昔、好きだった人がいた。

一緒にいると笑いが絶えなくて、ほっこりした気持ちになれて、
何より長くて白い腕やきれいな手に触りたくて仕方がなかった。

積極的にメールしたり、デートに誘ったり、
おみやげを買ってきたり、一緒に帰ったり、オールしたり、
それなりに楽しく過ごして、
あぁもうこの気持ち、言っちゃいたい! ってなるくらい、
私の中でアドレナリンは放出していた。

でも、こんなにアピールしても、 向こうからはなんのアプローチもなく、
だんだん空しくなっていったのと、
鈍感なのか、あえて避けられているのか分からないけど、
うまくタイミングが合わなくなっていたある日、
私にとって大きな責任のある立場になることが決まって、
恋愛どうのこうの言ってられなくなったのでありました。

私が行動しなければ、なーんにも起こらないんだなって思うと
心がチクっとなっていたけど、
彼に対しての情熱も不思議なことに次第に
泡のように溶けていっていたのでありました。


そうこうするうち、他にも気になる人もできたし、
それなりにいろいろあったりもして
まったく話すこともなくなっていった。

会っても、適当に過ごして、
「あれ、あたしこの子のどこが好きだったんだろう?」
なんて疑問に思ったりもしました。

なんていうか、彼のダメなとこ、多く見つけるようになっちゃったの。
何にも考えてないんだな。
無責任だな、なんて少し嫌いにまでなってた。

それがある時期から二人で話す機会が増えるようになって、
なんか昔のあのころを思い出して照れくさくなって、
そっけなくなってしまったり、
どうしていいか分からなくなったり。

なんかおかしなことになっちゃったなーって思っていたの。

それが、最近、また昔のような関係になれていることに気が付いたの。
一緒にいると笑えて、あ、やっぱりこの子にはいいトコいっぱいあるな、って。
私があのころ、惹かれたの分かるな、って。


立場が変わって、もうあの子を好きになることはないと思う。
でも久しぶりにあの、手を繋ぎたくなる気持ちを一瞬、彼に対して持ってしまった。
なんかキュンときて、あのころの自分も今の自分もなんだか切なく思えたのでした。

いろいろ話せる仲、ただあーだこーだ言える仲っていいと思う。
私に対する彼のつっこみ、彼に対するわがまま。
あの頃もこんなかんじだったよなってなんか涙が出そうだった。
もっと私のこと、知ってほしい。
彼のこと、私だけ知りたい。
心のなか、覗き見したい。
そんなかんじ。


もう二人で休みの日に会ったりすることはなくても、
違う形で支えたりすることはできると思う。
きっと後退する関係なんて無いんだと思う。
そう思って彼とこれから一緒にいられたらいいなぁと思った。

彼と今はお互いのタイプなんて語れている私を
今日は抱きしめてあげたいな。


お互いに、シアワセになろうね。
いろいろ、きついことも言ってしまうとおもうけど、
これからも仲良くしてね。
ほんとはね、わたし大好きでしょうがなかったんだよ。
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「ほんとに怒られることってありがたいことだよ」

いつものごはん屋さんでサークルの友達が言う。
「怒るのってすごい疲れるし、めんどうなことになりたくないから、今のバイト先では高校生スタッフとは関わりたくないって思っちゃうもん」
だから自分を育ててくれた人たちがどれほどのことをしてくれていたのかを痛感しているらしい。

そう言えば、私も2年間フルタイムで働いたアルバイト先を辞めてから怒られることが増えた。
「これは覚えておくといいよ」
って優しく言われることもあれば、
「それは具合悪い」
と言われることもあるし、
「そんなんじゃ雇っている意味ないから」
なーんて言われたこともある。

まぁ、ものの言い方はその人の器を表していると思うから、きつい言い方をされてもその中身だけを受け取るようにして、後に残さないようにするのが怒られる側のポイントかな。

