ここまで使われなかった運が一挙に噴出したのか
どうか・・・・いつになく好調だ。
「こういう事もなきゃあな」
などと呑気な気分になり掛けた時、携帯が鳴った。
「早く帰って交代してぇ。とってもじゃあないけど
              疲れて面倒見切れへんわぁ」
今日一日、子供の世話をすると言った通代から
そう連絡があったのは私が家を出て、まだわずか二時間余りの事だった。

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通代が誰かに抱かれているという事実を
     あれ以上に残酷に告知される事はない。
しかしそれをまた、知らぬ当人からは極々普通に連絡がある。
「今度の日曜は暇やから、一日子供みとるで
             あんた少しゆっくりしいやぁ」
子供と離れて生活する中での心境の変化か・・・
意外な申し出に応える事にしたが、しっかりと化粧をを施し
派手目の服装の通代を直視する事は出来なかった。

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例えようのない感情の波が、押し寄せては
私自身を押し潰した。
「あ、あ、あ、あ、う、うう・・・」
ちっぽけな男が、声にならない声をこらえきれずに
漏らして泣いた。
歯を喰い縛ってしゃくり上げると、鼻の奥を削られるような
痛みがはしった。
つらさが短時間で限界に達し、思考回路を占領すると
「まあいい、しょうがない」
一瞬、そう思おうとするが直にまた堪えきれない感情が襲う。
繰り返す中、永遠に続くかとも思われた夜が明けた。

子供達のはしゃぐ声を背に朝食の準備をしながら・・
「すまない・・」
かろうじて維持する理性が、今度は子供達に申し訳なく
思わせ涙を流させた。

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「仕方がない、通代と俺とはもう他人なんだ」
家を出て三ヶ月も経ち、通代には職場という
あらたな出会いの場もあったのだ。
既にその様な存在があっても突拍子もなくおかしくはないのだ。
流れる涙を拭きもせず泣いた、初めて己の浅はかさに悔し泣いた。
「通代を手放したくはなかった」
そうはっきりとそして強く自覚した。

家を出るという妻に対して、夫婦の間の「駆け引き論」を
念頭に置く浅はかな男である。
「どうせ直ぐに戻ってくる」
どこまでもそんな見当違いが邪魔をした。
どれぐらい後悔しても遅いのだ・・・私は幼い子供の様に泣いた。

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ドアのノブに手をかけ回すと、カギは開いていた。
「こんな時間にカギが開いてる」
そう思ったが、それは突然の訪問を演出するには
有り難い程好都合である。
そっと覗くと左手にキッチン、右手にバス、中央の
廊下の奥にドアがあった。
一歩玄関に踏み入った時、初めてそこに男性用の靴が
ある事に気づいた・・。
と同時に、奥のドアの向こうから営み中の男女の声が
無防備に聞こえて来た。
明らかに通代のそれであった。

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通代が水商売に生活の基盤を見いだした事は
さほど驚きではなくむしろ予測の範囲だった。
当然帰りは真夜中になるというので
一時をまわってから家をでた。
突然の訪問ではあるが
「どうせ飲んでばかりでロクな物食べてないんだろ」
という大義を繕う用意があった。
今晩は早い時間からそのつもりで、夕食用の餃子を多めに
包んでおいて持って来た。
通代の好物でもある。
「一人暮らしも寂しくなって来た頃であろう・・
         元夫のこの、はからいに感激する筈だ」
私には明らかに、そういうもくろみがあった。
いや、そのもくろみが強かったと言おう。

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