毎日、何かしら怒られる。
でも、それがシアワセなんだと思える。

社会に出たら、未熟な他人にかまってもらえるほどみんな暇じゃない。
今、若くて、知識や経験が少ないときだから、みんなはいろいろ叱ってくれたり教えてくれる。


こんな恵まれている環境に感謝しなくてはならないんだ。


怒られて、考える。
考えて、行動する。
行動して、怒られる。
怒られた先で、体で学ぶ。

こんなことを繰り返しながら、
少しずつ成長していくんじゃないかなって思う。

尊敬できる人たちがまわりにいて、そんな人たちから直に指導を受けられるというヨロコビ。

いつか、こんな毎日の積み重ねが大きな財産になる気がしている。
叱ってくれるみなさんに、感謝。
考えること、やめたい。

このところそう思っていた。
でも考えることをやめられなかった。

これからのこと。
自分の人生。

どうするの? どうしたいの? 

答えの出ない自問自答。

私は仕事をしていないと駄目な人間なのかもしれない。

この3日間で働いたのは3時間くらい。

お休みをもらったり、早くあがらせてもらえたり。
時間がいっぱいあって、いつのまにかぼんやり一人で考えちゃう。

大学に行くと、リクルートスーツを着ている人に目がいく。

仕事にいくと、そこの編集者さんがある大学のマスコミセミナーで講師をした話しを聞く。今日はアンケートもみせてもらった。「みんなすごい」しか言えなかった。

考えても仕方ないって分かっている。

考えるよりまず行動。

今までだってそうやって手応えを感じてきたじゃないか。

自分の力とは何かを考える。

よく分からないから、そして自信がなくなるから、
考えるのをやめたいとおもう。

今日「就職ジャーナル」を買った。
おもしろかった。
いろんな就職の形がある。
これからの可能性を自分に与えてあげたいって思った。

とりあえず、元気に毎日をすごせるということ。
それだけで満足です。

きっとそのうち、頭も心もプラスのことばかりになるよね。

元気になるまで、今はおやすみ。


最近、驚くことが多い。

平気で人を傷つける言葉を発する場面に遭遇する機会があるのだ。

今までだったら、こっちに何か原因があったのかなぁと思って落ち込んでいた。

でも今は、分かる。 人を傷つける人は、一番本人が傷付いている。


だからそういう言葉を受け取っても「あぁかわいそうな人たちなんだなぁ」って思うようになった。

大人になったわけではなくて、本当にその人の病み具合がひどいから、勝手にそう思っているのかもしれない。


人と比べることが多い。
自分にコンプレックスがある。
親や兄弟から愛されなかった過去。
仲のいい友達がいない。
自分の「今」に自信がない。
未来がものすごく不安で仕方ない。
「一人」になるのがものすごく怖い。
みんなからどう思われているのかが気になる。


私たちは常に何かにおびえている。私たちを傷つける原因は、それぞれいろんなところにころがっている。

そして、いつの間にか誰かに何かをしてもらえるのをただ待っているようになっている。 でも何もしてもらえないから余計に傷付いて、切なくて、逃げ出したくなるのだ。

まわりに対して「なによ」と思っている人、自分は違う人間だと上からしか見れない人、自分さえ良ければいい人は、いくつになっても同じ。結局、「あの人っていくつだったっけ?」なんて年下から陰口言われちゃうようになっちゃう。

私が最近おかしいと思うことが多いのは、 みんな傷付きやすいからだと思う。


みんな自分を守るのに必死。
もちろん私も例外じゃない。

いろんな情報にあふれ、確固たる「自分」というものを見いだすのが難しいから、 必死で今を生きている。


でもそんな様子を認めたくない。
自分の信条を貫くのも大変だから、とりあえず周りを批判してみる。そしたらラクになる。けど、心の穴がますます大きくなっている気がする。


どうしたらいいんだろう。
なんでこんなに寂しいんだろう。


でも、人を傷つけることで解決なんて絶対しない。
今うまくいかないことの原因を見つけないと、成長はしない。


成長することは楽しいけど、こわいもの。


一人になっても大丈夫だよ。
みんなも一人だから。
私は自分にそう言い聞かせる。


最近思うのは、「してもらうこと」を考えるより、「してあげれること」を考えていけたらいいなぁっていうこと。 それを築けている人は、きっといろんなことを「してもらえている」んだよね。


こわいけれど。 こわいけれど、いろんな傷付いている人たちにそっと手を差し伸べてあげれるような人になっていきたいと思う。


しなやかに、強い大人になっていきたい。
中学、高校と同じ友達が、今をときめくブランドのデザイナーになるらしい。

彼女は、出会った当時から変わっていて、ファッションだけでなく、存在時代が独特でオーラがあった。よくもわるくも、特別な人だった。

そんな彼女に久しぶりに会った。
「ねぇねぇフリーライターになるんでしょー?
どうやってそういう仕事見つけるのー?」

「私の場合はたまたまいい人たちに出会えて…」

「それってやっぱコネでしょー?」

「コネ? コネっていうかつながりはあったけど…」

「やっぱコネだよ、コネクションだよ。世の中やっぱりコネなんだよな~。
ま、あたしはコネなしで内定したけどね!」




コネ。この言葉がすんなり受け付けられなかった。


私の場合、一年前の今ごろは、まわりに出版関係の人なんてほとんどいなかった。 けど、動いているうちにいつの間にかまわりにもライターさんや、 編集関係者に出会えて、お仕事をもらえるようになった。

たとえばA社なんかは、HPのライター募集のページを見て、連絡したことからすべては始まった。こないだの春にすこしお手伝いをさせてもらって、今回フリーライターになるんですっていうメールをしたら、実際にお仕事の話しをかけてもらっている。


憧れているライターのHさんと出会えたのも、私がHさんの日記をHPで見つけたことから始まった。検索で「フリーライター」ってかけたらたまたま見つけた日記。そこには毎日原稿を書いたり、素敵な男性とデートしているHさんの日常が。「ものすんごくいいなぁ」 とこっそり日課のようにチェックしていた私は、ある日突然、このHPから作者へメールをしたのだ。そして返事をもらったことからお付き合いが生まれた。この行動がなかったら、違う今日を送っていたかもな。


Hさんからは仕事のお話しを聞いたり、実際に仕事の紹介をいくつもしていただいていて、これからも長いお付き合いをさせてもらえそうです。憧れている人がそばにいるっていいよ。Hさんにはイベントを紹介してもらったりもしていて、そこからまた発見があったりとか、一緒にお仕事させてもらえる編集者さんと出会えたりした。これもきっと、イベントあることは知っていても動けなかったら始まらなかったと思う。けっこういろんなところに顔を出させてもらっているけど、はじめは勇気がいるもんだと思う。「エイヤっ」っていう最初の一歩は私自身で踏み出したものだ。


たとえば、Oというもう何年もお付き合いをさせてもらっている広告代理店は、私がここが出している雑誌に惚れ込んで、大学生がつくる新聞「キャンパススコープ」のHP用の記事の取材をさせてもらいに行ったのがきっかけ。そこから「お手伝いしますよ~」なんて盛り上がって、実際に単発の仕事をいろいろしてきて、今じゃあ大きなビジネスの話しも出てきている。これは企画書を出して、半分は私自身が仕事をつくったかんじだし。


もし、世の中がコネだったら、私はもっと今出会っている新聞記者たちにすがっていると思う。今の新聞社の人たちにはライターになることをぎりぎりまで言うのがためらった。 まぁ「書く」プロだっていうのもあるし、言いにくかっただけでもあるんだけど。とにかく自分の世界を生み出したかった。だから、アルバイト先とは違うところで動いてきたのだ。


新聞記者を比べてみても、ものすんごくなりたくてなった人のほうが情熱的だし、仕事もたくさんしている。たとえば、違う部署からうちの部署に来るまででも、強い関係がある知り合いがいるわけでもなく、自分で希望して入ってきた人のほうが実際には「いい仕事をする」「よくやっているよ」と認められている気がする。


なんていうか、
「世の中やっぱコネだよな~」
は私にとってただの言い訳に聞こえるんだよな。
「だからどうせ私はダメなのよ~」 っていう。


どこの業界もコネが全くないない、といったらウソになると思う。
「誰かいい人いない? いたら紹介して」
で仕事が発生することもしばしばだし、 顔が分かる人とのほうが仕事もしやすい。
Sという大手出版者はアルバイトの面接の書類に、
「この会社での知り合いの有無、いる場合は名前も記入」
なんていう欄があったりする。


でも、違う。
やる気がある人のところには、いつか門が開かれる。
開かれた門を進み、いろんな至難を乗り越えれるのは、 やっぱり「情熱」の持った人間なんだろうと思う。


「世の中やっぱコネだよな~」 なんて言う大人にはなりたくないぞ。


「君の行動次第で、これからの道は決まるんだよ。 大切なのはやりたいっていう情熱と、ちょっとの勇気だよ」 と言える大人になっていきたい。


「世の中はやっぱコネだよな~」ではなく、
「世の中はやっぱやる気だよな~」って言おうよ。
「友達いますか?」

かわいくて、おしゃれで、気が利く後輩がぼそりつぶやいた。
私が、「なかなか人には聞けないけど気になること」を聞いたら、ちょっと時間を置いて、こう答えてくれたのだ。

「大学に入って友達できましたか?」

なんだか、心の中の暗い部分を言い当てられたような気がして、ドキッとした。

最近、きっと私はどこかで、そのことを考えているんだと思う。

私は友達をつくるのがきっとうまいほうではないんだと思う。
どちらかというと、まわりが仲いいのを感じて孤独を感じるタイプ。
でも、それが私。別に無理に入りたいとも思わないし、どっちかっていうと、
「その友情はホンモノ?」
という目で見てしまっている。笑ってばっかりじゃ、疲れないのかな。

こないだも、別の子から
「容子さんって親友いますか?」
って聞かれた。私は、
「そう思っている子はいるけど、向こうはなんて思っているか分からないな。この先もどんな形になるか分からないしね。親友ってこの先何十年もたってから分かるものなんじゃないかって思うんだよね」
という話をした。
私にとって彼女は、いつも「友達」といるように見えた。
「でも実際はプライベートじゃぜんぜん遊ばないし、お互いにそれ以上のところには踏み込まないようにしているっていうか、距離をとっているかんじで・・」
なんて言っていた。意外だった。

友達。友達ってなんだろう?
電話をかける相手?
昨日あったことを報告する相手?
心の闇をぶつける相手?
いつも一緒にいる相手?
休みの日に遊ぶ相手?


なんかちがう。
そんなの友達じゃない。
私にとって友達はそんなんじゃない。

きっと、「うちらって友達だよね?」なんて確認しなくてもいい関係で居られる人が、本当の友達なんだと思う。数は多くないけど、私が勝手に友達だと思う人は何人もいる。

「親友」って言葉に惑わされちゃいけないとおもう。
「友達がいない子は寂しい子」なんて自分で決めつけないでほしいと思う。
まだ「友達」じゃないかもしれないけど、そのとき同じ時間を共有すること。
まだ「親友」ではないのかもしれないけど、心から楽しいと思える相手だということ。
それだけでも幸せなんじゃないのかなぁ。

太く短くよりは、長く細くでいいと思っている。
それが私にとっての「友達」。

別に区別をつけるわけじゃない。
ただ、「そこにいた人」というのが友達。
同盟なんて組んでいるようじゃ、まだまだなんだよ。
だから、大丈夫。
きっとあなただけじゃない。
みんなも不安なんだよ。

この話はあの子に相談しよう。
あの子は今何しているのかな?
幸せだったらいいな~。
また、会いたいなぁ~。
元気もらいたいよね。

なんていうのが友達。

それでいい。
だって自分のことは自分でしか解決できないんだから。

あせらなくても大丈夫。

みーんな一人。

だから。だけど。

そっと手を出している人のことを見逃さないでほしいとおもう。

「友達できたのかもね、私」

Kヘ

今日はみんなの前で腹を立てて、あーだこーだ言ってしまったけど、ぜんぜん分かってもらえなかったのでこうして文字にしてみます。

サークルに入って半年。
いつのまにかあなたは「オレのサークル」と勘違いしていませんか?
いや、いいんです。あなたのサークルでもあるんだから。
でも、ねぇ。Kは「みんなのサークル」ってこと忘れてない?

サークルっていうのは、みんなであれこれ仕事を分担して成り立っているもの。
それくらいは分かるよね?
みんながそれぞれちょっとずつ係りで分担して、大きな組織を動かしているんだよね。
楽しいことだけではないの。
みんながちょっとずつ下準備をしてくれているから、成り立っているんだよ。
一年生は入りたてで今まではあんまり大きな係りってないよね。
楽しくて当たり前だったでしょ。
仕事の責任もないかわりに、先輩たちへ感謝と尊敬の気持ちを私は持っていた。
それが当たり前なんだと思う。
上が決めたことにはしたがっていたし、もし、それが間違っていると思うのなら、きちんと言葉にするべきだよ。

でも、Kって違ったよね。
「会長のことぶっつぶしてやる」
「オレ辞めるかもしれないし~」
「オレは~オレは~」
「こうしたほうがいいよ」
「わからないことがあったら何でも聞いて」
 
はっきりいって、自分の立場分かっていない。

それが私たちと同じ21歳だから?
先輩や同期が自分より年下だから?
自分が写真のこと、少しはやってきたから?

どれもそれは理由にはならないんだよ。
あなたはサークルのこと、なーんにも分かってない。
はっきりいって見苦しいよ。

それでいて、仕事をしたくないって何様なんだろう?
今日びっくりしちゃった。まわりの一年生が仕事をいろいろやってくれる中で、
「オレはやりたくない」
「その仕事はあいつにやらせるから~」
だって。そういってたよね?
自分が何一つ係りも持たないで、人に「やらせる」はないんじゃないの?
「やってもらう」ってどうしてならないんだろう?

サークルのことをなめるのも、個人的にどう思われるのもぜんぜんかまわない。
でもどうしてがんばってくれている子たちを支配しようとするんだろう?
どうして自分は責任も持たないのに、そんなに偉いの?
そしてどうしてそれをみんなの前で堂々と発言できるのだろう?

私は一年間サークルの会長をやってきました。
足りてないこともあったかもしれないけど、最低限のことはこなしてきたつもり。
だから、私のことを馬鹿にしてくる人なんてほとんどいない。
ちゃんとみんな私のことを立ててくれている。
私にあれこれ言えるのは、同じくらい一緒に真剣に取り組んできた人たちだけだと思う。
だから、口だけいっちょまえのくせに自分は何も動かないあなたの言葉なんてぜんぜん怖くない。

私を尊敬しろ、なんて言わない。
けど、がんばってくれている子達のことをなめんじゃねえぞ、と言いたい。


そんなあなたのこと、まわりはちゃんと見てるよ。
「バブーバブー働くのはいやだけど、ママのおっぱいが欲しいのー」
って言っているようにしか聞こえない。
そんな赤ちゃんに何言っても仕方ないでしょ。
まわりの大人な人たちはだから何にも言わないんだよね。
たくさん我慢してる。うん、えらい。大人だ。


でもそれっておかしいよ。
赤ちゃんじゃないいんだから、言葉が通じるんだから、しかってあげないと。
そのうちメッキがはがれて誰もついてこないって初めて気づくのを待ってもいい。
でもそれまで、みんな我慢するの?
がんばっている人たちが我慢する必要がどこにある?


今日私が切れた。
「なんであんたはやらないの?」
って。

そしたら、
「うっせーんだよ。だまれこの元役員は」
って言ったよね。
みーんな頭に?を浮かばしていたと思うよ。
こいつはどんなけなんだと。
あのとき、私のそばにいてくれた子が、
「会長に向かってその口の聞き方はないよ」
と怒ってくれた。
その子は肩や全身から、怒りを形に表してくれた。
そのあとすぐまた違う子が諭してくれた。


でもあなたは変わらないよね。


私が怒るとまわりのみんなは、「まぁまぁ」って言う。
ここで一波乱させるのは得策じゃないということからかな。
こいつに何言っても意味ないよ、ってことなのかもしれない。

でもさ、ちゃんと言ってやろうよ。
おかしいことはおかしいって。
それが私たち先輩の務めなんじゃないかな。


「あの子がいたら、このままサークルやっていく自信がありません」
という声も聞こえてきている。
実際、私もかなり近い気持ちを持っている。
ただ辞めることを解決方法にはしないけど。

Kへ。

仕事しないのはもういいよ、分かった。
私たちのことをなめきっているのも仕方ないのかもね。
でもさ、それはこっそりやってください。

私の前に堂々と、対等な態度で現れないでください。
私から言わせれば、たかだか世間知らずな一年生。
発言力が出てくるのは、このサークルのことをもっと理解してからだよ。
自分の感情をサークルレベルにまでもってくるほど、大した身分じゃないっていうこと。そういうのを織り込めるようになるまで、もっと時間も経験も必要だよ。

かわいそうな赤ちゃん、早くママのおっぱいから卒業して、まわりを見渡してみてね。

あんたちょっとおかしいよ。
とても一人を感じる。

それがものずんごくイヤだとか、寂しくてつらいとかではない。ただ、誰もいないとなりに何かをふっと求めていたりする。逆に人がそばにいても、とても怪訝な態度になってしまったりする。自分がこわい。

人とべったり過ごすのはあまり得意じゃない。どちらかと言えば一人でずんずん歩いていたいタイプだと思う。時間においてもココロにおいても“自由”でいたいと思う。


「あーこわいこわい」
「何が?」
「なんかセミナーとか講演会とか、みんな必死に就職活動しているんだと思うとこわい」
「ふーん。でもお前はフリーライターになるんじゃないの?」
「うん、そうだけど、人生一度の“新卒”だし一応就職活動もしようかとは思ってて‥」
「なんで? 安定を求めているわけ?」
「ん‥ていうか、力をつけたくて」
「力あるやつは就活しないよ。企業が求めているのは“スゴイやつ”より“従順なやつ”だよ」
「‥私“スゴイやつ”になりたいんだと思う。たぶん今すごくためらっているのは、会社に入ることで、“○○○出の容子ちゃん”レベルになるのがイヤだからなんだと思う」
「企業は個性があるやつを求む、なんて言いながら結局自分たちで個性をつぶしているからね。だいたいスマップが“誰でも特別なオンリーワン”なんて歌ってるくらいだから」
「このまま今できることで力をつけていけばいいのかなぁ」
「それで動けるんだったら、それでいいじゃん」

そのあと、私が描くビジネスプランを熱く語った。
「こういう人になりたいのー」
という話をきいてもらいながら
「あの時、~~をしなかったら成功したのにね、というレベルまでいきそう」
とお言葉をもらいました。うーん微妙。


話を聞いてくれた先輩は25歳になっても「やりたいことがわからない」という。このまま親のすねをかじり続けながら、どこかに放流されつづけるのかもしれないし、その鋭いセンスが変われてある日“スゴイ人”になるのかもしれない。


一人で生きていくということ。

ずっといることのできる会社にも入らず、パラサイトできそうな親のそばにもいないで、この先、自分の力で生きていくということ。 電話が鳴らないと、仕事の連絡がこないかもって心配しちゃうし、貯金だってない。情緒不安定でこの先一人でやっていけるかちょっと心配しちゃう。


でもなんだかんだでこれからも忙しくあれこれやっていれば、そのうち仕事でも認めてもらえる日が来て、よき理解者にも恵まれ続けて、いつかはパートナーにも出逢える気もする。そして社長になる夢もかなえられる日が来るかもしれない。


やってみないとわからない。今言えるのは、そろそろ覚悟をするときなんだろうなぁってこと。


明日は雨かもしれない。あさってには台風が来るかもしれない。


でも、私の上には大きな青空がきっと広がり続ける。